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「細胞内の間仕切りのない小部屋」

  前回は翻訳されないRNAについて述べました(「あなたは何をするものぞ --- 細胞質に存在する翻訳されないRNAたち」)。特に、長鎖ノンコーディングRNA(lncRNA)が関わる重要な生命現象について講義で教えているのですが、限られた講義時間の中での説明ではその重要性だけではなく、原理そのものが理解してもらえないこともあり、今回それらについて述べることにしました。学部の学生でも分かるようにかなり簡素化しましたので、厳密には正しくない部分もあり、興味のある人はより専門的な書物や原著論文を参考にすることを勧めます。
 
 細胞を顕微鏡で観察すると、まず中央部分に大きな核が見え、その周りにミトコンドリアなどの小さな粒が見えるかもしれません。細胞の中は水で満たされた袋のようですが、実際には大量の化学反応と情報伝達が同時に進む、とても精密な工場です。工場を効率よく動かすには「仕切り」が必要です。細胞内の一般的な仕切りは膜で、それに囲まれた部屋が膜性オルガネラ(細胞小器官)です。ミトコンドリアはエネルギーを作り、小胞体はタンパク質を作るといったように、それぞれが専用の役割を持っています。ところが最近になって、細胞には膜を持たないのに、特定の分子だけをギュッと集めて機能する「間仕切りのない小部屋」がたくさんあることがわかってきました。これが非膜性オルガネラです。この小部屋がどうやってできるのか? その秘密は、代表的な形成原理の一つである「液-液相分離(Liquid-Liquid Phase Separation, LLPS)」という物理現象と、その骨格となるlncRNAが握っています。以下でこの仕組みについて解説したいと思います。

膜のない小部屋(非膜性オルガネラ)が作られる原理

 上述のように細胞内には非膜性オルガネラが存在します(図1)。核の内部には、リボソームRNAの合成とリボソームサブユニットの組立が行われる核小体(nucleolus)があることが古くから知られていますが、今の解釈では核の中にある「非膜性オルガネラ」ということになります。そのほか、転写後のmRNAスプライシングに関わる因子が集まることで形成される核スペックル(nuclear speckles)、さらにNEAT1というlncRNAを足場にRNA結合タンパク質が集積することで形成されるパラスペックル(paraspeckles)もよく知られています。また細胞質では、ストレス応答の際にmRNAを一時的に貯蔵するストレス顆粒(stress granules)や、不要となったmRNAの分解を担うP-body(processing body)が代表例として知られています。
図1 細胞内に存在する代表的な非膜性オルガネラ
図1 細胞内に存在する代表的な非膜性オルガネラ

 核内には核小体(nucleolus)、Cajal小体(Cajal body)、核スペックル(nuclear speckle)、パラスペックル(paraspeckle)、などが存在します。一方、細胞質にはストレス顆粒(stress granule)やP-body(processing body)が代表例として存在します。これらはいずれも膜を持たず、多くの場合、液-液相分離によって形成された液滴状の構造体です。文献1の図を改変して簡素化しました。この図では膜を持つ構造体(細胞小器官)であるミトコンドリア、小胞体、ゴルジ体などは省略してあります。

 これらの非膜性オルガネラは、周囲の液体と同じ空間にありながら、構成要素が自発的に集まって「液滴」のような形を作ります。仲間同士の分子が集まることで自然に生まれる小部屋のような存在です。つまり、非膜性オルガネラの中には、液-液相分離(LLPS)による液滴状の構造体が多く存在しますが、その他の自己組織化プロセス(ミセル化など)によって形成されるものも存在します。本稿ではミセル化などのプロセスは詳しく述べないので、文献1などを参考にしていただければと思います。
 液-液相分離(LLPS)は液滴を作る現象の一つです。水に溶けている分子(タンパク質やRNA)が、お互いに弱い引力で引き合って集まり、濃い液体の部分(液滴)と薄い液体の部分(周囲)に分かれます(図2, 文献2)。液滴が安定して存在できる主な力は、分子同士の引力と周囲の水の働きです。例えば、タンパク質の疎水性の部分(水に溶けにくい部分)が液滴の中に集まると、周囲の水分子が解放され、水がより自由に動けるようになります。この「水が自由になること」が、液滴を作る大きな力の一つになると考えられています(文献2)。液滴を柔らかく保つ力は、主にいくつかの弱い結合です。これらの弱い力がたくさん集まって働くことで、液滴は固まらず、構成分子が絶えず出入りする「動的な状態」を保ちます。この流動的な性質のおかげで、液滴は細胞の要求に応じて形や大きさを素早く変えられます(文献3)。
図2 液-液相分離による非膜性オルガネラ形成の概略図
図2 液-液相分離による非膜性オルガネラ形成の概略図

 液-液相分離(LLPS)によって、細胞内に膜を持たない高分子集合体(液滴)が形成されるメカニズムを示します。図は分かりやすくするためにかなり簡略化しています。LLPSに関わるタンパク質は、RNA認識モチーフ(RRM)や天然変性領域(IDR)(後述)、プリオン様ドメイン(PLD)など、低複雑性ドメイン(low complexity domain; LCD)を有することが多いです。これらの分子間相互作用により局所的な濃縮が生じ、液滴(非膜性オルガネラ)が形成されます。非膜性オルガネラは膜を持たないため、内部の高分子は自由に出入りできますが、すべての外部にある高分子が液滴内部に取り込まれるわけではないです。

lncRNAが「架橋」となり液滴を形成する仕組み

 液滴が作られる過程で重要な役割を果たすメカニズムの一つは、分子が持つ複数の結合部位を利用し、分子間の弱い結合を多数・同時に行う「多価相互作用」というネットワーク形成の仕組みです。この「多価相互作用」が起こるためには、一つの分子が複数の結合部位(ドメインや領域)を持っている必要があります。この結合部位(結合できる手の数)を「価数」とよびますが、価数を効率よく高めるための戦略として、タンパク質が同じ結合モチーフの繰り返し配列を持っている場合が多く見られます。しかし、異なる結合部位が多数存在することや、lncRNAなどの足場分子が複数のタンパク質を同時に集めることでも、価数が増え、液滴という大きな集団を効率よく作り出せます。ここで重要な役割を果たすのがlncRNAです。lncRNAは、このネットワーク形成の「足場(scaffold)」や「架橋分子」として機能することがあります。lncRNAは長い構造をしていて、それゆえに形や配列が多様で、そのような性質を利用して、複数のRNA結合タンパク質(RBP)を同時に捕まえます。これにより、ネットワークの「価数」が大幅に増えてネットワークを作りやすくなり、安定した液滴の形成が可能になります(図3, 文献4)。lncRNAは、単に情報分子としてではなく、細胞の空間的秩序を構築する骨格としても機能していると言えます。
図3 多価相互作用とlncRNAの足場形成
図3 多価相互作用とlncRNAの足場形成

 模式的にひも状に示したタンパク質の中に、結合点(結合ドメイン)を丸印で示しています。ここでは説明を分かりやすくするため、同じ種類のタンパク質どうしが結合するとして描いてあります。分子の中にいくつ結合点があるかを「価数」と呼びます。1価のタンパク質は、2量体(ダイマー)にしかなることができません。結合点が2つある2価のタンパク質は、より多くの分子とつながることができますが、それだけでは大きなネットワークを作ることはできません。ところが、lncRNAのような分子が存在すると、それが複数のタンパク質をつなぐ「架橋」の役割を果たし、全体として多価のように振る舞うことができます。このような複数の分子が結びつく関係を多価相互作用といい、その結果として液-液相分離(LLPS)が起こり、高分子集合体(液滴)が形成されます。図は文献4を改変して簡素化しました。

 lncRNAが骨格になる例として有名なのが、前章でも触れたパラスペックルです。巨大なNEAT1(特に長いアイソフォームNEAT1_2)が骨組みとなり、NONOやFUSなどの多価性のタンパク質を集めます。NEAT1がないとパラスペックルは形成されなくなります。パラスペックルは、特定のmRNAを一時的に隔離したり、酵素反応の場になったりして、細胞の応答を調整します(文献1, 5, 6)。
 また、液滴を作るタンパク質側にも特徴があります。それが天然変性領域(IDR)です(文献4)。IDRは、しっかりとした立体構造を持たず、柔らかい「ひも状」をしています。この柔軟性のおかげで、タンパク質は多数の弱い結合を同時に行うことを可能にしています。しかし、この相互作用が強くなりすぎると、液滴は流れを失い、固体状の凝集塊へと変化する「相転移」が起こり、下に述べるような病気の原因になります(文献4)。
図4 NEAT1を足場としたパラスペックル形成の模式図
図4 NEAT1を足場としたパラスペックル形成の模式図

 lncRNAであるNEAT1の長いアイソフォーム(NEAT1_2)は、パラスペックルを形作るための足場としてはたらきます。この足場にFUS、NONO、SFPQ、RBM14といった複数のタンパク質が集まることで、パラスペックルが形成されます。この図は、NEAT1_2の中央領域が内側の「コア」に、両端が外側の「シェル」になるという構造モデルを示しています。なお、タンパク質の数や配置は理解を助けるための模式的なものです。図は文献7を改変して簡素化しました。

LLPSが生み出す複雑な構造と疾患との関連

 液-液相分離という考え方は、細胞生物学の従来の考え方を大きく変える出来事です。この現象は、単に分子を集めるだけでなく、非膜性オルガネラに複雑な機能と構造を与えています。 

1)核内オルガネラ:多層構造による複雑な機能

  非膜性オルガネラの中には、単なる液滴を形成するだけではなく、非常に複雑な構造を持つものがあります。細胞で一番大きな非膜性オルガネラは核の中にある核小体で、rRNAとリボソームタンパク質が集まってできた巨大な液滴です。核小体の内部は、中心部、濃い層、粒状の層という複数の区画に分かれていて、液滴の中にさらに多層構造を作ることで、rRNAの合成やリボソームの組み立てといった複雑な作業を効率よく進めています。
 

2)細胞質オルガネラ:連携によるmRNA制御

 上述の細胞質に存在するストレス顆粒とP-bodyは、LLPSに基づいて連携し、mRNAの運命をダイナミックに制御しています。細胞がストレスを受けると、mRNAはストレス顆粒に集められて一時的に活動を停止し、ストレスが去ると再び細胞質に戻されます。分解が必要な場合、ストレス顆粒からP-bodyへと運ばれることで、不要なmRNAの分解が効率よく行われます。 

3)疾患との関連

 LLPSのコントロールがうまくいかなくなると、深刻な病気、特に神経変性疾患やがんに直結します。上述のように、ALSなどの神経難病では、液滴を作るタンパク質であるFUSやTDP-43が、遺伝的な変化やストレスによって、病的な相転移を起こし、神経細胞に毒性を与える固い凝集塊へと変化することがわかっています(文献8)。
 また、がん細胞では、lncRNAのNEAT1などが異常に増えることで、LLPSによる転写因子の濃縮が起こり、細胞を増殖させる遺伝子の働きが異常に高まり、がんの進行に関与する可能性が指摘されています。LLPSの仕組みを解明することは、これらの病気の根本原因を理解し、新しい治療法を開発するための大きなヒントになると期待されています。

おわりに

 液-液相分離と非膜性オルガネラの研究は、細胞を理解する新しい扉を開きました。今ではlncRNAは単なる転写された情報分子としてだけではなく、時にはNEAT1によるパラスペックル形成の例を筆頭に、細胞内秩序を生み出す建築家や骨格のような存在としての機能も持ちます。「間仕切りのない小部屋」がLLPSという物理的な仕組みでどのように生命の秩序を作っているのか、その探求は、これからの生物学のみならず関連分野にとって重要性が増すのは疑いようもありません。

用語解説

非膜性オルガネラ:脂質の膜で囲まれていない、核小体やパラスペックルのような細胞内の機能的な「分子の集合体」の小部屋です。

液-液相分離(LLPS):複数の結合部位を持つ生体分子が、お互いに集まり、濃い部分(液滴)と薄い部分に分かれる物理現象です。

長鎖ノンコーディングRNA(lncRNA):タンパク質をコードしない長いRNA分子です。液滴形成において、複数のタンパク質同士を繋ぐ「架橋分子」や「足場」として働き、液滴形成を可能にします。以前の「生物学の新知識」の記事(「あなたは何をするものぞ --- 細胞質に存在する翻訳されないRNAたち」)も参照してください。

多価相互作用:複数の結合ドメインを持つ分子同士が、弱い結合を多数・同時に行うことで、強固なネットワークを作り出す仕組みです。この相互作用には、多数の結合部位(価数)が必要となります。

天然変性領域(IDR):タンパク質の中で、しっかりした構造がなく、柔軟な「ひも状」をしている領域です。この柔軟性が多価相互作用と液滴の流動性を保ちます。

相転移:柔らかい液滴が、流れを失い、固体状の凝集塊へと変化することです。これが神経変性疾患などの病気の原因となる場合があります。

参考文献

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  3. Patel, A., Malinovska, L., Andries, O., et al. (2017). Science, 356(6339), 753–756. doi: 10.1126/science.aaf6846
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  5. Banani, S. F., Lee, H. O., Hyman, A. A., & Rosen, M. K. (2017). Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 18(5), 285–298. doi: 10.1038/nrm.2017.7
  6. Fox, A. H., Nakagawa, S., Hirose, T., & Bond, C. S. (2018). Trends Biochem. Sci., 43(2), 124–135. doi: 10.1016/j.tibs.2017.12.001
  7. Yamazaki, T., Souquere, S., Chujo, T., et al. (2018). Mol. Cell, 70(6):1038-1053. doi: 10.1016/j.molcel.2018.05.019
  8. Molliex, A., Temirov, J., Lee, J., et al. (2015). Cell, 163(1), 123–133. doi: 10.1016/j.cell.2015.09.015
川田 健文 (分子発生生物学研究室)

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