「発光生物」 【2007年4月号】
生物発光(bioluminescence) とは、化学反応のエネルギーにより発光する現象であり、生物体を介しない化学発光(chemiluminescence)とは発光量子効率や発光速度および発光スペクトルなどが異なります。一般に発光生物から発せられる光は生物種によって異なりますが、すべて可視光線であり、熱線(赤外線)を殆ど含まない為に冷光と呼ばれています。
発光生物を整理してみると
これら生物はその発光形式により体内発光と体外発光に分けられ、前者にはホタル、夜光虫、発光バクテリア、後者にはウミホタル、発光クラゲ (光るタンパク質:2006年9月号を参照) などが存在します。
どの様なメカニズムで光る?
そのメカニズムはATPやMg2+イオンを必要としないウミホタルに比べて複雑であり、発光量子効率 (0.47~0.88) が極めて高いのが特徴です。反応は、先ず、D(-)ルシフェリン(1)が酸素とMg2+イオンの存在下にルシフェラーゼによりATPと特異的に反応(エステル結合)して、ルシフェリルアデニレート(2)とピロリン酸(4)を生成します。この際、(1)が単に空気酸化されるとデヒドロルシフェリン(3)に変化し、(3)はホタルの発光器中にも存在することから、古くはこの物質が発光生成物でルシフェラーゼとの複合体が発光体と考えられたこともありました。生成した(2)はα-プロトンを失ってカルバニオン(5)となり、さらに酸素分子と反応してヒドロペルオキシドアニオン(6)となります。これは主に高エネルギーのジオキセタン中間体(7)を経て開裂し、CO2と一重項励起状態のオキシルシフェリン(9)を生じ、これが基底状態に戻る際に発光すると考えられています。
生物の発光反応が生命現象の解析に利用できる?
たとえば、Alp結合DNAプローブを用いた塩基配列の解析やAlp結合抗体を用いたターゲットDNAの検出 (ハイブリダイゼーション法)、さらにはAlpを標識酵素に用いた発光酵素免疫測定法 〔生物学の研究に用いられる方法の1つで、酵素を抗原(または抗体)に標識(目印をつける)し、その酵素活性値から試料中の抗原(または抗体)濃度を高感度に検出する方法〕などがあります。 近年はAlp以外にも、キモトリプシン、リパーゼ、β-D-ガラクトシダーゼ、アリルエステラーゼに対する発光基質などが多数合成されています。また、発光基質に関しては、これら反応中間体以外にもホタルの発光基質であるルシフェリン の骨格に直接置換基を導入した各種誘導体 (図3) を用いた研究も試みられています。
2) については、ホタル、ウミホタル、バクテリアのルシフェラーゼやオワンクラゲのアポタンパク質のcDNAがクローニングされ、動・植物体への遺伝子導入に基づく基礎的研究が行われています。ルシフェラーゼ遺伝子については、これをメダカなどの卵細胞に導入し、発光を目印とする検出システムにより脊椎動物の発生や分化機構の解析などが試みられています。3) については、ホタルのルシフェラーゼ遺伝子の構造を一部改変したルシフェラーゼ タンパクを用いることにより発光色を任意に変えることができる様になり、色調の差から異なる遺伝子の発現状態を同時に検出することも可能です。4) については、発光系の制御機構を研究することにより情報伝達のメカニズム解明につながる可能性が期待されてきました。たとえば、渦鞭毛藻類のGonyaulax polyedraでは概日性リズム(発光周期がほぼ24時間)を有し、位相は異なるもののこの様な周期性は光合成能や細胞分裂および発光能(Lase・LNの量)にも認められ、同じ体内時計によって制御されていると推測されています。従って、Gonyaulax polyedraの自然発光を指標にすることにより、体内時計の動態を検索することが可能です。その一例にタンパク質の合成阻害剤投与により時計の位相がシフトすることが確認され、これら現象に関与する成分が探索された結果、脳抽出物などからは体内時計の周期を短縮する因子の存在も明らかにされています。
おわりに
(生理化学研究室:今井利夫)