理学部生物学科

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「マリモの不思議」 【2006年10月号】

マリモって何?

マリモって何?
マリモを知っていますか。特別天然記念物で,絶滅危惧種に指定されている大きなマリのような形をした藻類です。以前より北海道物産展で,あるいは北海道各地の土産物屋または熱帯魚屋やペットショップで売られているので、一度は見たことがあるかも知れません。また,直接,北海道の阿寒湖に行って,水槽に入っているマリモを見たことがある人もいるでしょう。さらに,売られているマリモを買ってきて,自宅で飼ったことがある人もいるでしょう。マリモは細い緑の糸が枝分かれをして、放射状に伸びて大きくなった物です。なぜ,マリモが多くの日本人に知られ,有名になったのか?それは大きな丸いマリのような形態になり,北海道東部の原生林に囲まれた大きな阿寒湖の湖底に生育しているという神秘性からなのかもしれません。このマリモを生物学的に見ると,非常に奇妙な生き物であり,驚異な生き物であることはあまり知られていません。その話をこの欄で宣伝したいと思います。
 マリモは分類学上,緑色植物門アオサ藻網シオグサ目マリモ属に属する藻類で,学名Aegagropila linnaei といいます。阿寒湖に生育するマリモは特別天然記念物となっていますが,マリモは阿寒湖以外にも複数の北海道の湖や沼に生育しています。本州にもマリモは複数の湖や沼に生育していて、特に富士5湖の1つ山中湖が有名です。最近,琵琶湖でもマリモは見つかりました。マリモはこれほど、多くの生育地があるのに もかかわらず、大きな毬の様な形状で,表面がビロードのような艶やかになった表面を持つマリモは阿寒湖以外では見られません。ほとんど、小さないびつな球 形か糸屑がほとんどです。阿寒湖のマリモは唯一きれいな球形となり、最大直径30cmにもなります。但し,巨大な鞠のマリモは阿寒湖の中でも非常に限られ た場所にしか生育していません。残りの場所には糸くずのようなマリモしか生育していません。

驚異的生き物

驚異的生き物
 マリモは生物学的に見ると,非常に珍しい生物です。その珍奇さは二つあげられます。一つは非常に長生きであること。もう一つは体を作る鞠の中まで,緑色のまま残っていて,きっちりと糸が詰まっています。まず,最初の長生きという点から云うと,以前は100年以上も生きていると云われていました。しかし,阪井元北大教授(1991)が試算した結果では,直径1cmのマリモが15cmまでになるのに約20年はかかると推定しています。100年以上というのは大げさにしても,マリモは大変な長生きだということになります。この長生きがなぜ不思議なのかというと,マリモの近縁なシオグサ目の仲間では,ほとんどの種が数ヶ月の命,長くても1年以上になることは希です。なぜか?この仲間は有性生殖をする配偶体と無性生殖をする胞子体とを交互に一年の中で繰り返して,少なくとも1回生活環をまわします。生殖器官を形成し,生殖細胞を放出すれば,その後,藻体は消失するのが普通です。生殖器官は季節或いは体の成長度合いに合わせて,形成されますから,1年に一度以上生殖器官をつけるのが普通です。そのことから,シオグサの仲間は数年生きていること自体が不思議なことです。但し,そのような仲間であっても,藻体が生殖器官をつけない,栄養生殖だけで,繁殖していたらどうなるのか?そのような藻類の場合はもう少し,長く生きられるでしょう。それでも,無限に成長を続けることは不可能です。というのは,藻類は木のように堅牢な組織を作ることが出来ません。ということは,長い年月に渡って,藻類はその形態を維持していることは難しいのです。ある一定の大きさ以上になると,物理的にその形態を維持できなくなって,自然と組織は崩れ,バラバラになり,消滅するか,バラバラになった細胞から新たな組織を再生させるかのどちらしかありません。ところが,マリモは数年どころか,数十年生きられる可能性を持つっています。長生きなのは一つ,栄養生殖をもっぱら行い,生殖器官をほとんどつけない。次に,年単位で,成長し,球体を維持し,大きくなることが出来る。

不可思議な葉緑体

不可思議な葉緑体
 なぜ,生き続けられるのか?その秘密は次の不思議と関係しています。それは球体が年数を経ながら大きくなっても,その中心は壊れず,完全に実のある状態のままなのです。すなわち,10年以上経過し,10cm以上の球体になっても,その球体を維持し続けているのです。球体を維持しているということは中心も生きていて,壊れることがない。すなわち,光がほとんど侵入しない中心においても,細胞が生きていて,葉緑体が存在し,またクロロフィルも壊れることなく存在しています。このことは筑波大名誉教授の横浜継康先生らが明らかにしています。直径10cmになるようなマリモを輪切りにしてみると,中まで緑で,そこには比率は違うが,クロロフィルaを始め,光合成色素が一揃い存在し,マリモの表面にある細胞の光合成色素の構成と変わらない。光合成色素があるからには,その中心にある細胞にも葉緑体は明確に存在します。中心にある葉緑体は普通の表面に存在する葉緑体と若干細かい形態が異なっているだけで,基本的な構造は何ら変わりません。但し,中心の細胞は休眠状態であり,代謝活動はしていない。この様な状況は一般的な陸上植物ではあり得ません。というのは,暗黒化に置かれた植物は普通,数ヶ月以内に葉は白くなり,落葉し,その内,植物は死んでしまいます。これは藻類でも同じで,暗黒下では,どの様な生物も生き続けることは出来ません。ところが,マリモは数年に渡って暗黒下にある状況で,それでも葉緑体が存在し,光合成色素も存在するのは普通の生物学の常識では完全に信じられません。まさしく,マリモは驚異の生き物なのです。
 これまで,マリモは球化することに科学的な興味が持たれてきました。確かに,丸くなることは生物的に見て面白い現象で,マリモほど大きく球化する植物もほとんどありません。ところが,これまで述べてきたように,球化をするメカニズムより,球化を維持するメカニズムの方がより生物学的に見ると,興味が湧くテーマです。すなわち,人類にとって,ごく微弱な光の中でも植物が成長し,体を維持でき,光合成が出来る植物のメカニズムが分かれば,食糧危機が叫ばれている21世紀に,もしかすると,人類の食料問題を解決する一つのヒントをマリモから得られるかも知れません。

(細胞構造学研究室:宮地和幸)

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