3種の灰色藻グラウコキスチス属植物が習志野キャンパスの人工池から見つかる
東邦大習志野キャンパスにはキャンパス正門から見るとキャンパスの左端にこんもりとした丘があり,雑木林がありました。雑木林の手前にはテニスコートが有り,その境目に以前にあったキャンパス内の防火用コンクリート水槽が理学部Ⅳ号館を建設の際,取り壊しになった代替えに,ラバー地で防水して,人工的な池を作りました。その池は直径約30mの若干円に近い深さ2m程のこぢんまりとした池で,周りを雑草や雑木林に囲まれた状態にして,水を入れた後は何も人の手が入らないようにいろいろな生き物が流入するのを自然に任せておりました。この池は理学部生物学科や生命圏環境科学科の為の実習や一部研究にも利用していました。私が在職最後の5年,植物分類学実習を担当したのですが,その際,淡水産の単細胞性藻類で良い材料を捜していたところ,人工池からくすんだ青緑色をした厚い細胞壁に囲まれた単細胞性藻類を見つけました。顕微鏡で観察した結果,グラウコキスチス(Glaucocystis)という灰色藻に属する単細胞性藻類でした。この灰色藻は植物分類学実習の最適な材料だと思い,退職までこの藻類を観察材料にしました。
さて,このグラウコキスチスついて,知り合いの東大理学部の野崎准教授に在職中に紹介したところ,研究室の院生とともに習志野キャンパスに来られ,この藻類を採取して帰りました。その後,ほとんど情報がもたらせなかったのですが,この7月中旬頃,グラウコキスチスの論文を発表したので,連絡しますとのことでした。そこで早速,その論文のpdfを開いてみたら,分子系統学的に,さらに微細構造上の形態的な違いによって,同一種と同定されてきたグラウコキスチス属植物(G. nostochiearum)が二種の既存種,変種から種に新階級になった1種,3種の新種を含めて,6種が世界中に生育することを明らかにしておりました。今回取り上げなった既存種四種とあわせるとグラウコキスチス属植物は十種となりました。そのなかで,習志野キャンパスの人工池からは3種のグラウコキスチスが見つかり,既存種が1種,新種が2種でした。新種2種の内,1種は有り難ことに私;宮地の名字を冠して,グラウコキスチス ミヤジイ(Glaucocystis miyajii)と命名していただきました(図1-a)。その他に日本新産の G. oocystiformis(図1-b)と新種 G. bhattacharyae(図1-c)の計三種です(Takahashi et al, 2016b)。野崎研究室による研究より,以前にChang ら(2014)によりグラウコキスチス14株(ほとんどG. nostochinearum と登録されていた)を分子系統学的解析によって6つのグループに分けられることを報告していたのですが,6つのグループの間の形態的な違いを見出せなかったのです。それを野崎研究室は新たな技術を導入し,光学顕微鏡ではほとんど区別できないグラウコキスチスの細かい形態を区別することができるようになりました(Takahashi et al, 2015; 2016a)。その技術とは超分解能電界放出形走査型電子顕微鏡と超高圧透過型電子顕微鏡による厚切り切片の断層立体模型(トモグラフィー)です。これにより,一つめは細胞群を取り囲む細胞壁のセルロースミクロフィブリルの状況(図1の矢印参照)と二つめは細胞膜下にある扁平小胞の並び方と形態によって,分子系統学的な違いが形態的な違いとして認識されました。
図1
a: G. miyajii Tos. Takahashi & Nozaki.
b: Glaucocystis oocystiformis Prescott. Takahashi & Nozaki.
c: G. bhattacharyae Tos. Takahashi & Nozaki.
a: G. miyajii Tos. Takahashi & Nozaki.
b: Glaucocystis oocystiformis Prescott. Takahashi & Nozaki.
c: G. bhattacharyae Tos. Takahashi & Nozaki.
ところで,灰色藻類という藻類を知っていますか。多分,この「生物の新知識」を見ている方々にはこの藻類を知っている人はほとんどいないと思います。では,まず藻類とはなんでしょうか。藻類とは正式な生物学的な分類群ではありません。簡単な定義を言えば,太陽光エネルギーを利用して,炭酸ガスからグルコースが合成され,酸素を発生するという光合成をおこなう葉緑体を持ち,主に水の中で生育する生物で,葉,根,茎の分化が無く,根から水を茎や葉に,そして葉から養分を根に供給する維管束のない生物群のことで,複数の門に分けられます。
さて,その中で,灰色藻は正式には灰色植物門;GlaucophytaあるいはGlaucocystophytaと呼ばれる門に属します。門としては非常に小さな門で,1綱3目3科4属で,非常に珍しい藻類です。なかなかお目にかかれず,藻類を勉強した研究者でもこの藻類を実際に見た人は多くないと思います。
それでは,灰色植物門の特徴は下記の通りです。
- 全て淡水産で,単細胞,キアノフォラ属では遊泳性があり,グラウコキスチス属を含めた残りの3属は不動性,時に集塊状の群体を形成する(図1参照)。
- 葉緑体はかなり単細胞頼粒性シアノバクテリアに似ている。各々の葉緑体の2重膜の間に薄いペプチドグリカン壁が存在する。
- 葉緑体のチラコイドは層状化せず,単層で,均一な並び方となっている。フィコビリソームがチラコイド上にある。これらの形態はシアノバクテリアと紅藻のそれらと似ている(図2-a, b参照)。
- 光台成色素はクロロフィルaのみで,クロロフィルbもcもない。これはシアノバクテリアや紅藻と同じである。
- 葉緑体の色は青緑色であるが,クロロフィルの緑色がフィコシアニン或いはアロフィコシアニンで被われている。この光合成補助色素はフイコビリソームに含まれ,これもシアノバクテリアや紅藻と同じである。(図1参照)
- 葉緑体DNAは葉緑体の中心に集中していて,これはシアノバクテリアのそれと同じである。葉緑体の中心にルビスコ(リブロース-1,5-二リン酸カルボキラーゼ)と呼ばれる酵素を多量に含む多角形状のカルボキシゾームが存在する。
- 貯蔵多糖類は澱粉で,澱粉顆粒は葉緑体外にあり,これは紅藻の場合と同じである(図2-a,b 参照)。
- 細胞膜直下に扁平な小胞が多数並んでいて,渦鞭毛藻のアンフィセマと呼ばれる扁平小胞に似ている(図2-c参照`。
図2
a:グラウコキスチス細胞の電顕写真;核(N)と葉緑体(チアネル;Cy)。
b:シアノバクテリアとそっくりな葉緑体;中心に葉緑体DNAがあると思われる。
c:胞壁と細胞膜下に扁平小胞あり(矢印);但し,固定法が凍結置換法でなかったことなどにより,その形状は明確になっていない。
a:グラウコキスチス細胞の電顕写真;核(N)と葉緑体(チアネル;Cy)。
b:シアノバクテリアとそっくりな葉緑体;中心に葉緑体DNAがあると思われる。
c:胞壁と細胞膜下に扁平小胞あり(矢印);但し,固定法が凍結置換法でなかったことなどにより,その形状は明確になっていない。
以上,灰色藻の葉緑体は以前,シアノバクテリアが細胞質に共生して生育する単細胞生物であると言われ, 共生シアノバクテリアをチアネル,宿主とチアネルを合わせてチアノームと名づけられいました。この状態は葉線体獲得の歴史のなかで,従属栄養真核生物が完全に葉緑体を獲得する前の中間的段階を示していると言われていました。それによると,最初シアノバクテリアは従属栄養の原生動物に最初食べられ,消化されきたが,しかし,そのうちに突然変異によって,この消化されてきたシアノバクテリアが消化されず,原生動物内の細胞質中に生残れるようになってきた。それは原生動物にとって,共生しているバクテリアからもたらされる代謝産物を利用できることになった。原生動物はシアノバクテリアに保護された環境を提供し,かつこの寄生藻を保持している生物がシアノバクテリアも生棲できない環境においても生育することが出来るようになる(シアノバクテリアが生育できない環境とは若干酸性な状態)。共生するあるいは寄生するシアノバクテリアであれば,チアネルを灰色藻の細胞質から取りだし,培養しても生き続けることができるはずである。しかし,チアネルは細胞質から取り出して,培養しても,独立して,生きられない事が実験的に証明されています。そのことから,チアネルは共生するシアノバクテリアではなくて,葉緑体化している可能性が考えられます。近年の分子生物学的な進歩により,チアネルの遺伝子数はシアノバクテリアの1/10しかなく,紅藻や緑藻の葉緑体DNA とほぼ同じサイズであること,また遺伝子の構成もシアノバクテリアのそれより葉緑体のそれに似ていることなどが分かり,チアネルはシアノバクテリアではなく,葉緑体であるとの結論になっています。しかし,紅藻の葉緑体と異なるのは2重膜の葉緑体膜の膜間にペプチドグリカン壁が存在するところです。このペプチドグリカン壁はシアノバクテリアやグラム陰性菌にも存在し,これが葉緑体の共生説を裏付ける強力な裏付ける証拠であり,かつシアノバクテリアが取り込まれた痕跡である。以上,葉緑体の獲得の進化にとって,非常に重要な灰色藻グラウコキスチスが習志野キャンパスで見つかり,それも一種だと思っていたものが,三種も存在していたのは驚きであり,なぜ習志野キャンパスの人工池に三種のグラウコキスチス属植物が流入してきたのか,生態学的に調査すると面白いと思います。
興味のある方は下記の論文を読んで見てください。尚、図1の写真は論文著者の承諾を得て転載しました。東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻の野崎准教授を初めとする多様性起源学研究室の皆さんのご尽力とご厚意に、この場を借りて御礼申し上げます。また、図2は2009年度の本研究室卒業研究の学生による電子顕微鏡写真です。
元生物学科細胞構造学研究室教授:宮地和幸
引用文献
- Chong, J. et al. Molecular markers from different genomic compartments reveal cryptic diversity within glaucophyte species. Mol. Phylogenet. Evol. 76, 181–188 (2014).
- Takahashi, T. et al. Ultra-high voltage electron microscopy of primitive algae illuminates 3D ultrastructures of the first photosynthetic eukaryote. Sci. Rep. 5, 14735 (2015).
- Takahashi, T. et al. A new type of 3D peripheral ultrastructure in Glaucocystis (Glaucocystales, Glaucophyta) as revealed by ultra-high voltage electron microscopy. J. Phycol. 52, 486–490 (2016a).
- Takahashi, T. et al. Delineation of six species of the primitive algal genus Glaucocystis based on in situ ultrastructural characteristics. Sci. Rep. 6, 29209 (2016b).