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プレスリリース 発行No.1409 令和6年10月9日

アルツハイマー型認知症患者に推奨できる抗うつ薬を明らかに
—大脳皮質のムスカリン性アセチルコリン受容体に対する
各種抗うつ薬の結合性を評価—

 東邦大学薬学部薬理学教室の小原圭将准教授、吉岡健人講師、田中芳夫教授らの研究グループは、臨床で用いられている32種類の抗うつ薬が大脳皮質のムスカリン性アセチルコリン受容体(注1)に結合する可能性を評価し、9種類の抗うつ薬(チアネプチン、トラゾドン、スルピリド、フルボキサミン、ミルナシプラン、レボミルナシプラン、ベンラファキシン、デスベンラファキシン、ブプロピオン)がアルツハイマー型認知症(AD)患者の認知機能に影響を与えずに、うつ症状を改善できる可能性を明らかにしました。

 この研究成果は、雑誌「Journal of Pharmacological Sciences」に2024年10月4日に先行公開されました。

発表者名

小原 圭将(東邦大学薬学部薬理学教室 准教授)
吉岡 健人(東邦大学薬学部薬理学教室 講師)
田中 芳夫(東邦大学薬学部薬理学教室 教授)

発表のポイント

  • アルツハイマー型認知症(AD)は、認知機能に関わる脳内のコリン作動性神経(注2)の機能が低下しているため、記憶力の低下などが生じます。それに加えて、多くの患者でうつ症状を認めることがあり、AD患者には抗うつ薬が処方されることがあります。ただし、多くの抗うつ薬はコリン作動性神経の機能を抑制する抗コリン作用(注3)を有することが報告されており、AD患者が服用した場合、患者の認知機能のさらなる低下につながる可能性があります。しかし、臨床で使用されている抗うつ薬が脳内でどの程度抗コリン作用を発揮するかに関しては、情報が不足していました。
  • 本研究では、臨床で使用されている32種類の抗うつ薬が脳内で抗コリン作用を発揮する可能性を検討するため、ムスカリン性アセチルコリン受容体に結合する放射性リガンド(注4)を用いて、マウス大脳皮質のムスカリン性アセチルコリン受容体に各種抗うつ薬が結合する可能性を評価しました。
  • その結果、検討した抗うつ薬のうち、9種類の抗うつ薬(チアネプチン、トラゾドン、スルピリド、フルボキサミン、ミルナシプラン、レボミルナシプラン、ベンラファキシン、デスベンラファキシン、ブプロピオン)が脳内でほとんど抗コリン作用を示さないことが明らかとなりました。したがって、これらの抗うつ薬は、脳内のコリン作動性神経に影響を与えにくいため、AD患者のうつ症状の治療に適している可能性があります。

発表概要

 アルツハイマー型認知症(AD)は神経変性疾患の1つであり、その罹患率は全世界で大幅に増加しています。特に超高齢社会に突入している日本では、AD患者数の増加が顕著です。AD患者では、認知機能や学習機能に関与する脳内のコリン作動性神経が障害されていることが知られています。例えば、AD患者の脳内では、コリン作動性神経の数が減少することや、記憶・学習に関与する主要な神経伝達物質であるアセチルコリン(ACh)の合成酵素の活性が低下していることが明らかとなっています。そのため、AD患者に対しては、脳内のACh量を増やすことを目的とし、アセチルコリンエステラーゼ(AChE)(AChを分解し、その量を減少させる酵素)を阻害する薬物を用いた薬物療法が行われます。AD治療薬によるAChEの阻害は、低下したコリン作動性神経の働きを補うことで、ADの症状の進行を抑制することができます。

 AD患者は、認知機能の低下だけでなく、気分が落ち込んだり、周囲への関心が低下したりするうつ症状を伴うことがあります。実際に、イタリアの調査では、AD治療薬(AChE阻害薬とAChE阻害以外の作用機序を有する薬物(メマンチン))の併用療法による治療を行っている患者の約半数がうつ症状を改善する抗うつ薬を処方されていたという報告もあります。しかし、多くの抗うつ薬は、コリン作動性神経の働きを阻害する抗コリン作用を有するため、抗うつ薬の使用は、AD治療薬の効果を打ち消すとともに、AD患者の認知機能のさらなる低下につながる可能性があります。しかし、臨床で使用されている抗うつ薬が脳内でどの程度抗コリン作用を発揮するかに関しては、情報が不足していました。

 本研究では、臨床で使用されている32種類の抗うつ薬が脳内で抗コリン作用を発揮する可能性を検討するため、マウス大脳皮質を用いて、ムスカリン性アセチルコリン受容体に結合する放射性リガンドである[3H]N-メチルスコポラミン([3H]NMS)の特異的結合に対する、これらの抗うつ薬の影響を検討しました。また、文献調査によりこれらの薬物のヒトにおける血中濃度範囲を調べ、この調査結果と本研究で見出した抗コリン作用の発現濃度範囲を比較することで、これらの薬物が臨床で抗コリン作用を発揮する可能性を検討しました。その結果、検討した抗うつ薬のうち、9種類の抗うつ薬(チアネプチン、トラゾドン、スルピリド、フルボキサミン、ミルナシプラン、レボミルナシプラン、ベンラファキシン、デスベンラファキシン、ブプロピオン)は、想定される臨床血中濃度より高い濃度においても、[3H]NMSの結合にほとんど影響を与えないことから、脳内で抗コリン作用をほとんど示さないことが明らかとなりました。したがって、上記の9種類の抗うつ薬は、脳内のコリン作動性神経に影響を与えにくいため、AD患者のうつ症状の治療に適していると考えられます。

発表内容

 研究グループは、マウスから摘出した大脳皮質を用いて、[3H]NMSの特異的結合に対する32種類の抗うつ薬の影響を評価しました。まず、各種抗うつ薬の臨床で到達する血中濃度よりも高い濃度である10−4 Mを用いて評価を行ったところ、図1に示すように、青字で示した9種類の抗うつ薬(チアネプチン、トラゾドン、スルピリド、フルボキサミン、ミルナシプラン、レボミルナシプラン、ベンラファキシン、デスベンラファキシン、ブプロピオン)は、[3H]NMSの特異的結合をほとんど阻害せず、大脳皮質のムスカリン性アセチルコリン受容体にほとんど結合しない(抗コリン作用を示さない)ことが示されました。したがって、これらの抗うつ薬は、AD患者の認知機能に影響を与えにくく、AD患者のうつ症状の治療に適していると考えられます。

 一方、それ以外の23種類の抗うつ薬はムスカリン性アセチルコリン受容体に結合する(抗コリン作用を示す)ことが明らかとなりました(図1)。次に、23種類の抗うつ薬の抗コリン作用の強さを評価するため、[3H]NMSの特異的結合に対する阻害反応曲線を作成しました。図2に示すように、いずれの薬物も濃度依存的に[3H]NMSの特異的結合を抑制しました。各種抗うつ薬の抗コリン作用が、臨床で到達する血中濃度範囲内で出現する可能性を検証するため、この阻害曲線と臨床血中濃度(図2に示す水色の背景)を重ね合わせて検討したところ、プロットが赤色で示された10種類の抗うつ薬(イミプラミン(A)、デシプラミン(B)、アミトリプチリン(C)、トリミプラミン(D)、クロミプラミン(E)、ノルトリプチリン(F)、アモキサピン(G)、ドキセピン(I)、ドスレピン(J)、マプロチリン(L))が、臨床的に到達可能な血中濃度範囲内で[3H]NMSの特異的結合を20%以上阻害することが示されました。よって、これらの抗うつ薬は、臨床で抗コリン作用を示す可能性が極めて高く、AD患者には使用を避ける必要があると考えられます。

 なお、青色で示された13種類の抗うつ薬(ジベンゼピン(H)、オピプラモール(K)、ミアンセリン(M)、セチプチリン(N)、ネファゾドン(O)、フルオキセチン(P)、パロキセチン(Q)、セルトラリン(R)、シタロプラム(S)、エスシタロプラム(T)、デュロキセチン(U)、ミルタザピン(V)、ボルチオキセチン(W))は、臨床的に到達可能な血中濃度範囲内では、[3H]NMSの特異的結合に対する阻害は20%未満でした。したがって、これらの抗うつ薬は、抗コリン作用を有するものの、その作用は比較的弱いため、高用量を使用しない限りは臨床上大きな問題にはならないと考えられます。

発表雑誌

    雑誌名
    「Journal of Pharmacological Sciences」(先行公開:2024年10月4日、掲載日:2024年12月1日)
    156巻、4号、214–217

    論文タイトル
    Evaluation of inhibitory actions of antidepressants on muscarinic receptors assessed by a binding assay in the mouse cerebral neocortex

    著者
    Keisuke Obara, Yuki Usami, Risa Okamoto, Kento Yoshioka, Yoshio Tanaka

    DOI番号
    10.1016/j.jphs.2024.09.001

    論文URL
    https://doi.org/10.1016/j.jphs.2024.09.001

用語解説

(注1)ムスカリン性アセチルコリン受容体
神経伝達物質であるアセチルコリンが結合する受容体(伝達物質が結合するタンパク質)は、ニコチン性アセチルコリン受容体とムスカリン性アセチルコリン受容体に大別されます。ムスカリン性アセチルコリン受容体は、脳をはじめ、心臓、消化管など幅広い組織に発現しており、アセチルコリンを介した受容体の刺激は生理機能の維持に重要です。

(注2)コリン作動性神経
神経伝達物質としてアセチルコリンを遊離する神経。脳内のコリン作動性神経の機能障害が生じると、認知効能が低下することが知られています。アルツハイマー型認知症(AD)の治療には、コリン作動性神経を介した情報伝達を活性化する薬物が用いられます。

(注3)抗コリン作用
ムスカリン性アセチルコリン受容体を遮断する作用。脳内で抗コリン作用が発揮されると、認知機能が低下することが知られています。

(注4)放射性リガンド
特定の標的に結合する化合物(リガンド)と放射線を発する放射性同位元素を結合させたもの。本研究では、ムスカリン性アセチルコリン受容体に特異的に結合するメチルスコポラミンに放射性同位元素である3H(トリチウム)を結合させた[3H]N-メチルスコポラミン([3H]NMS)を用いました。放射線量を測定することで、標的に対する薬物の結合量を知ることができます。

添付資料

マウス大脳皮質における[3H]N-メチルスコポラミン([3H]NMS)の特異的結合に対する32種類の抗うつ薬(10−4 M)の影響
図1. マウス大脳皮質における[3H]N-メチルスコポラミン([3H]NMS)の特異的結合に対する32種類の抗うつ薬(10−4 M)の影響
検討した抗うつ薬は、イミプラミン、デシプラミン、アミトリプチリン、トリミプラミン、クロミプラミン、ノルトリプチリン、アモキサピン、ジベンゼピン、ドキセピン、ドスレピン、チアネプチン、オピプラモール(三環系抗うつ薬)、マプロチリン、ミアンセリン、セチプチリン(四環系抗うつ薬)、トラゾドン、ネファゾドン(セロトニン5-HT2A受容体遮断薬)、スルピリド(ドパミンD2受容体遮断薬)、フルオキセチン、フルボキサミン、パロキセチン、セルトラリン、シタロプラム、エスシタロプラム(選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI))、ミルナシプラン、レボミルナシプラン、デュロキセチン、ベンラファキシン、デスベンラファキシン(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI))、ブプロピオン(ノルアドレナリン・ドパミン再取り込み阻害薬(NDRI))、ミルタザピン(ノルアドレナリン作動性および特異的セロトニン作動性抗うつ薬(NaSSA))、ボルチオキセチン(セロトニン再取り込み阻害・セロトニン受容体調節薬(S-RIM))。青字で示した9種類の抗うつ薬(チアネプチン、トラゾドン、スルピリド、フルボキサミン、ミルナシプラン、レボミルナシプラン、ベンラファキシン、デスベンラファキシン、ブプロピオン)は、[3H]NMSの特異的結合をほとんど阻害せず、大脳皮質のムスカリン性アセチルコリン受容体にほとんど結合しないことが示されました。
マウス大脳皮質における [3H]NMSの特異的結合に対する23種類の抗うつ薬(10−8–10−4 M)の阻害反応曲線
図2. マウス大脳皮質における [3H]NMSの特異的結合に対する23種類の抗うつ薬(10−8–10−4 M)の阻害反応曲線
検討した抗うつ薬は、図1で抗コリン作用を示した23種類です:イミプラミン(A)、デシプラミン(B)、アミトリプチリン(C)、トリミプラミン(D)、クロミプラミン(E)、ノルトリプチリン(F)、アモキサピン(G)、ジベンゼピン(H)、ドキセピン(I)、ドスレピン(J)、オピプラモール(K)(三環系抗うつ薬)、マプロチリン(L)、ミアンセリン(M)、セチプチリン(N)(四環系抗うつ薬)、ネファゾドン(O)(セロトニン5-HT2A受容体遮断薬)、フルオキセチン(P)、パロキセチン(Q)、セルトラリン(R)、シタロプラム(S)、エスシタロプラム(T)(選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI))、デュロキセチン(U)(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI))、ミルタザピン(V)(ノルアドレナリン作動性および特異的セロトニン作動性抗うつ薬(NaSSA))、ボルチオキセチン(W)(セロトニン再取り込み阻害・セロトニン受容体調節薬(S-RIM))。点線は、[3H]NMSの特異的結合を20%阻害する位置を示し、水色の背景は、臨床的に到達可能な血中濃度範囲を示します。プロットが赤色で示された10種類の抗うつ薬は、臨床的に到達可能な血中濃度範囲内で[3H]NMSの特異的結合を20%以上阻害したため、臨床で抗コリン作用を発現する可能性が極めて高いと考えられます。一方、青色で示された13種類の抗うつ薬は、臨床的に到達可能な血中濃度範囲内では、[3H]NMSの特異的結合を20%未満しか阻害しなかったため、抗コリン作用を有するものの、その作用は比較的弱いと考えられます。

以上

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東邦大学薬学部薬理学教室
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