理学部化学科

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相対論効果は金のほかの性質にも影響を与えている

金では相対論効果のために,(相対論効果を考えない仮想的な原子と比べて)6s軌道のエネルギーが低くなって安定化し,5d軌道のエネルギーは高くなって不安定化していることを述べました。このことが元素としての金の性質にいろいろと影響しています。表1に金,銀,銅について,いくつかの物理的な数値をまとめてみました。

金と銀,銅の性質

  Cu Ag Au
第1イオン化エネルギー(kJ / mol) 746 731 890
第2イオン化エネルギー(kJ / mol) 1958 2074 1980
電子親和力 (kJ / mol) 118 126 223
金属半径 (pm) 128 145 144
凝集エネルギー(kJ / mol) 336 284 368

金は高い酸化数を取ることができる

表に示した元素はいずれも金属としては比較的大きなイオン化エネルギーを持ちます。これは一つには周期表の周期の後ろ側にある元素は,原子核の電荷が増えるために電子が原子核により強く束縛されることにあります。銅や銀ではKから始まりScからCuまであるいはRbからYを経てAgまでたくさんの元素がありますが,金ではさらにランタニドという周期表の欄外に示されているCeからLuまでの元素がランタンLaとハフニウムHfの間に存在するためにその影響(ランタニド収縮)がより大きくなるからです。しかし金では,それだけでなく先に説明した相対論効果によって6s軌道が安定化することも,イオン化エネルギーの増大に寄与しています。このイオン化エネルギーが大きいことが,金が銀に比べても反応性に乏しいことの原因の一つになっています。銀は硝酸で酸化されますが,金は王水や塩素,臭素で酸化されます。しかもAu(I)でなく,Au(III)にまで酸化されます。

Au + 3HNO3 + 4HCl → H[AuIIICl4] + 3H2O + 3NO2

フッ素では条件によっては,Au(V)まで酸化されます。

Au + 3/2F2 + F → AuF4(無水HF中,–20℃)
AuF4- + 2F· → AuF6 (無水HF中,–20℃,光照射時)

F·はF2の光分解で生じた原子状のフッ素です。同じような条件下ではAgからはAgF2もしくはAgF4を生成します。銅のフッ化物はCuF2までしか知られていません。金が反応性に乏しいことと,このような高酸化状態を取ることは矛盾しているように見えるかもしれませんが,相対論効果によって5d軌道が不安定化して反応しやすくなっている(電子がとれやすくなっている)と考えれば,よく理解できます。実際d電子が関わる第2イオン化エネルギーは金の方が小さくなっています。

金の陰イオンも知られている

6s軌道のエネルギーが低いことは,電子親和力の大きさとしても現れています。電子親和力は,原子Mが電子を受け取ってMになるときに発生する熱量ですから,大きいほど電子を受け取りやすいことになります。金の電子親和力は銀の2倍近くにもなっていますが,実は金属の中で最も電子親和力が大きいのが金です。ヨウ素の電子親和力は295 kJ / molですから,金の値はこの値にかなり近くなっています。実際Auイオンが知られています。セシウムと金の反応でCsAuが生成し,この物質は半導体でCsCl型構造をしていることが知られています(図5)。
図5 金化物イオンを含む化合物の結晶構造。左:CaAu.NH3の結晶構造(A.-V. Mudringら, Angew. Chem. Int Ed. 2002, 41, 120)。Au-のジグザグ鎖とCs+の1次元鎖がつくる層の間にアンモニア分子が入り込んだ構造である。AuーAu距離は301.5と302 pmであり,金原子間に弱い相互作用がある。中央:CsAu(U. Zachwieja, Z. Anorg. Allg. Chem. 1993, 619, 1095)。塩化セシウム型の結晶構造。右:[(CH3)4N]Auの結晶構造(P. D. C. Dietzel, M. Jansen, Chem. Commun. 2001, 2208)。CsAuのCs+を(CH3)4N+に置き換えた構造と見ることができるが,Auが体心から少しずれた位置にある。この構造は臭化物塩[(CH3)4N]Brと同一。カラーコード:橙黄色:金,青緑:セシウム,青:窒素,灰色:炭素,白:水素

このCsAuは液体アンモニアに溶け,アンモニアを注意深く気化させるとCsAu·NH3が得られることも知られています(図5)。また液体アンモニア中でCsAuとテトラメチルアンモニウム=ブロミド[(CH3)4N]Brを反応させると,[(CH3)4N]Auが生成することも知られています。この[(CH3)4N]Auの結晶構造(図5)は[(CH3)4N]+Brと同じ構造で,Br-の位置にAu-が存在することが確かめられています。CsAuと同じようにしてRbAuも合成できますが,RbAuを液体アンモニアに溶かして,18-クラウン-6(18-crown-6)を加えると[Rb(18-crown-6)(NH3)3]Au·NH3が生成することが知られています。この化合物の結晶構造も調べられていますが,Rbに配位した3分子のNH3のH,および結晶溶媒のNH3のHとAuの間に水素結合(N···Au = 3.73および3.63 À)があることが分かっています(図6)。これはAuがハロゲン化物イオンと同じような挙動をすることを示しています。

図6 [Rb(18-crown-6)(NH3)3]Au.NH3の結晶構造。左:結晶構造,右:Au-周りの構造で,NH3分子の水素原子と金貨物イオンの間に水素結合がある。H. Nuss, M. Jansen, Angew. Chem. Int. Ed. 2006, 45, 4369をもとに描画。カラーコード:橙黄色:金,紅色:ルビジウム,青:窒素,灰色:炭素,白:水素。

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