プレスリリース 発行No.1129 令和3年4月30日
発表のポイント
- 結晶や分子構造などにおいて、鏡に映した像がもとの構造と重ならない「ねじれた」性質をキラリティーと呼びます。
- キラリティーは、高エネルギー物理から生命まで幅広い分野で重要な概念です。特に、生体中でキラリティーによるねじれ方がそろったホモキラリティーは生命の起源と関連した謎とされてきました。
- キラル磁気状態であるらせん磁気状態のキラリティーについて調べた結果、非キラル相の強磁性相への相転移後でもキラリティーがドメイン壁のねじれとして保存されている現象が観測されました。
概要
東京大学大学院総合文化研究科大学院生および東北大学特別研究生(現在理化学研究所研究員)の蒋男と東北大学金属材料研究所の新居陽一助教、小野瀬佳文教授は、東京大学大学院工学系研究科および東北大学材料科学高等研究所の齊藤英治教授、東邦大学理学部の大江純一郎教授らと共同で、高温にある強磁性相のドメイン壁にらせん磁性体のキラリティー情報が保存されるキラリティーメモリ効果を発見しました。この結果は、非キラル相における欠陥などにあるキラル構造の重要性を示唆しており、一般的なキラリティー問題に一石を投じる結果となっております。
本研究の詳細はPhysical Review Lettersに2021年4月28日(米国時間)に掲載されました。また、Editors’ Suggestionに選出されています。
詳細な説明
図1のようにDNAや多くの有機分子においては、鏡に映した像はねじられ方が反転しており、元の像と重なりません。このような性質をキラリティーと呼びます。キラリティーを持ちますと、ねじられ方が異なる左右二状態が存在することになります。生体内においては、このようなキラリティー状態が一方に偏っているホモキラリティーと呼ばれる特徴があります。このようなホモキラリティーの起源は、一説には天体から発せられた紫外円偏光によってキラリティーの偏りが出来たとするものがありますが、詳しくはわかっておらず生命の起源と関連した大きな謎とされていました。一方、磁気構造によってもキラリティーを作り出すことができます。磁気モーメントがらせんを描くらせん磁性体も、キラリティーを有しています。磁性体は、生命体などに比べて安定で温度、磁場などを関数として再現性がよい振る舞いを示します。本研究では、らせん磁性体MnPにおいて、キラルでない強磁性状態からキラルならせん磁気状態に転移する際にどのようにキラリティーが決定されるかを調べました。
図1:キラルな分子構造や磁気構造の鏡映。DNAや多くの有機分子は、鏡映した構造と元の構造が重ならないキラルな性質を示します。同様に、ヘリカル磁気構造も鏡映像と元の磁気構造が重ならずキラリティーを有します。
らせん磁性体MnPの単結晶を収束イオンビーム加工(※1)によって微細デバイス化して、抵抗率の第2高調波(※2)によりらせん磁性転移後のキラリティーを測定しました。高温の強磁性状態では、マクロな磁化構造が一定方向にそろったドメインがいくつか存在しており、ドメインとドメインの境界(ドメイン壁)は、図2のように少しずつ磁気モーメントがねじれていくキラル構造をとる(ブロッホ型とよばれている)ことが過去の研究より分かっておりました。本研究で明らかになったのは、図2のように、強磁性状態かららせん磁性体へと転移する際には、らせん磁性体から強磁性体に転移する際にはらせん磁性体のキラリティーがドメイン壁のキラリティーとして保存されることが明らかとなりました。
図2:キラリティーメモリ効果。らせん磁気構造のキラリティーが強磁性相では、ドメイン壁のキラリティーとして保存される。
上記の結果は、強磁性のドメイン壁がキラルな核となってそこからキラルな構造が成長していくことを示唆しています。このことは、一般のキラリティーなどにも重要な示唆を含んでいるように思われます。例えば、結晶中の欠陥や転位にはキラルな構造が現れることが知られていますが、本研究の結果は、非キラル相のキラルな欠陥・転移がキラル相へ転移後のキラリティーを決定する可能性を示しています。
雑誌名:Physical Review Letters
英文タイトル:Chirality memory stored in magnetic domain walls in the ferromagnetic state of MnP
全著者:N. Jiang, Y. Nii, H. Arisawa, E. Saitoh, J. Ohe, Y. Onose
DOI:10.1103/PhysRevLett.126.177205
※1 収束イオンビーム加工: 細く集束したイオンビームによって試料を加工する方法。
※2 抵抗率の第2高調波:周波数ωの交流電流を試料に加えたときに周波数2ωの交流電圧が発生する現象のこと。
本研究の成果は、当時東京大学大学院総合文化研究科の大学院生および東北大学特別研究生(現在理化学研究所研究員)の蒋男、東北大学金属材料研究所の小野瀬佳文教授、新居陽一助教、大学院生の有沢洋希、東京大学大学院工学系研究科および東北大学材料科学高等研究所の齊藤英治教授、東邦大学理学部の大江純一郎教授の共同研究によって得られたものです。
本研究は、JSPS科研費(課題番号:JP16H04008, JP17H05176, JP18K13494, JP19H05600, JP20K03828,)、JSTさきがけ(課題番号:JPMJPR19L6)、ERATOスピン整流プロジェクト、村田学術振興財団、日本学術振興会特別研究員奨励費(課題番号:19J11151)によって助成を受けました。
お問い合わせ先
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東北大学金属材料研究所 量子機能物性学研究部門
小野瀬 佳文
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東北大学プレスリリース
(日本語版)https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2021/04/press20210430-03-chi.html
(英語版) https://www.tohoku.ac.jp/en/press/chirality_memory_effect_of_ferromagnetic_domain_walls.html
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