プレスリリース 発行No.1439 令和7年1月15日
オプトジェネティクス技術で細胞内シグナル伝達を操作
~ 細胞内シグナルの周波数選択的な転写因子の振る舞いに新たな洞察 ~
~ 細胞内シグナルの周波数選択的な転写因子の振る舞いに新たな洞察 ~
東邦大学理学部の村本哲哉准教授の研究グループは、生命現象を光で操作するオプトジェネティクス技術を駆使して、細胞内で周期的に発生する化学信号の周波数が、転写因子を介した遺伝子発現制御やその後の細胞運命決定プロセスをどのように制御するかを実証しました。
本研究成果は、2025年1月14日に科学雑誌「Development」に掲載されました。
本研究成果は、2025年1月14日に科学雑誌「Development」に掲載されました。
発表者名
山下 謙介 (東邦大学大学院理学研究科生物学専攻 博士後期課程2年)
村本 哲哉 (東邦大学理学部生物学科 准教授)
村本 哲哉 (東邦大学理学部生物学科 准教授)
発表のポイント
- 細胞内での周期的なcAMP(注1)信号の周波数が、転写因子の核と細胞質間の移動(シャトリング)や多細胞構造の形成をどのように調節するかを解明しました。
- オプトジェネティクス技術(注2)とバイオセンサーを組み合わせることで、cAMP合成と検出を同時に行い、リアルタイムの細胞応答を精密に解析することに成功しました。
- この成果は、発生生物学の分野で周波数選択的な細胞応答の重要性を示し、細胞間のシグナル伝達に新たな視点を与えるものです。
発表内容
細胞は、刻一刻と変化する環境に適応し、精密な意思決定を行う必要があります。そのため、細胞内ではシグナル分子や遺伝子発現に周期的なリズムが観察されることがあります。例えば、心筋細胞はカルシウム濃度の変化をきっかけに収縮し、正常な心拍リズムを生み出します。また、脳の神経細胞集団は24時間周期で遺伝子発現を制御し、体内リズムを調整する概日時計の中枢として機能しています。このように、柔軟かつ安定的な周期リズムは、細胞にとって恒常性維持のための普遍的な信号情報となります。最近では、単細胞生物の生存戦略においても周期リズムが遺伝子発現や分化のタイミングを効果的に調節するしくみが明らかになりつつあります。
細胞性粘菌(Dictyostelium discoideum)(注3)は、環境中の栄養源が枯渇すると単細胞アメーバから多細胞集団へと移行するユニークな生物として知られています。この細胞集合プロセスでは、周期的に濃度変化するcAMP信号が細胞間コミュニケーションを担い、中心的な役割を果たします。興味深いことに先行研究では、細胞集合の進行に伴いcAMP信号の周期が10分から3分に短縮することが示されています。しかし、従来の技術ではcAMP信号を観察しながら、人為的に周波数変調を引き起こすことが困難であったため、リズム情報が細胞の意思決定にどのように影響を与えるのか、明確に実証できませんでした。
今回の研究では、光刺激でcAMPを制御可能なオプトジェネティクス技術を使用し、細胞性粘菌のcAMP信号の周波数を操作しつつ、顕微鏡下で細胞や分子の挙動を同時にモニタリングすることに成功しました(図1)。その結果、cAMP信号が6分周期よりも4分周期で細胞集合の効率が向上することを見出しました。一方で、cAMP信号を遺伝子発現へと変換する転写因子GtaCの応答は、6分周期から4分周期への変調で低下することが分かりました。これらの結果は、cAMP信号のリズム変調が、細胞・分子レベルの「周波数フィルター」(注4)のような機能によって情報処理されることを実証しています。
細胞性粘菌(Dictyostelium discoideum)(注3)は、環境中の栄養源が枯渇すると単細胞アメーバから多細胞集団へと移行するユニークな生物として知られています。この細胞集合プロセスでは、周期的に濃度変化するcAMP信号が細胞間コミュニケーションを担い、中心的な役割を果たします。興味深いことに先行研究では、細胞集合の進行に伴いcAMP信号の周期が10分から3分に短縮することが示されています。しかし、従来の技術ではcAMP信号を観察しながら、人為的に周波数変調を引き起こすことが困難であったため、リズム情報が細胞の意思決定にどのように影響を与えるのか、明確に実証できませんでした。
今回の研究では、光刺激でcAMPを制御可能なオプトジェネティクス技術を使用し、細胞性粘菌のcAMP信号の周波数を操作しつつ、顕微鏡下で細胞や分子の挙動を同時にモニタリングすることに成功しました(図1)。その結果、cAMP信号が6分周期よりも4分周期で細胞集合の効率が向上することを見出しました。一方で、cAMP信号を遺伝子発現へと変換する転写因子GtaCの応答は、6分周期から4分周期への変調で低下することが分かりました。これらの結果は、cAMP信号のリズム変調が、細胞・分子レベルの「周波数フィルター」(注4)のような機能によって情報処理されることを実証しています。

この技術により、細胞が化学信号の動的変化をどのように解読し、意思決定を実行するかについて深く理解する手がかりが得られました。特に、周波数変調が細胞挙動や遺伝子発現を調整するしくみは、発生生物学や病態研究への応用が期待されます。また、この技術は、がん細胞の増殖や免疫細胞の応答、さらにはNF-κBやERKなど他のシグナル伝達経路における周波数変調の役割を解明する研究にも寄与すると考えられます。
本研究の一部は、東邦大学重点領域研究補助金、日本学術振興会科学研究費助成事業・基盤研究C「組織構築のタイミングを制御する発生タイマーの作動原理(23K05785)」、特別研究員奨励費「発生タイマーが駆動する時空間制御機構の解明(23KJ1977)」の助成を受けて行われました。
本研究の一部は、東邦大学重点領域研究補助金、日本学術振興会科学研究費助成事業・基盤研究C「組織構築のタイミングを制御する発生タイマーの作動原理(23K05785)」、特別研究員奨励費「発生タイマーが駆動する時空間制御機構の解明(23KJ1977)」の助成を受けて行われました。
発表雑誌
雑誌名
「Development」(2025年1月14日)
論文タイトル
Optogenetic Control of cAMP Oscillations Reveals Frequency-Selective Transcription Factor Dynamics in Dictyostelium
著者
Kensuke Yamashita, Kazuya Shimane, Tetsuya Muramoto*
DOI番号
10.1242/dev.204403
論文URL
https://doi.org/10.1242/dev.204403
「Development」(2025年1月14日)
論文タイトル
Optogenetic Control of cAMP Oscillations Reveals Frequency-Selective Transcription Factor Dynamics in Dictyostelium
著者
Kensuke Yamashita, Kazuya Shimane, Tetsuya Muramoto*
DOI番号
10.1242/dev.204403
論文URL
https://doi.org/10.1242/dev.204403
用語解説
(注1)cAMP
cAMP(サイクリックAMP)は、細胞内で情報伝達を担う「セカンドメッセンジャー」と呼ばれる重要な分子です。細胞性粘菌ではcAMPが細胞間のコミュニケーションに重要な役割を果たします。細胞が外部からcAMPを感知すると、自らもcAMPを作り出して放出し、その信号が他の細胞に伝えられることで、細胞は互いに連携しながら細胞集合を行います。このcAMPを介した「細胞の会話」は、細胞が協調して複雑な構造を形成するための鍵となっています。
(注2)オプトジェネティクス技術
オプトジェネティクスは、光に反応して活性化する特定の分子を細胞内で発現させることで、細胞や分子の動きを高精度で操作できる技術です。この技術は、光の照射場所や時間を細かく制御できるため、いつ・どこで分子が動作するかを直接的に解析することができます。
(注3)細胞性粘菌(Dictyostelium discoideum)
細胞性粘菌は「キイロタマホコリカビ」とも呼ばれる社会性アメーバの一種です。
植物や動物、真菌(カビやキノコなど)とは異なる独自の分類に属しており、主に土壌の表層で生活しています。普段は細菌を餌にしていますが、餌が不足すると細胞同士が集まって協力し、子孫を残すための構造「子実体」を形成します。研究の歴史は長く、無菌的な実験環境で培養でき、遺伝子操作が比較的簡単に行えるため、細胞性粘菌は古くからモデル生物として利用されています。
(注4)周波数フィルター
周波数フィルターは、電子工学分野で使われる技術で、信号に含まれるさまざまな周波数成分の中から不要な成分を取り除き、必要な周波数だけを抽出する役割を果たします。これと同様の仕組みが生物の細胞内にも存在していることが分かっています。細胞は複雑でノイズの多い環境の中から、自分にとって重要な信号の周波数を選択的に認識し、それに基づいて遺伝子発現など意思決定を行うと考えられています。
cAMP(サイクリックAMP)は、細胞内で情報伝達を担う「セカンドメッセンジャー」と呼ばれる重要な分子です。細胞性粘菌ではcAMPが細胞間のコミュニケーションに重要な役割を果たします。細胞が外部からcAMPを感知すると、自らもcAMPを作り出して放出し、その信号が他の細胞に伝えられることで、細胞は互いに連携しながら細胞集合を行います。このcAMPを介した「細胞の会話」は、細胞が協調して複雑な構造を形成するための鍵となっています。
(注2)オプトジェネティクス技術
オプトジェネティクスは、光に反応して活性化する特定の分子を細胞内で発現させることで、細胞や分子の動きを高精度で操作できる技術です。この技術は、光の照射場所や時間を細かく制御できるため、いつ・どこで分子が動作するかを直接的に解析することができます。
(注3)細胞性粘菌(Dictyostelium discoideum)
細胞性粘菌は「キイロタマホコリカビ」とも呼ばれる社会性アメーバの一種です。
植物や動物、真菌(カビやキノコなど)とは異なる独自の分類に属しており、主に土壌の表層で生活しています。普段は細菌を餌にしていますが、餌が不足すると細胞同士が集まって協力し、子孫を残すための構造「子実体」を形成します。研究の歴史は長く、無菌的な実験環境で培養でき、遺伝子操作が比較的簡単に行えるため、細胞性粘菌は古くからモデル生物として利用されています。
(注4)周波数フィルター
周波数フィルターは、電子工学分野で使われる技術で、信号に含まれるさまざまな周波数成分の中から不要な成分を取り除き、必要な周波数だけを抽出する役割を果たします。これと同様の仕組みが生物の細胞内にも存在していることが分かっています。細胞は複雑でノイズの多い環境の中から、自分にとって重要な信号の周波数を選択的に認識し、それに基づいて遺伝子発現など意思決定を行うと考えられています。
以上
お問い合わせ先
【本発表資料のお問い合わせ先】
東邦大学理学部生物学科
准教授 村本 哲哉
〒274-8510 船橋市三山2-2-1
TEL: 047-472-5165
E-mail: tetsuya.muramoto[@]sci.toho-u.ac.jp
URL: https://www.lab.toho-u.ac.jp/sci/bio/muramoto_group/index.html
【本ニュースリリースの発信元】
学校法人東邦大学 法人本部経営企画部
〒143-8540 大田区大森西5-21-16
TEL: 03-5763-6583 FAX: 03-3768-0660
E-mail: press[@]toho-u.ac.jp
URL:www.toho-u.ac.jp
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