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プレスリリース 発行No.1449 令和7年2月6日

らせん磁気構造の位置が電流で操作できることを実証
~ 次世代スピントロニクス素子への応用に期待 ~

発表のポイント

  • らせん状に磁気モーメント(注1)が整列したらせん磁性体(注2)に電流を流すと、らせん磁気構造が並進運動(スライディング)を示す現象を実証しました。
  • らせん磁気構造が電流によって操作できるので、それを活用した新しい原理のスピントロニクス(注3)素子の開発が期待されます。

発表概要

 らせん磁性体と呼ばれる磁石においては、磁気モーメントがらせん状に整列します。らせん水車に水を流すと回転するのと同じように、ナノスケールのらせん磁気構造に電流を流すと、らせん軸の周りで回転することが理論的に予測されていました。らせん形状は軸周りの回転と軸に沿った並進が同じになるので、この電流による回転現象は並進現象でもあります。

 今回、東北大学大学院理学研究科の木元悠太 大学院生、同大学金属材料研究所の関剛斎 教授と小野瀬佳文 教授、東邦大学理学部物理学科の大江純一郎 教授らからなる共同研究グループは、らせん磁気構造に電流を流すと並進運動(スライディング)することを初めて実証しました。これにより、らせん磁性体において、ある位置にどの方向角度を向いた磁気モーメントがあるかが電流で制御できる可能性が示されました。この機能を用いたスピントロニクス素子の実現が期待されます。

 本研究成果は、2025年2月5日(米国東部時間)に米国物理学会の学術誌「Physical Review Letters」に掲載されました。

詳細な説明

研究の背景
 らせん磁性体は、磁気モーメントがらせん状に整列する磁石です。ここに電流を流すと、伝導電子がねじれた磁気構造に作用することによる磁気トルク(スピン移行トルク(注4))によってらせん磁気構造が回転運動を始めることが期待されます(図1)。このような電流による回転運動は、図2のようにらせん水車に水を流したときに回転する運動と類似しており、並進運動とみなすこともできます。物質中では、磁気モーメントや電荷の周期構造が電流によって並進運動する現象がしばしば観測されてきましたが、らせん磁気構造の並進運動はこれまで観測されていませんでした。

今回の取り組み
 本研究グループは、マンガン(Mn)と金(Au)からなるらせん磁性体MnAu2の単結晶薄膜を用いて、らせん磁気構造の並進運動の検証を行いました。その結果、あるしきい値電流を境に、微分抵抗の減少と伝導ノイズの増大という振る舞いを観測しました(図3)。これらの振る舞いは、物質中の磁気モーメントや電荷の並進現象の際に観測されるもので、らせん磁気構造の並進運動を実証するものです。

今後の展開
 本研究により、らせん磁気構造の位置が電流によって制御できることが分かりました。スピントロニクスで提案されているレーストラックメモリ(注5)とよばれる磁気メモリ方式では、磁気メモリ情報が書き込まれた磁気構造を電流によって並進させながら読み出し・書き込みを行います。本研究によりらせん磁性体はこのような方式に適合することが明らかになったため、今後らせん磁性体がそのようなスピントロニクス素子へ応用されることも期待されます。
電流で駆動されるらせん磁気構造の並進運動の模式図
図1.電流で駆動されるらせん磁気構造の並進運動の模式図
らせん軸方向に電流を流すと、磁気モーメントに対し電流と直交する面内で回転する向きのスピン移行トルクが働く。電流の大きさがしきい値を超えると、らせん磁気構造が全体として並進運動を開始する。
らせん水車に水を流したときの回転運動とらせん磁気構造に電流を流したときの回転運動の比較図
図2.らせん水車に水を流したときの回転運動(左)と
らせん磁気構造に電流を流したときの回転運動(右)の比較図

らせん構造の軸周りの回転運動は、並進運動ともみなすことができる。
らせん磁気構造の並進運動を示唆する実験結果
図3.らせん磁気構造の並進運動を示唆する実験結果
(a)しきい値電流における微分抵抗の減少と(b)しきい値より大きな電流での伝導ノイズの増大。

謝辞

 本研究は、JST次世代研究者挑戦的研究プログラム(課題番号: JPMJSP2114)、JST戦略的創造研究推進事業さきがけ(課題番号: JPMJPR19L6, JPMJPR245A)、JST創発的研究支援事業(課題番号: JPMJFR202V, JPMJFR2133)、JSPS科研費(課題番号: JP20K03828, JP21H01036, JP22H04461, JP22H05145, JP23H00232, JP23K13654, JP24H01638, JP24H00189, JP24K00572, JP24K01283, JP24K21725)、
三菱財団および東北大学スピントロニクス国際共同大学院プログラムからの支援を受けて実施されました。
 本論文は『東北大学2024年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業』によりOpen Accessとなっています。

用語解説

(注1)磁気モーメント
磁性の強さとその向きを表すベクトル量。原子が持つ微小な磁石(原子磁石)としての性質を表し、その配列の仕方によって物質全体の磁気特性が決まります。

(注2)らせん磁性体
磁気モーメントがらせん状に回転した磁気配列を持つ物質。一つの原子層内では磁気モーメントが同じ方向に揃っているが、隣接する原子層ごとに少しずつ向きが変わり、物質全体としてらせん状の磁気構造を形成しています。

(注3)スピントロニクス
電子の持つ電気的性質(電荷)と磁気的性質(スピン)を同時に利用することで発現する物理現象を明らかにし、工学的に利用することを目指す学術分野。代表的な応用例として、磁性体のスピンの向き(上・下)で情報の読み出しや書き込みを行う、磁気センサーや不揮発性メモリ(Magnetoresistive Random Access Memory; MRAM)などがあります。

(注4)スピン移行トルク
スピン偏極した伝導電子が磁気モーメントに及ぼす磁気トルク。磁性体中では、局在した磁気モーメントが周期的な磁気構造を示し、伝導電子のスピンは、磁気相互作用によって磁気モーメントの方向に向かされながら運動します。磁性体に電流を流すと、電流の上流側の磁気モーメントの向きにスピンがそろえられた伝導電子が下流側に流れてくるので、下流の磁気モーメントには上流側の磁気モーメントの方向に傾ける磁気トルクが働きます。

(注5)レーストラックメモリ
次世代のデータストレージ技術として注目されている不揮発性磁気メモリ。ワイヤ(磁性細線)を競技用トラックと見立て、その上をデータが駆け巡る(レース)ことから、レーストラックメモリと名付けられています。ハードディスクドライブなどの技術と比べて、高速かつ高密度なデータの書き込み・読み出しが期待されています。

発表雑誌

雑誌名
「Physical Review Letters」(2025年2月5日)

論文タイトル
Current-induced sliding motion in a helimagnet MnAu2

著者
Yuta Kimoto*, Hidetoshi Masuda, Takeshi Seki, Yoichi Nii, Jun-ichiro Ohe, Yusuke Nambu, Yoshinori Onose*(*責任著者)

DOI番号
10.1103/PhysRevLett.134.056702

論文URL
https://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/PhysRevLett.134.056702
以上

お問い合わせ先

【研究に関するお問い合わせ】
東北大学金属材料研究所 量子機能物性学研究部門
教授 小野瀬 佳文

TEL: 022-215-2040
E-mail: yoshinori.onose.b4[@]tohoku.ac.jp

※E-mailはアドレスの[@]を@に替えてお送り下さい。

【報道に関するお問い合わせ】
東北大学金属材料研究所 情報企画室広報班

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E-mail: press.imr[@]grp.tohoku.ac.jp

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