理学部生物学科

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「発光生物」 【2007年4月号】

 発光生物と言えば、夏の風物詩として馴染み深いホタルが思い浮かびますが、このホタル (“螢”) の名は古く日本書紀 (720年)にその記述を見出すことができます。ここではホタルに代表される発光生物の一端を概説してみます。
 生物発光(bioluminescence) とは、化学反応のエネルギーにより発光する現象であり、生物体を介しない化学発光(chemiluminescence)とは発光量子効率や発光速度および発光スペクトルなどが異なります。一般に発光生物から発せられる光は生物種によって異なりますが、すべて可視光線であり、熱線(赤外線)を殆ど含まない為に冷光と呼ばれています。

発光生物を整理してみると

 その多くは動物界に存在し、原生動物から脊椎動物にいたる殆どすべての動物門に見出されており、なかでも海産の生物が圧倒的に多いのが特徴です(表1)。
発行生物の分類

 これら生物はその発光形式により体内発光と体外発光に分けられ、前者にはホタル、夜光虫、発光バクテリア、後者にはウミホタル、発光クラゲ (光るタンパク質:2006年9月号を参照) などが存在します。

どの様なメカニズムで光る?

 生物の発光反応は有機化合物の酸化反応に基づくものが多く、通常、酵素・ルシフェラーゼ (Lase) やその基質・ルシフェリン (LN) は生物種によって異なります。また、反応形式も補酵素を必要とする系や直接ルシフェラーゼにより酸化される系など約6種類が知られており、いずれも発光効率が化学発光反応のそれに比べて格段に優れています。反応のメカニズムについては、研究材料として取扱い易いホタルやウミホタルなどで古くから検索されてきましたが、それらのルシフェリンはお互いに構造が異なる為、当初、発光メカニズムそのものが異なるのではないかと考えられていました。しかし、多くの研究者の努力により化学発光反応(ロフィン、など)と同様、1,2-ジオキセタン(4員環ペルオキシド:二酸化炭素二量体) 中間体を通るメカニズムでうまく説明できる様になってきました。しかし、現在までに発光メカニズムが有機化学的に解明されている生物種はごく僅かであり、また、光の放出現象に関与する励起分子種がどの様なメカニズムで効率よく生成するかなどの疑問点については十分解明されていません。ここではホタル(ゲンジやヘイケボタル)を例にその発光メカニズムについて考えてみましょう。発光する為にはルシフェリン、ルシフェラーゼ、ATP、Mg2+イオンおよび酸素が必要です(図1)。
ホタルの発光反応メカニズム

 そのメカニズムはATPやMg2+イオンを必要としないウミホタルに比べて複雑であり、発光量子効率 (0.47~0.88) が極めて高いのが特徴です。反応は、先ず、D(-)ルシフェリン(1)が酸素とMg2+イオンの存在下にルシフェラーゼによりATPと特異的に反応(エステル結合)して、ルシフェリルアデニレート(2)とピロリン酸(4)を生成します。この際、(1)が単に空気酸化されるとデヒドロルシフェリン(3)に変化し、(3)はホタルの発光器中にも存在することから、古くはこの物質が発光生成物でルシフェラーゼとの複合体が発光体と考えられたこともありました。生成した(2)はα-プロトンを失ってカルバニオン(5)となり、さらに酸素分子と反応してヒドロペルオキシドアニオン(6)となります。これは主に高エネルギーのジオキセタン中間体(7)を経て開裂し、CO2と一重項励起状態のオキシルシフェリン(9)を生じ、これが基底状態に戻る際に発光すると考えられています。

生物の発光反応が生命現象の解析に利用できる?

 生物の発光反応を用いた生物科学的な応用例としては、1) 生理的に重要な成分の超高感度分析〔ピコモル (10-12 mol) からアトモル (10-18 mol) レベル〕、2) 発光能をもたない生物に発光遺伝子を組込み、遺伝子発現状態の非破壊的連続計測、3) ルシフェラーゼ遺伝子の部分的改変およびそれらタンパク質を用いた研究、4) 生命維持に必須な生理現象 (体内時計、等) の研究、など多数知られています。 すなわち、1) については、ホタル (ATPの分析)、ウミホタル 〔スーパーオキシド(O2-)の分析〕、オワンクラゲ (Ca2+の分析) およびバクテリア〔補酵素(NADH)、他の分析〕などが知られています。特にホタルの発光分析の対象となるATPは、ご承知の通り、動・植物や細菌類など全ての生物のエネルギー源として機能しています。その為、生細胞中には必ずATPが存在することから、有機物の存在の有無を検出する目的で食品関係(清浄度の指標)などで汎用されています。現在、2×10-17 mol/L付近までのATPの検出が可能であり、大腸菌では約100匹分 (バクテリア1匹は10-16 gのATPを含有)、ヒトの体細胞では1~2個分のATPで検出が可能と言われます。この際、ホタルの発光メカニズムのところでふれた反応中間体のジオキセタンを安定化させる為の有機化学的な研究も多数試みられています。それらの中から、片方に不思議な構造をしたアダマンチル基を他方にフェニルリン酸エステル構造を有するジオキセタン誘導体 (図2) は、アルカリ性ホスファターゼ(Alp)の高感度検出用基質〔極微量(1×10-20 mol)のAlpにより長寿命の可視光(460-477 nm)を発する〕として用いられています。
ジオキセタン誘導体

 たとえば、Alp結合DNAプローブを用いた塩基配列の解析やAlp結合抗体を用いたターゲットDNAの検出 (ハイブリダイゼーション法)、さらにはAlpを標識酵素に用いた発光酵素免疫測定法 〔生物学の研究に用いられる方法の1つで、酵素を抗原(または抗体)に標識(目印をつける)し、その酵素活性値から試料中の抗原(または抗体)濃度を高感度に検出する方法〕などがあります。 近年はAlp以外にも、キモトリプシン、リパーゼ、β-D-ガラクトシダーゼ、アリルエステラーゼに対する発光基質などが多数合成されています。また、発光基質に関しては、これら反応中間体以外にもホタルの発光基質であるルシフェリン の骨格に直接置換基を導入した各種誘導体 (図3) を用いた研究も試みられています。

ルシフェリン誘導体

 2) については、ホタル、ウミホタル、バクテリアのルシフェラーゼやオワンクラゲのアポタンパク質のcDNAがクローニングされ、動・植物体への遺伝子導入に基づく基礎的研究が行われています。ルシフェラーゼ遺伝子については、これをメダカなどの卵細胞に導入し、発光を目印とする検出システムにより脊椎動物の発生や分化機構の解析などが試みられています。3) については、ホタルのルシフェラーゼ遺伝子の構造を一部改変したルシフェラーゼ タンパクを用いることにより発光色を任意に変えることができる様になり、色調の差から異なる遺伝子の発現状態を同時に検出することも可能です。4) については、発光系の制御機構を研究することにより情報伝達のメカニズム解明につながる可能性が期待されてきました。たとえば、渦鞭毛藻類のGonyaulax polyedraでは概日性リズム(発光周期がほぼ24時間)を有し、位相は異なるもののこの様な周期性は光合成能や細胞分裂および発光能(Lase・LNの量)にも認められ、同じ体内時計によって制御されていると推測されています。従って、Gonyaulax polyedraの自然発光を指標にすることにより、体内時計の動態を検索することが可能です。その一例にタンパク質の合成阻害剤投与により時計の位相がシフトすることが確認され、これら現象に関与する成分が探索された結果、脳抽出物などからは体内時計の周期を短縮する因子の存在も明らかにされています。

おわりに

 発光生物とこれに関連する生物科学的な研究例のごく一部を紹介しました。いずれにしても、現在までに検索された発光生物の数は全体の僅か数%程度に過ぎず、その多くはこれからの研究に委ねられています。わが国は発光生物の宝庫と言われており、今後、この分野の研究が進展し、興味ある現象が次々と見出されることを期待したいと思います。

(生理化学研究室:今井利夫)

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