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プレスリリース 発行No.1389 令和6年7月30日

東京都新宿区の土壌から
抗生物質kirromycinを生産する新種の希少放線菌を発見

 東邦大学薬学部微生物学教室の安齊洋次郎教授らの研究グループは、独立行政法人製品評価技術基盤機構バイオテクノロジーセンターとの共同研究により、新種の希少放線菌Actinoplanes kirromycinicus(アクチノプラネス キロマイシニカス)TPMA0078Tを発見しました(図1)。本菌株は東京都新宿区の土壌から分離され、強い抗菌作用を示すkirromycinを生産することを明らかにしました(図2)。

 抗生物質をはじめとした多種多様な生物活性物質を生産する放線菌の新種発見は分類学的知見のみならず、創薬資源の開拓に繋がることが期待されます。

 この研究成果は、雑誌「The Journal of Antibiotics」に2024年6月26日に掲載されました。

発表者名

曽 嘉昊(東邦大学大学院薬学研究科 医療薬学専攻 博士課程2年)
飯坂 洋平(東邦大学薬学部微生物学教室 講師)
福本 敦(東邦大学薬学部微生物学教室 講師)
安齊 洋次郎(東邦大学薬学部微生物学教室 教授)
田村 朋彦(独立行政法人製品評価技術基盤機構バイオテクノロジーセンター)
浜田 盛之(独立行政法人製品評価技術基盤機構バイオテクノロジーセンター)


発表のポイント

  • 東京都新宿区の土壌から希少放線菌の新種Actinoplanes kirromycinicus TPMA0078Tを発見しました。
  • Actinoplanes kirromycinicus TPMA0078Tは細菌のタンパク質合成を阻害する抗生物質kirromycinを生産することを確認しました。
  • 放線菌の新種発見は生物種の多様性に関する理解や医薬品シード化合物の開発への貢献が期待されます。

発表概要

 放線菌はゲノムDNAのGC含量が高いことを特徴とするグラム陽性細菌に属する一分類群です。典型的な放線菌は分岐を伴う菌糸の伸長と胞子を形成し、糸状菌に類似した多様な形態を呈します。主に土壌から分離されますが、近年、植物や海洋環境からの分離も多く報告されています。また、放線菌は抗生物質などの多種多様な2次代謝産物(注1)を生産する特徴を有しています。これまでに発見された微生物由来の抗生物質は10,000化合物以上と言われていますが、その3分の2は放線菌由来のものです。

 研究グループは、放線菌由来の生物活性物質の探索研究において、東京都新宿区の土壌からオレンジ色のコロニーを形成するTPMA0078Tを分離しました(図3)。独立行政法人製品評価技術基盤機構バイオテクノロジーセンターとの共同研究により、近縁種とのゲノム配列の比較解析、形態や培養性状、化学分類性状などを詳細に分析した結果、本菌株は希少放線菌であるActinoplanes属の新種であることを明らかにしました。また、本菌株は細菌のタンパク質の合成を阻害する抗生物質kirromycinを生産することを確認し、さらに本菌株のゲノム解析情報からはkirromycinの他にも複数の抗生物質を生産し得る生合成遺伝子を有していることが分かりました。これらの研究成果は、放線菌の多様性に関する理解を深めるだけでなく、医薬品シード化合物の開発に応用可能な遺伝情報を含めた生物資源の確保に寄与することが期待されます。

発表内容

 Actinoplanes属の放線菌は運動性を示す胞子が含まれる胞子嚢を形成する特徴があります。これまでに Actinoplanes属では57菌種が正式に登録されていました。Actinoplanes属の放線菌は多剤耐性菌に抗菌作用を発揮するグリコペプチド系抗生物質やポリエン系抗真菌薬など様々な生物活性物質を生産するため、有用物質の探索源として重要です。

 定法で土壌から分離される放線菌の9割程度がStreptomyces属の菌種であり、これまで数多くの生物活性物質がStreptomyces属の放線菌の代謝産物から発見されています。一方、研究グループはStreptomyces属以外の希少放線菌も有用物質の探索源になり得ると考え、土壌試料から希少放線菌の分離を試みました。東京都新宿区より採取した土壌を7日間乾燥させ、100℃で3分間加熱した後、その懸濁液を超音波処理し、再度50℃、5分間加温したものをtunicamycin添加培地に塗布しました。ヌクレオシド系抗生物質であるtunicamycinはStreptomyces属の菌種の生育を抑制する効果を示します。27℃、2週間培養したところ、オレンジ色のコロニーを形成する菌株TPMA0078Tが得られました。本菌株の分類学的な位置を明らかにするために16S rRNA遺伝子の塩基配列を決定し、BLAST検索を行った結果、Actinoplanes属の菌種と高い相同性(95.22-99.86%)を示しました。そして、分子系統解析により、本菌株の最近縁種はActinoplanes regularisであることが明らかとなりました。

 ゲノム配列情報に基づいたDigital DNA-DNA hybridization(dDDH)では、TPMA0078TActinoplanes regularisの相同性が56.8%、average nucleotide identity(ANI)値では94.33%であり、いずれも別の種speciesとして区分される値を示しました。また、培養性状をはじめとした形態学、生理学、生化学的特徴と菌体成分などの化学分類性状の解析により、TPMA0078TActinoplanes属の新種であることが確認されました。

 TPMA0078Tの培養液には抗菌活性が認められたため、その活性物質を培養液より各種クロマトグラフィーを用いて単離精製しました。その化合物の化学構造を質量分析(LC-MS)と核磁気共鳴(NMR)スペクトルを中心とした解析により決定した結果、細菌の翻訳伸長因子に作用してタンパク質合成阻害作用を示す抗生物質kirromycinであることが明らかとなりました。このことから、TPMA0078Tはkirromycin生産菌であることが明らかとなり、Actinoplanes kirromycinicusと命名し、その基準株としてActinoplanes kirromycinicus TPMA0078Tを指定しました。
 また、TPMA0078Tのゲノム配列情報を基に、2次代謝産物生合成遺伝子クラスター予測ツールantiSMASHを用いて解析した結果、TPMA0078Tはkirromycinの他に、抗菌活性を示すリボフラビン類のroseoflavinやグリコペプチド系抗生物質teicoplaninの生合成を担う遺伝子群を有していることが推定されました。
 放線菌は多種多様な物質を生産し、それらの物質の中には抗生物質、免疫抑制薬、抗悪性腫瘍薬など極めて重要な医薬品として利用されているものがあります。これまで放線菌の代謝産物は医薬品シード化合物の貴重な探索源であり、放線菌の新種の発見とその菌からの新たな物質探索が活発に行われてきました。近年、その数は減少傾向にありますが、分子生物学の飛躍的な進歩により、放線菌が生産する物質のみならず、菌が有する酵素や遺伝子も貴重な生物資源として創薬に利用できるようになってきました。今回の希少放線菌の新種発表は、放線菌の多様性に関する研究と生物資源の確保を通じた創薬研究への発展に寄与することが期待されます。

発表雑誌

    雑誌名
    「The Journal of Antibiotics」(2024年6月26日)

    論文タイトル
    Actinoplanes kirromycinicus sp. nov., isolated from soil

    著者
    Zeng J, Iizaka Y*, Hamada M, Iwai A, Takeuchi R, Fukumoto A, Tamura T, Anzai Y(*責任著者)

    DOI番号
    10.1038/s41429-024-00756-w.

    アブストラクトURL
    https://www.nature.com/articles/s41429-024-00756-w

用語解説

(注1)2次代謝産物
生命活動に必須な物質(糖、アミノ酸、脂質、核酸など)を供給する代謝を1次代謝と呼びます。それに対して、生命維持や発育増殖に関与しない代謝を2次代謝と呼び、その代謝により作り出される物質が2次代謝産物です。抗生物質や色素は2次代謝産物の代表例であり、放線菌は多様な2次代謝産物を作り出すことが知られています。

添付資料

Actinoplanes kirromycinicus TPMA0078Tの走査型電子顕微鏡写真
図1. Actinoplanes kirromycinicus TPMA0078Tの走査型電子顕微鏡写真
Kirromycinの構造式
図2. Kirromycinの構造式
Actinoplanes kirromycinicus TPMA0078Tの培養性状
図3. Actinoplanes kirromycinicus TPMA0078Tの培養性状
以上

お問い合わせ先

【本発表資料のお問い合わせ先】
東邦大学薬学部微生物学教室
教授 安齊 洋次郎

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E-mail: yanzai[@]phar.toho-u.ac.jp
URL: https://www.lab.toho-u.ac.jp/phar/microbio/

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