理学部生物学科

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渓流とカエル

はじめに

 3年前に執筆した『生物学の新知識』では、奄美大島に生息するアカガエル科の大型種であるオットンガエル(Babina subaspera) を取り上げ、カエルの指の形態について考えました。今回も引き続きカエルを題材として、生き物のかたちと生息環境の関係性について考えてみたいと思います。

一風変わったヒキガエル…ナガレヒキガエル

 ヒキガエルというと、みなさんはどんなカエルを想像しますか?実際にみたことはない方も多いかもしれませんが、『茶色で、大きくて、イボイボの皮膚をもつカエル』というのが多くの方がもつイメージではないでしょうか。ヒキガエル科(Bufonidae)は約7000の現生種を含むカエル類全体の中でも比較的大きなグループで、600ほどの現生種を含み、アジア、ヨーロッパ、アフリカ、北米、中米、南米を含む地球上の広い範囲に分布しています(Pough et al. 2016; AmphibiaWeb 2019)。日本には、ニホンヒキガエル(Bufo japonicus) (図1)、ミヤコヒキガエル(Bufo gargarizans miyakonis)、オオヒキガエル(Rhinella marina)、ナガレヒキガエル(Bufo torrenticola) (図1)の4種が分布しています(松井 2016)。ニホンヒキガエルは本州西南部、四国、九州に分布する亜種ニホンヒキガエル(Bufo japonicus japonicus)と北海道南部、本州東北部に分布する亜種アズマヒキガエル(Bufo japonicus formosus)の2亜種から構成されており、両者の形態は非常によく似ています。ミヤコヒキガエルは宮古島や伊良部島など沖縄県の一部の島のみにすんでおり、中国産のBufo gargarizansの亜種として扱われています。オオヒキガエルは南米原産で、サトウキビの害虫駆除目的で、1900年代に日本に導入されました。その後、小笠原諸島や大東諸島、八重山諸島に定着し、在来の野生生物に悪影響を及ぼしはじめたため、現在は特定外来生物に指定されています。本稿では、本州に分布するニホンヒキガエル、アズマヒキガエル、ナガレヒキガエルを取り上げます。
図1 アズマヒキガエル(左)とナガレヒキガエル(右)(長谷川祐也氏撮影)
図1 アズマヒキガエル(左)とナガレヒキガエル(右)(長谷川祐也氏撮影)
 東邦大学理学部が位置する千葉県のお隣、茨城県の筑波山では「さぁーさぁーお立ち会い…」で有名な『ガマの油売り口上』が訪れる観光客に親しまれています。ここでいう“ガマ”はヒキガエルのことです。江戸時代末期に、ヒキガエルの耳腺から分泌される白色の毒液と薬草や油脂成分を混ぜて軟膏をつくり、これを傷薬として利用したのがガマの油の始まりとのことです。私たち日本人がヒキガエルに対して抱く『茶色で、大きくて、イボイボの皮膚をもつカエル』というイメージはアズマヒキガエルもしくはニホンヒキガエルの姿に由来するものと考えられます(沖縄県の方であればミヤコヒキガエル、小笠原諸島にお住まいの方ならオオヒキガエルということになるかもしれませんが、これら2種も基本的に茶色で、大きくて、イボイボの皮膚をもつカエルです)。
 さて、私が幼少の頃、動物図鑑を眺めるのが好きだったことはオットンガエルについて書いた3年前の『生物学の新知識』でもふれましたが、オットンガエルとならんで幼い私の心をひきつけたのがナガレヒキガエルでした。とは言え、オットンガエルがどちらかと言うと『格好いいお気に入りのカエル』であったのに対し、ナガレヒキガエルは『格好わるいあまり好きにはなれないカエル』としてとらえていたように思います。その原因がどこにあったのか思い返してみると、当時私が所有していた図鑑では、他のヒキガエルは迫力ある恰幅のよい姿をしていたのに対し、ナガレヒキガエルはヒキガエルらしからぬ濡れた皮膚で覆われ、ほっそりした貧相な体型をしていたからだと思います。それ以降、ナガレヒキガエルは『格好わるい貧相なヒキガエル』として私の中に記憶されていくことになります。

ナガレヒキガエルを研究する

 2015年、東邦大学で新たに研究室を運営することになった私は、個人的に好きな動物の一つであるカエルに関する新たな研究テーマを模索していました。そんな時、ふと頭をよぎったのが、幼少時代に『格好わるい貧相なヒキガエル』として私の心をとらえたナガレヒキガエルでした。研究者になり、あらためて専門的な文献に目を通してみたところ、ナガレヒキガエルについていろいろなことがみえてきました。
 ナガレヒキガエルは1976年に、私が心から尊敬する研究者であり、長きにわたり日本の爬虫両棲類学を牽引してこられた京都大学名誉教授の松井正文博士により新種のヒキガエルとして記載されました(Matsui 1976)。本種は近畿および中部地方の山地に生息しており、その和名と学名にも表れているように生息地周辺の渓流で繁殖を行います。一方、ナガレヒキガエルの近縁種であるアズマヒキガエルおよびニホンヒキガエルは、流れの強い渓流ではなく、流れの弱い池や水たまりで繁殖を行います。DNAの塩基配列情報を用いた分子系統解析の結果によれば、ナガレヒキガエルはおよそ4百万年前に亜種ニホンヒキガエルの一部の集団から分化したようです (Igawa et al. 2006)。
 動物のかたちの多様性とその進化に興味をもっている私は、幼少期に図鑑でみたナガレヒキガエルの“ヒキガエルらしくない”ほっそりとした体型が(特に繁殖期における)渓流環境での生活となにか関係があるのではないか、と考えました。すでに、ナガレヒキガエルを記載した松井博士自身が、ナガレヒキガエルでは、近縁なアズマヒキガエルとニホンヒキガエルに比べ、前肢と後肢がともに長く、毒液を分泌する耳腺が前後方向に短く、鼓膜も小さいことを報告していました(Matsui 1976)。しかし、他の形態的特徴については、十分な調査が行われていませんでした。そこで、ちょうど卒研生として私の研究室に加わった長谷川祐也君(2016年度生物学科卒)とともに、ナガレヒキガエルの形態の定量的評価を行うことにしました。
 研究試料にはナガレヒキガエルとアズマヒキガエルの雄の成体を用い、二種間で足と頭蓋骨の形態を比較することにしました(図2および図3)。足と頭蓋骨のかたちに着目した理由は、ナガレヒキガエルが流れの強い渓流で泳ぐ際に、水中で前進するための推進力を生み出すのが後肢の水かき部分であり、水の抵抗を最初に受けるのが頭部であると考えたためです。種間で形態を比較するにあたり、近年、形態学や進化生物学の分野で盛んに用いられている『幾何学的形態測定学』の手法を用いました(形態測定学の方法論については、本学科の小沼順二講師が「生物学の新知識」で二回にわたりわかりやすく解説されていますので、そちらをご覧下さい)。
図2 アズマヒキガエルの足(右足背面)と各ランドマーク(全30個)の位置
図2 アズマヒキガエルの足(右足背面)と各ランドマーク(全30個)の位置
図3 アズマヒキガエルの頭蓋骨と各ランドマーク(全54個)の位置
図3 アズマヒキガエルの頭蓋骨と   各ランドマーク(全54個)の位置
A:背面、B:腹面、C:左側面、D:後面
 まず、足の形態比較の結果ですが、ナガレヒキガエルでは、アズマヒキガエルに比べ、足の指(趾)を構成する指骨の長さが増し、第四趾と第五趾の間の水かきが遠位方向に拡大していることが判明しました(Tokita et al. 2018)(図4)。次に頭蓋骨ですが、ナガレヒキガエルの頭蓋骨は、アズマヒキガエルのそれに比べ、全体として幅が狭く、頭蓋骨の前方に位置する鼻骨と前頭頭頂骨が背側方向に膨らむことにより、側面からみた時に頭蓋骨全体が扁平となっていました(Tokita et al. 2018)(図5)。
図4  幾何学的形態測定学による足の形態比較:アズマヒキガエル(赤線)とナガレヒキガエル(青線)
図4 幾何学的形態測定学による足の形態比較:アズマヒキガエル(赤線)とナガレヒキガエル(青線)
図5  幾何学的形態測定学による頭蓋骨の形態比較:アズマヒキガエル(赤線)とナガレヒキガエル(青線)
図5 幾何学的形態測定学による頭蓋骨の形態比較:アズマヒキガエル(赤線)とナガレヒキガエル(青線)
A:背面、B:後面、C:左側面
 以上の結果から、少なくともナガレヒキガエルの雄は、発達した水かきと幅が狭く扁平な頭部をもつことにより、流れのある水中で推進力を得るとともに水流による抵抗を軽減し、渓流環境でうまく活動することを可能にしているのかもしれません。一方で、カエルの仲間では雄と雌で体サイズや体形が大きく異なる例も数多く知られているため、雌でも同じ結果が得られるかどうかは興味がもたれるところです。今回、私たちは幾何学的形態測定学の手法を用いることにより、ナガレヒキガエルの形態的特徴を定量的に記述し、本種特有の形態と渓流環境への適応との関連性を議論しましたが、それを実証するためにはナガレヒキガエルとアズマヒキガエル(ニホンヒキガエル)を、流水中で泳がせて運動能力を測定するといった機能形態学あるいはバイオメカニクスの側面からの解析も必要です。また、ナガレヒキガエル特有の形態がどのようなメカニズムにより創り出されたのかについても今後調べていく必要があると考えています。

おわりに

 本稿では渓流環境で活動するナガレヒキガエルを題材として、生き物のかたちと生息環境の関係性について考えました。渓流環境に適応したカエルはナガレヒキガエル以外にも世界中で多数知られています。現在、当研究室で形態学的な調査を進めている日本産のアカガエル科の1種ナガレタゴガエル(Rana sakuraii)もその一つです。ナガレタゴガエルの調査結果については、またの機会に報告したいと思います。
 私たちの身のまわりにはさまざまな生き物が暮らしています。色、大きさ、形状…生き物の形態的多様性はそれ自体が神秘的かつ驚異的で、眺めているだけでも楽しいですが、そこから一歩進んで生き物のかたちとそれが暮らす環境との関係にも目を向けて生物観察ができれば、私たちの日常生活もいっそう豊かなものになるのではないでしょうか。

引用文献

  1. Igawa T, Kurabayashi A, Nishioka M, Sumida M (2006) Molecular phylogenetic relationship of toads distributed in the Far East and Europe inferred from the nucleotide sequences of mitochondrial DNA genes. Molecular Phylogenetics and Evolution 38:250-260.
  2. Matsui M (1976) A new toad from Japan. Contributions from the Biological Laboratory, Kyoto University 25:1-9.
  3. 松井正文 (2016) ネイチャーウォッチングガイドブック 日本のカエル 分類と生活史〜全種の生態、卵、オタマジャクシ 誠文堂新光社
  4. Pough FH, Andrews RM, Crump ML, Savitzky AH, Wells KD, Brandley MC (2015) Herpetology 4th ed. Sinauer Associates, Sunderland.
  5. Tokita M, Hasegawa Y, Yano W, Tsuji H (2018) Characterization of the adaptive morphology of Japanese stream toad (Bufo torrenticola) using geometric morphometrics. Zoological Science 35:99-108.

動物進化・多様性研究室 土岐田昌和

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