理学部生命圏環境科学科

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腸を通ると発がん物質PAHsが半減~ 東京湾の泥を食べて減らすイワムシの浄化力 ~

生命圏環境科学科 環境分析化学研究室の齋藤敦子教授、大学院生の大坂雄一郎さん、理学部 東京湾生態系研究センターの大越健嗣教授、薬学部 薬品分析化学教室小野里磨優講師の研究グループは、東京湾奥部の干潟底質に生息する環形動物のイワムシ(Marphysa sp. E sensu Abe et al. 2019)が、発がん性の環境汚染物質である多環芳香族炭化水素(polycyclic aromatic hydrocarbons:PAHs)を高濃度に含む還元有機泥(黒色で粘性の高い底質)を選択的に摂取・排泄することで、PAHs濃度を急速に低下(2時間で半減)させることを明らかにしました。本成果は、海洋環境関連の国際学術雑誌『Marine Pollution Bulletin』に発表され、東邦大学よりプレスリリースされました。

◆発表者
大坂 雄一郎(東邦大学大学院理学研究科環境科学専攻 博士後期課程2年)
小野里 磨優(東邦大学薬学部薬品分析化学教室 講師)
大越 健嗣(東邦大学理学部東京湾生態系研究センター 訪問教授、東洋食品研究所 研究主席)
齋藤(西垣)敦子(東邦大学理学部生命圏環境科学科 教授)

◆発表雑誌
雑誌名:『Marine Pollution Bulletin』(2024年9月21日公開)208, (2024), 116977
論文タイトル:Changes in the concentration of polycyclic aromatic hydrocarbons in fecal pellets of Marphysa sp. E and reduced mud in the Yoro tidal flat, Japan
著者:Yuichiro Osaka, Mayu Onozato, Kenji Okoshi, Atsuko Nishigaki
DOI番号:10.1016/j.marpolbul.2024.116977
論文URL:https://doi.org/10.1016/j.marpolbul.2024.116977
図1.ベンゾ[a]ピレンの構造

多環芳香族炭化水素(PAHs)は、化石燃料の燃焼などにより排出される難分解性の環境汚染物質の一つです。PAHsの中には、ベンゾ[a]ピレン(図1)などのように、発癌性や内分泌攪乱作用のある物質も存在することから、環境中におけるPAHsの濃度や挙動の分析は、生態系の保全や人体への影響を評価する上で重要であると考えられます。研究グループはこれまでに、東京湾内に広がる千葉県市原市養老川河口干潟に生息するイワムシ(Marphysa sp. E sensu Abe et al. 2019, 図2, 文献1)糞中に高濃度のPAHsが含まれ、排泄から2時間で濃度が半減する現象を報告してきました(文献2, 3)。
図2.イワムシ(左、中;文献5)とイワムシの糞塊(右)

糞中のPAHsの起源は長い間不明でしたが、近年、本研究グループは、干潟表層の砂泥質(図3,Total PAHs濃度:50 ± 7 µg kg-dry−1)の数十倍のPAHsを含む還元有機泥(黒色で粘性に富んだ底質, 図4,Total PAHs濃度:1440 ± 260 µg kg-dry−1)の存在を見出しました(文献4)。
図3.養老川河口干潟底質(砂泥質)    図4.底質から掘り起こされた還元有機泥(図中の赤枠の部分)

養老川河口干潟底質は、基本的に砂泥質から構成されますが、その後、底質の広範囲を丁寧に調査した結果、還元有機泥はその表層から深層の広範囲に点在し、イワムシ巣穴の一部が還元有機泥を通過する様子も確認されました(図5,文献4,5)。また、炭素及び窒素の安定同位体比(δ13C及びδ15N)分析や粒度分析により、イワムシ糞と還元有機泥が同質であったことから、イワムシは還元有機泥を選択的に摂取すると考えられました(文献5)。したがって、イワムシ糞中の高濃度のPAHsは、イワムシが取り込む還元有機泥に元々由来すると考えられます。
図5.イワムシの巣穴(スコップで掘り起こしたところ)
黒色の還元有機泥を通過している。

イワムシは、高濃度のPAHsを含む還元有機泥を摂取・排泄し、糞中でPAHs濃度は2時間で半減しますが、この高速な濃度低下は、イワムシが摂取する前の還元有機泥中でも起こるのか、又はイワムシの消化管内を通過することで起こるのか、という疑問が生じました。  そこで本研究では「還元有機泥がイワムシに取り込まれ消化管内を通過することは、PAHsの高速濃度低下に必須であるか?」を明らかにするために、採取直後のイワムシ糞及び還元有機泥と2時間放置後の各試料中のPAHs濃度を、ガスクロマトグラフ質量分析計(GC-MS)を用いて分析し比較を行いました。イワムシ糞は干潟底質上に排泄された直後に、還元有機泥は底質を掘り返した直後に採取し、それぞれ試料を2つに分け、一方を即座にドライアイスで凍結させ、もう一方を2時間放置後に凍結させ分析試料としました。
イワムシ糞及び還元有機泥中のPAHs濃度は、2時間の放置によりイワムシ糞ではTotal PAHsで約48 %の減少が見られたのに対し、還元有機泥では約8 %の減少に留まりました(図6, 7)。したがって、PAHs濃度の急速な低下には、還元有機泥がイワムシの消化管内を通過することが必須であることが分かりました。またこれらの結果から、イワムシは、高濃度のPAHsを含む還元有機泥を、摂取・排泄することで、東京湾の環境浄化に寄与していると考えられました。
図6.イワムシ糞及び還元有機泥中でのPAHs濃度の変化
図7.イワムシ糞及び還元有機泥中のPAHs濃度の減少率

イワムシ糞中でのPAHsの急速な濃度低下のメカニズムは現在不明ですが、イワムシの消化管内で付与される微生物や酵素が関係していると考えています。今後、イワムシ糞や還元有機泥の細菌叢の解析から、このメカニズムの解明を行っていく予定です。


◆謝辞
本研究の一部は、日本学術振興会科学研究費補助金「基盤研究(C)」(JP22K12348,齋藤敦子)、日本科学協会笹川科学研究助成(2023-6039,大坂雄一郎)、水産無脊椎動物研究所育成研究助成(IKU2024-02,大坂雄一郎)の支援によりなされたことを付記し、ここに謝意を表します。

◆参考文献
1. Hirokazu Abe, Masaatsu Tanaka, Masanori Taru, Satoshi Abe, Atsuko Nishigaki, Molecular evidence for the existence of five cryptic species within species of Marphysa (Annelida: Eunicidae) known as ‘Iwa-mushi’ in Japan, Plankton and Benthos Research, 14(4), 303-314 (2019).

2. Mayu Onozato, Atsuko Nishigaki, Shigeru Ohshima, The fate and behavior of polycyclic aromatic hydrocarbons (PAHs) through feeding and excretion of annelids, Polycyclic Aromatic Compounds, 30, 334–345 (2010).

3. Mayu Onozato, Toshiyuki Sugawara, Atsuko Nishigaki, Shigeru Ohshima, Study on the degradation of polycyclic aromatic hydrocarbons (PAHs) in the excrement of annelids, Polycyclic Aromatic Compounds, 32, 238-247 (2012).

4. 大坂雄一郎,小野里磨優,西垣敦子,養老川河口干潟還元有機泥中の多環芳香族炭化水素の特徴, 分析化学,72巻4, 5号, 175–181 (2023).

5.Yuichiro Osaka, Satoshi Abe, Hirokazu Abe, Masaatsu Tanaka, Mayu Onozato, Kenji Okoshi, Atsuko Nishigaki, Sources of Polycyclic Aromatic Hydrocarbons in Fecal Pellets of a Marphysa Species (Annelida: Eunicidae) in the Yoro Tidal Flat, Japan, Zoological Science, 40(4), 292-299 (2023).

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