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オスとメス、どちらが遠くへ行くか?
一夫一妻の哺乳類の分散の性差

はじめに

現在社会では、実家を離れるタイミングは人それぞれです。就職や進学、自身が家庭をもつことをきっかけに実家を出る人もいれば、生まれ育った場所に住み続け、そこで家庭を築く人もいます。こうした選択における男女差は、現在では小さくなってきているように感じられます。一方で、少し前の日本では、長男は実家に残り、女性は結婚を機に別の家へ移るという考え方が一般的であったと思います。
 
実は、こうした「生まれ育った場所に留まるか、それとも離れるか」という選択は、人間社会に特有のものではありません。野生動物の世界でも、生まれた場所の近くに留まる個体と、遠くへ移動する個体が存在します。この移動は「分散」と呼ばれ、その傾向には、オスとメスの間で違いがみられることがわかってきています。
 
ここでは、動物の分散とその性差について、最近のカモシカでの研究成果も交えながら紹介します。
 
図1. ニホンカモシカ 図1. ニホンカモシカ

分散する利益とコスト

動物の生息地を移動する分散には、大きく分けて、生まれた場所から繁殖場所へ移動する場合と、すでに定着した生息地からの別の場所へ移動する場合があります。こうした分散行動は、個体数が減少した生息地へ個体が移動することで局所的な絶滅を回避するなど、個体群の動態に大きな影響を与えることがあります。また、現在問題となっている外来種の分布拡大を考える上でも、分散は重要な行動です。本稿では、主に出生地からの移動に着目します。
 
では、そもそもなぜ動物は出生地から分散するのでしょうか。これまで指摘されてきた主な利益としては、血縁個体との競合の回避、近親交配の回避、生息環境の多様化などがあります。最初の二つは血縁者との関係が関わっています。すべての個体が出生地付近に留まると、そこには血縁者が多くなり、血縁者間で食物などの資源の競争が生じます。また、血縁者同士で繁殖してしまう可能性も高まります。さらに、出生地付近で食物が十分に得られない場合、新たな環境を求めて移動する方が有利になることもあります。
 
一方で、分散にはコストも伴います。その一つが、分散先に関する情報の不足です。スマートフォンを使えば旅先の情報を簡単に得られる現代の人間社会とは異なり、野生動物は移動先の環境について、ほとんど情報を持っていません。そのため、食物を得るのが困難になったり、肉食動物に捕食されるリスクが高まったりする可能性があります。実際に、一部の動物では、分散個体の生存率が低下したことが報告されています。また、一見すると先ほどの利益と矛盾するように感じられるかもしれませんが、個体間の関係が重要な種では、出生地を離れることで血縁者と協力できなくなるという不利益も考えられます。
 
図2.分散行動の利益とコスト 図2.分散行動の利益とコスト

オスが分散する哺乳類とメスが分散する鳥類

一般に、哺乳類ではオスが出生地から分散する傾向にあるのに対し、鳥類ではメスが分散する傾向にあることが知られています。これは、先ほど紹介した利益とコストに関係しています。どちらか一方の性が分散することで、近い世代において血縁者が少なくなり、近親交配のリスクが低下すると考えられています。
 
また、鳥類と哺乳類の違いに関する仮説はいくつかありますが、どちらの性が出生地に留まった方が子の世話に有利かという観点が重要であるとする仮説があります。鳥類では、子育てに重要ななわばりを形成する役割を担うことの多いオスが出生地付近に留まる一方、哺乳類では子の世話を主にメスが行うため、メスが慣れ親しみ、情報を豊富に持っている出生地付近に留まると考えられています。さらに、配偶様式との関連も指摘されています。鳥類では一夫一妻である種が多いのに対し、哺乳類では一夫多妻の配偶様式をとる種が多く、オス同士の配偶競争が激しいことから、オスが分散する傾向にあると考えられています。
 
哺乳類の中にも、現代の人間社会のように一夫一妻の社会が存在しますが、哺乳類内で分散様式に違いはないのでしょうか。実は、哺乳類においても分散様式には性差があることが知られています。例えば、ヒトにもっとも近い霊長類であるチンパンジー属は、複数のオスと複数のメスで群れをつくりますが、オスが生まれた群れに残り、メスが別の群れへ分散します(チンパンジーの社会については、以前の「生物学の新知識」で紹介しています。詳しく知りたい方は、こちらをご覧ください)。一方、ニホンザルも複数のオスと複数のメスで群れをつくりますが、メスが生まれた群れに残り、オスが別の群れに分散します。
 
では、哺乳類の中でも、配偶様式が分散様式の性差に影響を与えているのでしょうか。多数の哺乳類を対象とした研究を用いたメタ解析では、配偶様式と分散の性差の関連が示されました(文献1)。しかし、鳥類も含めた、より大規模なメタ解析では、配偶様式との関連は認められたものの、性的二型(オスとメスの大きさの違い)や子育てへの関与の有無といった要因の方が影響が大きく、体が大きく、子育てをしない方の性が分散する傾向にあることが報告されています(文献2)。メタ解析の結果が一貫しない理由の一つとして、一夫一妻の哺乳類を対象とした研究例が不足していることが考えられます。
 
図3.分類群間における分散の性差の違い 図3.分類群間における分散の性差の違い

一夫一妻のニホンカモシカの分散様式とは?

一夫一妻の哺乳類には、ヒトのように常に雌雄で行動するような種だけでなく、普段は別々に行動しながら、オスとメスの行動圏の大きさがほぼ同じであるような種も存在します。ニホンカモシカは、後者のタイプにあたります。そのため、オスの行動圏が複数のメスの行動圏を含む場合は、一夫多妻になることもあります。ニホンカモシカは、基本的には一夫一妻であることが知られてきましたが、最近の研究により、浅間山の高山草原地域ではメスが群れ化し、一夫多妻の配偶様式の割合が高いことが明らかにされました(文献3、文献4)。興味深いことに、同じ浅間山でも中標高に位置する森林地域では、一夫一妻の配偶様式が多いことも示されています。
 
私たちの研究グループでは、この浅間山を対象に、ニホンカモシカの分散様式に関する研究を行いました(文献5)。研究の詳細については東邦大学のプレスリリースで紹介していますので、ここではその概要のみを紹介します(詳しく知りたい方は、こちらをご覧ください)。分散様式を調べる方法としては、個体を直接観察したり、発信機を装着して追跡したりする方法があります。しかし、哺乳類のように生活史の長い動物では、こうした手法を用いることは容易ではありません。そこで、糞由来のDNAを用いた解析により、その分散様式を推定しました。
 
その結果、中標高の森林地域と高山草原地域に生息するニホンカモシカの間では、遺伝的交流が低いことが明らかになりました。これは、両地域間で個体の移動が制限されていることを示唆しています。この結果は、前章で紹介した、未知の環境へ分散することに伴うリスクと関係している可能性があります。両地域は直線距離では約2.7kmしか離れていませんが、標高の違いにより環境は大きく異なり、カモシカが利用する食物にも違いがあることがわかっていました。こうした環境差が、分散を制限する要因の一つになっているのではないかと考えられます。
 
次に、どちらの性がより遠くへ分散しているのかについては、明確に断定できる結果は得られませんでした。しかし、いずれの地域においても、哺乳類で一般的とされる「オスが分散する」傾向はみられないことが示唆されました。高山草原地域は一夫多妻の配偶様式が多いにも関わらず、一夫一妻が多いニホンカモシカでは、オスが分散するとは言えないという結果が得られたのです。やはり、オスが分散する哺乳類が多いのは、一夫多妻という配偶様式と関連しているのかもしれません。今後、多様な哺乳類を対象とした研究が進むことで、配偶システムや生息環境が分散様式にどのような影響を与えるのかが、より明らかになることが期待されます。
 
図4.ニホンカモシカの生息する高山草原地域 図4.ニホンカモシカの生息する高山草原地域

参考文献

  1. Mabry, K. E., Shelley, E. L., Davis, K. E., Blumstein, D. T., & Van Vuren, D. H. (2013). Social mating system and sex-biased dispersal in mammals and birds: a phylogenetic analysis. PloS One, 8(3), e57980.
  2. Trochet, A., Courtois, E. A., Stevens, V. M., Baguette, M., Chaine, A., Schmeller, D. S. et al. (2016). Evolution of sex-biased dispersal. The Quarterly Review of Biology, 91(3), 297-320.
  3. Takada, H., & Minami, M. (2021). Open habitats promote female group formation in a solitary ungulate: the Japanese serow. Behavioral Ecology and Sociobiology, 75(3), 60.
  4. Takada, H., Washida, A., Yano, R., Tezuka, N., & Minami, M. (2023). Evolution from monogamy to polygyny: insights from the solitary Japanese serow. Behavioral Ecology and Sociobiology, 77(3), 28.
  5. Hori, M., Takada, H., Nakane, Y., Minami, M., & Inoue, E. (2024). Genetic analysis reveals dispersal patterns of Japanese serow in two different habitats of a mountainous region. Zoological Science, 41(2), 201-209.
井上 英治(行動生態学研究室

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