理学部生命圏環境科学科

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水のもう一つの形態:クラスレートハイドレート(1)

橋本 秀紀/環境科学専攻 博士後期課程

 皆さんは“クラスレートハイドレート”という物質をご存知でしょうか。聞き慣れない言葉かと思いますが“メタンハイドレート”という物質名なら聞いたことがあるのではないでしょうか。
メタンハイドレートはクラスレートハイドレートの一種です。
 本コラムでは私が研究対象としているクラスレートハイドレートの環境および産業との関わりについてお話ししたいと思います。

クラスレートハイドレートの概要

 クラスレートハイドレートは日本語では「包接水和物」と言います。水分子がかご状に水素結合を形成し、内部にガス分子などを包蔵する性質を持ちます(図1)。包蔵される分子によって物理化学的特性は異なりますが、一般に低温および高圧の条件が整うことでクラスレートハイドレートが生成する条件となります。CO2が包蔵されればCO2ハイドレート、メタンが包蔵されればメタンハイドレートとなります。
 クラスレートハイドレートは自身の体積の160~170倍ものガス密度を持つと言われています。メタンハイドレートを例に挙げて考えます。どういうことかと言いますと、図2に示すような一辺が3.43 nm(ナノメートル:10億分の1メートル)の空間を考えると、常温・常圧(0 ºC・1気圧)のメタンガスの密度はメタン分子1個ほどとなります。対してメタンハイドレートの場合、低温・高圧の条件下(例えば0 ºC、30気圧)で、同体積の空間に160~170個のメタン分子を貯蔵可能なのでガス密度はメタンガスの160~170倍となります。隣り合ったかごがそれぞれガスを閉じ込めることで、このような高密度での分布が実現します。
図1 メタンハイドレートの結晶構造の一部 [1, 2]

図1 メタンハイドレートの結晶構造の一部 [1, 2]

図2 メタンガスとメタンハイドレートのガス密度 [1, 2]

研究の歴史

 クラスレートハイドレートに関連する最初の報告は1811年のことです。イギリスの科学者であり発明家でもあるSir Humphry Davy(ハンフリー・デイビー)が塩素ハイドレートを発見しました [3]。その後、Davyの弟子であるMichael Faraday(マイケル・ファラデー:ファラデー定数でお馴染みのあの人です)がこの物質の組成を明らかにし、「塩素1分子につき水分子が10個付いているもの」であることを明らかにしました [4]。このような流れをくみ、その後120~130年ほどはクラスレートハイドレート生成物質の探求、生成・分解条件および水和数の測定を目的として研究が進みました [5]。1940~1950年頃になるとX線による結晶構造解析が進み、これらの結晶構造が明らかになりました。こうして基礎学術的な部分で急速に研究が発展した背景として、科学史における重要な発見が相次いだ時代であることは言うまでもありませんが、クラスレートハイドレート研究に関しては産業上での“重大な出来事”が大きく影響を与えたと言えます。

邪魔者となったクラスレートハイドレート

 天然ガスは在来型の一次エネルギー資源として今もなお開発が続いています。天然ガスの輸送には短・中距離であればパイプラインが用いられるのですが、当時から原因不明のパイプライン閉塞・爆発事故が絶えませんでした。1934年にアメリカの研究者Hammerschmidt(ハマーシュミット)がクラスレートハイドレートの生成・分解条件をまとめ上げることで「パイプラインの閉塞は天然ガスを包蔵するクラスレートハイドレートの生成によるものである」と明らかにしました [6]。気温の低い北極周辺での天然ガス開発において十分に水分を取り除かないまま輸送を行ったためクラスレートハイドレートが生成する環境となったのです。このように閉塞の原因が判明してからクラスレートハイドレートの物性研究が急務となり、80年が経過した現在でもその生成挙動や生成阻害剤に関する研究が盛んに行われています。実際に輸送パイプライン内に生成したクラスレートハイドレートの写真はコロラド鉱山大学ハイドレート研究センター(Colorado School of Mines, Center for Hydrate Research)のHP [7]にてご覧頂けます。

純国産のエネルギー資源となるか:メタンハイドレート

 クラスレートハイドレート研究におけるもう一つの大きな転機は1965年のことです。シベリアの永久凍土層で天然ガスを包蔵するクラスレートハイドレート(メタンハイドレート)が見つかりました [8]。前述の通りクラスレートハイドレートが生成するには低温および高圧の条件が必要になりますが、極めて温度が低い場合には低圧条件でも生成が可能で、メタンハイドレートは大気圧のもと−80 ºC以下の温度で生成します。1970年代初頭には深海底のメタンハイドレートの存在が明らかになり、現在までに大陸周辺の深海底下に多く存在することが知られています。
 メタンハイドレートは日本近海にも多く存在することが明らかになっており、調査が進んでいる紀伊半島沖の東部南海トラフだけでも日本の年間天然ガス消費量(2016年)の約10年分のメタンガスが眠っていると考えられています [9, 10]。一次エネルギー資源量の乏しい日本にとって貴重な純国産のエネルギー資源となる可能性があります。最近では2013年に国主導の下、渥美半島~志摩半島沖にて「第1回メタンハイドレート海洋産出試験」が実施され、世界で初めて海洋からのメタンガス連続生産に成功しました [11]。2017年4月にも同じ海域にて「第2回メタンハイドレート海洋産出試験」が行われるなど、日本のメタンハイドレート研究は世界をリードしており、一刻も早いエネルギー資源開発が期待されています。

地球科学および惑星科学との関連

 地球上ではメタンハイドレート以外のクラスレートハイドレートの存在も報告されています。極地の氷床には太古の空気を包蔵するクラスレートハイドレートの存在が明らかになっています。包蔵されているガスを解析することで過去の気候変動など地球環境に関する調査が可能になると考えられています [12]。
 また地球外での存在も示唆されております。基本的には①水の存在、②ガスの組成、③温度、④圧力、これら四つによってクラスレートハイドレートが生成する条件が決まります。これまでの惑星の観測データから土星の衛星タイタンにメタンハイドレート、火星にCO2ハイドレートが存在する可能性があると考えられており、地球外惑星の環境に関する研究にも発展しています [13, 14]。

参考文献

  1. A. Lenz, and L. Ojamäe, J. Phys. Chem. A 2011, 115, 6169–6176.
  2. K. Momma, and F. Izumi, J. Appl. Cryst. 2011, 44, 1272–1276.
  3. H. Davy, Philos. Trans. R. Soc. Lond. 1811, 101, 1–35.
  4. M. Faraday, Quart. J. Science 1823, 15, 71.
  5. 日本エネルギー学会, 天然ガス部会, 資源分科会, CBM・SG研究会, GH研究会(2014) 「非在来型天然ガスのすべて」(株)日本工業出版
  6. E. G. Hammerschmidt, Ind. Eng. Chem. 1934, 26, 851–855.
  7. Colorado School of Mines, Center for Hydrate Research HP
    http://hydrates.mines.edu/CHR/FlowAssurance.html), 2018年3月25日閲覧
  8. Y. F. Makogon, Gazov. Promst. 1965, 5, 14.
  9. BP Statistical Review of World Energy 2017, June 2017
  10. 藤井哲哉, 佐伯龍男, 小林稔明, 稲盛隆穂, 林雅雄, 高野修, 高山徳次郎, 川崎達治, 長久保定雄, 中水勝, 横井研一, 地学雑誌 2009, 118, 814–834.
  11. メタンハイドレート資源開発研究コンソーシアムHP(http://www.mh21japan.gr.jp/mh21/kss/), 2018年3月25日閲覧
  12. H. Shoji, C. C. Langway, Jr., Nature 1982, 298, 548–550.
  13. G. Tobie, J. I. Lunine, C. Sotin, Nature 2006, 440, 61–64.
  14. J.-M. Herri, E. Chassefière, Planet. Space Sci. 2012, 73, 376–386.

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