相対論効果
再び原子の構造に戻ることにします。原子の構造としての素朴なモデルとして,原子核の周りを電子が円運動をしているというボーアのモデルがあります。このモデルは,単純過ぎることがわかっていますが,今回のテーマを考えるのに適しているので,限界があることを承知でこのモデルで話を進めます。このモデルでは,1個の電子がZ個の陽子をもつ原子核の周りを運動しているとき,電子が取ることができるエネルギーEnや半径rnは連続でなく,
En = -( m e4 / 8 ε02 h2 ) ( Z2 / n2)
r n = (ε0 2 / π m e2) (n2 / Z)
で決まる飛び飛びの値であり,運動する電子の速度vnは
vn = (e2 / 2 ε0 h) (Z / n) = (1/137) (Z / n) c
となることが知られています。ここでmは電子の質量,Zは原子核の電荷,hはプランク定数,cは光速です。nは量子数でK殻は1,L殻は2,M殻は3というようにとります。
例えば水素原子の1s軌道の電子の速度はn = 1, Z =1なのでv = (1/137)cとなり,光速の1/137で運動していることになります。この速度は秒速2200 kmにもなっています。それでは私たちが興味を持っている原子番号79番の金において,最も原子核に近いところに存在する1s電子ではどうなるでしょうか。同じ計算をしてみるとv = (79/137)c = 0.58 cとなり,なんと光速の半分以上の速度です。このくらいになってくると,もう一つ別の世界のことが気になり始めるのです。
それは物質は速度ともに重くなるという,相対論の世界です。速度vで運動している物質の質量mは,静止しているときの質量をm0として,
m = mo / [1 – (v/c)2]1/2
となります。運動している物質は,速度が光速に近づくにつれて重くなるのです。水素原子の1s電子では事実上m = moです。ところが金の1s電子ではm = 1.2 m0と,なんと2割以上も重くなるのです。このため電子は相対論の影響を考慮しないときと比べて原子核により強く引き寄せられ(相対論の影響を上のrnの式から考えると,相対論の影響がないとした仮想的な原子に比べて19%ほど縮んでいることになります:r1s,r / r1s,nr = (1/1.2mo) / (1/mo) = 0.89) ,軌道エネルギーが低くなります。このような効果を相対論効果とよび,原子番号が大きな原子ほど影響が大きくなります。
この相対論効果はいろいろな軌道のエネルギーに影響を与えます。1s軌道や2s軌道の電子は原子核の近くに存在するので,相対論効果がないと仮定したときよりもエネルギー的に安定化していて,半径も小さくなっています。そうするとこれらよりも外側のs軌道の電子も内側のs軌道が縮んだのを埋め合わせるかのようにして原子核に近づき,エネルギーが安定化します。p軌道の電子についてもs軌道ほどではないのですが,やはり原子核に近づき,エネルギー的に安定化します。これに対して,d軌道やf軌道の電子は,逆の影響を受けるようになります。s軌道やp軌道の電子はもともとd軌道の電子よりも内側に存在しますが,s軌道やp軌道の電子がより原子核に近づいてしまうと,d軌道の電子が“感知”する原子核の電荷がこれらの電子によって一部“中和”されて(専門家は遮へいとよんでいます)しまいます。このため核に引きつけられる力が弱まり,より外側に広がるようになり,エネルギー的に不安定化します。以上をまとめると,原子番号が大きくなると相対論効果が大きく影響するようになり(だいたいZ2に比例),s軌道やp軌道の電子はより安定化し,d軌道やf軌道の電子はより不安定化します。
En = -( m e4 / 8 ε02 h2 ) ( Z2 / n2)
r n = (ε0 2 / π m e2) (n2 / Z)
で決まる飛び飛びの値であり,運動する電子の速度vnは
vn = (e2 / 2 ε0 h) (Z / n) = (1/137) (Z / n) c
となることが知られています。ここでmは電子の質量,Zは原子核の電荷,hはプランク定数,cは光速です。nは量子数でK殻は1,L殻は2,M殻は3というようにとります。
例えば水素原子の1s軌道の電子の速度はn = 1, Z =1なのでv = (1/137)cとなり,光速の1/137で運動していることになります。この速度は秒速2200 kmにもなっています。それでは私たちが興味を持っている原子番号79番の金において,最も原子核に近いところに存在する1s電子ではどうなるでしょうか。同じ計算をしてみるとv = (79/137)c = 0.58 cとなり,なんと光速の半分以上の速度です。このくらいになってくると,もう一つ別の世界のことが気になり始めるのです。
それは物質は速度ともに重くなるという,相対論の世界です。速度vで運動している物質の質量mは,静止しているときの質量をm0として,
m = mo / [1 – (v/c)2]1/2
となります。運動している物質は,速度が光速に近づくにつれて重くなるのです。水素原子の1s電子では事実上m = moです。ところが金の1s電子ではm = 1.2 m0と,なんと2割以上も重くなるのです。このため電子は相対論の影響を考慮しないときと比べて原子核により強く引き寄せられ(相対論の影響を上のrnの式から考えると,相対論の影響がないとした仮想的な原子に比べて19%ほど縮んでいることになります:r1s,r / r1s,nr = (1/1.2mo) / (1/mo) = 0.89) ,軌道エネルギーが低くなります。このような効果を相対論効果とよび,原子番号が大きな原子ほど影響が大きくなります。
この相対論効果はいろいろな軌道のエネルギーに影響を与えます。1s軌道や2s軌道の電子は原子核の近くに存在するので,相対論効果がないと仮定したときよりもエネルギー的に安定化していて,半径も小さくなっています。そうするとこれらよりも外側のs軌道の電子も内側のs軌道が縮んだのを埋め合わせるかのようにして原子核に近づき,エネルギーが安定化します。p軌道の電子についてもs軌道ほどではないのですが,やはり原子核に近づき,エネルギー的に安定化します。これに対して,d軌道やf軌道の電子は,逆の影響を受けるようになります。s軌道やp軌道の電子はもともとd軌道の電子よりも内側に存在しますが,s軌道やp軌道の電子がより原子核に近づいてしまうと,d軌道の電子が“感知”する原子核の電荷がこれらの電子によって一部“中和”されて(専門家は遮へいとよんでいます)しまいます。このため核に引きつけられる力が弱まり,より外側に広がるようになり,エネルギー的に不安定化します。以上をまとめると,原子番号が大きくなると相対論効果が大きく影響するようになり(だいたいZ2に比例),s軌道やp軌道の電子はより安定化し,d軌道やf軌道の電子はより不安定化します。