理学部生物学科

メニュー

厳しい環境で越冬できるハクサンシャクナゲ

 富士山では亜高山帯から森林限界にかけて、ハクサンシャクナゲ(Rhododendron brachycarpum)の美しい花を見ることができる(図1)。常緑低木であるシャクナゲの仲間は、共通して革質で厚い葉を持つのが特徴で、いわゆる照葉樹の葉と同じような光沢をもつ。照葉樹とは、東アジアのモンスーン気候下で、湿潤・温暖な東ヒマラヤからブータン、中国南西部を経て、台湾、日本へとつながる地帯に分布域をもつブナ科やクスノキ科、ツバキ科などに属する暖温帯常緑広葉樹の種群である。
厳しい環境で越冬できるハクサンシャクナゲ_01
 これらの暖温帯広葉樹は、日本では南西日本の低地と東北・北陸地方の海岸沿いに分布しており、冬季の気温が-15℃以下に低下する本州中部地方の内陸以北には分布できない。それは、これらの照葉樹の耐凍性がほぼ-15℃であり、それ以下の低温に耐えることができないからであると言われている。その中にあって唯一、亜高山帯や高山帯まで分布できるのがシャクナゲの仲間である。ハクサンシャクナゲは、冬季に-20℃以下まで冷え込む富士山の亜高山帯や森林限界に分布地をもち、キバナシャクナゲは北アルプスなどの高山帯に自生している。シャクナゲ類の耐凍性が-70℃以下と、非常に寒さに強い性質をもつために、このような高い標高域に分布できるのである。

 しかし、亜高山や高山、森林限界における冬の環境の厳しさとは寒さだけではない。これらの地域では、冬季は土壌が凍結するので、根から吸水することができず樹木は乾燥する。常緑葉は乾燥すると気孔が閉じて葉からの水分消失を抑えるが、葉の表面を保護しているクチクラ層からも少量ながら水分が失われるので、半年にも及ぶ期間、土壌凍結が続くような環境下では、常緑葉は乾燥枯死の危険にさらされる。一方、太陽光は植物の光合成に必須であるが、強過ぎる光エネルギーを葉が吸収すると、活性酸素が生じ、細胞を損傷するなどの被害が出る。このように、寒い地方で植物の葉が越冬するとういことは、かなりの危険をもち、実際に標高の高い地域や北方で分布できるのは落葉広葉樹のみとなる。では、照葉樹のような常緑葉をもつシャクナゲはどのようにして、例外的にこのような冬の厳しい環境に耐えて越冬できるのだろうか?富士山のハクサンシャクナゲを例に考えてみよう。
厳しい環境で越冬できるハクサンシャクナゲ_02
 ハクサンシャクナゲの葉は、晩秋から冬にかけて気温の低下とともに筒状に丸まっていき、露出面積を最小にして厳冬期を迎えている(図2)。筒状になることで、葉の織り込まれている部分は、乾燥からも強光からも守られる。そして春になって土壌凍結が融けて、吸水が可能となると葉は再び開いて光合成を再開するのである。富士山におけるハクサンシャクナゲの分布は、亜高山帯の林床から森林限界の強風にさらされる場所まで幅広い。林床のハクサンシャクナゲは、すべての葉が無傷で春を迎えることができるが、森林限界のハクサンシャクナゲは、葉の中心部で厳冬期に外気にさらされる部位が茶色く変色しているものが多い(図3)。おそらく森林限界では、冬には北西季節風が強く乾燥が厳しく、また常時、強光にさらされるために、わずかであっても外気にさらされる部位は損傷してしまうのだろう。したがってシャクナゲの葉が筒状に巻くという性質を持っていなかったなら、森林限界では葉全体が越冬できずに枯れてしまったと考えられる。 シャクナゲの仲間は皆、大変美しい花をつけるが、このように耐凍性が高く、高山や森林限界といった厳しい環境でも越冬できるしたたかな強さをもっているのである。
厳しい環境で越冬できるハクサンシャクナゲ_03

植物生態学研究室
丸田恵美子



お問い合わせ先

東邦大学 理学部

〒274-8510
千葉県船橋市三山2-2-1
習志野学事部

【入試広報課】
TEL:047-472-0666

【学事課(教務)】
TEL:047-472-7208

【キャリアセンター(就職)】
TEL:047-472-1823

【学部長室】
TEL:047-472-7110

お問い合わせフォーム