コラム 『ガリレオの部屋』
第8回 「物理の常識、世間の常識」
世の中の常識では対処できない場合のあること
ここで一つイメージトレーニングをしてみましょう。今あなたは高速道路を走行しているとします。目の前に一台の車が迫って来ました、あなたは追い越し車線に愛車を駆り、ぐっとアクセルを踏み込み加速して追い抜きました。めでたしめでたし。
さて、状況は変わってあなたはスペースシャトルの船長です。数百メートル先に宇宙ステーションが同じ速度で地球の周りを回っています。ミッションを終えたあなたは地球に帰還するため、逆噴射を行ってスペースシャトルを減速し宇宙ステーションから離れようとしました。ところが次の瞬間、予想に反して宇宙ステーションが近づいてくるのを目撃し、大慌てで横方向に回避しました。くわばらくわばら。
衛星軌道上で減速するためには、スペースシャトルのロケットエンジンを噴射し軌道高度を上げなければなりません。うっかり逆噴射すれば軌道高度が下がって速くなり追突しかねません。しかし、高速道路上で前の車との車間をあけるつもりで、うっかりアクセルを踏み込んでしまったら即大事故ですね。このように宇宙の常識と地上の常識は大きく異なる場合があります。
地上における無意識の動作は、私達が地上という濃い大気の下で重力に縛りつけられた日常生活を送っていることに基づいて身についてしまったもので、異なった環境下では重大な結果を招きかねないことが、宇宙船の操縦のような「人類史上始めて遭遇した問題」で明らかになったわけです。身についた無意識の動作や世間の常識が、危険な結果をもたらす可能性のある未来社会が迫ってきています。
世の中の常識の成り立ちについての一考察
日常生活では、突然頭上に落下してくる物として色々なものが考えられます。蒲団、自動車、風船、ガリレオの落とした石など、いろいろなものが落ちてくる可能性があります。重いものほど危険ですから、早く逃げないと大変です。どれが早く落ちるか考えている暇はありません。そのような経験からすれば、「重い物が落ちてくる時はできるだけ早く逃げる」という常識が身につくのではないでしょか。重い物は早く落ちるということは物理的には正しくないかもしれませんが、落下物への対処法にとって有益な情報を与えていることは間違いありません
予想もつかない未来に備えて
上の例のように、物理的には誤りを含む場合のある世間の常識は、地上という条件下の現実を生き抜いて行くために、最も有益な知恵が常識として定着したものだと思われます。しかし冒頭に掲げた例のように、未来社会では科学の発達により人間の経験した事のない現象や物事が、頻繁に出現するようになると思われます。このため、身についてしまった動作や考え方が危険をもたらす場面に遭遇するかもしれません。
これらの諸問題に対処するため、正しい動作が自然とできてしまうような知識、洞察力、理解力を身につけておくことが、以前に増して求められるはずです。物理学のような基礎学門を学ぶことは、そのための重要なアプローチ法の一つなのです。