甲状腺ホルモン作用の巧みな制御
はじめに
ホルモンは動物の体内において、離れた細胞どうしの情報伝達を担っている分子で、主にホルモンを合成する内分泌腺から標的細胞まで血流を介して運ばれます。ホルモンには多くの種類があり、それらは体内の環境を一定に保つ恒常性(ホメオスタシス)の維持や成長、生殖を制御するなど数多くの生理作用を持ちます。一方で、ホルモンは重要だからたくさん作って作用させれば良い、というものでもなく、多すぎても少なすぎても問題となることがあります。そのため、多くのホルモンがさまざまな仕組みによって適切に機能するように調節されています。今回は甲状腺ホルモンを例にとって如何にホルモン分子がさまざまな制御を受けて作用しているのか、その仕組みについて理解を深めていきたいと思います。特にフィードバック調節、ホルモンの輸送、ホルモン分子の代謝を介した制御に焦点を当ててみたいと思います。
甲状腺ホルモンとは
甲状腺ホルモンは、主に機能する分子としてサイロキシン(T4)とトリヨードサイロニン(T3)があります(図1)。これらホルモン分子はヒトでは気管の前方から側方を取り囲むように位置する甲状腺で合成されます。特に恒温動物では熱産生作用に関わり、甲状腺を除去すると基礎代謝量が大きく低下することが知られています。そのほか、糖・タンパク質・脂質代謝、発生や成長とも関わりが深く、骨格や筋肉、神経系の正常な発達にも非常に重要と考えられています。さまざまな脊椎動物に目を向けると両生類では幼生(オタマジャクシ)から成体(カエル)に劇的に体を作り変える「変態」を司るホルモンとしても有名で、鳥類での換羽にも関与します(文献1)。
図1 サイロキシン(T4)とトリヨードサイロニン(T3)の構造式
T4とT3の構造はL-チロシンを主体として側鎖のフェノール基がタンデムに結合したような構造をしており、T4では4つ、T3では3つのヨウ素が付加(ヨード化)されている点が特徴として挙げられます(図1)。甲状腺ホルモンの合成には甲状腺の濾胞と呼ばれる構造が不可欠です。甲状腺の濾胞は単層の濾胞上皮細胞から構成された球形の構造で、濾胞の中心部分には濾胞腔と呼ばれる空隙があります(図2)。この濾胞腔は甲状腺ホルモンの元となるサイログロブリンというタンパク質のヨード化の場として利用されています。濾胞上皮細胞にはヨウ素イオン輸送体があり、循環血液中のヨウ素イオンを濾胞腔内に溜め込むことができます。また、濾胞上皮細胞は濾胞腔にサイログロブリンとサイログロブリンのチロシン残基のヨード化を触媒する甲状腺ペルオキシダーゼを放出します。これらによって濾胞腔内でサイログロブリンのチロシン残基がヨード化されます。ヨード化されたサイログロブリンは濾胞上皮細胞に再び取り込まれ、タンパク質分解酵素によって切断され、最終的に甲状腺ホルモンの形になって血液中に放出されます。
図2 ヘマトキシリン-エオジン染色を施したウシガエル幼生の甲状腺の組織画像
哺乳類の甲状腺と比較して濾胞の構造はほとんど変わらない。
単層の濾胞上皮細胞が濾胞腔(橙色に染色された部分)を取り囲んでいる様子がわかる。
Bar = 100 µm
哺乳類の甲状腺と比較して濾胞の構造はほとんど変わらない。
単層の濾胞上皮細胞が濾胞腔(橙色に染色された部分)を取り囲んでいる様子がわかる。
Bar = 100 µm
実は甲状腺ホルモンが甲状腺ホルモンとして機能するためにはヨウ素原子の存在が大きな意味を持ちます。T4とT3の甲状腺ホルモンとしての活性を比較するとT3の方が数倍以上高いことが知られています。一方で、reverse T3(rT3)と呼ばれる分子はT3と同じく3箇所ヨード化されていますが、T3とは異なる部位がヨード化されており、甲状腺ホルモンとしての活性はありません。また、2箇所ヨード化されたT2と呼ばれる分子はいずれも甲状腺ホルモンとしての活性はありません(図3)。また、甲状腺からは主にT4が放出されるのですが、実際に甲状腺ホルモンとして作用する分子はT3と考えられています。つまり、T4は作用する前にT3に変換されるということになります。このようなことからT4はT3の前駆体という見方もできます。このT4を出発点としてヨウ素が除去される一連の過程(脱ヨード化)は、脱ヨード化酵素という酵素によって制御されています(文献2)。脱ヨード化酵素については後述します。
なお、哺乳類の甲状腺ではC細胞という細胞でカルシトニンという血中のカルシウムイオン濃度の調節に関わるホルモンが作られるため、カルシトニンも甲状腺ホルモンということができますが、一般的には甲状腺ホルモンといえばT4やT3を指すことを付しておきます。
なお、哺乳類の甲状腺ではC細胞という細胞でカルシトニンという血中のカルシウムイオン濃度の調節に関わるホルモンが作られるため、カルシトニンも甲状腺ホルモンということができますが、一般的には甲状腺ホルモンといえばT4やT3を指すことを付しておきます。
図3 Reverse T3と3種類のT2の構造式
甲状腺ホルモン合成のフィードバック調節
甲状腺ホルモンの分泌量の制御として、まずはフィードバック調節を挙げる必要があります。甲状腺ホルモンのフィードバック調節については高校の生物基礎の教科書にも掲載されています。甲状腺ホルモンの分泌制御の指令系統は図4に示すように視床下部-下垂体前葉–甲状腺軸と呼ばれます。視床下部からは甲状腺刺激ホルモン放出ホルモンが放出され、それにより下垂体前葉から甲状腺刺激ホルモンの放出が促されます。次いで、甲状腺刺激ホルモンにより甲状腺からの甲状腺ホルモンの放出が促されます。甲状腺ホルモンの血液中の濃度が上昇した場合には、甲状腺ホルモンが視床下部および下垂体前葉の細胞に作用し、甲状腺刺激ホルモン放出ホルモンおよび甲状腺刺激ホルモンの分泌量を抑制します。いわゆる負のフィードバック調節が働きます。これにより甲状腺ホルモンの血液中の濃度が低下すると今度は負のフィードバック調節が働かなくなり、再び甲状腺ホルモンの濃度が上昇します。このように甲状腺ホルモンの血液中の濃度は増減を繰り返しながら平均的に適正な濃度に保たれます。
図4 甲状腺ホルモン合成の負のフィードバック調節
甲状腺ホルモン結合タンパク質
甲状腺から放出された甲状腺ホルモンのほとんどは血液中のタンパク質と結合した状態で存在します(文献3,4)。ごくわずかに単独で血液中に存在する遊離型の甲状腺ホルモンが実際に生理作用を持つとされています。甲状腺ホルモンは様々な代謝に関与するため、多くの細胞が甲状腺ホルモンを受け取る受容体(甲状腺ホルモン受容体)を保持していると考えられています。甲状腺から放出された甲状腺ホルモンが全て遊離型として存在した場合、急激に作用してしまい、代謝系に大きな影響を及ぼしてしまう可能性も考えられます。よって、甲状腺ホルモンは分泌されたのち、速やかに血液中の結合タンパク質と結合し、これが緩衝作用となり、適正なホルモン作用を実現していると考えられています。また、結合タンパク質に結合することでホルモン分子の寿命を伸ばし、ホルモンを血液中にプールするという生理的意義も考えられています。
脱ヨード化酵素について
脱ヨード化酵素にはタイプI, タイプII, タイプIII脱ヨード化酵素の3種類が知られており、それぞれ機能が異なります。タイプI脱ヨード化酵素はT4をT3またはrT3に、T3およびrT3を3,3'-T2に変換する反応を触媒します。この酵素は体の多くの組織・器官の細胞で発現しており、主に全身に緩やかにT3を供給する役割を果たします。タイプII脱ヨード化酵素はT4をT3に、rT3を3,3-T2に変換する反応を触媒します。この酵素は脳や下垂体など、限られた器官で発現しており、局所的にT3を供給します。タイプIII脱ヨード化酵素はT4をrT3に、T3を3,3'-T2に変換する反応を触媒します。この酵素は甲状腺ホルモンを不活性化する機能を持ちます(図5)。
図5 T4を起点とした甲状腺ホルモンの代謝
脱ヨード化酵素が制御する甲状腺ホルモンの作用
甲状腺ホルモンはその他のホルモンと同様に標的細胞に発現する受容体に結合することでその作用を発揮します。甲状腺ホルモンは甲状腺から放出されるときには主にT4であると述べましたが、脱ヨード化酵素によって甲状腺ホルモンの作用の要求度に応じて作用分子が絶妙に調整されます。タイプI脱ヨード化酵素は多くの組織・器官の細胞に発現しているため、全身にT3を供給し基礎代謝の維持に関わると考えられています。タイプII脱ヨード化酵素は局所的に甲状腺ホルモンの作用が必要な細胞、特に脳や下垂体で強く発現し、T3を局所的に効率よく供給します。一方でタイプIII脱ヨード化酵素は甲状腺ホルモンの作用が不要な箇所に局所的に発現し、速やかに甲状腺ホルモンを不活性化し、近傍の細胞に活性のある甲状腺ホルモンが作用しないように制御します。
このように甲状腺ホルモンは脱ヨード化酵素により、精巧にその作用が制御されているのです。
ではこのようなメカニズムが実際にどのような生命現象に関わっているのでしょうか。例えばカエルのオタマジャクシの尾は変態期に甲状腺ホルモンの作用を受けて退縮しますが、下垂体前葉ホルモンのプロラクチンは甲状腺ホルモンの作用に拮抗して尾ひれの退縮を抑制します。このとき、プロラクチンは尾ひれで甲状腺ホルモンの受容体の発現を抑制するとともに、タイプIII脱ヨード化酵素の発現を誘導し、甲状腺ホルモンを不活性化させることがわかっています(文献5)。また、長日条件下で精巣が劇的に肥大化する特性をもつウズラでは、短日条件から長日条件に飼育環境を変更することで、視床下部の一部でタイプII脱ヨード化酵素の発現が高まることが発見されました。これにより、視床下部の一部に局所的にT3が供給され、生殖腺刺激ホルモンの放出を促す視床下部ホルモンが下垂体に運ばれやすくなり、その結果、生殖腺刺激ホルモンの分泌量が増加し、精巣が肥大化することが報告されています(文献6)。
このように甲状腺ホルモンは脱ヨード化酵素により、精巧にその作用が制御されているのです。
ではこのようなメカニズムが実際にどのような生命現象に関わっているのでしょうか。例えばカエルのオタマジャクシの尾は変態期に甲状腺ホルモンの作用を受けて退縮しますが、下垂体前葉ホルモンのプロラクチンは甲状腺ホルモンの作用に拮抗して尾ひれの退縮を抑制します。このとき、プロラクチンは尾ひれで甲状腺ホルモンの受容体の発現を抑制するとともに、タイプIII脱ヨード化酵素の発現を誘導し、甲状腺ホルモンを不活性化させることがわかっています(文献5)。また、長日条件下で精巣が劇的に肥大化する特性をもつウズラでは、短日条件から長日条件に飼育環境を変更することで、視床下部の一部でタイプII脱ヨード化酵素の発現が高まることが発見されました。これにより、視床下部の一部に局所的にT3が供給され、生殖腺刺激ホルモンの放出を促す視床下部ホルモンが下垂体に運ばれやすくなり、その結果、生殖腺刺激ホルモンの分泌量が増加し、精巣が肥大化することが報告されています(文献6)。
最後に
本稿ではあまり言及できませんでしたが、甲状腺ホルモン受容体の研究も様々な脊椎動物で展開されています。また、甲状腺ホルモンの作用は、その他のホルモンとの協調作用などもあり、全貌はまだ見えていない部分も多いと考えられています。視床下部-下垂体-甲状腺軸にも様々な研究テーマが潜んでいます。例えば哺乳類では前述のように下垂体前葉からの甲状腺刺激ホルモンの放出を促す視床下部ホルモンは甲状腺刺激ホルモン放出ホルモンなのですが、両生類や魚類では異なるホルモンがその機能を担っていることがわかっています。なぜ哺乳類と両生類や魚類と異なるのか、進化的観点からの考察が求められています。
今回は甲状腺ホルモンに焦点を当てて、ホルモン作用の制御の仕組みの一端について概説しました。その他のホルモンについても、作用に至るまでの過程でどのような制御を受けているのか、関心を持っていただけたらと思います。
今回は甲状腺ホルモンに焦点を当てて、ホルモン作用の制御の仕組みの一端について概説しました。その他のホルモンについても、作用に至るまでの過程でどのような制御を受けているのか、関心を持っていただけたらと思います。
参考文献
- Bentley (1998) Comparative Vertebrate Endocrinology. Third Ed. Cambridge University Press. p. 526.
- Bianco et al. (2002) Endocrine Rev. 23: 38–89.
- Bartalena (1990) Endocrine Rev. 11: 47–64.
- Schussler (2000) Thyroid 10: 141–149.
- Shintani et al. (2002) Develop. Growth. Differ. 44: 327–335.
- Nakao et al. (2008) Nature 452: 317–322.
蓮沼 至 (生体調節学研究室)



