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プレスリリース 発行No.1267 令和5年2月6日

NCC-3902が肺静脈心筋の電気活動を抑制し、
心房細動の新規治療薬になりうることを発見
~ 心房細動の原因となる遅延性ナトリウムチャネル電流を阻害 ~

 東邦大学薬学部薬物学教室の田中光教授らの研究グループは、日産化学株式会社で新しく創製された新規低分子化合物NCC-3902が遅延性ナトリウムチャネル電流を遮断することで肺静脈心筋の電気活動を抑制し、不整脈の一種である心房細動の新規治療薬になりうることを発見しました。今回の研究成果は、未だ十分な薬物治療方法が確立されていない心房細動に対し、新たな治療戦略の可能性を示唆するものです。
 この成果は2022年11月1日に雑誌「Biological and Pharmaceutical Bulletin」にて発表されました。

発表者名

行方 衣由紀(東邦大学薬学部薬物学教室 准教授)
日色 啓仁(東邦大学大学院薬学研究科 医療薬学専攻 博士課程4年)
尾髙 椋介(東邦大学大学院薬学研究科 医療薬学専攻 博士課程2年)
斎藤 太郎(東邦大学大学院薬学研究科 医療薬学専攻 博士課程1年)
濵口 正悟(東邦大学薬学部薬物学教室 講師)
塚本 匡顕(日産化学株式会社)
石川 龍太郎(日産化学株式会社)
片山 義三(日産化学株式会社)
近藤 嘉紀(日産化学株式会社)
田中 光(東邦大学薬学部薬物学教室 教授)

発表のポイント

  • 心房細動の発症の源は左心房に隣接する肺静脈であり、肺静脈に迷入している心筋組織からの電気的興奮が心房に伝わることで不整脈が発生します。
  • 既存の治療薬は『心房で起こっている不整脈』に作用するもので、『不整脈の発生源である肺静脈』に主に作用する治療薬は未だ存在しません。
  • 本研究では、遅延性ナトリウムチャネル電流を阻害するNCC-3902が、心臓本体の機能には影響を与えずに、肺静脈で発生する電気的興奮を抑制することを見出しました。
  • NCC-3902の新規作用メカニズムの発見は、高齢化社会に伴って罹患率が増加している心房細動の新たな治療戦略に繋がるものであり、社会的意義が大きいと考えられます。

発表概要

 心房細動は心房が無秩序に興奮する不整脈の一種で、致死性の心原性脳梗塞(注1)の誘因となるため治療必要性が高い疾患です。心房細動は、肺静脈に存在する心筋層(肺静脈心筋)からの電気的興奮(肺静脈心筋自発活動)が心臓に伝わることで発生します。よって、肺静脈は心房細動の新たな治療ターゲットとして注目を集めていますが、既存の薬物には肺静脈心筋自発活動の抑制を意図したものは存在しません。東邦大学薬学部薬物学教室の田中光教授らの研究グループは、これまでに、肺静脈心筋の自発活動には新しいナトリウムチャネル電流成分の分類となる遅延性(持続性)ナトリウムチャネル電流が関与することを明らかにしました。本研究では、NCC-3902がその電流を阻害し、心臓本体の機能には影響を与えずに、肺静脈で発生する電気的興奮を抑制することを見出しました。新規作用機構を持ち、かつ心臓機能への副作用が少ないNCC-3902の発見は、新たな心房細動の治療戦略に繋がることが期待されます。

発表内容

 肺から左心房に血液を送る血管である肺静脈は、心筋組織を有しており(肺静脈心筋)、肺静脈心筋の異所性興奮が心房に伝播することで心房細動が発症することが明らかになっています。よって、肺静脈心筋の自発活動発生機序の解明は心房細動の新たな治療法開発に繋がります。しかし、肺静脈心筋は血管の管壁中に存在する特殊な心筋であるため、肺静脈心筋を対象とした研究は実験技術的困難から世界的にも例が少ないのが現状です。研究グループはこれまでに、摘出した肺静脈心筋標本に対して、収縮力測定、活動電位測定、膜電流測定などの電気生理学的手法や蛍光Ca2+イメージング法を適用し、肺静脈心筋自発活動の形成にはナトリウムチャネル電流が寄与していることを見出しました。ナトリウムチャネル電流は、心筋の脱分極時に一過性に流れる大電流成分(一過性電流;peak INa)と持続的に流れる小電流成分(遅延性電流;late INa)に大別されます。peak INaは心筋細胞の活動電位形成に関与し、電気的興奮の伝播に重要な役割を担っています。これまで治療薬として用いられている抗不整脈薬は、このpeak INaを遮断することで興奮伝導を抑制し、抗不整脈効果を発揮すると考えられています。一方、late INaは肺静脈心筋自発活動のような不整脈の源となる電気的興奮に関与すると推察されていますが、十分な検討はなされていません。そこで本研究では、心房細動モデル動物での効果が確認されているNCC-3902の標的イオンチャネルを明らかにし、肺静脈心筋自発活動への作用を評価しました。

 それぞれのイオンチャネルを発現した細胞系にvoltage clamp法(注2)を適用し、NCC-3902 の標的イオンチャネルを検討しました。その結果、NCC-3902は ナトリウムチャネルのうち、peak INaへはほとんど作用せず、選択的にlate INaを遮断しました。またカリウムチャネルやカルシウムチャネルなど、その他の主要なイオンチャネルに対しての作用も弱いものでした。さらに単離肺静脈心筋細胞においても NCC-3902 は濃度依存的に late INaを遮断しており、その50%有効濃度(EC50)は 0.60 μM でした。
 次に肺静脈心筋自発活動に対するNCC-3902 の作用を検討しました。肺静脈心筋自発活動は摘出した肺静脈組織標本にガラス微小電極法を適用し、細胞内活動電位を測定しました。NCC-3902 は濃度依存的に肺静脈心筋自発活動を抑制し、そのEC50 は0.73 μM でした(図1)。これはlate INaを抑制した濃度域と一致しており、NCC-3902はlate INa遮断作用により肺静脈心筋自発活動を抑制していることが示唆されました。

 既存の抗不整脈薬を含め、心臓本体の機能を抑制してしまう薬物は、臨床で患者さんに使用する場合に大きな問題となります。そこで、右心室筋の収縮力および右心房の心拍数を測定し NCC-3902 の心臓本体に対する影響を評価しました。その結果、NCC-3902 は収縮力および心拍数ともに大きな影響を及ぼしませんでした。すなわち、NCC-3902のような選択的なlate INa遮断作用を有する薬物は、正常な心臓の機能には影響を与えることなく、肺静脈で発生する電気的興奮を抑制することが明らかになりました。

用語解説

(注1)心原性脳梗塞
心臓内でできた血栓が脳の血管に詰まって起こる脳塞のこと。心臓内にできた血栓はサイズが大きいため脳の太い血管に詰まりやすく、また血管に詰まるまでは症状が出ない。 そのため前触れなく突然発症し、塞巣(脳細胞が壊死した範囲)が広範囲で重症になりやすいという特徴を持つ疾患。

(注2)voltage clamp法
細胞膜において単一(あるいは複数個)のイオンチャネル分子の活動を、それを通るイオン電流として記録する電気生理学的測定方法。

発表雑誌

    雑誌名
    「Biological and Pharmaceutical Bulletin」(2022年11月1日)
    45巻11号、(2022)、1644-1652

    論文タイトル
    Inhibitory effect of a late sodium current blocker, NCC-3902, on the automaticity of the guinea pig pulmonary vein myocardium

    著者
    Iyuki Namekata, Haruhito Hiiro, Ryosuke Odaka, Taro Saito, Shogo Hamaguchi, Tadaaki Tsukamoto, Ryutaro Ishikawa, Yoshimi Katayama, Yoshiki Kondo*, Hikaru Tanaka

    DOI番号
    10.1248/bpb.b22-00362.

    論文URL
    https://www.jstage.jst.go.jp/article/bpb/45/11/45_b22-00362/_article

添付資料

図1. NCC-3902(1µM)は、肺静脈心筋自発活動を抑制する

以上

お問い合わせ先

【本発表資料のお問い合わせ先】
東邦大学薬学部薬物学教室
准教授 行方衣由紀

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