理学部生物学科

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形態測定学

はじめに

 ガラパゴス諸島に生息するフィンチは、嘴の大きさに変異があり、そのような変異は利用する餌資源に対しての適応進化の結果と考えられている。フィンチの大きな嘴は大きく硬い木の実をわって採餌する上で有利であり、小さな嘴は小さな木の実を素早く採餌する上で有利になっている。このような採餌効率の都合上、同所的に生息する別種間で互いに資源競争を避けるように適応進化した結果、一方の種は大きな嘴をもつように進化し、他方の種は小さな嘴をもつように進化した。同様の種間相互作用がさまざまな餌資源に対して生じた結果、多様な嘴をもつフィンチが適応的に分化したのだろうと考えられている。

 形態進化といえば、カブトムシの角やクワガタの大顎にみられる武器形質の進化も興味深い。これらの甲虫にみられる形態変異は、雄特異的に存在し雌にはみられないことから性的二型とよばれる。より大型の角や大顎をもつ雄は、雌を巡る雄同士の闘争に有利と考えられ、そのような雄特異的な形質を発現させる遺伝子は次世代にその頻度を高めるだろう。結果として雌雄で極端に異なる武器形質の進化が生じる。同様の選択圧は、クジャクの羽やグッピーの体色のように雄特異的に華美な装飾形質を進化させたと考えられており、ランナウェイ仮説、ハンディキャップ仮説、感覚便乗仮説など様々な仮説とともに多くの論争を引き起こしてきた。

 前者のように自然環境に適応した遺伝変異が選択される過程は自然選択とよばれ、後者にように配偶者を得る上で有利な遺伝変異が選択される過程は性選択とよばれる。生物形態は自然選択あるいは性選択を受けることで種間および種内に著しい変異が生じるわけだが、そのような形態進化を導く遺伝・発生基盤はどのような構造をしているのだろうか。エンドウの豆の緑と黄色といった質的形質であればシンプルなメンデル遺伝があてはまることも多いだろうが、フィンチの嘴の高さやカブトムシの角の長さのような量的形質であれば、複数の量的遺伝子座(Quantitative Genetic Loci; QTL)上の遺伝子によって変異が生じているケースがほとんどであろう。このようなポリジーン支配的な遺伝構造をもつ形態はどのように進化するのだろうか。

 以上のように生物の形態進化は生態学や行動学に基づいて研究されるだけでなく、近年、遺伝学や発生学的視点からも研究が活発に行われるようになってきた。しかし、これらの形態進化研究に共通して重要なことは、いかに生物形態を正確に定量化するかということである。生物形態の定量化を扱う学問として、形態測定学という学問領域が古くから存在するが、近年、計算機の高速化・汎用化にともない学問分野として大きく発展してきている。今回、この学問領域で用いられる形態測定法の基礎概念について簡単に紹介する。
図1 ミヤマクワガタ(Lucanus maculifemoratus)
図1 ミヤマクワガタ(Lucanus maculifemoratus)

形態測定法における大きさ

 形態測定法とは、一般的に生物の形態情報を大きさと形に分け定量化する方法といえる。しかし、そもそも生物形態の大きさと形とは、本質的に何を意味するのだろうか。

 形態測定学における大きさとは、一般的に縮尺(Scale)を意味する。例えば、下図の三角形をみてほしい。三角形Aを0.5倍、2倍したものが三角形BとCを示している。コピー機を使って書類をA4からA3に拡大させるがことがあるが、まさに、拡大・縮小によって生じる情報の違いが大きさの違いといえる。
図2 縮尺(Scale)が異なる三角形
図2 縮尺(Scale)が異なる三角形

形態測定法における形

 一方で、形とは何だろうか。形態測定学では、一般的に形を「大きさ以外の形態情報」と定義する場合が多い。この形の概念を同様に三角形の例を用い説明する。
図3 縮尺(Scale)が異なる三角形。左の三角形は0.25の面積をもつ一方、右の三角形の2の面積をもつ
図3 縮尺(Scale)が異なる三角形。左の三角形は0.25の面積をもつ一方、右の三角形の2の面積をもつ
 上図の2つの三角形は同じ形だろうか。形を考える以前に2つの三角形では大きさの違いが大きく、形の違いがわかりにくくなっている。2つの三角形の面積を測定すると、左の三角形が0.25であるのに対し、右の三角形は2だった。そこで2つの三角形から大きさの効果を取り除くため、左の三角形を4倍、右の三角形を0.5倍して、面積1の三角形に変形した(Scaling)。さらに両三角形の重心(Centroid)を重ねあわせるよう座標変換を行った(Translation)。
図4 ScalingとTranslation
図4 ScalingとTranslation
 2つの三角形間には、底辺の長さや高さに関して違いはないが、上部頂点座標に明確な差があることがわかるだろう。この違いが形の差といえる。このように既存の形態情報から大きさの効果を除いた形態情報の差が形の差といえる。

昨今の形態測定学

 実際の生物形態は、このような三角形の定量化のように簡単に拡大・縮小(Scaling)や重心(Centroid)基準の座標移動(Translation)を容易に行うことができず、さまざまな解析手法が開発されてきた。例えば、サイズ補正法(Burnaby 1966; Mosimann 1970; Albrecht et al. 1993; Jungers et al. 1995; McCoy et al. 2006)、多変量解析法(Darroch and Mosimann 1985; Klingenberg 1996; Berner 2011)、幾何学的形態測定法(Bookstein 1997; Zelditch et al. 2004; Klingenberg 2010)などが一般的な定量化法として用いられる。このような手法を用いて定量化した形態情報を用い、生態学や行動学では生物形態がいかに環境に適応しているかを議論し(Konuma and Chiba 2007; Konuma et al. 2011; Konuma et al. 2013)、遺伝学では生物形態に関わる遺伝領域特定へ応用され(Albertson et al. 2005; Wagner et al. 2008; Konuma et al. 2013)、発生学では制約(Constraint)等の重要な論争の研究に用いられる(Riedl 1978; Cheverud 1984; Konuma et al. 2014)。とりわけ、シーケンサーのスループットが急速に向上した昨今において、膨大なゲノム情報を形態と関連付けさせる上でも正確な形態情報の定量化が必須といえ、今後、一層重要な研究領域となることが予想される。ゲノミクス、トランスクリプトミクスに関するドライやウェットの技術に加え、形態測定学に基づいた解析手法も、今後学ぶべき重要な解析技術となるのではないだろうか。
地理生態学研究室:小沼順二

引用文献

  1. Albrecht, Gene H., Bruce R. Gelvin, and Steve E. Hartman. "Ratios as a size adjustment in morphometrics." American Journal of Physical Anthropology 91.4 (1993): 441-468.
  2. Berner, Daniel. "Size correction in biology: how reliable are approaches based on (common) principal component analysis?." Oecologia 166.4 (2011): 961-971.
  3. Bookstein, Fred L. "Landmark methods for forms without landmarks: morphometrics of group differences in outline shape." Medical image analysis1.3 (1997): 225-243.
  4. Burnaby, T. P. "Growth-invariant discriminant functions and generalized distances." Biometrics (1966): 96-110.
  5. Cheverud, James M. "Quantitative genetics and developmental constraints on evolution by selection." Journal of Theoretical Biology 110.2 (1984): 155-171.
  6. Darroch, John N., and James E. Mosimann. "Canonical and principal components of shape." Biometrika 72.2 (1985): 241-252.
  7. Jungers, William L., Anthony B. Falsetti, and Christine E. Wall. "Shape, relative size, and size‐adjustments in morphometrics." American Journal of Physical Anthropology 38.S21 (1995): 137-161.
  8. Klingenberg, Christian Peter. "Evolution and development of shape: integrating quantitative approaches." Nature Reviews Genetics 11.9 (2010): 623-635.
  9. Konuma, Junji, and Satoshi Chiba. "Trade‐Offs between Force and Fit: Extreme Morphologies Associated with Feeding Behavior in Carabid Beetles."The American Naturalist 170.1 (2007): 90-100.
  10. Konuma, Junji, Nobuaki Nagata, and Teiji Sota. "FACTORS DETERMINING THE DIRECTION OF ECOLOGICAL SPECIALIZATION IN SNAIL‐FEEDING CARABID BEETLES." Evolution 65.2 (2011): 408-418.
  11. Konuma, Junji, Teiji Sota, and Satoshi Chiba. "A maladaptive intermediate form: a strong trade‐off revealed by hybrids between two forms of a snail‐feeding beetle." Ecology 94.11 (2013): 2638-2644.
  12. Konuma Junji, Sota Teiji, Chiba Satoshi (2013) Quantitative genetic analysis of subspecific differences in body shape in the snail-feeding carabid beetle Damaster blaptoides. Heredity, 110, 86–93.
  13. Konuma, Junji, Satoshi Yamamoto, and Teiji Sota. "Morphological integration and pleiotropy in the adaptive body shape of the snail‐feeding carabid beetle Damaster blaptoides." Molecular ecology 23.23 (2014): 5843-5854.
  14. McCoy, Michael W., et al. "Size correction: comparing morphological traits among populations and environments." Oecologia 148.4 (2006): 547-554.
  15. Mosimann, James E. "Size allometry: size and shape variables with characterizations of the lognormal and generalized gamma distributions."Journal of the American Statistical Association 65.330 (1970): 930-945.
  16. Riedl R (1978) Order in Living Organisms. John Wiley & Sons, New York.
  17. Zelditch, M., et al. "Geometric Morphometrics for Biologists: A primer: Elsevier Academic Press." Waltham, MA (2004).

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