理学部生物学科

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ウツボがつぼ

ウツボ・マニア

  東邦大学理学部の生物学科には、毎年「生き物」マニアが沢山入学して来ます。そしてマニアの中には、その生物を卒業研究のテーマに使いたいと考える者も少なくありませんす。以前(2008年11月号、他2回の生物学の新知識)紹介したクモ・マニアや、ザトウムシ・マニア、タナゴ・マニアもその例です(図1)。昔は私が卒業研究から携わってきたテーマの一端を担ってもらえないか口説くことが多かったのですが、マニアの粘りに根負けした結果始めた研究が思った以上に充実できたこともあり、最近は口説かないことが多くなりました。今回は、一昨年から私の研究室を闊歩している「ウツボがつぼ」のKT君のはじめた研究について、その入り口だけですが紹介します。
図1  マニアの生物(2008年11月号の再掲載) 図1 マニアの生物(2008年11月号の再掲載)

上段左:シマササグモ(GS君撮影)、右:ヒトハリザトウムシ(MWさん撮影)
下段左:ニッポンバラタナゴ(JI君撮影)、右:タイリクバラタナゴ(JI君撮影)

ウツボ科魚類のあれこれ

 今回の主役ウツボ科魚類(Muraenidae)は、体の形から想像する通りウナギ Eelの仲間(Anguilliformes ウナギ目;19科159属)の中に属する最大の分類群(ウツボ科;16属)で200以上の種が知られています。ちなみに、ウナギ目は硬骨魚(Osteichthyes)の中の真骨魚(Teleostei)の中では比較的早くに分岐したと考えられているカライワシ類(Elopomorpha)に属する最大の分類群で1)、ウナギやウツボだけでなくアナゴやウミヘビ、ハモも皆ウナギ目に属します。ウツボ科魚類の多くの種は世界中の温帯から熱帯の海域に生息し、岩礁域に生息する種から砂地に生息する種、マングローブ周辺の汽水域に生息する種まで幅広い環境に適応しています。海のギャングと呼ばれグロテスクな顔を持つ一方で多彩な色と模様を持つためか、実はウツボにはマニアが多く、KT君もその一人というわけです(図2)。
図2  ウツボの仲間たち 図2 ウツボの仲間たち

上段左:トラウツボ、ワカウツボ、シロヘリウツボ 右:トラウツボ
下段左:ニセゴイシウツボ 右:ウツボ (すべて KT君撮影)

WGD

 以前(2008年11月の生物学の新知識)にも紹介しましたように、脊椎動物はその起源でゲノムを数回倍加する(全ゲノム重複;Whole Genome Duplication, WGD)ことで大きく進化したといわれています2)。近年の急速に進んだゲノム解析技術は、この大イベントについて詳しい知見をもたらし、1回目のWGDの後に分岐したグループが無顎類(円口類;ヌタウナギやヤツメウナギの仲間)で、2回目のWGDを受けたのが有顎類(顎口類)で、その中の硬骨魚類のうち真骨魚類だけは3回目のWGDを受けたグループといわれています3)。面白いことに2回目のWGDの後に硬骨魚と軟骨魚類(サメやエイ等)に分岐し、硬骨魚ははじめに肉鰭類(シーラカンスやハイギョ等)と条鰭類に分かれ、条鰭類の一部が真骨魚類へと進化したと考えられていますが、二回目のWGDで留まった軟骨魚類や肉鰭類そして真骨魚類以外の条鰭類(チョウザメやガー等)の中の肉鰭類の一部から四足形類が誕生し後に陸上に進出して両生類やは虫類、鳥類や哺乳類へと分化しました(図3)。つまり脊椎動物の大躍進にWGDは大きく貢献したと言えますが、今になって振り返ると2回で充分で3回はいらなかった、と考えられなくもありません。ずっとずっと未来になってみると3回WGDを受けた真骨魚類が、地球上の主役になっている、なんてこともあるかもしれませんね。 
図3  WGDと脊椎動物の仲間たちの関係 図3 WGDと脊椎動物の仲間たちの関係

●がWGDを表している(枝は模式的な分岐を示しますが、その長さには何の意味もありません)

分子系統解析と細胞遺伝学的な解析

 さてウツボを含むカライワシ類は真骨魚の中でもアロワナに続いて早期に分岐・出現してきたとされていますから、ゲノムは三回目のWGDをうけた仲間です。レプトセファルス(Leptocephalus)と呼ばれる独特の幼生の時期を経て成長することが知られています。今話題のニホンウナギの稚魚、シラスウナギもこのレプトセファルス幼生が変態したものです。レプトセファルス幼生の話は、それだけで充分魅力的な話題に富んでいますが、それは後日に譲り、今回は系統解析のお話です。
 他の生物群と同じように、魚の仲間の系統関係の類推も形態を指標にしていた時代から、現在は分子データを使った分子系統解析に変わっています4)。その結果、進化の時間軸を伴った魚類全体の分類体系が更新されてきました5)。その解析の強力なツールとなったのが、ミトコンドリアゲノムの塩基配列データです。魚のミトコンドリアはヒトと同じく2つのrRNA遺伝子と22のtRNA、そして13のタンパク質をコードした遺伝子、計37遺伝子からなります。多くの研究者の長年の努力の結果、沢山の魚類についてミトコンドリアゲノムの塩基配列データが蓄積されています。
 ウツボがつぼのKT君は、トラウツボDragon moray(Enchelycore pardalis)の分類がかねてより気になっていました。この種は現在コケウツボ属(Enchelycore)に分類されていますが、過去にはトラウツボ属(Muraena)に分類されていたこともあるためか、現在もMuraena pardalisとの記載も沢山出てきます。KT君は、今の分類は長年培われてきた生息範囲や外部形態を判断基準としたものであやふやな部分が残っており、分子系統学的な解析はまだまだこれからと考え、ミトコンドリアゲノムのDNA配列を決定して、分子系統樹の推定を試みました。彼が用いたのはミトコンドリアゲノムの中のCOⅠ、12S rDNA、16S rDNAの3領域の塩基配列で、他の近縁種の塩基配列データと比較し推定した系統樹(概略図)が図4です。この図からは、トラウツボはコケウツボ属の魚類ではなく、トラウツボ属の魚類の仲間に見えます。
図4 トラウツボ属、コケウツボ属の系統関係を示す概略図 図4 トラウツボ属、コケウツボ属の系統関係を示す概略図
  トラウツボ属のほとんどの種は大西洋や地中海に分布していますが、トラウツボはインド・太平洋地域に広く分布しているとされています。先行研究では、サンゴ礁等に生息する魚類は、地峡の形成による海域の分断によって種分化が生じるケースが報告されており、ウツボ科魚類でも同様の報告がされています6)。そのため、トラウツボ属もこれに該当するのではないかとKT君は考えています。しかし、これはミトコンドリアゲノムの一部配列を比較した際の結果です。母系遺伝をするミトコンドリアの塩基配列のみでなく、今後は核ゲノムを用いた多面的な解析や、分岐年代推定といったより詳細な解析により、この系統がどのような進化を辿ってきたのかを考えたいと、KT君の夢は広がっています。
 上記で触れた核ゲノムを用いた解析の一例として、現在KT君は染色体レベルでの解析も行っています。核型や遺伝子座の比較は、分子系統解析とは違った進化の側面を捉えることができる手法で、多くの生物群の系統進化について広く用いられてきました。3回のWGDを経た真骨魚類に属するウツボ科魚類は、2n=42の染色体数がよく保存されています7)8)。しかし、中にはウツボKidako moray Gymnothorax kidakoのように異なる染色体数を持つ種もいます。この種は、千葉県の房総半島を北限として日本の沿岸部に広く生息する種で、2n=36の染色体数を持ちます(図5)7)。これらの染色体数の違いは、どのようにして生じたのかを知るには、近縁の複数種間で比較するといった、地道な核型解析(染色体解析)を強いられます。ウツボがつぼのKT君にとっては、この地道な作業も喜びですから、きっと驚きの結果を出してくるに違いありません。まさに乞うご期待です。
図5 ウツボの中期分裂像と5S rDNAの遺伝子座 図5 ウツボの中期分裂像と5S rDNAの遺伝子座

赤いシグナルが5SrDNA の遺伝子座を示す(KT君撮影)

ウツボは美味?

 見た目は強烈なウツボですが、静岡県や和歌山県の一部地域では食べられている地域もあり、唐揚げやタタキ、干物等様々な食べ方で楽しまれています。近年ではSDGsの「飢餓をゼロに」、「海の豊かさを守ろう」に貢献する取り組みとして、一般には流通していない「未利用魚」が新たな海産資源として注目されています。静岡県のある町では、新たな町の名物としてもPRされています。扱いや捌くのが少し大変 (未利用魚たる所以)ですが、味は絶品なので機会があれば皆様是非お試しください。食べ方を紹介するHPは星の数ほどありますので、検索してみて下さい。
図6 KT君の自作のウツボの唐揚げとタタキ 図6 KT君の自作のウツボの唐揚げとタタキ
久保田 宗一郎(ゲノム進化ダイナミクス)

参考文献

  1. Jun G. Inoue, Masaki Miya, Katsumi Tsukamoto, Mutsumi Nishida, A Mitogenomic Perspective on the Basal Teleostean Phylogeny: Resolving Higher-Level Relationships with Longer DNA Sequences. Molecular Phylogenetics and Evolution, 20: 275-285 (2001)
  2. Susumu Ohno, Evolution by Gene Duplication. Springer-Verlag (1970)
  3. 佐藤行人、西田睦 全ゲノム重複と魚類の進化. 魚類学雑誌56: 89-109 (2009)
  4. Thomas D. Kocher, Carol A. Stepien (ed), Molecular Systematics of Fishes. Academic Press (1997)
  5. 宮正樹 魚類3万5千種の由来:データ駆動型・仮説探索型アプローチで解き明かした魚類の時空間ダイナミクス. 魚類学雑誌71: 1-26 (2024)
  6. Joshua S. Reece, Brian W. Bowen, David G. Smith, Allan Larson, Molecular Phylogenetics of Moray Eels (Muraenidae) Demonstrates Multiple Origins of A Shell-Crushing Jaw (Gymnomuraena, Echidna) and Multiple Colonizations of the Atlantic Ocean. Molecular Phylogenetics and Evolution, 57: 829–835 (2010)
  7. Akinori Takai, Yoshio Ojima, Karyotypic Studies of Five Species of Anguilliformes (Pisces). Proceedings Japan Academy, Series B 61: 253-256 (1985)
  8. Antonio Jales Moraes Vasconcelos , Wagner Franco Molina, Cytogenetical studies in five Atlantic Anguilliformes fishes. Genet. Mol. Biol., 32: 83-90 (2009)

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