プレスリリース 発行No.1269 令和5年2月13日
指定難病であるハンナ型間質性膀胱炎の治療薬、ジメチルスルホキシドが
アセチルコリンによる膀胱平滑筋の収縮反応を増強することを明らかに
—ジメチルスルホキシドはアセチルコリンエステラーゼの活性を阻害する—
アセチルコリンによる膀胱平滑筋の収縮反応を増強することを明らかに
—ジメチルスルホキシドはアセチルコリンエステラーゼの活性を阻害する—
東邦大学薬学部薬理学教室の田中芳夫教授らの研究グループは、指定難病であるハンナ型間質性膀胱炎の治療薬、ジメチルスルホキシド(DMSO)が、アセチルコリンの分解酵素であるアセチルコリンエステラーゼ(注1)の酵素活性を阻害することで、アセチルコリンによる膀胱平滑筋の収縮反応を増強することを明らかにしました。この研究成果は、雑誌「Biological and Pharmaceutical Bulletin」に、2023年2月1日に掲載されました。
発表者名
小原 圭将(東邦大学薬学部薬理学教室 講師)
吉岡 健人(東邦大学薬学部薬理学教室 講師)
田中 芳夫(東邦大学薬学部薬理学教室 教授)
吉岡 健人(東邦大学薬学部薬理学教室 講師)
田中 芳夫(東邦大学薬学部薬理学教室 教授)
発表のポイント
- ジメチルスルホキシド(DMSO)は、本邦では2021年に医療用医薬品として承認を受けたハンナ型間質性膀胱炎(指定難病)の治療薬です。DMSOはハンナ型間質性膀胱炎に有効性を示すことから治療薬として承認されましたが、ハンナ型間質性膀胱炎に対するDMSOの治療効果のメカニズムは十分には解明されておらず、膀胱の運動機能に対するDMSOの影響は、これまでのところ、明らかになっていませんでした。
- 本研究では、ラット膀胱平滑筋のアセチルコリンによる収縮反応をDMSOが増強することを見出すとともに、ヒトアセチルコリンエステラーゼを用いることで、この効果は、DMSOがアセチルコリンの分解酵素であるアセチルコリンエステラーゼの酵素活性を阻害することによりもたらされることを突き止めました。
- 本研究結果は、DMSOのハンナ型間質性膀胱炎治療薬としての新たな薬理作用を提示するとともに、DMSOのハンナ型間質性膀胱炎に対する改善効果、またはDMSOの使用に伴う副作用の機序の一部を説明することができる可能性があります。
発表概要
ジメチルスルホキシド(DMSO)は、多くの化合物を溶解できることから、古くから薬理学実験や生化学実験などの多くの実験に汎用されてきた溶媒です。また、DMSOは、医薬品としても使用されており、DMSOを50%含有した膀胱内注入製剤は、米国では1978年に、本邦では2021年にハンナ型間質性膀胱炎の治療薬(商品名:ジムソ)として承認を受けています。間質性膀胱炎は、膀胱に原因不明の炎症が起こり、それによって尿が近くなったり、膀胱や尿道に違和感や痛みなどの症状が出たりする疾患です。膀胱の内視鏡での所見において、ハンナ病変と呼ばれる特有の粘膜の異常(正常な毛細血管構造を欠き、粘膜が赤くなっている状態)が見られるものをハンナ型間質性膀胱炎、ハンナ病変が見られず、膀胱を水圧で拡張させた際に点状出血を起こすものを非ハンナ型間質性膀胱炎と区別します。このうち、ハンナ型間質性膀胱炎の患者の方が、その症状が重篤なことが多く、本邦での患者数は約2000人と少ないことから、指定難病に認定されています。DMSOは、ハンナ型間質性膀胱炎に有効性を示すことからその治療薬として承認を受けましたが、DMSOの治療効果のメカニズムは十分には解明されていません。DMSOのハンナ型間質性膀胱炎に対する改善効果の一部は、膀胱の炎症部位での炎症性物質の産生を抑制する抗炎症作用や神経活動の抑制によることでもたらされる鎮痛作用などにより生じるものと推定されています。DMSOはこれまでの研究から、上記の作用に加えて、血小板凝集を抑制する作用や細胞を分化させる作用、血管を拡張させる作用、平滑筋を弛緩させる作用などの多彩な薬理作用を有することが報告されてきました。したがって、DMSOの膀胱内注入は、膀胱の運動機能にも何らかの影響を与える可能性が想定されます。ただし、膀胱の運動機能に対するDMSOの効果は、これまでのところ、明らかになっていませんでした。そこで、東邦大学薬学部薬理学教室の田中芳夫教授らの研究グループは、ラット膀胱平滑筋に対するDMSOの効果を検討するとともに、ヒトアセチルコリンエステラーゼを用いて、DMSOの効果のメカニズムを検討することとしました。また、DMSOの効果とDMSOの構造中にある硫黄(S)を炭素(C)に変えた構造を有するアセトン(図1)の効果と比較することで、DMSOの薬理作用とその化学構造の関係についても、検討を行いました。その結果、DMSOが、アセチルコリンによりもたらされる膀胱平滑筋の収縮反応を増強させることを発見しました。また、DMSOが、ヒトアセチルコリンエステラーゼの酵素活性を低濃度から阻害することを見出し、DMSOによるアセチルコリンによる膀胱平滑筋の収縮反応に対する増強効果は、アセチルコリンの分解酵素であるアセチルコリンエステラーゼの酵素活性を阻害することでもたらされることを突き止めました(図2)。さらに、膀胱平滑筋に対するDMSOの効果とアセトンの効果を比較することで、DMSO中の硫黄(S)がアセチルコリンエステラーゼの活性阻害作用に重要な働きを担う可能性を提示しました。これらの知見は、DMSOのハンナ型間質性膀胱炎治療薬としての新たな薬理作用を提示するとともに、DMSOのハンナ型間質性膀胱炎に対する改善効果、またはDMSOの使用に伴う副作用の機序の一部を説明することができる可能性があります。
発表内容
研究グループは、マグヌス法(注2)を用いてラットから摘出した膀胱平滑筋のアセチルコリンによる収縮反応及び脱分極性収縮反応(注3)に対するDMSOの効果を検討するとともに、ヒトアセチルコリンエステラーゼの酵素活性に対するDMSOの効果を検討しました。また、DMSOの効果とDMSOの構造中にある硫黄(S)を炭素(C)に変えた構造を有するアセトンの効果を比較することで、DMSOの効果と化学構造の関係性についても、考察することとしました。DMSO(0.5–5%)はアセチルコリンによる膀胱平滑筋の収縮反応を濃度依存的に増強させましたが、アセトン(3%以上)はアセチルコリンによる収縮反応を抑制しました。また、DMSOとアセトン(0.5–5%)はいずれも脱分極性収縮反応を抑制しましたが、その効果はDMSOよりもアセトンの方が強力なものでした。なお、DMSO及びアセトンの膀胱平滑筋に対する収縮増強作用・抑制作用は、いずれも薬物を洗滌することで消失したことから、可逆的なものであることがわかりました。さらに、DMSO及びアセトンは、ヒトアセチルコリンエステラーゼの酵素活性を濃度依存的に阻害しましたが、低濃度領域(0.5–1%)における阻害作用は、DMSOの方がアセトンよりも明らかに強力なものでした。したがって、これらの結果は、1)DMSOがアセチルコリンエステラーゼを阻害することで、アセチルコリンによる膀胱平滑筋の収縮反応を増強すること;2)DMSOが脱分極性収縮反応を抑制したことから、細胞外から細胞内へのCa2+流入を介した膀胱平滑筋の収縮反応を抑制すること;3)DMSOの脱分極性収縮反応の抑制作用よりも、DMSOのアセチルコリンエステラーゼ阻害作用の方が強力であるため、結果的にアセチルコリンによる収縮反応を強力に増強し、膀胱の運動性を促進すること;4)DMSOの構造中にある硫黄(S)を炭素(C)に変えた構造を有するアセトンは、アセチルコリンエステラーゼの酵素活性を阻害する作用が弱く、膀胱平滑筋の収縮を抑制する作用が強いことから、DMSO中の硫黄(S)がアセチルコリンエステラーゼの酵素活性を阻害し、アセチルコリンによる収縮反応を増強するうえで、重要な働きを担うことを示唆しています。
発表雑誌
-
雑誌名
「Biological and Pharmaceutical Bulletin」(2023年2月1日)
46巻2号、354–358
論文タイトル
Dimethyl sulfoxide enhances acetylcholine-induced contractions in rat urinary bladder smooth muscle by inhibiting acetylcholinesterase activities
著者
Keisuke Obara, Yuka Matsuoka, Naoya Iwata, Yukako Abe, Yohei Ikegami, Ayano Fujii, Kento Yoshioka, Yoshio Tanaka
DOI番号
10.1248/bpb.b22-00791
アブストラクトURL
https://doi.org/10.1248/bpb.b22-00791
用語解説
(注1)アセチルコリンエステラーゼ(AChE)
副交感神経から遊離されるアセチルコリン(ACh)を分解する酵素であり、副交感神経から遊離されたアセチルコリンをすぐに分解することで、アセチルコリンを介した平滑筋の収縮反応を終わらせることができる。アセチルコリンエステラーゼの酵素活性の阻害は、アセチルコリンの分解を抑制し、アセチルコリンの量を増加させることで、アセチルコリンを介した平滑筋の収縮反応を増強することができる。膀胱では、排尿時に副交感神経が興奮することでアセチルコリンが遊離し、膀胱平滑筋を収縮させることで尿が押し出され、排尿が可能となる。即ち、膀胱平滑筋でのアセチルコリンエステラーゼの酵素活性の阻害は、排尿機能を増強することができる。
(注2)マグヌス法
生体と類似した環境を維持するために、加温・通気した生理緩衝液中で平滑筋の収縮反応を記録する方法。
(注3)脱分極性収縮反応
生理緩衝液中のカリウム濃度を高めることで、膜電位を脱分極させることができる。これにより、電位依存性Ca2+チャネルを活性化することで、薬物受容体の活性化を介さない平滑筋の収縮反応を引き起こすことができる。試験した薬物が、薬物受容体が活性化した後に生じる細胞内情報伝達機構に対する抑制効果を有する場合、脱分極性収縮反応を抑制する。
副交感神経から遊離されるアセチルコリン(ACh)を分解する酵素であり、副交感神経から遊離されたアセチルコリンをすぐに分解することで、アセチルコリンを介した平滑筋の収縮反応を終わらせることができる。アセチルコリンエステラーゼの酵素活性の阻害は、アセチルコリンの分解を抑制し、アセチルコリンの量を増加させることで、アセチルコリンを介した平滑筋の収縮反応を増強することができる。膀胱では、排尿時に副交感神経が興奮することでアセチルコリンが遊離し、膀胱平滑筋を収縮させることで尿が押し出され、排尿が可能となる。即ち、膀胱平滑筋でのアセチルコリンエステラーゼの酵素活性の阻害は、排尿機能を増強することができる。
(注2)マグヌス法
生体と類似した環境を維持するために、加温・通気した生理緩衝液中で平滑筋の収縮反応を記録する方法。
(注3)脱分極性収縮反応
生理緩衝液中のカリウム濃度を高めることで、膜電位を脱分極させることができる。これにより、電位依存性Ca2+チャネルを活性化することで、薬物受容体の活性化を介さない平滑筋の収縮反応を引き起こすことができる。試験した薬物が、薬物受容体が活性化した後に生じる細胞内情報伝達機構に対する抑制効果を有する場合、脱分極性収縮反応を抑制する。
添付資料
図1.ジメチルスルホキシド(DMSO)とアセトンの化学構造
図2.本研究成果の概要
ジメチルスルホキシド(DMSO)は、アセチルコリンエステラーゼ(AChE)の酵素活性を阻害する作用が強いため、膀胱平滑筋の近くに存在するアセチルコリン(ACh)の分解を抑制する。その結果、膀胱平滑筋周囲のAChの量が増加し、増加したAChがアセチルコリン受容体をより活性化しやすくなることで、膀胱平滑筋の収縮反応が増強されることとなる。なお、DMSOは膀胱の収縮を抑制する作用(細胞内情報伝達抑制作用)も併せ持つが、細胞内情報伝達抑制作用よりもAChEの酵素活性阻害作用を介した膀胱収縮増強作用の方が強力であると考えられる。
以上
お問い合わせ先
【本発表資料のお問い合わせ先】
東邦大学薬学部薬理学教室
講師 小原 圭将
〒274-8510 千葉県船橋市三山2-2-1
TEL: 047-472-1331 FAX: 047-472-1435
E-mail: keisuke.obara[@]phar.toho-u.ac.jp
【本ニュースリリースの発信元】
学校法人東邦大学 法人本部経営企画部
〒143-8540 東京都大田区大森西5-21-16
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URL:www.toho-u.ac.jp
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