3本? 4本? 5本? カエルの指について
はじめに
カエルは私たちと同様、背骨を持つ動物、つまり脊椎動物と呼ばれるグループの一員です。現在、地球上には約6万~7万種の脊椎動物が暮らしていると言われていますが、そのうちカエルを含む両生類の系統には約7,500種の現生種が知られています(AmphibiaWeb)。現生の両生類のうち、カエル類(無尾目)は最大のグループで、本稿を執筆している2016年4月12日の時点で6641種(両生類全体の88%)が報告されています。同じ両生類であるサンショウウオ類(有尾目)が683種、アシナシイモリ類(無足目)が205種ですので、カエル類がいかに繁栄しているかがおわかりいただけると思います。今回は詳しくふれませんが、カエル類には50を超えるグループ(科)が認められており、その姿かたちは実に多様です。
カエルの指は何本?
ところで、私たちヒトは前肢に5本、後肢に5本の指を持っています。では、カエルの指は何本かご存知でしょうか?大多数の方が「ヒトと同じく前肢に5本、後肢に5本の指を持っている」とお答えになるのではないでしょうか?正解は「前肢に4本、後肢に5本の指を持っている」です。後肢の指は私たちと同じ5本ですが、前肢の指はわれわれのものより1本少ないのです。これは、現生の両生類に近縁だとされ古生代後期から中生代前期に繁栄した分椎類と呼ばれる化石両生類の特徴を引き継いでいるためだとされています。以下では、カエルの前肢の指(以後、単純に指とする)に注目します。
すでに述べたように、カエルの指は4本です。日本でも比較的みつけやすいニホンアマガエルやニホンアカガエルの指も4本です。しかし、"There is no rule without exceptions(例外のない規則はない)"とはよく言ったもので、これに当てはまらない“例外”が存在します。鹿児島県の奄美大島と加計呂麻島に棲息するオットンガエル(Babina subaspera、アカガエル科)(図1)です。
すでに述べたように、カエルの指は4本です。日本でも比較的みつけやすいニホンアマガエルやニホンアカガエルの指も4本です。しかし、"There is no rule without exceptions(例外のない規則はない)"とはよく言ったもので、これに当てはまらない“例外”が存在します。鹿児島県の奄美大島と加計呂麻島に棲息するオットンガエル(Babina subaspera、アカガエル科)(図1)です。
オットンガエル
私は幼少の頃、動物図鑑を眺めるのが大好きだったのですが、そのがっしりした体形と独特の響きをもったその名前によって、図鑑に掲載されているカエルの中でもオットンガエルは特別な存在でした。図鑑よりも友達と外で野球をしたり、テレビゲームをする方が楽しくなっていた小学校高学年くらいだったでしょうか。何気なく見ていたテレビ番組にオットンガエルが突如現れました。“5本の指を持った幻のカエル"だというのです。それまで、大きくがっしりしたヒキガエルのような体形の、変な名前のカエルというイメージしかなかったオットンガエルが、私の中で真の意味で特別なカエルに変わった瞬間でした。
時は流れ、私は鳥類の進化に関する研究で博士号を取得し、生物学者としての一歩を歩んでいました。そんな折り、オットンガエルの調査をしている研究者に出会ったのです。当時、東京大学の大学院生をされていた岩井紀子さん(現東京農工大学特任准教授)です。岩井さんは奄美大島でオットンガエルの生態学的・行動学的調査を進めていました。オットンガエルは鹿児島県の天然記念物に指定されており、標本を採集するには特別な許可が必要です。“初心者”が飛び込みで研究をはじめるにはいささか敷居が高いと感じたため、ここぞとばかり岩井さんに共同研究を申し込みました。そして、私のオットンガエル研究が始まりました。
時は流れ、私は鳥類の進化に関する研究で博士号を取得し、生物学者としての一歩を歩んでいました。そんな折り、オットンガエルの調査をしている研究者に出会ったのです。当時、東京大学の大学院生をされていた岩井紀子さん(現東京農工大学特任准教授)です。岩井さんは奄美大島でオットンガエルの生態学的・行動学的調査を進めていました。オットンガエルは鹿児島県の天然記念物に指定されており、標本を採集するには特別な許可が必要です。“初心者”が飛び込みで研究をはじめるにはいささか敷居が高いと感じたため、ここぞとばかり岩井さんに共同研究を申し込みました。そして、私のオットンガエル研究が始まりました。
比較する
私の専門は「比較形態学」、「比較発生学」と呼ばれる分野です。簡単に言えば、複数の生物(種)の間で形態や発生を“比較”することにより、生物の進化の謎を解き明かそうという学問分野です。オットンガエルの成体とそれ以外のカエルの成体の前肢を並べて“比較”すれば、両者で指の数が違うことは一目瞭然です(図2)。オットンガエルには手の正中側(体の中心軸に近い側)、位置的にはわれわれの親指の位置に1本余計な指(拇指)が確認できます。成体に限らず、体長2~3センチしかないオットンガエルの仔ガエル(幼体)でも拇指は外部から観察することができました。私は特殊な薬品を用いて、仔ガエルの手の骨格を染色しました(Tokita and Iwai 2010)。この方法では、骨(硬骨)が赤色に、軟骨が青色に染まります。オットンガエルだけに見られた拇指は仔ガエルでは青色に染色され、赤色に染色された残りの4本の指の骨とは明瞭に区別できました(図3)。本種と同じアカガエル科に属する他種(ツチガエルやニホンアカガエルなど)で同様の骨格染色を行ったところ、赤色に染まった4本の指の骨とは別に、正中側に青色に染まった軟骨が1本確認できました(図3)。以上のことから、オットンガエルにだけ認められていた5本目の余計な指、つまり拇指は、抜本的な新奇構造と呼べるものではなく、他種のカエルも持っている骨格要素のサイズと形状を大きく変化させることで作り出されたものであることがわかりました。
オタマジャクシ(幼生)の段階ではどうでしょうか。オタマジャクシの体内で発生中の前肢の源基(前駆体)を外科的に摘出し、種間でその形態を比較しました(図4)。ツチガエルやウシガエルのオタマジャクシでは成体のそれに対応する4本の指が確認できました。オットンガエルの幼生でも同様に4本の指が確認できましたが、最も内側の指(第1指)のさらに内側、つまり将来拇指が形成される位置が“コブ”状に盛り上がっていました。 “コブ”の内部の組織形態を調べたところ、未分化な細胞が高密度に分布していました(Tokita and Iwai 2010)。同様の組織形態は鳥類の羽毛の源基などでも観察されており、オットンガエルの拇指が羽毛のような上皮性付属器と共通する発生機構によって作り出された可能性も十分考えられます。
カエルの指━再考
多くの専門書や図鑑類で述べられているように、オットンガエルの指は“5本”なのでしょうか?拇指を“5本目の指”と言ってもよいのでしょうか?発生パターンを見る限り、軟骨が骨に置き換わるタイミングがその他の指に比べて遅いなど、拇指は本来の指とは異なる特徴を備えていました。上記の問いに答えるため、私の研究室では指の発生を制御する一連の遺伝子の発現パターンや機能についても調べていく予定です。
そもそもなぜオットンガエルが拇指を持っているのかもたいへん不思議です。すでに多くの本で書かれているように、オットンガエルを素手で捕まえようとすると、拇指の内部にある鋭く尖った骨(拇指骨)(図1)で皮膚を切り裂かれ怪我をすることがあります(私も野外でオットンガエルの拇指骨により指に切り傷を負いました。流血するとともに非常に痛かったことが思い出されます)。外敵から身を守るための武器として機能しているのでしょうか?岩井さんは野外調査に基づき、オスの拇指はメスのそれに比べより長くより太いこと、オスでは拇指がメスや繁殖場所をめぐっての雄間闘争および包接(メスのカエルが産卵する際にオスのカエルがメスを後ろから抱きかかえること)に利用されていることを報告しています(Iwai 2013)。
以上、カエルの指の形態にも多様性が見られることをわかっていただけたと思います。カエルの指は基本的には4本。確かにそれはそうなのですが、例外もあり、このことが生物多様性の研究を魅力あふれるものにしているのではないかと私は感じています。
そもそもなぜオットンガエルが拇指を持っているのかもたいへん不思議です。すでに多くの本で書かれているように、オットンガエルを素手で捕まえようとすると、拇指の内部にある鋭く尖った骨(拇指骨)(図1)で皮膚を切り裂かれ怪我をすることがあります(私も野外でオットンガエルの拇指骨により指に切り傷を負いました。流血するとともに非常に痛かったことが思い出されます)。外敵から身を守るための武器として機能しているのでしょうか?岩井さんは野外調査に基づき、オスの拇指はメスのそれに比べより長くより太いこと、オスでは拇指がメスや繁殖場所をめぐっての雄間闘争および包接(メスのカエルが産卵する際にオスのカエルがメスを後ろから抱きかかえること)に利用されていることを報告しています(Iwai 2013)。
以上、カエルの指の形態にも多様性が見られることをわかっていただけたと思います。カエルの指は基本的には4本。確かにそれはそうなのですが、例外もあり、このことが生物多様性の研究を魅力あふれるものにしているのではないかと私は感じています。
動物進化・多様性研究室:土岐田昌和
引用文献
- Iwai N. 2013. Morphology, function and evolution of the pseudothumb in the Otton frog. Journal of Zoology. 289: 127-133.
- Tokita M and Iwai N. 2010. Development of the pseudothumb in frogs. Biology Letters. 6: 517-520.