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プレスリリース 発行No.1108 令和2年12月14日

スピンアイスに似た磁気挙動を示す金属錯体ネットワークを発見

 東邦大学理学部化学科の加知千裕准教授の研究グループと齊藤敏明東邦大学名誉教授の研究グループは、単分子磁石(注1)を連結した金属錯体(注2)ネットワークがスピンアイスに似た磁気挙動を示すことを発見しました。スピンアイスと呼ばれる特異な磁気的性質は、これまでパイロクロア型酸化物で見いだされて以来、実験的にも理論的にも活発に研究されています。金属錯体で、スピンアイスのような磁気挙動が発見されたのは、これが初めてです。

 この成果は、2020年8月7日にドイツ化学会誌「Angewandte Chemie International Edition」にて発表しました。論文はHot Paperに選出され、Frontispieceとしてハイライトされました。

発表者名

加知 千裕 (東邦大学理学部化学科 准教授)
永場 佑久 (東邦大学理学部化学科 2008年度卒)
石井 梨夏子(東邦大学大学院理学研究科化学専攻 2013年度修了)
宮坂 等  (東北大学金属材料研究所 教授)
児玉 悠太 (東邦大学大学院理学研究科物理学専攻 2012年度修了)
齊藤 敏明 (東邦大学 名誉教授)

発表のポイント

  • 金属錯体ネットワークで初めて、スピンアイスに似た磁気挙動を発見しました。
  • スピンアイスとして知られるパイロクロア型酸化物は3次元構造ですが、金属錯体の2次元構造でも同様の磁気特性を示しうることが分かりました。
  • スピンアイスに特徴的な磁化緩和のメカニズムは、未だ解明されていません。今回の2次元金属錯体ネットワークは、スピンアイスの磁気特性を示す物質合成の新たな指針となり、そのメカニズムの解明に大きく寄与すると期待できます。

発表概要

 古典的なスピンアイスであるパイロクロア型酸化物のスピン構造にヒントを得て、金属錯体を用いた磁気的フラストレーション系の構築を目指しました。磁気異方性を持つマンガン(III)ダイマー錯体の単分子磁石をヘキサシアノマンガン酸(III)イオンで連結した2次元ネットワークを合成したところ、この2次元ネットワーク中では、2種類あるマンガン(III)単分子磁石の磁気異方性が直交し、マンガン(III)イオン間に強磁性的相互作用が働くことが分かりました。磁気測定の結果、2 Kの極低温まで磁気的秩序を持たず、長い磁化緩和時間と広い緩和時間の分布、および緩和モデルがダビッドソン・コールモデルに従うというスピンアイスに似た磁気挙動を示すことが明らかになりました。金属錯体でスピンアイスに似た磁気挙動が発見された初めての例です。また、スピンアイスに似た磁気挙動は、パイロクロア型酸化物の3次元構造だけでなく、2次元構造でも起こりうることを示しました。

発表内容

(研究の背景)
古典的なスピンアイスはパイロクロア型酸化物(Dy2Ti2O7やHo2Ti2O7)で見いだされてきました。この物質群では、磁気モーメントを持つ希土類イオンが正四面体の各頂点に位置し、強い磁気異方性のために磁気モーメントが四面体の重心の方向に向き、四面体の頂点のうち2つのスピンが内向き、残りの2つが外向きという2-in、2-outの縮退状態(注3)を持ちます。四面体の頂点は、3次元ネットワークで共有されているため、系全体では巨視的な縮退状態となります。スピン間には有効な強磁性的相互作用が存在するので、磁気異方性と磁気的相互作用の競合によりフラストレーションが生じます。スピンはこのフラストレーションによって揺らぎ、磁気秩序を持てなくなります。それに加えて強い一軸異方性のため、このスピンアイスと呼ばれる物質中のスピンを反転する時間(磁化緩和時間)は非常に長くなります。特に、均一な系にも関わらず、緩和時間に広い分布を持つという不思議な特徴が見られます。この特異な磁気挙動のメカニズムは未だ解明されておらず、様々なモデルが提唱されています。

(研究の内容)
このようなスピンアイスの磁気構造にヒントを得、金属錯体を用いて、直交した磁気異方性とスピン間に有効な強磁性的相互作用を持つ物質を設計しました。金属錯体を用いた分子磁性体研究では、1つの分子だけであたかも磁石のように振る舞う「単分子磁石」が盛んに研究されています。この単分子磁石が大きな一軸異方性を持つスピンとして、スピンアイスにおけるDyやHoなどの希土類イオンの役割を果たせると考えました。単分子磁石としてマンガン(III)ダイマー錯体を用い、ヘキサシアノマンガン酸(III)イオンでそれらを連結し、2次元の金属錯体ネットワークを構築しました。2次元ネットワーク中では、ヘキサシアノマンガン酸(III)イオンが平面の4方向でマンガン(III)ダイマー錯体と結合しているため、マンガン(III)ダイマー錯体の磁気異方性の容易軸を2方向生じ、それらは互いに直交しています。

(研究の成果)
磁気測定の結果、異方性を持つマンガン(III)単分子磁石の間に強磁性的相互作用が働くこと、磁気的相互作用は2次元ネットワーク内のみで働くこと、2 Kの極低温でも磁気秩序を持たないことが明らかになりました。さらに、磁化緩和測定から、緩和時間に広い分布を持ち、その緩和モデルがダビッドソン・コールモデルに従うことが分かり、スピンアイスに似た磁気挙動を示すことが明らかになりました。

(結論と展開)
この成果は、金属錯体を用いた分子磁性体研究で、スピンアイスに似た磁気挙動が見いだされた初めての例となります。金属錯体でも、また2次元系でも、磁気異方性を直交させ、異方性と有効な強磁性的相互作用の競合によって磁気的フラストレーションを作り出すことができるという、新たな設計指針を提示できました。今回の金属錯体の2次元ネットワーク構造では、スピンアイスとは幾何学的モデルも次元数も異なるにも関わらず、なぜスピンアイスに似た長い緩和時間、広い緩和時間の分布(ダビッドソン・コールタイプの磁化緩和)を示すのか、新たな問いが生まれました。これらの問いに答えていくことが、今後スピンアイスの磁気特性のメカニズムの解明に繋がると期待されます。

発表雑誌

    雑誌名
    「Angewandte Chemie International Edition」(2020年8月7日)
    Angew. Chem. Int. Ed. 2020, 59, 22048–22053


    論文タイトル
    Spin Ice-like Magnetic Relaxation of a Two-dimensional Network based on Manganese(III) Salen-type Single-Molecule Magnets

    著者
    Chihiro Kachi-Terajima*, Tasuku Eiba, Rikako Ishii, Hitoshi Miyasaka, Yuta Kodama, and
    Toshiaki Saito

    DOI番号
    10.1002/anie.202008914

    論文URL
    https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/anie.202008914

用語解説

(注1)単分子磁石
分子1つが磁石のような性質を示す物質群です。私たちの身の回りにある磁石は、磁石の基になるスピン間に同じ方向を向く力が働いて強磁性となっています。一方、単分子磁石は、一つの分子内のスピンがある軸方向に向きやすく(一軸異方性)、スピンを反転させるための時間(緩和時間)が長いという特徴を持っているため、磁石のように振る舞います。

(注2)金属錯体
金属錯体とは、金属イオンと配位子と呼ばれる有機分子やイオンとの複合体です。金属イオンと配位子の組み合わせによって、磁性だけでなく、電導性や光学特性、触媒能など様々な機能を発揮できます。

(注3)2-in、2-outの縮退状態
氷の結晶中では、1つの水分子が4つの水分子と水素結合し、3次元のネットワークを形成しています。このとき水分子の酸素原子まわりには4つの水素結合ができますが、水素の位置が2つは近い位置に、2つは遠い位置に存在します。これを2-in、2-outのアイスルールと言います。パイロクロア型酸化物のスピン状態がアイスルールに従っていることから「スピンアイス」と呼ばれるようになりました。

添付資料

図1.パイロクロア型酸化物におけるスピン配置(上)と
マンガン(III)単分子磁石の2次元ネットワークとそのスピン配置(下)
図2.掲載誌「Angewandte Chemie International Edition」口絵
(画像をクリックすると拡大)
以上

お問い合わせ先

【本発表資料のお問い合わせ先】
東邦大学理学部化学科 錯体化学教室
准教授 加知 千裕

〒274-8510 船橋市三山2-2-1
TEL&FAX: 047-472-1319
E-mail: chihiro.kachi[@]chem.sci.toho-u.ac.jp

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学校法人東邦大学 法人本部経営企画部

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