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プレスリリース 発行No.869 平成30年3月27日

表皮細胞の環境変化が重篤な皮膚炎を引き起こすことを発見
~ 乾癬・アトピー性皮膚炎等の難治性皮膚疾患の新たな治療戦略への知見 ~

 東邦大学医学部の中野裕康教授の研究グループは、表皮を構成する細胞の一つであるケラチノサイトそのものの機能異常がなくても、ケラチノサイトが存在する微小環境の変化がケラチノサイトの重篤な分化障害を誘導し、バリア機構破綻による皮膚疾患を引き起こすことを明らかにしました。
 今回の発見は、乾癬やアトピー性皮膚炎などの難治性皮膚疾患の克服に向けた新たな治療戦略を考える上で、重要な知見を与えるものと考えられます。
 この成果は3月26日付のJournal of Allergy and Clinical Immunologyのオンライン版に掲載されました。

発表者名

中野 裕康(東邦大学医学部生化学講座 教授)

発表のポイント

  • 表皮細胞の一つであるケラチノサイトの細胞死が亢進すると著明な表皮の分化障害が誘導され、その結果表皮のバリア障害が引き起こされて皮膚疾患に繋がることを明らかにしました。

  • ケラチノサイト細胞死の亢進はTNFの効果を阻害するだけでは不十分であり、FasリガンドやTRAILの活性を阻害することも必要であることが示されました。

  • ケラチノサイト細胞の分化障害の原因は、細胞死の亢進した表皮細胞自体にあるのではなく、細胞死の結果生じたIL-6やIL-17Aなどが存在する微小環境の影響によるものであることを明らかにしました。
  • 発表内容

  • 外部環境と体内を隔てる上皮の一つである表皮(皮膚)組織(註1)は、複数種類の細胞(上皮系細胞や免疫系細胞など)や細胞外成分(コラーゲンなど)の要素からなる多元的なバリアで構築されています(図1)。これらの上皮バリアは、単なる物理的障壁ではなく、免疫系と相まって細菌やウィルス、環境汚染物質の侵入を防御する一方、常在細菌叢による病原細菌の排除との相互作用で適正に維持されています。こうした統合的なバリア機構の破綻は、様々な疾患の原因になると考えられています。
  • 図1. 正常な表皮の構造。最下層の基底層に存在するケラチノサイトが増殖・分化し、次第に分化マーカーを発現していき、最終的には角化層を形成する。
  • 皮膚の難治性疾患である乾癬やアトピー性皮膚炎も、表皮バリア機構の破綻による疾患と考えられています。表皮の肥厚や角化の亢進などにより、表皮からの水分の蒸発量が増加して皮膚の乾燥や組織破壊を招き、さらに外界からの化学物質や細菌等の異物が侵入しやすくなることで、それらの異物による刺激から症状のいっそうの悪化につながります。

  • これらの疾患の原因は多くの場合は不明ですが、原因の一つとして皮膚組織内に存在する免疫系細胞(白血球)の働きが過剰になっていることが挙げられます。乾癬やアトピー性皮膚炎に対する治療薬として、現在では免疫系細胞の分泌する腫瘍壊死因子(TNF)(註2)やインターロイキン(IL)-17Aの効果を中和する抗体が使用され、一定の効果が上がっていますが、根本的な治療法は開発されていません。

  • そこで、免疫系細胞以外の、表皮を構成する細胞群に着目して、これらの疾患が生じる詳しいメカニズムを明らかにすることで、新たな治療法の開発を目指すために、実験室レベルでは、様々な遺伝子改変マウス(ある特定の遺伝子の働きを喪失させたり、逆にたくさん発現させたりしたマウス)の解析が行われてきました。なかでも表皮を構成する細胞の一つであるケラチノサイトの細胞死(註3)を亢進させた様々な遺伝子改変マウスが作成され、それらのマウスの表皮では、細胞死の亢進とともに細胞の増殖が認められ、表皮の分化マーカー(細胞や組織の機能が正常であることの各種指標)の発現が低下していること、すなわち、皮膚炎とよく似た所見があることが報告されていました。

  • 今回私たちはcFLIP(註4)と呼ばれる細胞死を抑制する遺伝子に注目し、この遺伝子を表皮でのみ欠損させたマウスを作成しました。そうしたところこのマウスは子宮内ですでにケラチノサイトの細胞死が大量に起こり、生まれる前に死ぬことがわかりました。

  • そこでTNFによるケラチノサイトの細胞死を阻止するためにTNFの受容体の欠損マウスと交配したところ、子宮内での死亡を防ぐことができ、外見上は正常なマウスとして生まれてきました。しかし、生まれて5日目頃から「かさぶた」を伴う皮膚炎が発病し、生後6〜7日以内にすべてのマウスが死亡しました。このマウスの表皮からは大量の水分が蒸発しており、皮膚バリア機能が顕著に低下していることが示されました。また、ケラチノサイトの細胞死が亢進すると同時に細胞増殖も亢進し、成熟表皮の分化マーカーの著しい発現低下が見られました(図2)。すなわち、このマウスの表皮においても、乾癬やアトピー性皮膚炎のような、表皮バリア機構の破綻による重篤な皮膚炎を生じたということになります。
  • 図2.(左)出生後7日目の表皮の組織像。白矢頭は異常な角化細胞。(右)同時期の表皮での分化マーカーの染色。
  • TNF以外に細胞死を誘導するサイトカインとしてはFasリガンドやTRAILと呼ばれる分子があります。これらの分子の中和抗体を生まれて3日後のマウスに継続的に注射したところ、皮膚炎所見の改善を認め、生存期間が延長しました。以上のことは、ケラチノサイトの細胞死を阻害するためにはTNFが誘導する細胞死以外に、FasリガンドやTRAILが誘導する細胞死の阻害も重要であることを示しています。

  • また、このマウスにおいてどのようなメカニズムで表皮の分化が障害されているかを明らかにするために、出生直後のマウスから表皮由来のケラチノサイトを採取し、培養実験を行いました。ここで驚くことにcFLIP欠損マウスから調整したケラチノサイトも通常のマウスと同じように分化が誘導されました。このことはcFLIP欠損マウスの生体で見られる分化障害は、細胞自身の問題が原因ではないことを示しています。そこで、皮膚炎を生じた表皮組織で発現の高かったIL-6やIL-17Aといった炎症性サイトカインとともにケラチノサイトを培養したところ、表皮の分化マーカーの発現が顕著に低下することがわかりました(図3)。すなわち、cFLIP欠損マウスにおける表皮組織のバリア機能低下には、炎症性サイトカインの存在するケラチノサイトの微小環境が影響していることが考えられました。
  • 図3. 初代培養のケラチノサイトを分化誘導する際に、IL-6やIL-17Aの存在下で培養。分化マーカー(ロリクリン)の発現をPCR法で解析。
  • 以上より、難治性皮膚疾患の発症や進展には、表皮組織内のケラチノサイトの異常な細胞死亢進が関与すること、また、ケラチノサイト単独ではなく、ケラチノサイトを取り巻く組織内微小環境の異常がかかわっていることが示されました。これらの異常が、表皮バリア機構の破綻を招き、症状の悪化に繋がっていると考えられることから、今後、ケラチノサイトの細胞死のメカニズムや、ケラチノサイト微小環境の詳細な解析を通して、従来の、免疫系に対するアプローチとは異なった有効な治療法(細胞死を抑制する薬など)の開発に繋げていける可能性があります。
  • 発表雑誌

    雑誌名 Journal of Allergy and Clinical Immunology(オンライン版)
    論文タイトル Blockade of TNFR1-dependent and -independent cell death is crucial for
    normal epidermal differentiation
    著者 Xuehua Piao, Ryosuke Miura, Sanae Miyake, Sachiko Komazawa-Sakon,
    Masato Koike, Ryodai Shindo, Junji Takeda, Akito Hasegawa,
    Riichiro Abe, Chiharu Nishiyama, Tetsuo Mikami, Hideo Yagita,
    Yasuo Uchiyama, Hiroyasu Nakano.
    DOI番号 https://doi.org/10.1016/j.jaci.2018.02.043
    URL http://www.jacionline.org/article/S0091-6749(18)30446-9/abstract

    用語解説

    (註1)表皮:我々の体全体を覆っており、体を外界から侵入する細菌などの異物から守り、かつ我々の体の中の水分などの漏出を防いでいる構造物。様々な分化段階にあるケラチノサイトから構成されている。図1 に示すように基底膜のすぐ上にある細胞が一番未熟な細胞であり、外界に近づくにつれて成熟分化し、最終的には角層を形成する。表皮に存在する免疫系の細胞と上皮細胞により構成されるバリアとの共同作業により、外界から侵入してくる細菌やウィルスは効率よく排除される。

    (註2)TNF:腫瘍壊死因子と訳されるが、通常はTNFと表記されることが多い。細胞に細胞死や炎症を誘導するサイトカイン。細胞死を誘導する活性を持つ分子として、その他にFasリガンドやTRAILがある。

    (註3)細胞死:発生・成長過程や成体の恒常性維持において、細胞が死ぬことは様々な観点から極めて重要である。細胞死は大きく2種類に分類される。一つはアポトーシスと呼ばれる、正常の発生の過程でも見られる制御された細胞死であり、もう一つはネクローシスと呼ばれる、外傷時等に見られる偶発的な細胞死である。最近の研究ではアポトーシス以外の制御された細胞死の存在が明らかにされつつある。

    (註4)cFLIP:細胞死を防ぐための中心的なタンパク質であり、このタンパク質を欠損したマウスはアポトーシスが亢進して、子宮内で死亡することがわかっている。

    本発表資料に関するお問い合わせ先

    東邦大学 医学部生化学講座 教授
    中野 裕康

    TEL:03-3762-4151  FAX:03-5493-5412
    E-mail:hiroyasu.nakano[@]med.toho-u.ac.jp
    ※E-mailはアドレスの[@]を@に替えてお送り下さい。

    リリースに関するお問合せ先

    学校法人東邦大学 法人本部経営企画部
    〒143-8540 大田区大森西5-21-16  TEL 03-5763-6583 FAX 03-3768-0660
    E-mail:press[@]toho-u.ac.jp URL: http://www.toho-u.ac.jp
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