理学部生物学科

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樹木の分布をエンボリズムから考える

日本はモンスーン気候のもとで十分な降水量に恵まれ、全域で森林が発達している。ただ、南から北へ、平地から高山へ気候の変化に伴い、森林タイプは大きく変化する(表1)。ここでは、このような森林植生の分布を樹木の水の流れから考えてみよう。

1.エンボリズムとは

 樹木の水の流れは、蒸散によって水分が失われた葉で細胞の吸水力が高まることから始まる。吸水力によって水が引っ張られて、根から幹・枝の通導組織(道管や仮道管)を通って葉への水の流れが生じるのである。葉が活性を保つためには、常に高い含水量を保つ必要があるので、この水の流れが短時間でも途絶えると健全な営みができなくなる。ところが、通導組織に気泡が入って(キャビテーション)、水の流れが遮断されることがある。この状態をエンボリズムという。気泡が入る原因のひとつとして、樹木の乾燥が進むと通導組織内の負圧が増して大気圧との差が大きくなり、壁孔膜といわれる弱い部分から空気が入ることが知られている(図1)。もうひとつは、寒冷地で冬季に通導組織内の水が、温度変化により凍結-融解を繰り返すと、気泡が生じて通導能力が失われる場合である。水が凍結すると、水に溶けている空気は溶解度が減少して空気は気泡となって氷中に閉じ込められる。再び氷が融けて水になったときに大きな負圧がかかっていると、気泡が大きくなって通導組織内の水の流れを妨げることがある(図1)。すべての通導組織の通水が妨げられると、幹・枝から葉への水分供給は完全に止まってしまう。
図1 エンボリスムの発生メカニズム
図1 エンボリスムの発生メカニズム

2.落葉樹と針葉樹

 日本列島において九州以北の内陸部では、冬期に気温の変化により数十回以上の凍結-融解を繰り返すので、エンボリズムにより樹木の水分供給が制限される可能性がある。このような環境に自生している樹木は、どのようにしてエンボリズムに対処しているのだろうか。

図2

図2 A)落葉広葉樹のブナ.夏と冬の様子。B)常緑針葉樹のオオシラビソ

 ひとつは落葉樹として、エンボリズムが高まる時期には葉を落として蒸散することなく、水分供給のない期間を耐える戦略である(図2A)。日本の山地帯の多くの樹木は落葉樹であり、実際に調べてみると、冬はエンボリズムにより完全に枝の中の通水は止まっている(図3)。特に、太い道管では気泡が大きくなりやすく、環孔材といわれる太い道管をもつ樹木では、一回の凍結-融解によってエンボリズムが起こる。環孔材のミズナラでは、11月下旬には通水がほぼ止まる。これに対して、比較的細い道管をもつ散孔材樹種のブナでは、何回もの凍結-融解を繰り返した1月に通水が止まる。このようにして冬を凌いだ落葉広葉樹は、春になって開葉が始まる頃には、水の流れが回復する(図3)。なお常緑広葉樹は、冬にエンボリズムによって水分供給が絶たれると常緑葉が枯れてしまうので、冬も凍結することのない温暖地にしか分布できない。

図3
図3 広葉樹と針葉樹の木部断面及び通水能力の比較.冬期に寒冷地において広葉樹はエンボリズムにより通水が止まるが、針葉樹では通水能力が確保されている.枝に赤い色素を通した後の木部断面で、赤く染まっていない個所ではエンボリズムにより通水が阻害されていることを示している.図中のバーは1mm
 さらに厳しく長い冬のある亜高山帯や亜寒帯では、落葉広葉樹にとって代わって、常緑針葉樹が優占している(表1、図2B)。針葉樹の仮道管はサイズが小さく、水に溶けている空気の量も少ないので、凍結-融解の際に大きな気泡が発達する可能性は低く、エンボリズムが起きにくいといわれている(図3)。そのために、日本の亜高山帯や北海道をはじめ、シベリア・アラスカ・北欧の高緯度地方では、長く厳しい冬の間も常緑葉を維持できるのである。
表1
表1 森林植生とエンボリズム

3.トレード-オフの関係

 このように常緑針葉樹は、寒冷地で冬を乗り切る能力が高い。ではなぜ、それよりも気候が穏やかな山地では、落葉広葉樹のほうが優占するのだろうか。

 太い道管をもつ広葉樹は、多量の水を葉に運ぶことができる。そのため、大きく気孔を開いて多くの水が蒸散によって失われても、十分な水分供給を受けることができる。気孔を大きく開くことで、多くの二酸化炭素を取り込むことができるので、光合成能力が高く、成長も速い。これに対して、針葉樹では仮道管が細いので通水量が少なく、気孔開度も少なく、光合成速度が低い。そのため、山地帯では光合成能力が高い広葉樹との競争に負けてしまうと考えられている。このように一つの能力に優れると、他の能力で劣るという現象は生物の世界ではよくあることで、トレード-オフの関係と呼ばれている。このように、生物の世界では、ある1つの生物種だけが適応して占有することはなく、様々な特性をもった生物種がそれぞれ適応して共存し、生物多様性を維持しているのである。

植物生態学:丸田恵美子

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