白血球ミトコンドリア呼吸鎖複合体のスーパーコンプレックス形成
神経変性疾患
神経変性疾患とは、中枢神経内の特定の神経細胞群が徐々に変性・死滅し、脱落する疾患です。運動機能や認知機能の障害は、病変部の神経細胞脱落が進行してから現れます。病理・ドパミン画像検査(注1)では、症状が現れる5年以上前から病変部の神経細胞脱落は始まっていることが示されており、早期診断法の開発が求められています。神経変性疾患は主に50~60歳代で発症し、加齢とともに発症率が増加します。原因は未解明な部分が多いものの、病因関連タンパク質の蓄積やミトコンドリア異常が共通して認められています1。また、中枢神経だけでなく末梢神経にも影響を及ぼし、疾患関連タンパク質の蓄積やミトコンドリア呼吸鎖複合体の活性低下が報告されています。しかし、その動態の追跡が困難でした。そこで、生化学研究室では、侵襲性の低い末梢血白血球のミトコンドリアに着目し、アルツハイマー病、パーキンソン病、レビー小体型認知症患者の呼吸鎖超複合体形成を解析しました(図1)。その結果、疾患の進行と相関する変化が示されましたので、ご紹介します。

酸化ストレス
生物学の新知識の「生体内のレドックス(酸化還元)反応と活性酸素種」や「ミトコンドリア呼吸鎖(電子伝達系)複合体と活性酸素種」、「ミトコンドリア呼吸鎖(電子伝達系)複合体のスーパーコンプレックス形成」で紹介したように、生体内の主な活性酸素種発生源はミトコンドリアであると考えられています。過剰に発生した活性酸素種は、ミトコンドリアの機能異常を引き起こす要因の一つとされています。通常、活性酸素種は生体内の抗酸化酵素や抗酸化物質によって消去され、レドックスバランスが維持されます。しかし、酸化側に傾く状態(酸化ストレス)になると、タンパク質や脂質、核酸の酸化修飾を引き起こすほか、細胞内シグナル伝達や細胞死の制御など、多岐にわたる影響を及ぼすことが報告されています。今後の研究により、新たな機構が解明され、疾患の予防や治療への応用が期待されます。
白血球ミトコンドリア呼吸鎖複合体の超複合体(スーパーコンプレックス)形成
ミトコンドリア呼吸鎖複合体は、超複合体(スーパーコンプレックス)を形成することで電子伝達効率を向上させ、活性酸素種の発生を抑制することが報告されています。スーパーコンプレックス形成は、細胞やミトコンドリア内の状態によって変化しますが、ヒト白血球内の動態は明らかになっていませんでした。そこで、生化学研究室では、「ミトコンドリア呼吸鎖(電子伝達系)複合体のスーパーコンプレックス形成」で紹介したhigh resolution clear native PAGE(hrCN-PAGE)を用いて呼吸鎖複合体を解析しました。末梢血を用いた解析は侵襲性が低い利点がある一方、白血球のATP産生が主に解糖系で行われるため、ミトコンドリア量が他の組織より少なく、呼吸鎖複合体形成の解析が困難でした。そこで、呼吸鎖複合体Iゲル内酵素活性染色法を改良し2、解析を行いました。その結果、健常者では、男性より女性の方がスーパーコンプレックス形成が高く、また20歳代よも50〜60歳代の方が高いことが明らかになりました3。さらに、健常者および非神経変性疾患患者と比較すると、アルツハイマー病患者およびパーキンソン病患者では、構成要素の多い「大きな」スーパーコンプレックスの割合が増加し、一方でレビー小体型認知症患者では減少していることがわかりました4。疾患の進行度と各呼吸鎖超複合体の割合を比較するため、運動機能障害の分類であるHoehn & Yahr scale(注2)を指標としたところ、パーキンソン病およびレビー小体型認知症において、疾患の進行に伴い「大きな」スーパーコンプレックス形成の割合が低下することが確認されました(図2)。

これらの結果から、神経変性疾患の症状が現れる前に、異常な疾患関連タンパク質が呼吸鎖複合体に障害を与え、それに対する恒常性維持機構として呼吸鎖複合体活性のスーパーコンプレックス形成が促進される可能性が考えられました。しかし、その許容限界を超えると呼吸鎖複合体のスーパーコンプレックス形成能が低下し、細胞死が誘導され、疾患の進行に伴って更なる低下が生じる可能性が示唆されました。この研究成果はThe Journal of Biochemistryに掲載され、表紙に選出されました(図3)。この成果により、血液検査による神経変性疾患の早期診断が可能となるバイオマーカーの開発が加速することが期待されます。

用語解説
注1:病理・ドパミン画像検査
ドパミン神経の変性・脱落の程度を評価するためには、微量の医療用の放射性物質を注射し、SPECT(単一光子放出コンピュータ断層撮影)により脳内のDAT(ドパミントランスポーター)というドパミンの働きに関連するタンパク質を画像化する検査方法のDATスキャンで行われます。
注2:Hoehn & Yahr scale
レビー小体型認知症は、パーキンソン病に特有の症状であるパーキンソニズムが現れるのが特徴です。パーキンソニズムの程度はHoehn & Yahr scaleで重症度分類されます。具体的には、0度:パーキンソニズムなし、1度:一側性パーキンソニズム、2度:両側性パーキンソニズム、3度:軽〜中等度パーキンソニズム、姿勢反射障害あり、日常生活に介助不要、4度:高度障害を示すが歩行は介助なしにどうにか可能、5度:介助なしにはベッドまたは車椅子生活、のように重症度分類されます。
ドパミン神経の変性・脱落の程度を評価するためには、微量の医療用の放射性物質を注射し、SPECT(単一光子放出コンピュータ断層撮影)により脳内のDAT(ドパミントランスポーター)というドパミンの働きに関連するタンパク質を画像化する検査方法のDATスキャンで行われます。
注2:Hoehn & Yahr scale
レビー小体型認知症は、パーキンソン病に特有の症状であるパーキンソニズムが現れるのが特徴です。パーキンソニズムの程度はHoehn & Yahr scaleで重症度分類されます。具体的には、0度:パーキンソニズムなし、1度:一側性パーキンソニズム、2度:両側性パーキンソニズム、3度:軽〜中等度パーキンソニズム、姿勢反射障害あり、日常生活に介助不要、4度:高度障害を示すが歩行は介助なしにどうにか可能、5度:介助なしにはベッドまたは車椅子生活、のように重症度分類されます。
引用文献
- 松本紋子 神経変性疾患におけるミトコンドリア異常と凝集体形成, 臨床病理, 64(10): 1180-1186, 2016.
- Hara T, Shibata Y, Amagai R, Okado-Matsumoto A. Use of in-gel peroxidase assay for cytochrome c to visualize mitochondrial complexes III and IV. Biol. Open 9:bio047936, 2020.
- Koga M, Okado-Matsumoto A. Mitochondrial respiratory chain supercomplexes in human mononuclear leukocytes. Int. J. Anal. Bio-Sci. 4:6-12, 2016.
- Hara T, Amagai R, Sakakibara R, Okado-Matsumoto A. Supercomplex formation of mitochondrial respiratory chain complexes in leukocytes from patients with neurodegenerative diseases. J. Biochem.175(3): 289-298, 2024.
松本 紋子(生化学研究室)