理学部生物学科

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ミノガメの秘密 亀の甲羅で生きる藻類【2008年2月号】

ミノガメとは

 亀の甲羅に緑の毛がついた亀を蓑亀(ミノガメ)あるいは緑毛亀と称して,吉兆の証(あかし)として古来より珍重されてきました。不老長寿を祝う図柄として鶴亀が描かれますが,その際,亀はミノガメを描いていることが多いようです。また,各種の亀の図柄にもミノガメが採用されています。だから,打ち掛け,布団,風呂敷などありとあらゆるカメを描いた図柄の中には大抵,単なるカメを描くのではなく,ミノガメを描くことが多いようです。どの様な図柄かというと,カメの甲羅から,本体より長い髭のようなものがたなびくような図柄です。これがミノガメです。多くの人は知らず知らずの内に、このミノガメを見ているのだと思います。一度,注意をしてごらんください。
ミノガメとは

 亀にふさふさしたものが付いているデザインを見ることでしょう。このようなことから,日本人には蓑亀は非常になじみ深いものとなっています。最近でも,時々新聞やWEB上で,ミノガメが見つかったと言う記事や紹介が掲示されています。左のカメはミシシッピーアカミミガメ です。(写真提供「和亀保護の会」
蓑亀が書物に上ったのは5世紀の中国です。そして,日本でも平安時代には中国から伝承されたようです。これまでの日本の年号の中に神亀や元亀とあるのはミノガメが出現あるいは捕まえたという瑞兆を言祝ぐことで,改元されたとつたえられています。これだけ,なじみ深いミノガメでありますが,その実態について知っている人は意外と少ないのではないでしょうか。一体ミノガメってなんなのでしょう。

 ミノガメとなる亀は普通淡水に棲息する亀であり,海産の亀でありません。意外と海産の亀だと思っている人もいるようですが,海産の亀にも時々海藻が付いていることはありますが,デザインになるような髭がたなびくような状態になりません。もっぱら,淡水の亀に藻類が付いた状態をミノガメと言います。では,その藻類とは何か。どのような藻類が着いているのか,初めて学術的に明らかにしたのはアメリカ合衆国のコリンズ(Collins)という藻類学者です。ミノガメの元になる藻類は緑色植物門アオサ藻綱:緑藻類(通称)に属します。緑藻類というのは,焼きそばなどの上に載っているアオノリやヒトエグサなどと同じ仲間です。緑藻でもどのような形態なのかというと,糸のような体から出来ています。それもほとんど,枝分かれしません。難しく言うと単列糸状体の形態をとります。体を作っている細胞は多核です。普通,生き物の細胞は1細胞1個の核ですが,ミノガメの藻類は一つの細胞に複数の核が存在しています。このような単列糸状体で,枝分かれしない多核なグループをジュズモといいます。数珠のような細胞が多数連なっているからです。すなわち,緑藻ジュズモ属の1種として初めて,世界に報告されました。その後,やはりアメリカの学者によって,ミノガメの緑藻は普通のジュズモとは違う性質を持っていることから,新しい属が作られ,バシクラデア属と称されるようになりました。その後,ミノガメの元になる種は4種が記載されています。

 日本では,1902年動物学雑誌の雑録にミノガメの記述が見られ,その元になる藻類は緑藻ジュズモ属の一種であろうと記述されたのが最初です。その後,有名な明治時代の藻類学者である遠藤吉三郎先生が日本では初めて学術雑誌にキッコウジュズモとして報告しました。ちなみに,この遠藤吉三郎先生はほとんど,この道の専門家以外には名前の知られていない忘れられた学者ですが,日本にノルディック・スキー,特にジャンプ競技を持ち込んだといわれています。さらに1950年代に京都大学教授であった米田先生が北米で見つかった種を日本から報告しています。これで,2種のバシクラデアが日本のミノガメから見つかったことになります。一見すると,これで日本のミノガメは分かったように見えます。しかし,分かっているようで,バシクラデア属の分類は難しい。なぜ,難しいのか。種を分ける特徴が少なく,唯一の特徴は藻体の太さだけです。また,日本では良く新聞やWEB上にミノガメが掲載され,報告されていますが,生態的にこのミノガメについて研究報告された例が少なく,どのような亀にどのような状況だと付き,どの地域の亀に付くのか。日本国中どこでも見られるのか。何種類の藻類が付いているのかなど,ほとんど調べた例が見られません。そこで,最近筆者がこのミノガメについて調べようと思って,研究を始めました。

バシクラデア属とは

バシクラデア属とは_01

 亀に付く緑藻であるバシクラデア属が元々所属していたジュズモの仲間とどのように違うのか,調べました。その結果,従来の特徴に併せてピレノイド(*)の形態と葉緑体の形態に根本的な違いがあることが分かりました。ジュズモの仲間が盃状2杯型であるのに対して,バシクラデア属は複雑多裂型であります。その複雑多裂型とは多数のデンプン鞘がピレノイド本体を取り囲み,デンプン鞘の間からチラコイドが複数本陥入している。表面全体を小さな米粒のような葉緑体が敷き詰められていて,内部も多数の葉緑体が網の目のようになって存在している。一般的なジュズモの仲間はそれに対して,葉緑体は大きく,バシクラデアほど密に接して葉緑体は表面に存在していません。

バシクラデア属とは_02

 葉緑体の形態は細胞全体の分布としての形態と1個1個の葉緑体の形態とがあり,その全体の葉緑体の配置形態は属の特徴で,1個1個の葉緑体の形態は種によって異なることも調べて分かりました。そのようにして調べていくと,まず千葉県の印旛沼周辺では2種のバシクラデアを発見しました。その2種は分枝する種類とほとんど分枝しない種類でした。分枝する種はオーストラリア原産です。この種類は今まで日本では一度も報告されていない種類です。ほとんど分枝しない種類はミゾジュズモでした。ミゾジュズモはこれまで,亀の甲羅ではなくて,河川の岩の上に生育する種として知られていました。このことはバシクラデアが亀の甲羅のような生物体の上のみに生育するだけなく,無機物の上でも成長し,生育することが出来ることを示唆しています。また,大阪茨木周辺でも2種のバシクラデアを発見しました。1種はこれまでも確認したミゾジュズモ,そしてもう一種は北米原産の1種と同じものと判定しました。

 バシクラデアの系統ですが,最近の分子系統学的な研究では,マリモに近いことが分かっています。では,なぜバシクラデア属は亀の甲羅に付いているのか。それはマリモの時の話(生物学新知識2006年10月)と同様にバシクラデア属も非常に長生きできるからです。たいていの藻類は暗黒化に置けばそのうちに死んでしまいます。ところが,どうも暗黒下においてもマリモ同様バシクラデアの仲間は生き続けられるようです。そのおかげで,暗いところで亀が冬眠しても,炎天下で日干しになっても,バシクラデアは生き続けることが出来るようです。そのため亀の甲羅に多くの藻類が付いても,最後に生き残るのはバシクラデアだけになってしまいます。これがミノガメになる秘密と言うことです。

* ピレノイドは藻類を中心に葉緑体内に存在する小球状の結晶状構造体である。その機能はRubiscoと呼ばれる酵素が詰まっていて光合成の暗反応に関与すると言われている。その構造は分類群によって変化しており、緑藻類の場合はピレノイド中心の周りをデンプン鞘がとりかこみ,ピレノイド本体にチラコイドが陥入している。デンプン鞘と陥入するチラコイドの状況によっていくつかのタイプに分けられる。ピレノイドの形態は属,科,目によって統一性が高い。

(細胞構造額研究室:宮地和幸)

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