歴史の長い草原の大切さ-菌根菌に着目した視点から-
はじめに
図1.人の手によって維持されてきた半自然草原
日本では湿潤・温暖な夏に支えられて森林群落が優占します。草原は高山や海岸といった環境条件の厳しい場所や、草刈りや火入れ等の人の撹乱によって森林への遷移が抑制されている場所でわずかながら維持されています。従って、高山や海岸以外の場所にある草原の多くは、人為的な管理で維持されてきた半自然草原です(図1)。茅場や採草地としての草原の利用は数千年以上前から行われていたと推定されており、草原を主な生育地とする植物種は少なくありません。しかし、農業形態の変化や都市化により、かつては国土の1割以上を占めていたといわれる半自然草原は、現在では1/10に減少しました。それに伴い多くの草原性の植物種の絶滅が危惧されています。
半自然草原の植生を大きく規定する要因として、草刈りなどの管理、他の草原との連結性、過去の土地利用の履歴などが重要であることが報告されてきました。特に、耕作や造成の履歴がある場所において草原を再生したとしても、外来種が優占し、本来の草原とは質的に異なる植生が成立することが多いことから、過去の土地利用が長期にわたり地上植生に影響を与えることが示されています。この原因として、造成や耕作、肥料の使用などにより、土壌の化学特性や土壌構造が従来の土壌のもとと異なることが挙げられています。加えて近年は土壌微生物の重要性が指摘されています。
半自然草原の植生を大きく規定する要因として、草刈りなどの管理、他の草原との連結性、過去の土地利用の履歴などが重要であることが報告されてきました。特に、耕作や造成の履歴がある場所において草原を再生したとしても、外来種が優占し、本来の草原とは質的に異なる植生が成立することが多いことから、過去の土地利用が長期にわたり地上植生に影響を与えることが示されています。この原因として、造成や耕作、肥料の使用などにより、土壌の化学特性や土壌構造が従来の土壌のもとと異なることが挙げられています。加えて近年は土壌微生物の重要性が指摘されています。
大部分の陸上植物に見られる菌類との共生
図2.菌根共生の概念図
土壌微生物の中で、私が着目しているのが菌根菌と呼ばれる菌類です。菌根菌は8~9割もの陸上植物と根において共生しており、その関係は菌根共生と呼ばれています(図2)。菌根菌は土壌から吸収したリン酸や窒素などの栄養を宿主植物に与え、植物からは光合成産物を受け取ります。植物自身も根から栄養を吸収できるのですが、菌根菌の菌糸は根よりはるかに細く広範囲に広がっており、根より効率的に栄養を獲得できるのです。加えて植物は、実生の定着率の向上、耐病性・環境ストレス耐性の向上など、菌根菌との共生により様々な有益な作用がもたらされます。土壌微生物の中で、私が着目しているのが菌根菌と呼ばれる菌類です。菌根菌は8~9割もの陸上植物と根において共生しており、その関係は菌根共生と呼ばれています(図2)。菌根菌は土壌から吸収したリン酸や窒素などの栄養を宿主植物に与え、植物からは光合成産物を受け取ります。植物自身も根から栄養を吸収できるのですが、菌根菌の菌糸は根よりはるかに細く広範囲に広がっており、根より効率的に栄養を獲得できるのです。加えて植物は、実生の定着率の向上、耐病性・環境ストレス耐性の向上など、菌根菌との共生により様々な有益な作用がもたらされます。
図3.菌根のタイプとその割合(Brundrett & Tedersoo 2018).
植物の根と菌根菌が共生して形成される構造体を菌根と呼び、その構造や植物との組み合わせによっていくつかのタイプに分けられます(図3)。草原を構成する草本の大部分と共生しているのが、アーバスキュラー菌根菌(AM菌)と呼ばれるグロムス菌亜門に属する菌類です。AM菌との共生の起源は古く、4億年以上前に遡ります(Brundrett & Tedersoo 2018)。この年代は水中にくらす緑藻の一部から陸上植物が進化したころで、菌根共生は植物の上陸とともに始まったとされています。菌根共生が成立したからこそ植物は上陸できたとも言えるかもしれません。植物の祖先が上陸した時、陸上に土壌はなく栄養もほとんど無かったと考えられます。また土壌がある現在も、水中と違って土壌中の栄養は不均一に存在し、栄養の種類によっては土壌と吸着するものもあります。こうした栄養の獲得に菌根菌が大きく寄与していると考えられています。
地下に張り巡らされる菌糸ネットワーク
図4.調査地のAM菌の分類群数.
菌根菌の菌糸は土壌粒子を結びつける効果があり、土壌の団粒構造の発達に寄与しています。この菌糸は、土壌中に縦横無尽に張り巡らされ、種を超えた植物個体間を連結する菌糸ネットワークを形成しています。一般的にAM菌の宿主特異性が低く、1種のAM菌は多様な種類の植物と共生します。記載されているAM菌は300~400種ほどで(ただし記載されていない分類群も多い)、AM菌と共生する植物は20万種以上と見積もられることからも、AM菌の宿主特異性の低さが分かります。その一方で、AM菌と宿主植物の間には相性の良し悪しがあることが知られています。例えばAM菌の種類によって宿主植物の成長促進効果が異なる例、同所的に生育している在来種と外来種とで共生するAM菌群集が異なる例が報告されています。従って、AM菌の種数が増加し、菌糸ネットワークが発達すると、個々のAM菌の効果が相補しあい、植物群集は全体として土壌養分をより効率的に利用できます。その結果、植物群集全体の生産性が増加することが報告されています(van der Heijden et al. 1998)。
造成や耕作といった大きな土壌撹乱は、土壌中の菌糸ネットワークや土壌構造を破壊し、AM菌の多様性を減少させるとともに、その種組成も変化させます。実際に、私達は土地利用の履歴が異なる半自然草原でAM菌の調査をしてきましたが、長期間維持されてきた半自然草原のAM菌群集の種多様性は高く(図4)、その組成は造成や耕作の履歴がある草地のものとは大きく異なっていました。私達は、こうしたAM菌群集が、どのように回復していくのかも調べています。
造成や耕作といった大きな土壌撹乱は、土壌中の菌糸ネットワークや土壌構造を破壊し、AM菌の多様性を減少させるとともに、その種組成も変化させます。実際に、私達は土地利用の履歴が異なる半自然草原でAM菌の調査をしてきましたが、長期間維持されてきた半自然草原のAM菌群集の種多様性は高く(図4)、その組成は造成や耕作の履歴がある草地のものとは大きく異なっていました。私達は、こうしたAM菌群集が、どのように回復していくのかも調べています。
歴史の長い草原の特異性
現在残っている歴史の長い草原を維持することはとても重要です。長期間維持されてきた草原は種多様性が高く、草原に特有な分類群が数多く生育します。一度破壊されると、その回復には何十年、ときに何百年・何千年もかかると言われています(Nerlekar & Veldman, 2020; Buisson et al., 2022)。日本において半自然草原は、森林に遷移する途中段階の一時的な生態系とみなされがちですが、歴史の長い草原の生物群集は新しい草原のものとは異なります。世界的にも、歴史の長い草原の特異性が着目されており、森林への遷移途中という従来の遷移モデルの考え方以外に、草原が維持されてきた期間に応じた草原独自の遷移軸があることが認識されています。こうした歴史の長い草原の特異性を植物と菌根菌の関係から解き明かしていきたいと思っています。
引用文献
- Brundrett MC, Tedersoo L. 2018. Evolutionary history of mycorrhizal symbioses and global host plant diversity. New Phytologist 220: 1108–1115.
- Buisson E, Archibald S, Fidelis A, Suding KN. 2022. Ancient grasslands guide ambitious goals in grassland restoration. Science 377: 594–598.
- Nerlekar AN, Veldman JW. 2020. High plant diversity and slow assembly of old-growth grasslands. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 117: 18550–18556.
- van der Heijden MGA, Klironomos JN, Ursic M, Moutoglis P, Streitwolf-Engel R, Boller T, Wiemken A, Sanders IR. 1998. Mycorrhizal fungal diversity determines plant biodiversity, ecosystem variability and productivity. Nature 396: 69–72.
下野 綾子(植物生態学研究室)



