「細胞内の間仕切りのない小部屋」
膜のない小部屋(非膜性オルガネラ)が作られる原理
核内には核小体(nucleolus)、Cajal小体(Cajal body)、核スペックル(nuclear speckle)、パラスペックル(paraspeckle)、などが存在します。一方、細胞質にはストレス顆粒(stress granule)やP-body(processing body)が代表例として存在します。これらはいずれも膜を持たず、多くの場合、液-液相分離によって形成された液滴状の構造体です。文献1の図を改変して簡素化しました。この図では膜を持つ構造体(細胞小器官)であるミトコンドリア、小胞体、ゴルジ体などは省略してあります。
液-液相分離(LLPS)は液滴を作る現象の一つです。水に溶けている分子(タンパク質やRNA)が、お互いに弱い引力で引き合って集まり、濃い液体の部分(液滴)と薄い液体の部分(周囲)に分かれます(図2, 文献2)。液滴が安定して存在できる主な力は、分子同士の引力と周囲の水の働きです。例えば、タンパク質の疎水性の部分(水に溶けにくい部分)が液滴の中に集まると、周囲の水分子が解放され、水がより自由に動けるようになります。この「水が自由になること」が、液滴を作る大きな力の一つになると考えられています(文献2)。液滴を柔らかく保つ力は、主にいくつかの弱い結合です。これらの弱い力がたくさん集まって働くことで、液滴は固まらず、構成分子が絶えず出入りする「動的な状態」を保ちます。この流動的な性質のおかげで、液滴は細胞の要求に応じて形や大きさを素早く変えられます(文献3)。
液-液相分離(LLPS)によって、細胞内に膜を持たない高分子集合体(液滴)が形成されるメカニズムを示します。図は分かりやすくするためにかなり簡略化しています。LLPSに関わるタンパク質は、RNA認識モチーフ(RRM)や天然変性領域(IDR)(後述)、プリオン様ドメイン(PLD)など、低複雑性ドメイン(low complexity domain; LCD)を有することが多いです。これらの分子間相互作用により局所的な濃縮が生じ、液滴(非膜性オルガネラ)が形成されます。非膜性オルガネラは膜を持たないため、内部の高分子は自由に出入りできますが、すべての外部にある高分子が液滴内部に取り込まれるわけではないです。
lncRNAが「架橋」となり液滴を形成する仕組み
模式的にひも状に示したタンパク質の中に、結合点(結合ドメイン)を丸印で示しています。ここでは説明を分かりやすくするため、同じ種類のタンパク質どうしが結合するとして描いてあります。分子の中にいくつ結合点があるかを「価数」と呼びます。1価のタンパク質は、2量体(ダイマー)にしかなることができません。結合点が2つある2価のタンパク質は、より多くの分子とつながることができますが、それだけでは大きなネットワークを作ることはできません。ところが、lncRNAのような分子が存在すると、それが複数のタンパク質をつなぐ「架橋」の役割を果たし、全体として多価のように振る舞うことができます。このような複数の分子が結びつく関係を多価相互作用といい、その結果として液-液相分離(LLPS)が起こり、高分子集合体(液滴)が形成されます。図は文献4を改変して簡素化しました。
また、液滴を作るタンパク質側にも特徴があります。それが天然変性領域(IDR)です(文献4)。IDRは、しっかりとした立体構造を持たず、柔らかい「ひも状」をしています。この柔軟性のおかげで、タンパク質は多数の弱い結合を同時に行うことを可能にしています。しかし、この相互作用が強くなりすぎると、液滴は流れを失い、固体状の凝集塊へと変化する「相転移」が起こり、下に述べるような病気の原因になります(文献4)。
lncRNAであるNEAT1の長いアイソフォーム(NEAT1_2)は、パラスペックルを形作るための足場としてはたらきます。この足場にFUS、NONO、SFPQ、RBM14といった複数のタンパク質が集まることで、パラスペックルが形成されます。この図は、NEAT1_2の中央領域が内側の「コア」に、両端が外側の「シェル」になるという構造モデルを示しています。なお、タンパク質の数や配置は理解を助けるための模式的なものです。図は文献7を改変して簡素化しました。
LLPSが生み出す複雑な構造と疾患との関連
1)核内オルガネラ:多層構造による複雑な機能
2)細胞質オルガネラ:連携によるmRNA制御
3)疾患との関連
また、がん細胞では、lncRNAのNEAT1などが異常に増えることで、LLPSによる転写因子の濃縮が起こり、細胞を増殖させる遺伝子の働きが異常に高まり、がんの進行に関与する可能性が指摘されています。LLPSの仕組みを解明することは、これらの病気の根本原因を理解し、新しい治療法を開発するための大きなヒントになると期待されています。
おわりに
用語解説
液-液相分離(LLPS):複数の結合部位を持つ生体分子が、お互いに集まり、濃い部分(液滴)と薄い部分に分かれる物理現象です。
長鎖ノンコーディングRNA(lncRNA):タンパク質をコードしない長いRNA分子です。液滴形成において、複数のタンパク質同士を繋ぐ「架橋分子」や「足場」として働き、液滴形成を可能にします。以前の「生物学の新知識」の記事(「あなたは何をするものぞ --- 細胞質に存在する翻訳されないRNAたち」)も参照してください。
多価相互作用:複数の結合ドメインを持つ分子同士が、弱い結合を多数・同時に行うことで、強固なネットワークを作り出す仕組みです。この相互作用には、多数の結合部位(価数)が必要となります。
天然変性領域(IDR):タンパク質の中で、しっかりした構造がなく、柔軟な「ひも状」をしている領域です。この柔軟性が多価相互作用と液滴の流動性を保ちます。
相転移:柔らかい液滴が、流れを失い、固体状の凝集塊へと変化することです。これが神経変性疾患などの病気の原因となる場合があります。
参考文献
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