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プレスリリース 発行No.1238 令和4年10月7日

住宅地に残る「空き地」
草原としての歴史の長さと生物多様性の関係を解明

 野田顕(元東邦大学大学院理学研究科・国立環境研究所リサーチアシスタント)と西廣淳(国立環境研究所)を中心とする研究チームは、住宅や商業用地の開発が進む千葉県北部(主に千葉ニュータウン地域)を対象に、都市近郊の「空き地」として残存する36か所の草原の植生を調査し、その種組成に影響する要因を分析しました。

 その結果、対象地域には、少なくとも130年近くにわたり農地や宅地として利用されずに樹林や草原として維持されてきた空き地が複数存在し、そのような場所は他と比べて草原性植物の種数が多いことが示されました。千葉県北部は、江戸時代に牧(馬の放牧地)が広く存在した地域であり、その一部が現在まで残されてきたことが示唆されました。

 近年、30by30など生物多様性に関する国際的な目標への対応や住民の健康・快適性等の観点から、都市近郊に残存する緑地の価値が注目されています。本研究は、計画的な緑地保全に寄与するものといえます。

 本成果は、9月18日に植物生態学の国際学術誌『Applied Vegetation Science』(オンライン版)に掲載されました。

背景と目的

 近年、都市内あるいは都市近郊の緑地は、30by30(2021年G7で合意された「2030年までに国土の30%を自然が良好に守られた場所にする」国際目標)の達成への貢献や、住民の健康・快適性への貢献の観点から注目されています。住宅地などに存在する「空き地」には、小規模な草原と見なせるものが多く存在します(写真1)。
日本において草原は、かつては農業や生活を支える資源を供給する場として積極的に維持されていましたが、過去100年の間に著しく減少しました。草原性の動植物には絶滅が危惧される種も少なくありません。

 本研究では千葉ニュータウン地域に点在する複数の空き地(0.03~2.76 ha)の植物調査を行い、種多様性に影響する要因を、局所的要因(空き地の面積、草刈り管理の有無)、空間的要因(各空き地に隣接する宅地と農地の割合、生育地周辺の草原面積の割合)、時間的要因(生育地の時間的な連続性)に分け、それらの影響を分析しました。
写真1.空き地に生育する在来草原性植物のツルボ。
写真左:道路脇の空き地に成立したツルボの群落。
写真右:ツルボに訪花するヤマトシジミ。

1、方法

  • 植生調査:2014年の春季と秋季に千葉県白井市内に残存する36か所の空き地を対象として、維管束植物の種を記録しました。植物は「在来草原性植物」「その他在来植物」「外来植物」に分類しました。
  • 土地利用の変遷の調査:千葉県北部を対象とした1880年代、1950年代、1980年代、2000年代の土地被覆をデジタル化し※1、各調査地が農地や宅地として利用されずに樹林や草原として維持されてきた期間を推定しました。
  • 統計解析:種数に対する局所的、空間的、時間的要因の影響を考慮した一般化線形モデルを作成し、AICを基準とするモデル選択(モデルの当てはまりの良さを基に重要な要因を明らかにする手法)を行いました。また在来草原性植物の種ごとの在・不在に影響する要因を、1,000回繰り返しのブートストラップ法で分析しました。

2、結果と考察

①歴史の長さの違いとその効果
 植生調査の結果、在来草原性植物63種、その他在来植物295種、外来植物131種が見つかりました。調査地あたりの種数は、13~146種(在来草原性植物:0~41種)と大きなばらつきが認められました。また、土地利用の変遷の調査の結果、対象とした空き地のうち15か所は、明治時代以降、少なくとも130年間にわたり農地や宅地として利用されることなく、草原もしくは樹林として維持されてきたことがわかりました。一方、いったん農地あるいは宅地として開発され、その利用が停止・放棄された結果として成立した空き地も多数見られました。

 これらのデータを統計解析した結果、在来草原性植物では、「草原としての歴史の長さ」が種数に正の影響を与えていることが示唆されました(図1)。外来植物とその他在来植物については、「歴史の長さ」の効果は見られませんでした。なお、外来植物は農地や宅地との隣接距離が長い草原で種数が多い傾向が示されました。

図1.各植物タイプの種数と生育地の時間的連続性(「草地としての歴史の長さ」)の関係。
灰色の範囲は95%信頼区間を示す。実線は統計的に有意な上昇傾向が示されたことを意味する。

写真2.樹林に囲まれた空き地。
写真左:過去130年間草原もしくは樹林として維持されてきた空き地。
写真右:歴史の長い草原に出現しやすいワレモコウ。
②植物の種組成に影響する要因
 統計解析の結果、在来草原性植物8種のうち、ネコハギ、チガヤ、ワレモコウ、メドハギ、ミツバツチグリ、シバの6種が長い間草原として維持されてきた空地に出現しやすいことが明らかになりました(図2)。またネコハギ、ワレモコウ、ミツバツチグリ、シバは、草刈りが実施(局所的要因)されている場所で出現しやすい傾向が示されました。
図2.在来草原性植物の在不在に影響する要因。
局所的要因は草刈り管理の有無、空間的要因は農地や宅地と隣接する割合、時間的要因は生育地の時間的連続性を示す。推定値が0を超えエラーバーが0を跨がない場合、その種の存在に対する正の効果があったことを意味する。
③結論:保全・管理への示唆
 本研究により、過去に農地や宅地として利用されず、長期間にわたり草原あるいは樹林として維持されていた「空き地」には、多様な種の草原性植物が生育することが示されました。今回対象とした千葉県北部は、江戸時代末期まで「牧(馬の放牧地)」が台地上に広く存在した地域です。また戦前までは農業や生活に草資源が重要であったため、一部の草原は積極的に維持・管理されてきたものと考えられます。戦後の農地開発、拡大造林、ニュータウン開発によりそれらの草原の多くが失われましたが、一部は「空き地」として現在まで辛うじて残存し、生物多様性保全上重要な場所となっていることが示唆されました。
 
 人口減少に伴い住宅地の需要は低下しているものの、工業用地やメガソーラーの開発などにより、「空き地」として残された草原の消失は現在も進行しています。生物多様性保全が重要な社会課題として認識される中、生物多様性への悪影響の少ない土地利用計画等の検討が望まれます。本研究の結果は、そのような計画を立案する際に、土地利用の履歴を考慮することが重要であることを示唆しています。

3、用語・引用文献

※1 Noda, A., Kondoh, A. & Nishihiro, J. (2019) Changes in land cover and grassland area over the past 120 years in a rapidly urbanised area in Japan. One Ecosystem, 4, e37669.

4、発表論文

    雑誌名
    「Applied Vegetation Science」

    論文タイトル
    Temporal continuity and adjacent land use exert different effects on richness of grassland specialists and alien plants in semi-natural grassland

    著者
    Akira Noda, Takashi Yamanouchi, Kakeru Kobayashi, Jun Nishihiro

    アブストラクトURL
    https://doi.org/10.1111/avsc.12682
以上

お問い合わせ先

【研究に関するお問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所 気候変動適応センター 気候変動影響観測・監視研究室室長 
東邦大学大学院理学研究科客員教授 西廣 淳

E-mail:nishihiro.jun[@]nies.go.jp

※E-mailはアドレスの[@]を@に替えてお送り下さい。

【報道に関するお問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室

TEL: 029-850-2308 
E-mail: kouhou0[@]nies.go.jp

※E-mailはアドレスの[@]を@に替えてお送り下さい。