理学部生物学科

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マイマイカブリの適応分化とその遺伝基盤

 本連載では、生物形態を定量化する手法として形態測定学の紹介を行っている。前回は、体の大きさの自然法則として、動物の体と脳の大きさの関係を紹介した。本連載4回目となる今回は、マイマイカブリに関して行われた生態遺伝学研究を紹介する。

貝食性オサムシの適応放散

 生物形態の多様性とその進化速度は、種の豊かさと相関していることが知られている。しかし、形態の多様化の根底にある分子遺伝学的メカニズムは十分に理解されていない。特に、適応放散(注1)などの近縁種間の分化がどのような遺伝的基盤によって生じているかは、未解決の問題である。この問題の解決のために、私は、オサムシ(オサムシ科オサムシ亜科オサムシ属)に焦点を当て研究を行ってきた。オサムシは、体の形や大きさ、色が多様化しており、北半球を中心に約1,000種が知られている。それらは系統によって、昆虫幼虫食、ミミズ食、カタツムリ食のオサムシに分かれている(図1)。このうち、カタツムリ食のオサムシは、オサムシ全体の約半分の種数を占め、形態が著しく多様化している。特に「狭頭型」と「巨頭型」と呼ばれる形態の分化が、異なる系統で繰り返し生じている。狭頭型とは、頭部と胸部が細長い形のオサムシであり、巨頭型とは、頭部と胸部が太短い形のオサムシである。なぜカタツムリを主食とするオサムシにおいてのみ、このような形態変異が生じているのだろうか。
図1. カタツムリを餌とするオサムシの適応放散 図1. カタツムリを餌とするオサムシの適応放散

行動のトレードオフ

 日本の固有種、マイマイカブリにおいても、狭頭型と巨頭型の形態変異が亜種間で生じている(図2)。行動実験の結果、狭頭型と巨頭型は、カタツムリの食べ方が大きく異なることが分かった。狭頭型は、大きいカタツムリの殻に頭を突っ込んで食べるが、小さいカタツムリの殻に頭を入れることはできない。反対に、巨頭型は、強靭な大あごでカタツムリの殻を壊して食べることができるが、太短い頭部をカタツムリの殻に突っ込むことが下手である。このように、「頭を突っ込む」、「殻を壊す」という2つの行動がトレードオフになっているために、カタツムリを食べるオサムシで狭頭型と巨頭型という形態の分化が起こっていると考えられる。
図2. 狭頭型アオマイマイカブリ(左)と巨頭型サドマイマイカブリ(右) 図2. 狭頭型アオマイマイカブリ(左)と巨頭型サドマイマイカブリ(右)

マイマイカブリのゲノム地図

 この狭頭型と巨頭型の分化に関わる遺伝子の探索を行った。全ゲノム配列から原因遺伝子を探し出すことを目標に、まず狭頭型の亜種アオマイマイカブリのゲノム解読(注2)を行った。解読したゲノム配列は、複数の部分配列で構成されており、それらを染色体上に配置してつなげるために、連鎖地図の作製に取り組んだ。アオマイマイカブリと巨頭型のサドマイマイカブリの交雑集団を作出し、RAD-Seq法(注3)による分子マーカーを使って連鎖解析(注4)を行った。その結果、マイマイカブリの染色体数に対応した14連鎖群から成る高密度の連鎖地図が得られた。この連鎖地図上に解読したゲノム配列を配置して、ゲノム地図を完成させることができた(図3)。
図3. マイマイカブリのゲノム地図。14本の染色体の連鎖地図(左)と物理地図(右) 図3. マイマイカブリのゲノム地図。14本の染色体の連鎖地図(左)と物理地図(右)

QTLマッピングと遺伝子発現解析

 狭頭型アオマイマイカブリと巨頭型サドマイマイカブリを交配して生まれた雑種個体は中間的な形をしていた(図4のF1雑種)。形態変異に関わる遺伝子が染色体上のどこにあるかを推定するために、亜種間の交雑集団を用いてQTLマッピング(注5)を行った。その結果、頭部形態の変異に関わる遺伝子が第6染色体上の1領域に存在していることが分かった。さらに遺伝子発現解析(注6)を行い、ショウジョウバエなどの先行研究とも比較した結果、その領域内にあるodd-pairedという遺伝子(以下opa遺伝子と表記する)(注7)が原因遺伝子と推定された。
図4. 狭頭型アオマイマイカブリと巨頭型サドマイマイカブリと雑種個体 図4. 狭頭型アオマイマイカブリと巨頭型サドマイマイカブリと雑種個体

RNA干渉実験

 狭頭型と巨頭型のopa遺伝子から作られるタンパク質のアミノ酸配列は同じであったため、遺伝子発現量の違いが形態的な差異を生み出していると考えられた。実際、opa遺伝子は、蛹になる直前の幼虫(前蛹)において、巨頭型よりも狭頭型で高度に発現していた。opa遺伝子の発現差が形態の違いを生じさせているかを検証するため、RNA干渉実験(注8)を行った。その結果、opa遺伝子の発現を抑制した狭頭型の幼虫は、巨頭型のように太短い形態の成虫になることを確認することができた。発現を抑制した個体は、体が小さく、脱皮不全も見られたことから、opa遺伝子は、体の大きさや羽化にも関わる遺伝子と考えられる。また、野生集団を用いて狭頭型と巨頭型のマイマイカブリのゲノムを比較した結果、opa遺伝子の非コード配列に自然選択の痕跡(注9)を見つけることができた。特に、3'側非翻訳領域(注10)内の転写因子結合部位にある一塩基多型が、亜種間の形態差をもたらしている可能性が考えられた。

甲虫の多様性

 opa遺伝子と相同な遺伝子は、Zic遺伝子ファミリーとして昆虫や軟体動物、脊椎動物など、多くの動物分類群に見られる保存性の高い遺伝子である。ヒトでは、この遺伝子の変異が頭蓋縫合早期癒合症、全前脳胞症、ダンディー・ウォーカー症候群などの頭の形に関わる先天性病変と関連していることが報告されている。opa遺伝子のように広範な生物で共有される保存的遺伝子では、近縁な種間でのアミノ酸配列の変異はほとんどない。マイマイカブリでもアミノ酸配列の変異はなかったが、遺伝子の発現量を調節している領域に変異が生じることで、亜種間で形態や行動、餌資源の違いが生じたと考えられる。これは、適応放散の遺伝的基盤として、遺伝子の発現量を調節する「シス調節エレメントの変異」(注11)が重要であるという仮説を裏付ける結果である。今後、様々な甲虫におけるopa遺伝子の働きを調べることにより、この遺伝子が甲虫全体の形態多様化に果たしてきた役割を解明できるものと期待される。

用語解説

(注1)適応放散
 急速に系統分岐する系統群において、生態的な多様性が増加するとともに、形態や体色などの表現型の多様性も増加する過程を指す。

(注2)ゲノム解読
 生物の全遺伝情報(ゲノム)を解読し、その塩基配列を明らかにする過程を指す。本研究では、イルミナ社製シーケンサーによる短いDNA塩基配列1,450億塩基とPacBio社製シーケンサーによる長いDNA塩基配列110億塩基を使ってゲノム解読を行った。

(注3)RAD-Seq法
 RAD-Seq(Restriction-site Associated DNA Sequencing)法とは、ゲノムDNAを特定の制限酵素で切断し、制限部位に隣接するDNA断片の塩基配列情報を取得する手法である。本研究では、この手法を使って134個体から770億塩基の配列情報を取得し、1,533個の分子マーカーを獲得した。

(注4)連鎖解析
 遺伝的連鎖を調べ、同じ染色体上に乗っている遺伝子や、遺伝子間の距離を推定する研究手法を指す。本研究では、RAD-Seq法によって獲得した分子マーカーの連鎖解析を行い、マーカー間の相対的位置を一直線上に表した連鎖地図を作製した。

(注5)QTLマッピング
 QTLマッピング(Quantitative Trait Locus Mapping)とは、量的形質に関連する遺伝子座を特定するための統計遺伝学的手法である。本研究ではF1雑種のメスをアオマイマイカブリのオスに戻し交雑した雑種個体集団を用いて、QTLマッピングを行った。

(注6)遺伝子発現解析
 特定の遺伝子が細胞や組織においてどの程度発現しているかを測定し、その差異を解析するための手法である。本研究では、前蛹から得られた220億塩基のトランスクリプトーム情報を使って、狭頭型マイマイカブリと巨頭型マイマイカブリとの間で発現が異なる遺伝子を特定した。

(注7)odd-paired 遺伝子(opa遺伝子)
 Zic遺伝子ファミリーの一つで、C2H2型ジンクフィンガー構造をもつ転写因子(遺伝子の発現を制御するタンパク質)の遺伝子である。相同な遺伝子は、後生動物の多くで見つかっており、神経や骨格などの形成に関わることが知られている。

(注8)RNA干渉実験
 二本鎖RNAを使って特定のmRNAを分解させ、遺伝子発現を抑制する実験である。本研究では、opa遺伝子の配列を持つ短い二本鎖RNAをアオマイマイカブリの前蛹に注入し、opa遺伝子の発現を抑制した成虫個体を作出した。

(注9)自然選択の痕跡
 自然選択の過程で有利な遺伝子変異が集団内で急速に増加すると、当該遺伝子変異とその近傍の遺伝子座における遺伝的多様性が著しく減少する。このような自然選択の痕跡を調べるために、本研究では、ZengのE値、標準化されたFayとWuのH値、田嶋のD値を計算し、中立進化を仮定したコアレセントシミュレーション値と比較した。

(注10)3'側非翻訳領域
 転写によって生じたメッセンジャーRNAのなかで、コード領域より下流側(3'側)の翻訳されない領域を指す。

(注11)シス調節エレメントの変異
 遺伝子発現の調節に関わるDNA領域の変異を指す。コード配列の変異はタンパク質の構造を変えるが、非コード配列の変異はタンパク質構造を変えず発現量のみを調節する場合がある。そのようなシス調節エレメントの変異は、生物の様々な機能に調和した動的な微調整を可能にし、特異的な環境への適応など、近縁種の分化に重要である可能性が指摘されている。

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