渓流とカエル その2
はじめに
今から5年前となる2019年5月に私が執筆した『生物学の新知識』では、「渓流とカエル」と題して、日本固有種であり、水の流れの強い渓流環境で繁殖することが知られるナガレヒキガエル(Bufo torrenticola)を取り上げ、カエルの暮らしと形態との関係性について考えました。そこでは、本種の後肢の水かきと頭蓋骨の形態が渓流での繁殖行動に合わせて適応進化した可能性について言及した私の論文(Tokita et al. 2018)を紹介しました。この時調査に用いたナガレヒキガエルの雄では、近縁種であるアズマヒキガエル(Bufo formosus)の雄に比べ、後肢の第4趾と第5趾の間の水かきが遠位方向に拡大し、頭蓋骨は幅が狭く、扁平な形となっていました。これらの結果から私は、少なくともナガレヒキガエルの雄は、発達した水かきと幅が狭く扁平な頭部をもつことにより、流れのある水中で推進力を得るとともに水流による抵抗を軽減し、渓流環境でうまく活動することができるのではないかと考えました。今回は、「渓流とカエル その2」と題して、またしてもカエルを題材として、生き物のかたちと生息環境の関係性について考えてみたいと思います。
渓流性のアカガエル…ナガレタゴガエル
みなさんはアカガエルと呼ばれるカエルたちをご存知でしょうか?カエル“たち”と言ったのは、アカガエルという名前の特定の種が存在するわけではなく、アカガエル類と呼ばれる複数の種からなるカエルのグループが存在することをお伝えしたかったからです。アカガエル類は、体色がアカい色をしていることからそのように呼ばれていますが、英語ではbrown frog(茶色のカエル)と呼ばれています。アカガエル類を代表するグループが、アカガエル属(Rana Linnaeus, 1758;以下、Rana属とする)です。アメリカ自然史博物館が公開している両生類の種に関する世界的なデータベースであるAmphibian Species of the Worldによると、本稿を執筆している2024年10月21日時点でRana属のカエルは世界に52種いるそうです(https://amphibiansoftheworld.amnh.org/Amphibia/Anura/Ranidae/Rana)。日本国内には14種のRana属のカエルが生息しています(日本爬虫両棲類学会日本産爬虫類両生類標準和名リスト2024年3月11日版https://herpetology.jp/wamei/index_j.php)。本稿の主役が、このうちの1種、ナガレタゴガエル(Rana sakuraii Matsui et Matsui, 1990)です(図1)。

ナガレタゴガエルは日本における爬虫両棲類学の普及に尽力された松井孝爾氏(故人)とナガレヒキガエルを新種記載したことでも知られる京都大学名誉教授の松井正文博士のお二人によって1990年に新種として報告されました(Matsui and Matsui, 1990)。ナガレタゴガエルという名前が示すとおり、世界的にみても珍しい真の渓流性のアカガエルです(松井・前田2018)。後肢の水かきが発達していることや、鼓膜が小さく目立たなくなっていること、同じく渓流性であるナガレヒキガエルの雄でもみられるように繁殖期の雄の皮膚がビラビラしたひだ状になることは知られていましたが(松井・前田2018;日本爬虫両棲類学会2021)、渓流適応したナガレタゴガエルの形態を詳しく、定量的に評価した研究は知られていませんでした。本稿を読まれている方の多くがすでにお気づきかもしれませんが、同じように渓流性ではあるもののナガレヒキガエルとナガレタゴガエルはカエルの中でも別のグループに所属しています(前者はヒキガエル科、後者はアカガエル科)。このように異なるグループに所属する生物の間で、似たような形質が独立に進化することを「平行進化」と呼びます。ナガレヒキガエルとナガレタゴガエルの平行進化の仕組みを理解するための前段階として、両種の形態の類似性と相違性をきちんと評価することが重要ではないかと私は考えました。そこで、当時すでに一定の研究データが得られていたナガレヒキガエルの雄成体の頭蓋骨ならびに後肢を対象にした形態測定解析と平行するかたちで、ナガレタゴガエルでも同様の調査を行うことにしました。
ナガレタゴガエルを研究する
ナガレヒキガエルの調査を担当した長谷川祐也君(2016年度生物学科卒)の1年後輩として、2016年に私の研究室に加わった飯塚淳也君(2017年度生物学科卒)に卒業研究の課題としてナガレタゴガエルの調査に取り組んでもらうことにしました。また、強力な助っ人として、北九州市立いのちのたび博物館の江頭幸士郎博士にも研究チームに加わっていただきました。江頭博士はナガレタゴガエルを含むタゴガエルの仲間を中心に、カエル類の系統学や分類学で数々の業績をあげておられ、最近もヒメタゴガエル(Rana Kyoto)やゴトウタゴガエル(Rana matsuoi)など新種のカエルを複数記載されている新進気鋭の研究者です(Eto et al., 2022; Eto and Matsui, 2023)。江頭博士によるDNAの塩基配列情報を用いた分子系統解析の結果によれば、ナガレタゴガエルは110万年〜120万年前にタゴガエル(Rana tagoi Okada 1928)(図1)との共通祖先から枝分かれしたようです(Eto and Matsui, 2014)。
私たちはナガレタゴガエルの雄成体と、本種の比較種として用いるタゴガエルの雄成体の標本を準備し、二種間で足と頭蓋骨の形態を比較することにしました(図2および図3)。足と頭蓋骨のかたちに着目した理由は、ナガレタゴガエルが水の流れが強い渓流を泳ぐ際に、水中で前進するための推進力を生み出すのが後肢の水かき部分であり、水の抵抗を最初に受けるのが頭部であると考えたためです。種間で形態を比較するために、幾何学的形態測定学の手法を用いました(形態測定学の方法論については、本学科の小沼順二准教授が過去の『生物学の新知識』でわかりやすく解説されていますので、そちらをご覧下さい)。
私たちはナガレタゴガエルの雄成体と、本種の比較種として用いるタゴガエルの雄成体の標本を準備し、二種間で足と頭蓋骨の形態を比較することにしました(図2および図3)。足と頭蓋骨のかたちに着目した理由は、ナガレタゴガエルが水の流れが強い渓流を泳ぐ際に、水中で前進するための推進力を生み出すのが後肢の水かき部分であり、水の抵抗を最初に受けるのが頭部であると考えたためです。種間で形態を比較するために、幾何学的形態測定学の手法を用いました(形態測定学の方法論については、本学科の小沼順二准教授が過去の『生物学の新知識』でわかりやすく解説されていますので、そちらをご覧下さい)。

スケールバーは2cm

A:背面、B:腹面、C:左側面、D:後面
まず、足の形態比較の結果ですが、ナガレタゴガエルでは、タゴガエルに比べ、足の指(趾)を構成する指骨と足の甲の部分を構成する中足骨の長さが短くなっており、特に第3趾と第4趾が顕著に短くなっていました。その一方で、ナガレタゴガエルでは、3枚ある水かきのすべてについて、タゴガエルに比べて遠位方向に拡大していました(Tokita et al. 2023)(図4)。また、ナガレタゴガエルの頭蓋骨は、タゴガエルのそれに比べ、幅はほとんど違いませんでしたが、頭蓋骨が背腹方向に圧縮されるような形で、厚みが減じていました (Tokita et al. 2023)(図5)。


上:背面、中央:後面、下:左側面
ナガレタゴガエルとナガレヒキガエルを比べてみる
さきにも述べましたが、アカガエル科のナガレタゴガエルとヒキガエル科のナガレヒキガエルはどちらも渓流性のカエルであり、両者は系統が離れているにも関わらず、似たような形態形質を独立に獲得しました。小さく目立たなくなった鼓膜、ビラビラしたひだ状の皮膚、水中での推進力を得やすい大きな水かき、水中を泳ぐ際に水の抵抗を受けにくい頭部などです。しかし、私たちの研究から、少なくとも足と頭蓋骨の形態に関しては、2種間で違いも認められました(図6)。例えば、ナガレヒキガエルでは近縁なアズマヒキガエルに比べ、第4趾と第5趾の間に張っている水かきのみが遠位方向に拡大していましたが、ナガレタゴガエルでは近縁なタゴガエルに比べ、3枚すべての水かきが拡大していました。また、ナガレヒキガエルではアズマヒキガエルに比べ、頭蓋骨の幅が狭くなっていましたが、ナガレタゴガエルとタゴガエルでは頭蓋骨の幅に大きな差は認められませんでした。現時点では想像の域を出ませんが、渓流性のカエルで観察されたこれらの“微妙な”かたちの違いは、2種の行動や生活様式の違いに関連しているのかもしれません。あるいは、単にそれぞれのグループ(ヒキガエル科とアカガエル科)の遺伝的な特性にもとづいているだけなのかもしれません。

おわりに
一般に、カエル類を含む両生類のゲノムサイズは、他の脊椎動物のゲノムサイズよりも大きいため、ゲノム配列の解読が難しいとされています。しかし、近年における塩基配列決定の技術革新はめざましく、すでに複数のカエルの種のゲノムが解読されています(Sun et al. 2015; Session et al. 2016)。今後、カエル類のゲノム情報が整備されていくことが期待されており、ナガレヒキガエルとナガレタゴガエル、および近縁種のゲノム配列が解読される日も遠くないでしょう。ゲノム情報を活用しながら、ナガレヒキガエルとナガレタゴガエルにおける平行進化の仕組み、例えば渓流適応形質獲得の鍵となった遺伝子の特定などにも取り組んでいければと考えています。
引用文献
- Eto K, Matsui M (2014) Cytonuclear discordance and historical demography of two brown frogs, Rana tagoi and R. sakuraii (Amphibia: Ranidae). Molecular Phylogenetics and Evolution 79:231-239.
- Eto K, Matsui M (2023) A new brown frog from the Goto Islands, Japan with taxonomic revision on the subspecific relationships of Rana tagoi (Amphibia: Anura: Ranidae). Current Herpetology 42:191-209.
- Eto K, Matsui M, Sugahara T (2022) Description of a new subterranean breeding brown frog (Ranidae: Rana) from Japan. Zootaxa 5209:401-425.
- 松井正文, 前田憲男 (2018) 日本産カエル大鑑 文一総合出版
- Matsui T., Matsui M (1990) A new brown frog from Honshu, Japan. Herpetologica 46:78-85.
- 日本爬虫両棲類学会 (2021) 新日本両生爬虫類図鑑 サンライズ出版
- Session AM et al. (2016) Genome evolution in the allotetraploid frog Xenopus laevis. Nature 538:336-343.
- Sun YB et al. (2015) Whole-genome sequence of the Tibetan frog Nanorana parkeri and the comparative evolution of tetrapod genomes. Proceedings of the National Academy of Sciences USA. 112:E1257-E1262.
- Tokita M, Hasegawa Y, Yano W, Tsuji H (2018) Characterization of the adaptive morphology of Japanese stream toad (Bufo torrenticola) using geometric morphometrics. Zoological Science 35:99-108.
- Tokita M, Iizuka J, Eto K (2023) Characterization of the adaptive morphology of the Stream Brown Frog, Rana sakuraii Matsui & Matsui, 1990, using geometric morphometrics. Herpetology Notes 16:761-771.
土岐田 昌和(動物進化・多様性研究室)