ホルモンは進化するのか?プロラクチン遺伝子から考える
はじめに
現在、地球上に多種多様な生物が生きています。これは長い年月をかけて生物が進化してきた証なのですが、一般的には進化によって姿形が変化するという点に目が行きがちです。しかし、実際には進化の過程で姿形だけでなく、発生や恒常性の維持、生殖を司る仕組みなども同時に変化してきたはずです。本稿では脊椎動物に着目し、これら制御に重要な因子であるホルモンに焦点をあて、ホルモンの進化について少し考えてみたいと思います。
そもそもホルモンは進化するのか?
ホルモンの進化を考える時に、ホルモンはどのような分子種なのか、ということをまず考える必要があります。主だったホルモンの分子種は以下のように示すことができます。
- ペプチド・タンパク質性ホルモン
- アミノ酸誘導体ホルモン(カテコールアミン、インドールアミン等)
- ステロイドホルモン(性ステロイドホルモン、副腎皮質ホルモン等)
- エイコサノイド(プロスタグランジン、ロイコトリエン、トロンボキサン等)
- 気体分子(NO等)
ホルモン受容体について
全てのホルモンはホルモンとしての機能を発揮するために標的細胞に発現する受容体分子に結合することが必要となります。ホルモン受容体は細胞膜上や細胞内に存在するタンパク質です。よって、ホルモン受容体も進化の過程でその性質や機能が変化した可能性があります。したがって、ホルモン分子そのものは脊椎動物全般で大きく分子種が異なっていなくても、それぞれの動物種によって受容体が変化し、その機能に変化や多様性が生じている可能性があり、ホルモンの進化、特にその機能について考える時に、受容体分子の進化を考えることも大変重要な要素となります。
プロラクチン遺伝子は進化のどの過程で出現したのか?
過去の生物学の新知識で、下垂体前葉ホルモンのプロラクチンについて、触れてきました(生物学の新知識2015年:タンパク質性下垂体ホルモンは脳に作用する?〜プロラクチンの中枢神経系への作用を例に〜、2018年:タンパク質性下垂体ホルモンは脳に作用する?その2〜プロラクチンの脳内への移送メカニズム研究の進展〜)。プロラクチンは一般的には哺乳類において、母乳の産生や乳腺の発達、母性行動の制御を司るホルモンとして知られていますが、哺乳類を含め、脊椎動物全般に目を向けると、その機能は主に以下の6つに分類されます(文献1)。
1) 水分および電解質の調節、2) 成長および発生の制御、3) 内分泌および代謝の制御、4) 脳および行動の制御、5) 生殖の制御、6) 免疫反応および生体防御
実際に、これらに関連した数百の機能が報告されています。ヒトのプロラクチンとイモリのプロラクチンの立体構造を図示しました(図1)。このプロラクチンを題材に、ホルモンの進化的な視点からの研究について説明したいと思います。
私が学生時代(1990年代後半)には、円口類や軟骨魚類以外の脊椎動物にはプロラクチン遺伝子は存在するというように学びました。プロラクチンは成長ホルモンと同じ祖先遺伝子を起源としていると考えられており、成長ホルモン/プロラクチンファミリーを形成しています。また、円口類で成長ホルモン遺伝子が発見されていたことから(文献2)、成長ホルモンがより祖先遺伝子の性質を残しているのではと考えられていました。当時はゲノムDNA配列やトランスクリプトームのデータベースなどもありませんでしたので、研究対象の動物で成長ホルモンやプロラクチン遺伝子の配列がわかっていない場合には、まずは縮重プライマー注釈1を設計して部分配列をクローニングしたものです。それら情報を整理し、どの綱の脊椎動物で成長ホルモンやプロラクチン遺伝子が存在しているのか?また、その遺伝子の塩基配列や成熟ホルモンの一次構造の類似性に基づいた分子系統学的な解析によりこれらホルモンの進化について考察されていました。近年では様々な生物においてゲノムDNA配列やトランスクリプトームのデータベースが整備され、遺伝子の有無だけでなく、染色体上の遺伝子の位置情報に関してもより正確にかつ簡易に調べることができるようになりました。そのような中、2015年軟骨魚類(軟骨魚綱全頭亜綱)のゾウギンザメ(Callorhinchus milii)にプロラクチン遺伝子が存在することが明らかとなりました(文献3)。おそらくこれまでに軟骨魚類でプロラクチン遺伝子が存在するか否かの検証はされてきたと思いますが、ゾウギンザメのゲノムDNA配列の解読がプロラクチン遺伝子の発見を後押ししたものと思われます。実際にこの論文ではゾウギンザメの下垂体に存在するプロラクチンをコードする転写産物が成長ホルモンやプロオピオメラノコルチン注釈2をコードする転写産物と比較して著しく少ないことが報告されています。軟骨魚類プロラクチンmRNAの他脊椎動物プロラクチンmRNAとの配列の相同性の低さや実際に転写産物の少なさがこれまで軟骨魚類プロラクチンの発見を難しくしていたことと思います。さらに2022年には、ついに円口類のウミヤツメ(Petromyzon marinus)ゲノムDNA上に他種プロラクチン遺伝子と相同性を持つ配列が見つかり、cDNAクローニングにより一次構造も推定されました(文献4)。上述のようにすでに円口類では成長ホルモン遺伝子が発見されていたことや、近年、脊索動物門である頭索類でも成長ホルモン遺伝子と思われる遺伝子が確認されていることから(文献5)、円口類におけるプロラクチン遺伝子の発見により、成長ホルモン遺伝子とプロラクチン遺伝子は円口類またはそれ以前に祖先遺伝子から分岐したと考えられます。また、この円口類プロラクチンに関する論文では成長ホルモン受容体とプロラクチン受容体もすでにそれぞれ存在することが証明されている点も特筆すべき点と思われます。成長ホルモン受容体もプロラクチン受容体もリガンドと似たような状況で、それぞれclass Iサイトカイン受容体スーパーファミリーに属する受容体で、同じ祖先遺伝子から分岐したものと考えられており、その分岐点がリガンドと類似している可能性が示唆されたわけです。
1) 水分および電解質の調節、2) 成長および発生の制御、3) 内分泌および代謝の制御、4) 脳および行動の制御、5) 生殖の制御、6) 免疫反応および生体防御
実際に、これらに関連した数百の機能が報告されています。ヒトのプロラクチンとイモリのプロラクチンの立体構造を図示しました(図1)。このプロラクチンを題材に、ホルモンの進化的な視点からの研究について説明したいと思います。
私が学生時代(1990年代後半)には、円口類や軟骨魚類以外の脊椎動物にはプロラクチン遺伝子は存在するというように学びました。プロラクチンは成長ホルモンと同じ祖先遺伝子を起源としていると考えられており、成長ホルモン/プロラクチンファミリーを形成しています。また、円口類で成長ホルモン遺伝子が発見されていたことから(文献2)、成長ホルモンがより祖先遺伝子の性質を残しているのではと考えられていました。当時はゲノムDNA配列やトランスクリプトームのデータベースなどもありませんでしたので、研究対象の動物で成長ホルモンやプロラクチン遺伝子の配列がわかっていない場合には、まずは縮重プライマー注釈1を設計して部分配列をクローニングしたものです。それら情報を整理し、どの綱の脊椎動物で成長ホルモンやプロラクチン遺伝子が存在しているのか?また、その遺伝子の塩基配列や成熟ホルモンの一次構造の類似性に基づいた分子系統学的な解析によりこれらホルモンの進化について考察されていました。近年では様々な生物においてゲノムDNA配列やトランスクリプトームのデータベースが整備され、遺伝子の有無だけでなく、染色体上の遺伝子の位置情報に関してもより正確にかつ簡易に調べることができるようになりました。そのような中、2015年軟骨魚類(軟骨魚綱全頭亜綱)のゾウギンザメ(Callorhinchus milii)にプロラクチン遺伝子が存在することが明らかとなりました(文献3)。おそらくこれまでに軟骨魚類でプロラクチン遺伝子が存在するか否かの検証はされてきたと思いますが、ゾウギンザメのゲノムDNA配列の解読がプロラクチン遺伝子の発見を後押ししたものと思われます。実際にこの論文ではゾウギンザメの下垂体に存在するプロラクチンをコードする転写産物が成長ホルモンやプロオピオメラノコルチン注釈2をコードする転写産物と比較して著しく少ないことが報告されています。軟骨魚類プロラクチンmRNAの他脊椎動物プロラクチンmRNAとの配列の相同性の低さや実際に転写産物の少なさがこれまで軟骨魚類プロラクチンの発見を難しくしていたことと思います。さらに2022年には、ついに円口類のウミヤツメ(Petromyzon marinus)ゲノムDNA上に他種プロラクチン遺伝子と相同性を持つ配列が見つかり、cDNAクローニングにより一次構造も推定されました(文献4)。上述のようにすでに円口類では成長ホルモン遺伝子が発見されていたことや、近年、脊索動物門である頭索類でも成長ホルモン遺伝子と思われる遺伝子が確認されていることから(文献5)、円口類におけるプロラクチン遺伝子の発見により、成長ホルモン遺伝子とプロラクチン遺伝子は円口類またはそれ以前に祖先遺伝子から分岐したと考えられます。また、この円口類プロラクチンに関する論文では成長ホルモン受容体とプロラクチン受容体もすでにそれぞれ存在することが証明されている点も特筆すべき点と思われます。成長ホルモン受容体もプロラクチン受容体もリガンドと似たような状況で、それぞれclass Iサイトカイン受容体スーパーファミリーに属する受容体で、同じ祖先遺伝子から分岐したものと考えられており、その分岐点がリガンドと類似している可能性が示唆されたわけです。

両生類プロラクチン遺伝子に関する最近の知見
上述のゾウギンザメにプロラクチン遺伝子が存在することを明らかにした論文は軟骨魚類にプロラクチン遺伝子が存在することを示した意義深い論文ですが、両生類のプロラクチン遺伝子にとっても重要な知見が記載されています。それは、プロラクチン遺伝子は魚類型と四肢動物型の2種類存在し、両生類は脊椎動物で唯一、魚類型と四肢動物型の2種類のプロラクチン遺伝子を持つ、という知見です。プロラクチン遺伝子は硬骨魚類から両生類に分岐後に重複し、両生類から爬虫類に分岐後に魚類型プロラクチン遺伝子は消失し、四肢動物型プロラクチン遺伝子のみが残存したことになります。この知見は、単に遺伝子の塩基配列の相同性だけでなく、染色体上のプロラクチン遺伝子周辺の遺伝子の類似性を解析することでそのような推測が可能になりました。つまり、魚類のプロラクチン遺伝子と四肢動物のプロラクチン遺伝子周辺の遺伝子を比べてみると類似性がないこと、両生類には2種類のプロラクチン遺伝子があり、一方のプロラクチン遺伝子の周辺の遺伝子は魚類型プロラクチン遺伝子周辺の遺伝子と類似していること、もう一方は四肢動物型プロラクチン遺伝子の周辺の遺伝子と類似していることで、そのような考えに至ったと考えられます。
いまから20年以上まえに修士課程の学生だった頃、初めて論文作成に関わったのがアカハライモリプロラクチンのcDNAクローニングの論文でした(文献6、図2)。当時はまだ一般的に実施されていたノーザンブロット解析でイモリを低温に晒した時に下垂体でのプロラクチンの発現レベルが上昇するデータを追加し、私としては思い出深い論文なのですが、この時、イモリのプロラクチンの一次構造の相同性を様々な脊椎動物のプロラクチンの配列と比較すると、四肢動物のプロラクチンとは相同性が50%以上あるのに対して、魚類のプロラクチンとは30%程度しかなく、魚類のプロラクチンとは似てないな、という印象を持っていました。これは今となってはクローニングしたプロラクチンが四肢動物型で、魚類型のプロラクチンではなかったということを示していたわけです。これまで幾つかの種で両生類の下垂体から単離されたプロラクチンやクローニングされたプロラクチン cDNAはいずれも四肢動物型と考えられています。では魚類型プロラクチンはなぜ得られてこなかったのでしょうか。
ウシガエルは、下垂体前葉から初めてプロラクチンが単離された両生類として知られ(文献7)、その後cDNAのクローニングも1990年に報告されています(文献8)。近年、ウシガエルから魚類型プロラクチン cDNAがクローニングされ、魚類型プロラクチンは幼生(オタマジャクシ)の時期には下垂体前葉に発現していますが、変態を経て成体(カエル)になるとその発現がほとんど見られなくなることが報告されました(文献9)。このように魚類型プロラクチンが幼生期にしか十分に発現していなかったということが発見を難しくしていた可能性があります。
いまから20年以上まえに修士課程の学生だった頃、初めて論文作成に関わったのがアカハライモリプロラクチンのcDNAクローニングの論文でした(文献6、図2)。当時はまだ一般的に実施されていたノーザンブロット解析でイモリを低温に晒した時に下垂体でのプロラクチンの発現レベルが上昇するデータを追加し、私としては思い出深い論文なのですが、この時、イモリのプロラクチンの一次構造の相同性を様々な脊椎動物のプロラクチンの配列と比較すると、四肢動物のプロラクチンとは相同性が50%以上あるのに対して、魚類のプロラクチンとは30%程度しかなく、魚類のプロラクチンとは似てないな、という印象を持っていました。これは今となってはクローニングしたプロラクチンが四肢動物型で、魚類型のプロラクチンではなかったということを示していたわけです。これまで幾つかの種で両生類の下垂体から単離されたプロラクチンやクローニングされたプロラクチン cDNAはいずれも四肢動物型と考えられています。では魚類型プロラクチンはなぜ得られてこなかったのでしょうか。
ウシガエルは、下垂体前葉から初めてプロラクチンが単離された両生類として知られ(文献7)、その後cDNAのクローニングも1990年に報告されています(文献8)。近年、ウシガエルから魚類型プロラクチン cDNAがクローニングされ、魚類型プロラクチンは幼生(オタマジャクシ)の時期には下垂体前葉に発現していますが、変態を経て成体(カエル)になるとその発現がほとんど見られなくなることが報告されました(文献9)。このように魚類型プロラクチンが幼生期にしか十分に発現していなかったということが発見を難しくしていた可能性があります。

左顕微鏡写真:黄色く囲まれた部分が下垂体前葉
右顕微鏡写真:茶色に染色された細胞がプロラクチン産生細胞
(抗イモリプロラクチン血清を用いた免疫染色)
プロラクチン機能の進化について
先述のウミヤツメプロラクチンの論文ではプロラクチンの下垂体での発現レベルは幼生では低いが変態期に高まること、幼若成体を使用した実験で、低張環境に晒されると下垂体での発現レベルが高まることが報告されています。魚類ではプロラクチンは淡水適応ホルモンとしても知られ、円口類でも既に同じような機能を持っていることが示されたわけです。今回の話題はプロラクチン遺伝子がどのような進化の過程を経ているのか、その道筋を示したに過ぎず、どのように進化の過程で新しい機能を備えることになったのか、具体的な言及はできていません。先にも述べたように、プロラクチン遺伝子のみならず、その受容体の進化について考えることも極めて重要な課題となります。学生時代の恩師はかつて「プロラクチンは、あたかも、動物が種々の環境に適応し、その環境に適した方法で種を維持していくためにホルモンに課せられた役割のうち、他の下垂体ホルモンではとってかわることのできない穴埋め役を一手に引き受けている感がある」と述べています(文献10)。成長ホルモン(発生や成長を促す)、甲状腺刺激ホルモン(甲状腺より甲状腺ホルモンの分泌を促す)、副腎皮質刺激ホルモン(副腎皮質より副腎皮質ホルモンの分泌を促す)、黄体形成ホルモンおよび濾胞刺激ホルモン(生殖腺の発達や性ステロイドの発達を促す)など、プロラクチン以外のホルモンは確かに明確な軸となる機能がありますが、プロラクチンは中心的な機能をこれ、と定めることが難しいホルモンです。なぜ、ここまで多くの機能を持つことになったのか、興味は尽きません。
最後に
本稿はごく限られたホルモンに関する知見を説明したのみで、現在も進化的観点に立って様々なホルモンの研究が展開されています。どのようにホルモンが新しい機能を獲得したか、という証明は非常に困難を伴いますが、まずはそれぞれの動物でホルモンの機能を明らかにし、動物種間でその機能を比較することが重要となります。上述のように様々な動物のゲノムDNA配列が精度良く解読されたことにより、ある動物種だけを見ていたのでは解らなかった新しい事実が見えてくる時代となりました。ホルモン研究についても新たな局面を迎えているといえるでしょう。
注釈1: アミノ酸配列を元にプライマーを設計する時、当該のアミノ酸が複数のコドンが対応している場合にはにはそれらコドンにも対応した複数のプライマーを混合して使用する。そのプライマーを縮重プライマーという。
注釈2: 副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)や黒色素胞刺激ホルモン(αMSH)などのペプチドホルモンの前駆体となるタンパク質のこと。
蓮沼 至(東邦大学理学部生物学科 生体調節学研究室)
参考文献
- Bole-Feysot et al. (1998) Endocr. Rev. 19: 225–268.
- Kawauchi et al. (2002) Endocrinology 143: 4916–4921.
- Yamaguchi et al. (2015) Gen. Comp. Endocrinol. 224: 216–227.
- Gong et al. (2022) Proc. Natl. Acad. Sci. USA119: e2212196119
- Li et al. (2014) Endocrinology 155: 4818–4830.
- Takahashi, Hasunuma et al. (2001) Gen. Comp. Endocrinol. 121: 188–195.
- Yamamoto and Kikuyama, (1981) Endocrinol Jpn. 28: 59–64.
- Takahashi et al. (1990) J. Mol. Endocrinol. 5: 281–287.
- Okada et al. (2019) Gen. Comp. Endocrinol. 276: 77–85.
- 菊山榮(1980)蛋白質 核酸 酵素 25: 8–18.