水のもう一つの形態:クラスレートハイドレート(2)
橋本 秀紀/環境科学専攻 博士後期課程
前回は、水分子がかご状に水素結合したクラスレートハイドレートについて、その物性を紹介しました(前回コラムへのリンク)。このクラスレートハイドレートは自然界での存在が報告されている一方、工業的に応用する技術の開発も進められています。本章では主だった技術について簡単にご紹介いたします。
ガスの貯蔵
クラスレートハイドレートのガス包蔵性を生かした応用技術のなかで最も実現に近い段階にあるものは天然ガスの貯蔵媒体としての利用です。日本では天然ガスは液化させLNG(Liquefied Natural Gas)の形で貯蔵および輸送されていますが、LNGは絶えず−162 ºCの極低温を保つ必要があるため、貯蔵・輸送中の冷却に大きなエネルギーを必要とし、これがコストとなります。クラスレートハイドレートの場合は大気圧の下、−20 ºCほどで安定的に天然ガスが貯蔵可能なことから低コストでの輸送が可能と言われています(厳密に言うと熱力学的には−80 ºC以下で安定的ですが、−20 ºCで分解が抑制される自己保存効果と呼ばれる現象が発生します)。6,000 kmの距離において年間100万トンの天然ガスを輸送すると仮定した場合、クラスレートハイドレートによる天然ガス輸送がLNGよりも低コストであるという試算結果も報告されています [1]。
またオゾンの長期保存に成功した報告例もあります。オゾンは化学的に不安定な物質なので保存が難しいと言われているのですが、クラスレートハイドレートの形であれば1,000 ppmのオゾンを30日間、貯蔵ができると明らかになっています [2]。貯蔵したオゾンは生鮮食品等の殺菌利用に期待されています。
またオゾンの長期保存に成功した報告例もあります。オゾンは化学的に不安定な物質なので保存が難しいと言われているのですが、クラスレートハイドレートの形であれば1,000 ppmのオゾンを30日間、貯蔵ができると明らかになっています [2]。貯蔵したオゾンは生鮮食品等の殺菌利用に期待されています。
CO2の回収・貯留
昨今CO2排出量増加に伴う地球温暖化が世界的な問題になっており、排出されるCO2を回収および貯留する技術の開発が進められています。こうした取り組みはCCS(Carbon Capture and Storage)と呼ばれております。CCSは主にCO2の回収・輸送・貯留の三つのプロセスから成り立っており、このうち回収および貯留にクラスレートハイドレートの利用が検討されています。
CO2大規模発生源の火力発電所や製鉄所からの排ガスにはCO2と一緒にN2やO2なども含まれるため [3]、これらからCO2を分離・濃縮する必要があります。CO2はN2やO2に比べてクラスレートハイドレートのかごに入りやすいため、優先的に回収することでCO2の分離・濃縮が可能になります。クラスレートハイドレートが生成する条件は安定して存在が可能な条件でもあるので、CO2の回収と貯蔵が同一プロセスで行えるなどの特徴があります。
貯留においては滞水層や枯渇油田にCO2を圧入する地中貯留が現在は主流となっており、日本ではCO2の圧入試験が苫小牧の湾岸区域の地層にて2016年4月より行われています [4]。クラスレートハイドレート利用においては海洋への貯留が検討されています。メタンハイドレートが存在可能なように、深海は低温および高圧の環境が整っているため、クラスレートハイドレートの生成によるCO2の貯留が可能です。今後はCO2を投棄するにあたり海洋の酸性化による生態系への影響評価などが必要不可欠になります [5]。
CO2大規模発生源の火力発電所や製鉄所からの排ガスにはCO2と一緒にN2やO2なども含まれるため [3]、これらからCO2を分離・濃縮する必要があります。CO2はN2やO2に比べてクラスレートハイドレートのかごに入りやすいため、優先的に回収することでCO2の分離・濃縮が可能になります。クラスレートハイドレートが生成する条件は安定して存在が可能な条件でもあるので、CO2の回収と貯蔵が同一プロセスで行えるなどの特徴があります。
貯留においては滞水層や枯渇油田にCO2を圧入する地中貯留が現在は主流となっており、日本ではCO2の圧入試験が苫小牧の湾岸区域の地層にて2016年4月より行われています [4]。クラスレートハイドレート利用においては海洋への貯留が検討されています。メタンハイドレートが存在可能なように、深海は低温および高圧の環境が整っているため、クラスレートハイドレートの生成によるCO2の貯留が可能です。今後はCO2を投棄するにあたり海洋の酸性化による生態系への影響評価などが必要不可欠になります [5]。
ヒートポンプ冷媒利用
現在エアコンなどのヒートポンプシステムで用いられる冷媒の開発はエネルギーの高効率化を目的として盛んに研究が行われています。従来冷媒として使用されていたクロロフルオロカーボン(CFCs)やハイドロクロロフルオロカーボン(HCFCs)は成層圏オゾン破壊の影響から、使用の禁止や制限がされています。また代替フロンのハイドロフルオロカーボン(HFCs)においても地球温暖化への寄与が大きいことから規制が進んでいます。このような経緯から環境負荷が小さい冷媒の開発が求められています [6]。
ガスの包蔵性だけではなくクラスレートハイドレートが持つ大きな特徴の一つに高い生成・分解熱があります。クラスレートハイドレートの分解は吸熱反応で、メタンハイドレートを例に挙げると分解潜熱が435 kJ/kgであり、氷の融解潜熱の334 kJ/kgよりも大きな値を取ります。これに加え、クラスレートハイドレートは包蔵されるガスの組成によって生成・分解温度が調整可能なことや圧力によって生成・分解温度が変化するなど、ヒートポンプに適した性質を持っております。COP(Coefficient Of Performance: 成績係数)向上のためにはクラスレートハイドレートの生成・分解をより常温・常圧に近い条件に変化させる(温度・圧力制御に必要な電力消費を抑える)必要があるため、昨今ではテトラヒドロフランやシクロヘキサンなどの有機化合物を用いて生成・分解条件の高温・低圧化を試みた研究が多く見られます。
ガスの包蔵性だけではなくクラスレートハイドレートが持つ大きな特徴の一つに高い生成・分解熱があります。クラスレートハイドレートの分解は吸熱反応で、メタンハイドレートを例に挙げると分解潜熱が435 kJ/kgであり、氷の融解潜熱の334 kJ/kgよりも大きな値を取ります。これに加え、クラスレートハイドレートは包蔵されるガスの組成によって生成・分解温度が調整可能なことや圧力によって生成・分解温度が変化するなど、ヒートポンプに適した性質を持っております。COP(Coefficient Of Performance: 成績係数)向上のためにはクラスレートハイドレートの生成・分解をより常温・常圧に近い条件に変化させる(温度・圧力制御に必要な電力消費を抑える)必要があるため、昨今ではテトラヒドロフランやシクロヘキサンなどの有機化合物を用いて生成・分解条件の高温・低圧化を試みた研究が多く見られます。
終わりに
「水」は私たちが生きていく上で欠かせない物質ですが、分からないことが多く今もなお物性研究が行われています。クラスレートハイドレートの研究を通じて明らかになる水の物性も多いため、産業的にも学術的にもまだまだ発展の余地があります。
実は、私は現在クラスレートハイドレートを用いたCO2の分離・回収に関する研究を行っております。理系に進学するきっかけとなった「地球温暖化」、大学の授業を通じて興味が芽生えた「エネルギー資源」、これら二つが出会うことで今の研究テーマがあります。本コラムが「経済発展と環境問題は密接な関係にあり、基礎研究の積み重ねで私たちの快適な生活が支えられていること」を考えて頂くきっかけになれば幸いです。
実は、私は現在クラスレートハイドレートを用いたCO2の分離・回収に関する研究を行っております。理系に進学するきっかけとなった「地球温暖化」、大学の授業を通じて興味が芽生えた「エネルギー資源」、これら二つが出会うことで今の研究テーマがあります。本コラムが「経済発展と環境問題は密接な関係にあり、基礎研究の積み重ねで私たちの快適な生活が支えられていること」を考えて頂くきっかけになれば幸いです。
2018年3月29日
参考文献
- 高沖達也, 石油技術協会誌 2008, 73, 158–163.
- T. Nakajima, S. Akatsu, R. Ohmura, S. Takeya, Y. H. Mori, Angew. Chem. Int. Ed. 2011, 50, 10340–10343.
- D. M. D’Alessandro, B. Smit, J. R. Long, Angew. Chem. Int. Ed. 2010, 49, 6058–6082.
- 日本CCS調査株式会社HP
(http://www.japanccs.com/business/demonstration/), 2018年3月25日閲覧 - Y. H. Mori, Energy Convers. Manage. 1998, 39, 1537–1557.
- 日本エネルギー学会, 天然ガス部会, 資源分科会, CBM・SG研究会, GH研究会(2014) 「非在来型天然ガスのすべて」(株)日本工業出版