理学部生物学科

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「紅藻ベニスナゴ」 【2007年3月号】

紅藻ベニスナゴ

ベニスナゴの押し葉標本 Fig.1 ベニスナゴの押し葉標本 千葉県館山市沖ノ島
 ベニスナゴ(Schizymenia dubyi (Chauvin) J. Agardh)は,わが国の岩礁海岸に生育するごく普通に見られる海藻の1種です。赤く薄い膜状で,ふつう20~30cm,時に50cmをこえるほどに大きくなります。顕微鏡で観察すると皮層内に腺細胞を頂生することで他の属と区別される紅色植物(紅藻),真正紅藻綱,スギノリ目,ベニスナゴ科のメンバーです。成熟すると赤い体にさらに赤く小さな点々が,あたかも砂をまいたようにみえることからベニスナゴと言われます(Fig.1)。
 ベニスナゴ属の世界中の種類をAlgae Base(http://www.algaebase.org/)から引くと分類学的なデータが引き出せます。それを整理すると以下のようになります。
                                                               synonym               distributions
Schizymenia ? coccinea Harvey S     →  Weeksia coccinea (Harvey) Lindstrom
Schizymenia apoda (J. Agardh) J. Agardh C             Africa: Namibia, Somalia
Schizymenia binderi Levring C                         South America: Chile, Peru
Schizymenia borealis I. A. Abbott S     → Neodilsea borealis (I. A. Abbott) Lindstrom
Schizymenia bullosa Harvey S         → Epiphloea bullosa (Harvey) De Toni
Schizymenia carnosa (J. Agardh) J. Agardh S  → Pachymenia carnosa (J. Agardh) J. Agardh
Schizymenia dawsonii I. A. Abbott S    → Sebdenia dawsonii (I. A. Abbott) G. I. Hansen
Schizymenia dubyi (Chauvin ex Duby) J. Agardh C         世界的に分布
Schizymenia ecuadoreana (W.R. Taylor) I.A. Abbott  P
Schizymenia edulis (Stackhouse) Kleen S  → Dilsea carnosa (Schmidel) Kuntze 
Schizymenia epiphytica (Setchell & Lawson) G.M. Smith & Hollenberg C   North America
Schizymenia erosa var. obliqua S      → Schizymenia obliqua (Grunow) F. Schmitz
Schizymenia johnstonii Setchell & Gardner             North America: Gulf of California
Schizymenia ligulata Suringar S        → Grateloupia livida (Harvey) Yamada
Schizymenia minor (J. Agardh) J. Agardh  P
Schizymenia novae-zelandiae J. Agardh C                Australia and New Zealand
Schizymenia obliqua (Grunow) F. Schmitz C         Indian Ocean Islands: St. Paul Island
Schizymenia obovata (J. Agardh) J. Agardh S  → Schizymenia apoda (J. Agardh) J. Agardh
Schizymenia obovata J. Agardh S      → Schizymenia dubyi (Chauvin ex Duby) J. Agardh
Schizymenia pacifica (Kylin) Kylin C                North America
Schizymenia undulata J. Agardh S    → Schizymenia dubyi (Chauvin ex Duby) J. Agardh
Schizymenia violacea Setchell & Gardner C  San Esteban Island, Gulf of California, Mexico
Names: ('C' indicates a current name; 'S' a synonym; 'P' indicates a Provisional Name that has not been subject to any verification. )

銚子のアオスナゴ(Schizymenia sp.)

アオスナゴの押し葉標本 Fig.2 アオスナゴの押し葉標本 千葉県銚子市アシカ島
 さて,東邦大学のある千葉県にはわが国新産,あるいは未記載のベニスナゴ属植物がたくさん生育していることがわかってきました。千葉県銚子半島には,高さ20~40cm,幅5~20cm,厚さ1ミリほどのベニスナゴによく似た膜状の海藻が生育し,これをアオスナゴとよんでいます。ベニスナゴの体は赤い色をしていますが,このアオスナゴは緑がかった紫色であることが特徴です(Fig.2)。
アオスナゴの腺細胞 Fig.3 アオスナゴの腺細胞
 銚子半島は利根川の河口にあり,太平洋に向かってヤカンの口のように突き出した,関東ではもっとも東に位置する所です。北上する黒潮の影響を受けて温暖で,雪が降ることはほとんどありません。また,南下する親潮の影響を受けて海水はとても冷たい所です。このような所では,海で濃霧を生じることが多く,この湿潤な気候から銚子では醤油や酒の醸造がさかんです。
 アオスナゴは,銚子市アシカ島から犬吠埼,そして外川にかけての潮間帯中部の岩上に生育しています。年間を通じて観察されますが,冬のはじめから翌年の夏まではよく生育しています。紅色植物の分類には,体形成様式(体構造),有性生殖器官の構造と受精卵上に発達する果胞子体形成過程,そして生活環の様式が重要です。アオスナゴの体形成様式は多数の成長点細胞が存在して軸を構成する多軸型で,体構造は皮層と髄層とからなります。皮層は7~10個の細胞が分枝しながら体表面に直角にのび,各細胞内にたくさんの葉緑体を持つ同化糸からなります。皮層のあちらこちらに腺細胞が見られます(Fig.3)。腺細胞は,生鮮時は黄色で,楕円形をしています。髄層は,体の中央を縦横に走る長い糸から構成されています。
アオスナゴの雄性生殖器官 Fig.4 アオスナゴの雄性生殖器官
 雄性生殖器官は同化糸の先端細胞,すなわち皮層の表皮細胞に形成されます。精子母細胞から1~2個の精子が形成されます。精子は生鮮時は薄い黄色で,球形ですが,ここでは青く示しています(Fig.4)。
アオスナゴの雌性生殖器官 Fig.5 アオスナゴの雌性生殖器官
 雌性生殖細胞,すなわち生卵器(卵)は紅色植物では造果器とよびます。造果器を生じる枝を造果枝とよび,ベニスナゴ属の造果枝は3細胞からできています。造果枝の末端細胞が造果器で,造果器から体表面に向かって受精毛が伸びています。造果枝は生鮮時は黄金色をしています。ここでは黄色で示しています。造果枝は青色で示す支持細胞上に形成され,支持細胞からは1本の造果枝と2本の同化糸を生じます。同化糸の基部細胞は大きく発達し,やがてこの細胞らは栄養助細胞(桃色で示す)となります(Fig.5)。
連絡糸の発生 Fig.6 連絡糸の発生
 受精毛の先端に精子が付着し,受精が行われると受精毛は枯れてしまいます。受精した造果器は接合子となります。ベニスナゴの体は配偶体で,核相はnです。接合子は2nです。接合子は栄養助細胞とくっつき,栄養助細胞に受精核を移します。栄養助細胞内で盛んに核分裂がおこり,栄養助細胞からはこれらの2nの核を運ぶ連絡糸(紫色で示す)を生じます。この過程で造果枝の各細胞と栄養助細胞は互いに融合し,これらの融合細胞から連絡糸を1~5本も生じます(Fig.6)。
助細胞とゴニモブラスト Fig.7 助細胞とゴニモブラスト
 雌の体には,受精核を受け入れて胞子を形成する助細胞が形成されます。スギノリ目の仲間は体細胞のあるものが助細胞となります。ベニスナゴでは皮層の基部細胞のあるものが,細胞質を充実して助細胞となります。助細胞は,体のあちらこちらに多数形成されます(Fig.7)。
アオスナゴの果胞子 Fig.8 アオスナゴの果胞子体
 連絡糸が助細胞に到達すると,助細胞からあらたに連絡糸を生じ,この連絡糸はさらに他の助細胞に向かって伸長します。連絡糸から受精核を受けた助細胞からはゴニモブラストとよばれる胞子を生じる細胞を生じます。ゴニモブラストは盛んに細胞分裂を繰り返して球形の細胞塊を形成します。この細胞塊を果胞子体とよびます(Fig.8)。ベニスナゴの体に濃い赤い点々として見えるのはこの果胞子体なのです。アオスナゴでは,ゴニモブラストのすべての細胞が胞子として放出されます。造果器起源の胞子ということからこれらの胞子を果胞子とよびます。
 上に述べたように,私達が海で採集するアオスナゴの体は配偶体で,核相はnです。接合子は2nです。受精核を受け入れて生じたゴニモブラストの核相は2nです。すなわち果胞子体の核相は2nです。核相nの雌の体内に,2nの果胞子体が発達することは紅色植物真正紅藻綱の仲間達の大きな特徴です。放出された果胞子は芽生えて,厚さ0.5~1㎜ほど,直径5㎜ほどの盤状体になります。この盤状体はヘマトセリス期(Haematocelis stage)とよばれるベニスナゴの四分胞子体です。四分胞子体の核相は2nです。この盤状体に形成された1個の胞子母細胞が減数分裂して4個の胞子を生じる四分胞子嚢を生じます。放出された四分胞子の核相はnで,芽生えて配偶体に発達します(減数分裂に関しては,放出された四分胞子の第一分裂で行われているという説もあります)。

 ヨーロッパに生育するSchizymenia dubyi (Chauvin ex Duby) J. Agardhの体構造,有性生殖器官の構造と果胞子体形成過程はArdre(1980) によって詳細に観察されています。また,わが国のベニスナゴについてはItono(1988)によっても観察され,Ardre(1980)の結果と同じであることが報告されています。ここにあげたアオスナゴの体構造,有性生殖器官の形態,果胞子体形成過程の詳細は,Ardre(1980)と,Itono(1988)によって観察されたベニスナゴの観察結果と基本的に同じ結果となり,アオスナゴはベニスナゴ属の1種であることが明確になりました。
 わが国には,ベニスナゴ(Schizymenia dubyi (Chauvin ex Duby) J. Agardh)1種のみが生育すると言われてきました(岡村1936・吉田1999)。また,ハワイ大学のAbbott教授(1967)はわが国に生育するベニスナゴは北米カリフォルニアの海岸に生育するSchizymenia pacifica (Kylin) Kylinであると報じたことがありますが,近年,ベニスナゴ属に関して,わが国周辺で調べられた遺伝子データからは,Schizymenia pacifica (Kylin) Kylinは見つかっていません。

 Gavio et al.(2005)によると,Hommersandと筆者(吉崎誠)が岩手県宮古市浄土ヶ浜で採集したベニスナゴのrbcL遺伝子の塩基配列はヨーロッパ産のSchizymenia dubyi (Chauvin ex Duby) J. Agardhの配列と近似するそうです。また,アオスナゴのrbcL遺伝子の塩基配列は,Hommersandが中国で採集したSchizymenia sp. 2 と近似することがわかりました。わが国にはこれらの他に,Fredericqが忍路で採集したSchizymenia sp. 1と,同じくFredericqがわが国のどこかで採集したSchizymenia sp. 3があります。Schizymenia sp. 3のrbcL遺伝子の塩基配列は,千葉県銚子市外川港の犬若の斜路に生育する深紅のベニスナゴ属の1種と近似し,これを私達はアカスナゴとよんでいます(Fig.9)。

アカスナゴ・チャイロスナゴ・キイロスナゴ

 さらに,千葉県館山市沖ノ島には褐色のSchizymenia(仮称チャイロスナゴ),黄緑色のSchizymenia(仮称キイロスナゴ)が生育していることがわかってきました(Fig.10, 11)。これらが世界中のどの種類と一致するのか,ベニスナゴ属の系統関係はどのようになっているのかなどなどはこれからの研究課題です。
アカスナゴ・チャイロスナゴ・キイロスナゴ
Fig.9アカスナゴの押し葉標本       Fig.10チャイロスナゴの標本       Fig.11キイロスナゴの押し葉標本
千葉県銚子市犬若             千葉県館山市沖ノ島           千葉県館山市沖ノ島

(自然史研究室:吉崎誠)

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