光で生命現象を操る
もしも、光を当てることで勉強へのやる気を喚起したり、抑えきれない食欲を抑制したりすることが可能だとしたら、どうだろうか。
光を活用した技術
光を活用した技術は、さまざまな分野で私たちの生活を豊かにしてきた。例えば、光通信技術によって高速インターネット接続を実現し、レーザー技術によって金属、プラスチック、布などの材料を精密に加工できるようになった。さらに、半導体製造においても重要で、微細な回路パターンをシリコンウェハ上に形成できるようになった。一方、生物学の分野では、光を用いて神経細胞の活性を操作する画期的な技術が開発された。この技術は、光(オプト)と遺伝学(ジェネティックス)を組み合わせた「オプトジェネティックス(光遺伝学)」と呼ばれ、神経細胞の興奮が引き起こされることが実証された(Boyden et al., 2005)。オプトジェネティックスは、細胞活動を光によって制御する技術であり、生物学的プロセスの理解や疾患の治療法開発に向けた新たな展開の可能性を秘めている。
生物学における観察の重要性
生物学における光を駆使した技術に目を向ける前に、生物学の基本である「観察」について触れておきたい。生物学的な発見や理解への第一歩は、動物の活動時間、捕食者と獲物といった種間の相互作用、そして特殊な環境への適応メカニズムのような、多面的な側面を「観察」することから始まる。多くの人は、アリの行列をじっと観察したり、ダンゴムシを手で転がしたり、動物園でキリンの優雅な動きに見入ったりした経験があるのではないだろうか。生物学における「観察」は、こういった個体や生態系のマクロレベルだけでなく、ミクロな視点、つまり細胞レベルにおいても同様に重要である。細胞の核やミトコンドリアが細胞内でどのように配置し、物質がどのように輸送されるのかなど、細胞レベルでの観察を通じて得られる知見は、生物学的プロセスの基本的な理解を深める上で欠かせない。
観察と操作による生物学の理解

しかし、「観察」だけで生物学の全容を理解することはできない。「操作」を介して生命現象に介入することで、観察だけではとらえられない生物の反応やメカニズムを解明することが可能になる。例えば、アリの行列を邪魔することや丸まったダンゴムシが再び動き出すまでをじっと観察したことがあるのではないだろうか。これは、環境への適応機構を理解する上で重要な「操作」である。また、細胞レベルでは、特定の遺伝子を「操作」することで、形態形成や疾患発症への影響を詳細に解析することができる。特に遺伝子研究では、ゲノム編集技術の進歩により、遺伝子の精密な「操作」が可能になった(Yamashita et al., 2021)。これにより、特定の遺伝子の機能を破壊することや、過剰に発現させることができ、生物学的な理解が深まっている。このように、生物学における「観察」と「操作」は、相互に補完し合い、より深い理解へと導く不可欠なプロセスである。
どのように光で細胞を操作できるのか?

この技術の核心部分には、光を感知して生物学的な信号へと変換する役割を担う、光受容型タンパク質が存在する。光受容型タンパク質の中でも、ロドプシンは最も広く研究され、細菌から動物まで幅広い生物種に存在する重要なタンパク質である。我々の眼にも存在し、網膜の光受容細胞で光を検出する役割を果たしている。オプトジェネティックスの分野では、こういった動物型ロドプシンではなく微生物由来のものが注目されている。微生物型ロドプシンは、光を受け取ることでイオンを細胞内外に輸送する性質をもつ。例えば、チャネルロドプシンは青色光に反応し、特定のイオンチャネルを開くことで、細胞内へのイオンの流入を促進する(Nagel et al., 2003)。この性質を利用することで、光のオン・オフを行うと細胞内のイオン濃度を綿密に操作することができる。さらに、植物の光屈性や光受容体の研究からも、オプトジェネティックスの応用範囲が拡がっている。LOVドメイン(Huala et al., 1997; Salomon et al., 2000)やCRY2タンパク質(Kennedy et al., 2010)は、青色光に反応して構造を変化させ、他のタンパク質と結合する能力を有する。これらの性質を応用することで、光照射によって細胞内で特定のタンパク質の活動を制御することが可能になってきた。
オプトジェネティックスの応用例
オプトジェネティックスにより、細胞内でタンパク質間相互作用を特定の瞬間に誘導することができる。例えば、タンパク質Aとタンパク質Bの振る舞いを光により操作し、生命現象の動態をリアルタイムで観察することが可能である。このアプローチにより、細胞内の分子の挙動を任意のタイミングで変化させ、その反応を観察している。さらに、光を利用して細胞内での酵素活性を調節し、特定の分子の合成を促進する実験にも応用されている。この技術により、シグナル伝達経路を綿密に操作することが可能になり、生物学的なプロセスの解明に大きく貢献している。オプトジェネティックスの応用範囲は基礎研究にとどまらず、治療法の開発や疾患の理解にも及んでいる。例えば、視覚障害をもつ網膜色素変性症患者に対して、光感受性タンパク質を網膜に注入することで、視覚情報の一部を回復させることに成功した研究が報告されている(Sahel et al., 2021)。これは、失われた視覚機能を部分的にでも回復させることが可能であることを示しており、多くの患者に希望を与えている。また、小型の無線光デバイスを実験動物の胃に埋め込むことで、胃という過酷な条件下でも安定してデバイスが機能するだけでなく、食欲抑制を含めた神経応答を制御する可能性が示されている(Kim et al., 2021)。光で病的な肥満を解消するという未来の医療に革命が起こるのかもしれない。
最後に
蛍光タンパク質の発見とその観察技術の発展は、細胞生物学を大きく進歩させた。これにより生きている細胞内で起こる分子の動きをリアルタイムで観察することが可能となり、細胞内で生じる生命現象の理解が深まった。ここでは発せられた光を眺め、観察することが行われてきた。今回紹介したオプトジェネティックスでは、光を眺めることから、光を操ることで生命の謎を解き明かそうとしている。この光は、生物学の新たな光になるだろうか。
村本 哲哉(分子発生生物学研究室)
文献
- Boyden, E.S., Zhang, F., Bamberg, E., Nagel, G., and Deisseroth, K. (2005). Millisecond-timescale, genetically targeted optical control of neural activity. Nat Neurosci 8(9), 1263-1268. doi: 10.1038/nn1525.
- Huala, E., Oeller, P.W., Liscum, E., Han, I.S., Larsen, E., and Briggs, W.R. (1997). Arabidopsis NPH1: a protein kinase with a putative redox-sensing domain. Science 278(5346), 2120-2123. doi: 10.1126/science.278.5346.2120.
- Kennedy, M.J., Hughes, R.M., Peteya, L.A., Schwartz, J.W., Ehlers, M.D., and Tucker, C.L. (2010). Rapid blue-light-mediated induction of protein interactions in living cells. Nat Methods 7(12), 973-975. doi: 10.1038/nmeth.1524.
- Kim, W.S., Hong, S., Gamero, M., Jeevakumar, V., Smithhart, C.M., Price, T.J., et al. (2021). Organ-specific, multimodal, wireless optoelectronics for high-throughput phenotyping of peripheral neural pathways. Nat Commun 12(1), 157. doi: 10.1038/s41467-020-20421-8.
- Nagel, G., Szellas, T., Huhn, W., Kateriya, S., Adeishvili, N., Berthold, P., et al. (2003). Channelrhodopsin-2, a directly light-gated cation-selective membrane channel. Proc Natl Acad Sci U S A 100(24), 13940-13945. doi: 10.1073/pnas.1936192100.
- Sahel, J.A., Boulanger-Scemama, E., Pagot, C., Arleo, A., Galluppi, F., Martel, J.N., et al. (2021). Partial recovery of visual function in a blind patient after optogenetic therapy. Nat Med 27(7), 1223-1229. doi: 10.1038/s41591-021-01351-4.
- Salomon, M., Christie, J.M., Knieb, E., Lempert, U., and Briggs, W.R. (2000). Photochemical and mutational analysis of the FMN-binding domains of the plant blue light receptor, phototropin. Biochemistry 39(31), 9401-9410. doi: 10.1021/bi000585+.
- Yamashita, K., Iriki, H., Kamimura, Y., and Muramoto, T. (2021). CRISPR Toolbox for Genome Editing in Dictyostelium. Front Cell Dev Biol 9, 721630. doi: 10.3389/fcell.2021.721630.