60年越しに解明された三毛猫の秘密
はじめに
こんにちは、東邦大学理学部生物学科のゲノム進化ダイナミクス研究室の後藤友二です。我々の研究室では、日夜、生物(動物)のゲノム(遺伝情報)の構造や機能・進化について興味をもって研究しています。今日は、私のメインテーマの1つである「X染色体の不活性化」に関係する内容で、昨年末から今年5月に新聞記事やテレビニュースでも紹介された“あの” お話をご紹介します。少しでも「遺伝学の面白さ」が伝わるように遺伝学の基礎や歴史も振り返りながらご紹介したいと思います。
皆さん、猫はお好きですか?ペットショップの覗くと容姿、毛の色や模様などが異なる品種がたくさん並んでいますよね。図1には、今回のお話中でも出てくる猫たちの毛色をまとめてみました。猫の体色(毛)は(濃淡による印象の違いや縞模様の有無は除き)、白毛、黒(こげ茶)毛、茶(オレンジ)毛の3種類あります。本日の主役である三毛猫は、名前の由来の通り、この3色がパッチ上に見られる猫を指します。三毛猫は特定の品種を示す呼称ではなく、単色、二色毛猫、三毛猫間の交配で確率的に生まれてくる個体の呼称として用いられます。その三毛猫ですが、多くの場合、主に背側に茶毛と黒毛が、腹側に白毛が多く分布する傾向がありますが、面積や場所には個体差が見られます。
皆さん、猫はお好きですか?ペットショップの覗くと容姿、毛の色や模様などが異なる品種がたくさん並んでいますよね。図1には、今回のお話中でも出てくる猫たちの毛色をまとめてみました。猫の体色(毛)は(濃淡による印象の違いや縞模様の有無は除き)、白毛、黒(こげ茶)毛、茶(オレンジ)毛の3種類あります。本日の主役である三毛猫は、名前の由来の通り、この3色がパッチ上に見られる猫を指します。三毛猫は特定の品種を示す呼称ではなく、単色、二色毛猫、三毛猫間の交配で確率的に生まれてくる個体の呼称として用いられます。その三毛猫ですが、多くの場合、主に背側に茶毛と黒毛が、腹側に白毛が多く分布する傾向がありますが、面積や場所には個体差が見られます。
図1.猫の多様な毛色上段左から黒毛、白毛、茶毛(縞無し)、茶毛+白斑
下段左から黒毛+白斑、茶+黒(錆び猫)、三毛猫
今では常識かもしれませんが、三毛猫(錆び猫も)は、ほぼすべての個体が雌で、雄の三毛猫はウルトラレア(UR)です。どのくらい希少かというと獣医師が35年間で2個体しか診たことが無く、見つかると大手新聞社が取り上げる程と言えばイメージできるでしょうか?1)。今回は、そんな三毛猫の毛色の(遺伝的)仕組みが60年の歳月を経て明らかになった2)というお話を紹介したいと思います。因みに私はイヌ派(家には13歳になるチワワがいます)です笑。
猫の毛柄や毛色を決める遺伝的な仕組みとは
猫が愛玩動物として注目され、多様な品種が生まれるきっかけは、1871年ロンドンのクリスタルパレスで行われたキャットショーだそうです。それ以降、多種多様な毛色、模様の品種が見出されました。交配して生まれる子猫の特徴から、毛色や模様は親から子に受け継がれる遺伝的形質であり、それを規定する因子(現代でいう「遺伝子座」)があると考えられてきました。こうしてネズミやウサギ、鳩を使っていた遺伝学者が猫の毛色に注目し、交配結果を記録するようになったのが三毛猫の遺伝学の発端だとされています。
これまでの研究で猫の毛の特徴を決める遺伝子座が9個同定されています。その中には「色」を決める因子(WhiteやOrange, Blackなど)だけでなく、「濃さ」や「長さ」、毛の根元から先端に向かった「模様(Agoui)」、「分布」を決める因子(SpottingやTabby)などが含まれます。この記事を読み、猫の毛の模様に関して興味を抱いた方は、「猫の毛柄を決める遺伝子」などで検索して、調べて見て下さい。
三毛猫に関する初期の遺伝学的研究は、1904年にイギリスの遺伝学者レナード・ドンキャスターによってまとめられています。その中では「三毛の象徴である黒(こげ茶)・白・茶(オレンジ)色の3色の中の2色、茶毛と黒毛を決める遺伝子座が性染色体上にある可能性」が指摘されています。実は、三毛猫よりも以前、茶毛と黒毛の二色猫(錆び猫;図1参照)でも同様の結果が得られていました。図2のように黒毛と茶毛の父母を交配すると、雄子猫は全て母親と同じ毛色(茶毛または黒毛)になるのに対し、雌子猫では茶毛&黒毛(錆び猫)の子猫が生まれます。下段のように父母の毛色を逆にしても同様の結果が得られたことからも茶毛と黒毛を決める遺伝子座は性を決める染色体(雌を決める染色体)上にあると考えられました。
これまでの研究で猫の毛の特徴を決める遺伝子座が9個同定されています。その中には「色」を決める因子(WhiteやOrange, Blackなど)だけでなく、「濃さ」や「長さ」、毛の根元から先端に向かった「模様(Agoui)」、「分布」を決める因子(SpottingやTabby)などが含まれます。この記事を読み、猫の毛の模様に関して興味を抱いた方は、「猫の毛柄を決める遺伝子」などで検索して、調べて見て下さい。
三毛猫に関する初期の遺伝学的研究は、1904年にイギリスの遺伝学者レナード・ドンキャスターによってまとめられています。その中では「三毛の象徴である黒(こげ茶)・白・茶(オレンジ)色の3色の中の2色、茶毛と黒毛を決める遺伝子座が性染色体上にある可能性」が指摘されています。実は、三毛猫よりも以前、茶毛と黒毛の二色猫(錆び猫;図1参照)でも同様の結果が得られていました。図2のように黒毛と茶毛の父母を交配すると、雄子猫は全て母親と同じ毛色(茶毛または黒毛)になるのに対し、雌子猫では茶毛&黒毛(錆び猫)の子猫が生まれます。下段のように父母の毛色を逆にしても同様の結果が得られたことからも茶毛と黒毛を決める遺伝子座は性を決める染色体(雌を決める染色体)上にあると考えられました。
図2.茶/黒毛色の形質の分離様式♂では茶/黒は生まれず、♀のみ生まれる。
➡性に染色体に茶/黒に関わる遺伝子座がある。
図3.メンデルの顕性の法則豆の色が1つの遺伝子座(Yとy)で決まる例
➡茶毛と黒毛がX染色体上の1つの遺伝子座(Oとo )で
決まると、茶毛/黒毛は生じないことになる。
ちなみに1904年時点では哺乳類がXX/XY型の性染色体構成をもつことは明らかになっていません。性染色体が性決定に関わるという報告は、1905年にネッティ・スティーブンスとエドムンド・ウィルソンによるゴミムシダマシでの研究で初めて言及されました。
三毛猫に関する遺伝的研究が盛んに行われた時代は、1865年にグレゴール・メンデルにより提唱された「メンデルの法則」が再発見された時期(1900年)と重なります。皆さんもご存じの通り、メンデルの法則は、1つの形質を決める遺伝子座が父母から1つずつ継承されることを前提としています。一方、三毛猫の茶毛/黒毛に関わる遺伝子座は性(後のX)染色体上にあるため、雌の子猫は父母からそれぞれX染色体を受け取りますが、雄子猫は(父由来はY染色体なので)母由来のX染色体しか受け取れません。従って、三毛猫では「雌子猫のみ、メンデルの法則に当てはまるはず」と当時は思われたことでしょう。中学、高校時代に「メンデルの法則」を習った方なら、教科書のイラストなどで、エンドウの豆色(黄色と緑色の2つの形質)が1つの遺伝子座で決まる例を目にしたことがあると思います。図3は、顕性形質である黄色(Y)と潜性形質である緑色(y)のヘテロ接合体(中段)を交配させると雑種世代では顕性形質3:潜性形質1の比率で分離したメンデルの観察結果(下段)を示しています。もし三毛猫の茶毛と黒毛形質がX染色体上の1つの遺伝子座の対立形質(ここでは便宜上、オレンジのO遺伝子座とします)として顕れるならば、得られる雌の子猫の毛色パターンは茶毛3:黒毛1になるはずです。しかし、実際に交配すると、図2の3段目のように、Oとoのヘテロ接合体での毛色すら説明がつきませんでした。このような理由から、茶色と黒色を決める遺伝子座は、長い間、X染色体上で独立して存在していると考えられてきました。しかし、もし茶色と黒色を別の遺伝子座が規定している場合、体表を覆う全ての細胞において両形質が等しく顕れず、茶色と黒色の毛色が体表の異なる領域に独立して顕れる現象は説明できません。そのため猫の毛色に関する遺伝的考察は、メンデルの法則だけでは説明ができず、永らく停滞しました。そんな中、ある1人の研究者の提唱した仮説により、この疑問は一気に氷解することとなりました。
三毛猫に関する遺伝的研究が盛んに行われた時代は、1865年にグレゴール・メンデルにより提唱された「メンデルの法則」が再発見された時期(1900年)と重なります。皆さんもご存じの通り、メンデルの法則は、1つの形質を決める遺伝子座が父母から1つずつ継承されることを前提としています。一方、三毛猫の茶毛/黒毛に関わる遺伝子座は性(後のX)染色体上にあるため、雌の子猫は父母からそれぞれX染色体を受け取りますが、雄子猫は(父由来はY染色体なので)母由来のX染色体しか受け取れません。従って、三毛猫では「雌子猫のみ、メンデルの法則に当てはまるはず」と当時は思われたことでしょう。中学、高校時代に「メンデルの法則」を習った方なら、教科書のイラストなどで、エンドウの豆色(黄色と緑色の2つの形質)が1つの遺伝子座で決まる例を目にしたことがあると思います。図3は、顕性形質である黄色(Y)と潜性形質である緑色(y)のヘテロ接合体(中段)を交配させると雑種世代では顕性形質3:潜性形質1の比率で分離したメンデルの観察結果(下段)を示しています。もし三毛猫の茶毛と黒毛形質がX染色体上の1つの遺伝子座の対立形質(ここでは便宜上、オレンジのO遺伝子座とします)として顕れるならば、得られる雌の子猫の毛色パターンは茶毛3:黒毛1になるはずです。しかし、実際に交配すると、図2の3段目のように、Oとoのヘテロ接合体での毛色すら説明がつきませんでした。このような理由から、茶色と黒色を決める遺伝子座は、長い間、X染色体上で独立して存在していると考えられてきました。しかし、もし茶色と黒色を別の遺伝子座が規定している場合、体表を覆う全ての細胞において両形質が等しく顕れず、茶色と黒色の毛色が体表の異なる領域に独立して顕れる現象は説明できません。そのため猫の毛色に関する遺伝的考察は、メンデルの法則だけでは説明ができず、永らく停滞しました。そんな中、ある1人の研究者の提唱した仮説により、この疑問は一気に氷解することとなりました。
雌だけで黒毛と茶毛をもつ猫が生まれる理由
1949年、カナダの研究者マレー・バーとエドワード・バートラムは、雌ネコの細胞核周辺部に、雄ネコの神経細胞核には見られない塩基性色素によって濃染される小体を発見しました。これらの小体はヒト女性口腔粘膜細胞などでも見られたため、これは(雌特異的という意味で)性染色質(sex chromatin)と呼ばれました3)。1959年、大野乾は、この性染色質は雌細胞中の2 本の X 染色体のうちの一方が凝集した姿であることを示し、発見者にちなみ、これをバー小体(Barr body)と呼びました4)。その後、1961年に英国の研究者メアリー・ライオンにより、雌の初期胚の細胞において2 本ある X 染色体のうち 1 本がランダムに不活性化され(X染色体上のほぼすべての遺伝子が機能しない状態になること)、これがバー小体の正体であると提唱しました5)。同時に、茶色の毛を生じるO遺伝子と黒毛を生じるB遺伝子によって決まると考えられてきた三毛猫の模様は、このX染色体のランダムな不活性化により合理的に説明できることも示されました。つまり、茶毛の顕性形質(O遺伝子)と黒毛の顕性形質(B遺伝子)をそれぞれ別のX染色体上にもつ雌子猫では、O遺伝子をもつX染色体が不活性化した細胞で構成される皮膚では黒毛が作られ、B遺伝子をもつ(かつo遺伝子をもつ)X染色体が不活性化した細胞で構成される皮膚では茶毛が作られると考えました。こうして表皮に茶毛と黒毛がパッチ上に顕れる理由が説明されました(図4:白斑についてはX染色体と無関係のため、図中では2色で分かり易さを優先しました)。X染色体の不活性化については、過去の生物学の新知識でも解説していますので、興味がある方は、そちらもご覧下さい6)。
図4.三毛猫の茶/黒毛が混在できる仕組み2本のX染色体上のオレンジ遺伝子がヘテロ接合の場合、
O(顕性)遺伝子をもつX染色体とo(潜性)遺伝子を
もつX染色体、どちらが不活性化(Xiと表記)されるかで、
その細胞の毛色が決まる(白については後述)。
三毛猫の第3の毛色(=白色)はどうやって生じる?
図5.白毛(W遺伝子座)は、他の毛色遺伝子座の効果を打ち消す(覆い隠す)。
ここまでは三毛猫と錆び猫で共通に見られる茶毛と黒毛の遺伝様式に関して説明してきました。次は三毛猫の所以でもある白毛について考えてみましょう。実は白毛の猫も2種類に分けられ、1つは全身が白い猫(以下、白猫と表記します)、もう1つは体の一部が白くなる猫(以下、白斑猫と表記します)です(図1の白猫、茶白斑猫、黒白斑猫)。前者はWhite(W)遺伝子座で規定され、顕性ホモ・ヘテロ接合体(WW、 Ww)は全身性白色を呈します。後者はSpotting(S)遺伝子座で規定され、顕性ホモ接合体(SS)だとお腹部分を中心に広範囲に白斑が生じ、ヘテロ接合体(Ss)だと白斑面積が少なくなります。この2つの遺伝子座は、交配実験より、常染色体(雌雄に関係無く、父母から1本ずつ受け取る染色体)上に存在することが示されています。
白猫と他の毛色猫を交配させると、全ての子猫が白猫になります(図5)。この結果はW遺伝子座が他の毛色遺伝子座よりも優位であることを示します。この事実は、独立した(複数の)遺伝子座が相互作用して、色などの単一形質に影響を与える現象が存在することを意味します。このような遺伝現象は「エピスタシス」と呼ばれ、メンデルが提唱した「各遺伝的因子は独立して形質を決定する」という独立の法則に当てはまらない遺伝現象を上手く説明できる重要な概念として理解されています。
三毛猫に話を戻すと、三毛猫の表皮の全ての細胞では、X染色体上あるO遺伝子座あるいはB遺伝子座の影響で茶毛と黒毛のいずれかの形質が発現する(錆び猫になる)はずです。それにも関わらず白斑が生じるということは、白毛(白斑)を作る表皮の細胞たちは、(上述したW遺伝子座と同様に)この活性型X染色体上に存在するO遺伝子座あるいはB遺伝子座の影響を免れて(覆い隠して)、白毛を作る必要があります(茶色や黒色に白色を混ぜても白色にはなりませんよね?)。つまり、白毛と茶/黒毛を決める遺伝子座にも(W遺伝子座と他の遺伝子座のような)エピスタシスが存在すると考えられます。実際、説明を省きましたがO遺伝子座とB遺伝子座にも明確なエピスタシスが知られています(図6A)。もしO遺伝子座やB遺伝子座が白斑(S)遺伝子座に対してエピスタシスを示す場合、茶色や黒色が顕在化し、白毛は出てこないことになりますので三毛猫にはならず、錆び猫になるはずです。逆に、S遺伝子がO遺伝子やB遺伝子に対してエピスタシスを示す場合はどうでしょうか?この場合、全身性にS遺伝子座が発現し白猫になるでしょうか?いいえ、そうはなりません。そもそも白斑という模様は、その名の示す通り、茶色や黒色との斑模様を指します(図6B)。つまり、カラダの一部ではS遺伝子座の影響で白毛形質が顕れるが、別の場所ではS遺伝子座が働かず、下位のO遺伝子座やB遺伝子座の形質が顕れるということになります。これは、どちら一方の形質が全身性に顕れるとする顕性や分離の法則では上手く説明ができない遺伝現象です。
白猫と他の毛色猫を交配させると、全ての子猫が白猫になります(図5)。この結果はW遺伝子座が他の毛色遺伝子座よりも優位であることを示します。この事実は、独立した(複数の)遺伝子座が相互作用して、色などの単一形質に影響を与える現象が存在することを意味します。このような遺伝現象は「エピスタシス」と呼ばれ、メンデルが提唱した「各遺伝的因子は独立して形質を決定する」という独立の法則に当てはまらない遺伝現象を上手く説明できる重要な概念として理解されています。
三毛猫に話を戻すと、三毛猫の表皮の全ての細胞では、X染色体上あるO遺伝子座あるいはB遺伝子座の影響で茶毛と黒毛のいずれかの形質が発現する(錆び猫になる)はずです。それにも関わらず白斑が生じるということは、白毛(白斑)を作る表皮の細胞たちは、(上述したW遺伝子座と同様に)この活性型X染色体上に存在するO遺伝子座あるいはB遺伝子座の影響を免れて(覆い隠して)、白毛を作る必要があります(茶色や黒色に白色を混ぜても白色にはなりませんよね?)。つまり、白毛と茶/黒毛を決める遺伝子座にも(W遺伝子座と他の遺伝子座のような)エピスタシスが存在すると考えられます。実際、説明を省きましたがO遺伝子座とB遺伝子座にも明確なエピスタシスが知られています(図6A)。もしO遺伝子座やB遺伝子座が白斑(S)遺伝子座に対してエピスタシスを示す場合、茶色や黒色が顕在化し、白毛は出てこないことになりますので三毛猫にはならず、錆び猫になるはずです。逆に、S遺伝子がO遺伝子やB遺伝子に対してエピスタシスを示す場合はどうでしょうか?この場合、全身性にS遺伝子座が発現し白猫になるでしょうか?いいえ、そうはなりません。そもそも白斑という模様は、その名の示す通り、茶色や黒色との斑模様を指します(図6B)。つまり、カラダの一部ではS遺伝子座の影響で白毛形質が顕れるが、別の場所ではS遺伝子座が働かず、下位のO遺伝子座やB遺伝子座の形質が顕れるということになります。これは、どちら一方の形質が全身性に顕れるとする顕性や分離の法則では上手く説明ができない遺伝現象です。
図6.猫の毛色を決める遺伝子座のエピスタシスA:茶毛(O)遺伝子座は黒毛(B)遺伝子座に対して優位性を示す。
B:O遺伝子座とB遺伝子座に対する白斑(S)遺伝子座の優位性を
考えた場合に想定される毛色パターン。白?茶白斑?黒白斑?
これとよく似た遺伝現象は、オシロイバナやマルバアサガオなどで見られます。これらの種では、赤色の花を咲かせる株(RR遺伝子型)と白色の花を咲かせる株(rr遺伝子型)を交配して得られる雑種第一世代(Rr遺伝子型)では顕性の赤色ではなく、中間的なピンク色の花が咲きます。このようにヘテロ接合体において顕性形質が潜性形質を完全に覆い隠さず、両方の形質の中間的な形質を示す現象を不完全顕性(優性)(Incomplete Dominance)と呼びます。白斑(S)遺伝子座に関しては、顕性形質が全身性に顕れないという不完全顕性を示す訳です。つまり三毛猫の毛色は、3つの毛色に関わる遺伝子座のエピスタシスによって顕れている訳です。まず、最も優先性の高いS遺伝子座の顕性形質が顕れた表皮領域では、OあるいはB遺伝子座の効果を覆い隠し、白斑を形成します。次に、B遺伝子座をもつX染色体が不活性化された細胞で構成される表皮領域ではO遺伝子座の効果により茶毛が作られ、逆にO遺伝子座をもつX染色体が不活性化された細胞で構成される表領域ではB遺伝子の効果により黒毛が作られるわけです。このような遺伝的仕組みにより、三毛猫は誕生すると考えられています。
60年越しで見つかったO遺伝子座とB遺伝子座の正体
ここまで「遺伝子座」という言葉を使ってきました。敢えて「遺伝子」という用語を使わなかった理由があります。それは「これまで紹介してきた茶毛、黒毛、白毛の直接の原因となる遺伝子(これらの形質に直接関わるタンパク質をコードするDNA配列という意味)が特定されていない」からでした。「でした」と過去形で書いた部分に、今回紹介する最新の研究成果の意味があります。つまり、これまでO遺伝子座、B遺伝子座と説明してきた茶毛や黒毛を規定する「遺伝子」本体が見つかったということです。
九州大学高等研究院の佐々木裕之特別主幹教授をはじめとする研究グループは、様々な毛色を持つ 18 匹の猫から ゲノムDNA(親から子に遺伝する情報本体) を抽出し、それらゲノム DNA の塩基配列(DNAは、グアニン、アデニン、シトシン、チミンと呼ばれる4種の塩基が直鎖に繋がった構造を取ります。この塩基の並び順を「塩基配列」と言います)を解析しました。その結果、茶毛を持つ猫では X 染色体上のARHGAP36 遺伝子内に約 5,100 塩基の欠失が存在することを見つけました(図7)。さらに50匹の猫において、この領域を追加解析したところ、この欠失の有無は茶色の形質の有無と完全に一致しました。また、アメリカミズーリ大学に収録・公開されている猫の全ゲノムデータと照合した結果でも、67個体分のデータにおいて茶毛と欠失の関係性が確認されたそうです。こうして60年間、交配実験においてその存在が示唆され続けてきたO遺伝子とB遺伝子の本体が見つかった訳です。
このARHGAP36 遺伝子内で見つかった欠失領域の塩基配列は、一体何者なのか?気になりますよね?研究グループが調べた結果、この領域の塩基配列の一部(436塩基)は、ヒト、ラット、マウス、イヌ、ニワトリなど、種を超えて塩基配列が相同な「超保存的因子(Ultraconserved Elements; UCE)」と呼ばれる塩基配列と相同性を示しました。このUCE様配列は、過去の報告で遺伝子の機能(タンパク質合成)を抑制することが示唆されていました。つまり、茶猫では、この配列が欠失することでARHGAP36 遺伝子のタンパク質合成の抑制(ブレーキ)が効かなくなっている可能性が考えられる訳です。
九州大学高等研究院の佐々木裕之特別主幹教授をはじめとする研究グループは、様々な毛色を持つ 18 匹の猫から ゲノムDNA(親から子に遺伝する情報本体) を抽出し、それらゲノム DNA の塩基配列(DNAは、グアニン、アデニン、シトシン、チミンと呼ばれる4種の塩基が直鎖に繋がった構造を取ります。この塩基の並び順を「塩基配列」と言います)を解析しました。その結果、茶毛を持つ猫では X 染色体上のARHGAP36 遺伝子内に約 5,100 塩基の欠失が存在することを見つけました(図7)。さらに50匹の猫において、この領域を追加解析したところ、この欠失の有無は茶色の形質の有無と完全に一致しました。また、アメリカミズーリ大学に収録・公開されている猫の全ゲノムデータと照合した結果でも、67個体分のデータにおいて茶毛と欠失の関係性が確認されたそうです。こうして60年間、交配実験においてその存在が示唆され続けてきたO遺伝子とB遺伝子の本体が見つかった訳です。
このARHGAP36 遺伝子内で見つかった欠失領域の塩基配列は、一体何者なのか?気になりますよね?研究グループが調べた結果、この領域の塩基配列の一部(436塩基)は、ヒト、ラット、マウス、イヌ、ニワトリなど、種を超えて塩基配列が相同な「超保存的因子(Ultraconserved Elements; UCE)」と呼ばれる塩基配列と相同性を示しました。このUCE様配列は、過去の報告で遺伝子の機能(タンパク質合成)を抑制することが示唆されていました。つまり、茶猫では、この配列が欠失することでARHGAP36 遺伝子のタンパク質合成の抑制(ブレーキ)が効かなくなっている可能性が考えられる訳です。
図7.茶猫特異的に見つかった5100塩基対の欠失茶猫、三毛猫、黒猫のゲノム(DNA)配列をそれぞれ解析し、比較した結果、
ARHGAP36遺伝子の第1イントロン内に、茶猫特異的な約5100塩基対の欠失が見つかった
(図内ピンク色枠と枠外を比べると、枠内で灰色のヒストグラムが見られない=2つのX
染色体上、いずれもこのDNA配列が存在しないことを示す)。
三毛猫ではヒストグラムが半分(一方のX染色体上でだけ欠失している)になり、
黒猫ではピンク枠内外のヒストグラムに差が無い(両X染色体共に欠失がない)。
(※引用文献2の図1を一部改変)
ARHGAP36遺伝子の欠失が茶毛/黒毛を決める遺伝的仕組み
次に彼らは、検体として提供された(亡くなった)三毛猫の茶色、黒色、白色の皮膚細胞で、活発に機能している(タンパク質を作る)遺伝子、あるいは機能していない(タンパク質を作らない)遺伝子を探しました。その結果、上述のARHGAP36遺伝子から作られるARHGAP36タンパク質は、(黒毛の皮膚よりも)茶毛の皮膚の細胞で多いことが示されました。同様にARHGAP36遺伝子以外にも活発にタンパク質を合成している(あるいは合成していない)遺伝子があるかどうかを白毛、茶毛と黒毛の皮膚間で比較しました。その結果、色素顆粒であるメラニン合成に関わる一連のタンパク質が(黒毛に比べて)茶毛の皮膚細胞において少ないことが明らかになりました。メラニンは化粧品などのCMでも出てくるシミやソバカスの原因となる色素で悪者のイメージがありますが、紫外線から体を守る重要な役割も担っています。メラニンにはユー(真)メラニンとフェオ(亜)メラニンの2種類が存在し、前者は褐色から黒の色素で黒い瞳や毛に多く含まれています。後者は黄色から赤色の色素で欧米人に多い金髪や赤髪に多く含まれます。
ここまでの結果を整理すると、1)茶猫ではARHGAP36遺伝子内に約5100塩基の欠失がある(=ARHGAP36タンパク質合成の抑制(ブレーキ)が効かなくなる?)、2)茶毛皮膚細胞ではARHGAP36タンパク質が(黒毛より)多い、3)茶毛皮膚細胞ではメラニン合成に関わるタンパク質が(黒毛より)少ない、4)茶毛(オレンジ:黄色〜赤色の中間色)はフェオメラニンが多く含まれる、となります。これらの結果を踏まえ研究グループは、茶猫ではARHGAP36 遺伝子内の欠失によりARHGAP36タンパク質合成にブレーキが効かなくなる。大量に作られたARHGAP36タンパク質は、メラニン合成に関わるタンパク質の合成を抑制(タンパク質が減る)し、ユーメラニンの産生量が減る。その結果、フェオメラニン合成が優位になり茶毛になると考えました。一方、黒猫ではARHGAP36 遺伝子内のUCE様配列が欠失していないためARHGAP36タンパク質は作られず、メラニン合成に関わるタンパク質が作られ、ユーメラニン合成が亢進し黒毛になると考察しています(図8)。
ここまでの結果を整理すると、1)茶猫ではARHGAP36遺伝子内に約5100塩基の欠失がある(=ARHGAP36タンパク質合成の抑制(ブレーキ)が効かなくなる?)、2)茶毛皮膚細胞ではARHGAP36タンパク質が(黒毛より)多い、3)茶毛皮膚細胞ではメラニン合成に関わるタンパク質が(黒毛より)少ない、4)茶毛(オレンジ:黄色〜赤色の中間色)はフェオメラニンが多く含まれる、となります。これらの結果を踏まえ研究グループは、茶猫ではARHGAP36 遺伝子内の欠失によりARHGAP36タンパク質合成にブレーキが効かなくなる。大量に作られたARHGAP36タンパク質は、メラニン合成に関わるタンパク質の合成を抑制(タンパク質が減る)し、ユーメラニンの産生量が減る。その結果、フェオメラニン合成が優位になり茶毛になると考えました。一方、黒猫ではARHGAP36 遺伝子内のUCE様配列が欠失していないためARHGAP36タンパク質は作られず、メラニン合成に関わるタンパク質が作られ、ユーメラニン合成が亢進し黒毛になると考察しています(図8)。
図8.茶毛/黒毛の模様ができる遺伝的仕組み三毛猫(や錆び猫)は、 2 本の X 染色体の一方のARHGAP36 (A)遺伝子内に欠失がある。茶毛部分の細胞では欠失型A遺伝子をもつ X 染色体が活性化されており、欠失により ARHGAP36タンパク量が過剰に合成される。
これがユーメラニン合成タンパク質合成を抑制し、フェオメラニン合成優位となり茶毛になる。一方、黒毛部分の細胞では完全型A遺伝子をもつ X 染色体が活性化され、ARHGAP36 タンパク量は適切に制御され、ユーメラニン合成タンパク質が作られ、ユーメラニン合成が優位となり黒毛になる。
(※引用文献2の図を一部改変)
ARHGAP36遺伝子は不活性化されるのか?
ARHGAP36 遺伝子内に見出された欠失の有無により、茶毛になるか、黒毛になるかが決まる仕組みについては(ある程度)合理的な説明ができました。一方で、「錆び猫や三毛猫で見られる茶毛/黒毛のモザイクはX染色体の不活性化により説明できる(図4)」としたメアリー・ライオンの仮説が正しいかどうかの検証は行われていません。この仮説が正しいとすると、ARHGAP36 遺伝子は(内部に欠失が生じているかどうかに関わらず)ランダムな不活性化を受けた結果として、茶色皮膚の細胞では完全型ARHGAP36 遺伝子をもつXが不活性化され、黒色皮膚の細胞では欠失型ARHGAP36 遺伝子をもつXが不活性化されるはずです(図9)。
図9.ARHGAP36遺伝子内の欠失あり(A-)なし(A+)とX染色体の不活性化により茶毛/黒毛が決まる仕組みARHGAP36(A)遺伝子内の欠失あり/なしの雌子猫(下段中央)では、A+をもつX染色体、A-をもつX染色体がランダムに不活性化すれ場合のみ、三毛(錆び)猫形質が発現する。
しかし、この検証(どちらが不活性化されたか)は、欠失型と完全型ARHGAP36 遺伝子のどちらの対立遺伝子からタンパク質が合成されているかを識別する必要があります。これは両対立遺伝子(A+/A-)間において欠失領域以外のARHGAP36 遺伝子内で「塩基の違い(塩基多型という)」が存在しないと解析ができません。残念ながら三毛猫で、かつ、両遺伝子間に塩基多型をもつ検体は得られなかったため、今回はハツカネズミ(マウス)の亜種(ARHGAP36 遺伝子に多型が存在する2種)を交雑して得られた雑種個体由来の体細胞を用いた解析が行われました。その結果、雌マウスのX染色体上にあるARHGAP36 遺伝子は、ランダムな不活性化を受けることが示されました。
最後に
こうして、その存在を誰も疑わないものの遺伝子本体が特定されないまま60年が過ぎた茶色(オレンジ)遺伝子がARHGAP36 であることが明らかになりました。しかし、今回見出されたARHGAP36遺伝子内の欠失領域が猫においても遺伝子の発現抑制の役割をもつのか?そして、ARHGAP36タンパク質の過剰発現が、メラニン合成に関わるタンパク質量に直接的な作用を及ぼすのかは、まだ実験的に証明されていません。マウスでもトリカラーマウス(三色マウス)が知られていますが、同じメカニズムであるのか?も分かっていません。我々は、まだまだ(知ったつもりになっていても)知らないことはたくさんあります。ほんの少しの疑問、興味・関心が大きな発見に繋がったりします。皆さんも是非、生物の神秘・不思議に注目してみて下さい。
参考文献
- 日経新聞(2013/12/28記事:https://www.nikkei.com/article/DGXNASDG1804I_Y3A211C1000000/)
- Toh, H. et al. (2025). Current Biology DOI:10.1016/j.cub.2025.03.075
- Barr, M. and Bertram, E. (1949). Nature 163: 676-677.
- Ohno, S. et al. (1959). Exp Cell Res. 415-418.
- Lyon, M. (1961). Nature 190: 372-373.
- 生物学の新知識(https://www.toho-u.ac.jp/sci/bio/column/032563.html)
後藤 友二(ゲノム進化ダイナミクス研究室)



