1000年と1000分の1からの視点
21世紀になった時、あなたはどこにいて何を考えていただろうか?
1か月半前の2000年11月、私は東京・晴海埠頭で南極観測船「しらせ」の出航を見送っていた。日本で初めての「お母さん隊員」(※1)として南極地域観測隊のミレニアム航海に参加する妻は、「ペンギンなんか大嫌いキャンペーン」が一段落した家族を残し、約5か月の調査に旅立った。慌ただしいひと月が過ぎた年末、今度は子供たちが義父とともに義弟のいるシンガポールに飛び立った。バブル崩壊後の10年の経済のせいか、巷ではもうひとつ盛り上がらないミレニアムイベントが行われる中、私は1000年の時のはざまにいることを実感できないでいた。1000年とはどういう時間なのだろう?その感覚を得るにはどうしたらいいのか?考えた末、私は屋久島行きの高速船に飛び乗った。
車で宮之浦岳の登山道をひたすら登って標高1200mを過ぎた頃、樹齢3000年と言われる「紀元杉」が道路沿いに突然現れた。樹高20mの木肌は波のようにうねり、ヤクシマシャクナゲやナナカマドなど多くの植物が着生し、まるでひとつの世界をつくっているようだった。当時のノートには「圧倒的だけど威圧的でない。厳しさの中に優しさがある。1000年の時を生きるとはこういうことか!」、こんな言葉が並べられている。縄文時代から、あるいは奈良・平安の昔からずっと生き抜いてきた生物が林立する森の中に数時間身をおいた私は、少しだけ1000年という「とき」を実感することができたような気がした。
「1000年を意識する」ことが環境科学の役割
そのような中で、地球温暖化は静かに、しかし確実に進行し、それに伴って海洋酸性化も進んでいる(地球のぼやき「海からの手紙~海洋酸性化を伝えるために~」参照)。ニュースにもよく出てくるIPCC(Intergovernmental Panel on Climate Changeの略称、気候変動に関する政府間パネル)の報告書では、18世紀の産業革命から22世紀までの300~400年にわたる環境変動の議論が展開されており、私たちも数100年という時間に自分たちが関わっているという意識がようやく芽生えてきた。これを意識的にもっと長く、少なくとも1000年を意識する方向にもっていくことが環境科学にかかわる人には必須のことだと私は思う。
気象庁のHPより引用(ppmは体積比で100万分の一を表す)
地球の環境変化は「1000分の1」のレベルでの変化が大きな意味をもつ
(Sato-Okoshi, Okoshiら2010より)
このように、地球の環境変化は「1000分の1」のレベルでの変化が大きな意味をもつことが多い。しかし、私たちはこの変化に慣れていない。「100%好き」とは言うが「100.1%好き」と言ったら何だか変だ。「今回の総選挙の投票率は64.8%で、前回は59.5%でした。」というアナウンスを聞いても、コンマ以下の数字を気にする人は希だ。ほとんどの人が5%上がったぐらいにしか思わないだろう。しかし、環境科学を学ぶには「1000分の1」の変化も逃さないことを日頃から意識することが重要と言える。
忘れかけていた1000年の時の流れ
(大越 2012より)
地震・津波の海洋生物に対する影響の研究を進めていた大学院生3人が今春巣立っていった。千葉県の高校教員になったS君は、若い人に自分の見たもの感じたものを伝えていくそうだ。全国漁業協同組合連合会(全漁連)のM君はすでに被災地の漁業復興にも関わっている。学研に入ったT君とは深海に関する本でコラボレーションが実現したばかりだ。津波と生物の研究がまとまったら一緒に本を作りたい。4年生で卒業して横浜八景島シーパラダイスに入ったNさんは来年からは仙台水族館の広報を担当する。震災に関する展示・広報にもかかわるかも知れない。そして、大学院生のS君は今年度、南極地域観測隊に加わり南極に行くことになった。
1000年の時の流れと1000分の1の変化を実感しながら、フィールドに出かけ、電子顕微鏡を操り、データ解析をしてきた彼らのこれからが、とても楽しみである。
※1 「ママ、南極へ行く!」 主婦の友社
※2 Limacina helicina http://en.wikipedia.org/wiki/Limacina_helicina
※3 「海のブラックバス サキグロタマツメタ」 恒星社厚生閣



