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プレスリリース 発行No.1071 令和2年4月7日

両親のハグによって乳児がリラックスすることを実証
~科学の言葉で語る親子のハグ~

 東邦大学医学部解剖学講座の吉田さちね助教と船戸弘正教授らの研究グループは、両親のハグ(腕で抱きしめること)によって0歳児がどのような反応を示すのか心拍間隔の変化を指標に検討しました。
その結果、生後4ヶ月以上の乳児は両親にハグされると、初対面の女性にハグされた時よりも心拍間隔の増加率が高くなることが分かりました。
 
 両親も自分の子をハグすると、ハグする前より心拍間隔の増加率が高まりました。親子は、ハグによって副交感神経が活性化し、リラックスすることが初めて実験的に示されました。
 
 得られた基礎知見は、これまで実体を掴むことが難しかった乳児の安心感や親子の絆を科学的に理解する一助となることが期待されます。この成果は2020年4月6日に雑誌iScienceにて発表されました。

発表者名

吉田さちね(東邦大学医学部解剖学講座微細形態学分野 助教)
川原圭博 (東京大学大学院工学系研究科 教授)
笹谷拓也 (東京大学大学院情報理工学系研究科 大学院生)
清野 健 (大阪大学大学院基礎工学研究科 教授)
小林 洋 (大阪大学大学院基礎工学研究科 准教授)
船戸弘正 (東邦大学医学部解剖学講座微細形態学分野 教授)

発表のポイント

  • 親子の触れ合いが子どもの心身発達に重要であることは知られていましたが、触れ合いの作用をダイレクトに定量した研究はほとんどありませんでした。異なる強さの抱っこへの心拍間隔変化を調べることで、親子が普段行っている強さのハグによって乳児がリラックスすることが初めて示されました。
  • この反応は初対面の女性によるハグでは認められず、生後4ヵ月以前の乳児にも認められないことから、乳児の発達や両親との関係性の成熟・分化を示すと考えられます。
  • 両親は、自分の子をハグするとハグする前よりも心拍間隔の増加率が高まり、主観的にも安心感を自覚していました。このことは、ハグが親と子の双方にとって安心感を高めることを示しています。これまで定量解析が困難だった乳児の愛着や安心感を科学的に検証する足掛かりとなることが期待されます。
  • まだ話すことが出来ない乳児の気持ちを理解することは難しく、子育ての大部分は経験に基づいて行われています。本研究のようなアプローチは、将来、科学的根拠のある子育て方法の構築や新しい指針策定に貢献することが期待されます。

発表概要

 親は、喜びや愛情を示すとき、赤ちゃんをぎゅっと抱きしめます。この行動は、さまざまな国の親子で見られ、英語圏では「Hug(ハグ)」と呼ばれています。しかし、まだ話せない赤ちゃんが親にハグされた時どのように「感じている」のかはほとんど研究されておらず、不明でした。
 そこで本研究では、母親に乳児を「軽く縦抱きする」、「可愛いと思ってぎゅっとハグする」、「そのまま走れる位強く抱きしめる」という3種の指示のもと、接触圧の異なる3タイプの抱き方をしてもらいました(図1)。
各抱き方は、20秒ずつ立って静止した状態で行い、それぞれにおける乳児の心拍間隔(注1)の増加率を比較しました。その結果、乳児は母親にハグされている時は、他の2つの抱き方をされている時よりも心拍間隔の増加率が高くなり、副交感神経(注2)が活性化したリラックス状態となることが分かりました(図2)。
 父親や育児経験のある初対面の女性によるハグの影響も調べました。乳児の心拍間隔増加率は、両親にハグされている時の方が、初対面の女性にハグされている時よりも高くなりました(図2)。一方、両親も自分の子をハグすると、ハグ前と比べて心拍間隔の増加率が高くなりました。
 
 以上から、ハグによって乳児も両親も心拍間隔増加率が高まり、リラックスすることが実験的に示されました。こうした心拍間隔の変化は、触れ合いによって親子が安らぎを感じる基礎的なメカニズムのひとつである可能性があります。 

 本研究成果は、将来、言葉を話す前の乳児の認知や感覚処理の発達について理解を深め、子育て方法の科学的な検証や新たな指針づくりに役立つことが期待されます。

発表内容

 赤ちゃんは、自分では食べることも歩くこともできないので、絶えず親から世話をしてもらう必要があります。親は、赤ちゃんを腕の中に抱いて授乳をしたり目的の場所へ移動したりします。授乳や移動といった赤ちゃんの生存に直結する場面の他にも、親が赤ちゃんを腕の中に抱く時があります。そのひとつがぎゅっと抱きしめることで、親が赤ちゃんに喜びや愛情を言葉ではなく、身体接触によって伝える時です。この行動は、英語ではHug(ハグ)と表現され、さまざまな文化圏の親子でよく見られます。しかし、ハグが赤ちゃんや親にどのような作用を及ぼすのかはほとんど研究されておらず、不明でした。
 
 そこで本研究では、100組以上の親と0歳児のペアに大学の実験室に来てもらい、ハグの作用を心拍変動に着目して検討しました。はじめに、0歳期の乳児では、心拍変動の基本的な指標が発達に伴ってどのように変化するのかを調べました。その結果、心拍間隔や心拍数、自律神経活動のバランスを示す指標は、いずれも生後4ヵ月未満と以上で有意に変化し、4ヵ月を過ぎると副交感神経の活動が顕著になることが分かりました。この結果を受けて、本研究では乳児を生後4ヵ月未満と以上の2つの発達グループに分け、心拍間隔の増加率を指標に検討を開始しました。
 
 母親に乳児を「軽く縦抱きする」、「可愛いと思ってぎゅっとハグする」、「そのまま走れる位強く抱きしめる」という接触圧の異なる3つの抱き方をそれぞれ20秒ずつ行ってもらいました。4ヵ月未満の乳児では、「ハグする」と「走れる位強く抱きしめる」では、「軽く縦抱きする」よりも心拍間隔の増加率が下がることが分かりました。そこで乳児の背中を支える母親の手の平に柔らかい圧センサを着け、接触圧を計測しながら、乳児の心拍間隔を調べました。その結果、4ヵ月未満の乳児は、接触圧が大きくなると、心拍間隔の増加率が下がる特性をもつことが明らかになりました。
 4ヵ月を過ぎると、ハグ中の乳児の心拍間隔増加率は「ハグされる直前の乳児の頭部運動量」によって変わることが分かりました。ハグされる直前、ベビーベッドにいる乳児の頭部の動きを計測し、動きが「多い乳児」と「少ない乳児」の2つのグループに分けました。そして、実際にハグした時の心拍間隔の増加率を比較しました。その結果、頭部の動きが少ない乳児では、多い乳児よりもハグされた時の心拍間隔の増加率が有意に上がることが分かりました。同様の変化は、父親によるハグでも起こりました。「軽く縦抱きする」と「走れる位強く抱きしめる」では、こうした違いは見られませんでした。次に、育児経験のある初対面の女性にハグされた時の乳児の変化を調べました。その結果、ハグ直前の頭部の動きが少ない乳児が初対面の女性にハグされると、心拍間隔の増加率は、両親にハグされている時よりも下がることが分かりました。今回の解析には、実験前や実験中に泣いている乳児は含まれていません。つまり、一見おとなしくハグされている乳児でも、誰にハグされているかによって、実は生理反応は大きく違っていることが示唆されます。両親との実験では、頭部の動きが多い乳児と少ない乳児の2つのグループが存在しましたが、初対面の女性との実験では、乳児はその女性の方を見つめることが多く、動きが少ない乳児グループだけになりました。通常、頭部が動くと視線も動きます。今後、視線計測などによって、頭部の動きの多さや少なさが乳児のどのような心理状態を反映しているのか明らかになることが期待されます。
 また、4ヵ月以上の乳児では、接触圧と心拍間隔増加率に有意な相関はみられませんでした。ハグ中に母親の手の平にかかる平均接触圧は、母親ごとに大きく異なりましたが、今回計測した母親全員とも共通して「軽く縦抱き」よりも「ハグ」の方が大きな圧値になりました。したがって、母親のハグによる乳児の心拍間隔の変化は、決まった接触圧値で起こるのではなく、各乳児にとって自分の母親らしいハグで生じる接触圧によって起こる可能性があります。この可能性は、母親とは、手の大きさや体格が違う父親のハグでも乳児がリラックスした結果とも符合します。生後4ヵ月間の親との触れ合いを通して、乳児は自分の母親らしいハグ、父親らしいハグを覚えていくのかもしれません。

 一方、本アンケート調査では、9割以上の父母が自分の子をハグすると「安心する」と答えました。実際に調べたところ、母親も父親も自分の子をハグすると、子の月齢とは関係なく、ハグする前と比べて心拍間隔の増加率が高まり、リラックスすることが分かりました。こうした生理変化がハグによる安心感を生み出している可能性があります。
 
 本研究によって、20秒のハグによって親と子の心拍間隔が変化することが分かりました。この変化には、乳児の発達段階やハグする大人との社会的な関係性も影響することが示されました。得られた基礎知見は、将来、乳児における感覚処理や認知の発達、そして親子関係の構築について理解を深めることに役立つと期待できます。

発表雑誌

    雑誌名
    「iScience」(2020年4月6日公開)   ※公開日時に変更がありました。

    論文タイトル
    Infants show physiological responses specific to parental hugs

    著者
    Sachine Yoshida*, Yoshihiro Kawahara, Takuya Sasatani, Ken Kiyono, Yo Kobayashi,
    Hiromasa Funato*(*責任著者)

    DOI番号
    10.1016/j.isci.2020.100996

    アブストラクトURL
    https://doi.org/10.1016/j.isci.2020.100996

用語解説

(注1)心拍間隔
心臓の拍動の一拍と次の一拍との間の時間間隔。一般的に、心電図に表示される鋭いピークであるR波の発生時刻と次のR波の発生時刻との時間差をミリ秒で表す。心拍間隔が長くなると心拍数は下がり、心拍間隔が短くなると心拍数は上がる。


(注2)副交感神経
自律神経の1つ。自律神経系は、交感神経系と副交感神経系に分類され、互いに拮抗的に働いて全身の機能を調節している。交感神経は、緊張時など心身の活動時に活発に働く。副交感神経の活性化によって、心拍数の低下、睡眠などリラックス状態となる。

添付資料

                  (図1)実験の様子
             (図2)実験結果のまとめ
以上

お問い合わせ先

【研究に関するお問い合わせ】

東邦大学医学部解剖学講座微細形態学分野
助教 吉田 さちね
教授 船戸 弘正

〒143-8540 東京都大田区大森西5-21-16
TEL: 03-3762-4151  FAX: 03-5493-5437
E-mail: sachine.yoshida[@]med.toho-u.ac.jp(吉田)
    hiromasa.funato[@]med.toho-u.ac.jp(船戸)  
URL:http://toho-funatolab.jp/

東京大学大学院工学系研究科
教授 川原 圭博

〒113-8656 東京都文京区本郷7-3-1
TEL&FAX: 03-5841-6710
E-mail: kawahara[@]akg.t.u-tokyo.ac.jp  
URL: https://www.akg.t.u-tokyo.ac.jp/

大阪大学大学院基礎工学研究科
教授 清野 健

〒560-8531 大阪府豊中市待兼山町1-3
TEL: 06-6850-6515  FAX: 06-6850-6557
E-mail: kiyono[@]bpe.es.osaka-u.ac.jp 
URL: http://kiyono-lab.bpe.es.osaka-u.ac.jp/

大阪大学大学院基礎工学研究科
准教授 小林 洋

〒560-8531 大阪府豊中市待兼山町1-3
TEL: 06-6850-6181
E-mail: yo.kobayashi[@]me.es.osaka-u.ac.jp 
URL:http://mechbiosys.me.es.osaka-u.ac.jp/index-j.html

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