「ブナ林の営み」 【2007年5月号】
日本のブナ林は世界に誇る貴重な自然生態系です。青森・秋田の県境に広がる白神山地のブナ林は世界自然遺産としてよく知られています。これほど大規模なブナの原生林は世界でも類をみないのです。
ブナ林は中部地方や関東周辺では標高1000mから1600mの山地に分布し、冷温帯落葉広葉樹林(夏緑樹林)という植生帯を形成しています。このくらいの標高では、冬が厳しいので平地に生育しているような常緑樹は生育できません。春、まだ雪が残る山ではいち早くブナの新葉が芽吹きます(図1,2)。
ブナ林は中部地方や関東周辺では標高1000mから1600mの山地に分布し、冷温帯落葉広葉樹林(夏緑樹林)という植生帯を形成しています。このくらいの標高では、冬が厳しいので平地に生育しているような常緑樹は生育できません。春、まだ雪が残る山ではいち早くブナの新葉が芽吹きます(図1,2)。
雪融けとともに日に日に緑は濃くなって、森の営みが始まります(図3)。ブナは樹齢300年から400年になり、幹の肌は白く、地衣類が地図のような模様を作ります(図4)。秋になって黄葉する頃(図5)、ブナの種子が熟します(図6)。
ブナの種子は、堅い殻(殻斗)の中に2個ずつ入っています(図6A)。この種子は大変、栄養があり、ブナ林の動物たちを養っています。ブナは大体3年に一度しか豊作にならず、凶作の年にはクマが食物を求めて人里に降りてきて人間生活に被害を及ぼすので社会問題となっています。ネズミは一度に食べきれないほどのブナの種子があると、地表に貯えて越冬します。冬のブナ林は深い雪に覆われます(図7)。
このように自然はわれわれ人に見える世界だけではありません。見えない世界でも植物や動物はさまざまな工夫をこらして生存競争をしています。やがて雪が融けて次の春がめぐってくると、種子は発芽します(図8)。越冬中に食べるために貯えておいた種子なのに、ネズミが忘れてしまうことがあります。それがいっせいに発芽する様子がよく見受けられ、キャッシュと呼ばれています(図9)。
図8 ブナの芽生え
図9 キャッシュ
よく繁ったブナ林の地表は暗いので、光合成量が少なく、せっかく発芽した芽生えも成長はごくわずかです。発芽して10年たってもまだ小さいままです(図10)。このまま成長が滞っているとやがて枯れてしまいます。たくさん発芽した芽生えのほとんどが、そのようにして枯れてしまい、たまたま親木が枯れて光が差し込み明るくなって光合成ができるようになると、芽生えは生育を開始し(図11)、やがては後継ぎの木となることができます。そのような幸運な芽生えは何万本、何十万本に1本でしょう。ブナは、このような営みを通じて、安定した森林生態系を維持してきました。
図10 暗い林では10年でも小さい芽生え
図11 ギャップができると芽生えは成長開始
ところが、20年ほどまえから、首都圏周辺でブナの大木が枯れる現象が問題となっています。神奈川県の丹沢山地の美しいブナ林が深刻な被害にあっています(図12).ブナが枯れる理由ははっきりとはしませんが、大気汚染の影響もあるとみられています。さらにシカが繁殖しすぎて、ブナの芽生えを食べてしまいますので、いったん親木が枯れると後継ぎの木が育つこともできません。このように白神山地のブナ林が世界自然遺産として注目される一方で、丹沢山地のように衰退が心配なブナ林もあり、私たちは、もっとよくブナ林の営みを知って、大切なブナ林を守っていかなくてはなりません。
(植物生態学研究室:丸田 恵美子)