理学部生物学科

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行動観察の方法とその教え方:高校での探究学習への活用へ向けて

はじめに

 これまでの新知識でも紹介しましたが、私は霊長類を中心に哺乳類の社会の研究をしています。今回は、私が実践していたフィールドワーク実習の方法について紹介したいと思います。このような内容を執筆しようと思ったきっかけの1つは、2021年8月に刊行された「現場で育むフィールドワーク教育」という本で、「サルと学ぶフィールドワーク実習」という章を分担執筆したことです(文献1)。もう1つは、東邦大学理学部で実施している高等学校教員向けの研修講座である理科教室(現:サイエンス教室)で、動物園における行動観察法に関する講座を何度か開催したり、同じような内容の講座を東京都教職員研修センター主催の研修会でも実施したりして、高校の先生方をお話しする機会があったことです(写真1)。
 私自身、私が実施している方法が優れていると思っているわけではありませんし、フィールドワークの中でも動物の行動観察に限った内容なので、直接役立つ方は少ないかもしれません。しかし、私は行動観察を教える実習を京都大学で7年、東邦大学で8年ほど行ってきており、その過程で実践してきたことが、高校における実習や探究学習のちょっとしたヒントになればと思い、執筆することにしました。また、一般の方でも動物行動に関心のある方はいらっしゃると思いますが、観察の方法まで考えたことがある人は少ないのではないでしょうか? 本稿では、行動観察の方法の教え方について、私の経験をもとに紹介します。
写真1 写真1. 千葉市動物公園で開催した高等学校教員対象の研修の様子(千葉市動物公園)

動物の行動観察データの収集と解析

 動物の行動は、見ていて面白いものも多く、テレビや動画サイトなどで数多くの動画が紹介されています。では、どうやって科学として、動物行動の研究をするのでしょうか? すべての科学と同じですが、行動の研究でも客観的で再現性のあるデータを収集することが重要になります。観察者によって、同じことを見ているのに違うデータになってしまっては科学として成立しません。そのためには、行動の定義をあらかじめ決めておく必要があります。行動の定義は決して難しいわけではありませんが、遊びとケンカのように定義が難しい行動もあります。レスリングや追いかけっこという遊びからケンカに発展することは人間だけでなく、霊長類でもよく起こります。追いかけるという行動自体は変わりませんが、追いかけられている方が悲鳴を上げたり、追いかける方が威嚇の表情をしたりした場合に、ケンカと定義をすることで、両者が行動学的に区別可能になります(写真2)。注意して頂きたいのは、行動学的に区別可能になったからといって、交渉をしている当事者がその行動をどう捉えているかがわかるわけではないという点です。あくまで、定義上、そのように区別できるのであって、動物の意図を完全に読み取れているわけではないことには注意が必要です。
 客観的で再現性のあるデータを収集するためには、一定の規則に則ったデータ収集が重要となります。1個体を中心に観察する個体追跡サンプリングや一定時間に一度、複数の個体を観察するスキャンサンプリングなどがありますが、ここでは詳細を省略させて頂きます。詳細については、行動観察法の参考書をご参照ください(文献2)。実施してみると、一定の規則に則ってデータ収集をすることは、それほど難しいことではないとわかると思います。個体や性別などを外見で区別する必要がある場合は、一定のトレーニングが必要となりますが、そうでない場合は、中学生や高校生でも十分に実践可能です。実際に、高校生向けに、動物園の動物を対象にとした行動データ収集の実習を行ったこともありますが、問題なく実施できています。
 データ解析については、統計解析まで実践しようとすると、ある程度の専門的知識が必要となりますが、収集したデータを図示するだけであれば、エクセルさえ使用できれば、決して難しくありません。情報の授業などでエクセルが使用できるようになっていれば、中高生でもデータ入力をし、図表を作成することは可能で、図表から結果について考察できます。エクセルの演習については、自分自身のデータでない場合は、ただ言われた通りに実施するだけになってしまい、自分で考えて解析するような演習はやりにくいと思います。自分自身で収集した行動データをもとに分析をすることは、実践的にエクセルの使用を学べるという利点もあると思っております。
写真2 写真2. ニホンザルの遊びの様子。途中でケンカに発展することもある(嵐山モンキーパークいわたやま)

大学での実習の実践例

 東邦大学では、2年生向けの野外生態学実習I、3年生向けの野外生態学実習IIで行動観察を中心にした実習をしております。京都大学でも同じような実習を行っていましたが、その詳細について関心のある方は、お手数ですが、文献1を参照していただければ幸いです。現在は、2年生は千葉市動物公園で、3年生は京都市にある嵐山モンキーパークいわたやまで実習をしています(写真3)。いずれの実習も、5日間のスケジュールで実施しています。
 千葉市動物公園での実習は、日帰りで実施しています。まず、初日は霊長類の形態の観察をしています。詳細は後述しますが、形態の観察は、ヒトとの共通性・相違性について、観察を通して実感してもらうことを目的としています。2日目の午前中に霊長類の形態の観察結果についてまとめてもらい、午後に行動観察方法を簡単に教えてから、予備観察をしてもらっています。3日目は、動物園の休園日とも重なっていることもあり、霊長類の分類についての概説と行動観察およびデータ解析の講義、および、行動観察テーマの設定をしています。そして、4日目と5日目は、3日目に各学生が決めた観察テーマ・観察方法に従って、観察をしてもらい、状況に応じて、適宜、修正を加えながら観察を進めてもらっています。5日目の最後には、簡単な観察結果のまとめを短く口頭で発表してもらっています。データ解析については、3日目に方法を教えているので、各自で行い、レポートにまとめてもらっています。
 嵐山モンキーパークでの実習は、宿泊形式で行っています。嵐山モンキーパークは、ニホンザルが檻に入っているのではなく、モンキーパーク内で餌を定期的に与えることで観察しやすくされている群れが生息しており、餌を与えられている以外は野生の状態と同じです。初日の午後に予備観察を行い、その夜に宿で予備観察の中で気になったことから観察テーマについて各学生と相談します。2日目の午前中に観察テーマに即した観察をして、観察方法を決定し、午後から本観察に入ります。2日目の夜に、データ収集法について各学生と相談して確定し、3日目と4日目は本観察をしてもらいます。そして、5日目の午前中に、データ入力や図表の作成をし、最後に簡単に発表をしてもらっています。
 簡単にまとめると、千葉市動物公園では形態の観察と行動の観察を合わせた実習を、嵐山モンキーパークでは行動観察の実習のみを行っています。本稿では主に行動観察の内容を中心に紹介していますが、動物園では様々な種が展示されており、形態観察の実習もできるので、私が実践している例を簡単に説明しておきます。私は霊長類を中心に研究をしていたこともあり、霊長類を中心とした観察をしてもらっています。霊長類の分類は大きく分けると、ヒトに近縁な類人猿、アジア・アフリカに生息する旧世界ザル、中南米に生息する新世界ザル、より原始的な曲鼻猿類にわかれます(詳細は、文献3などをご確認ください)。これらの分類ごとに、それぞれの特徴を自身で考えながら、ヒトとの違いも意識しながら、観察してもらっています。正解を見つけてもらうことを目的とするのではなく、細かく観察してもらって、自身で何かに気付いてもらうことを重視しています。双眼鏡も使用しながら、目、鼻、手、足、尻尾などの各部位を細かくスケッチも含めながら観察してもらうことで、分類群ごとの特徴の共通点や相違点を考えてもらっています。自分自身の体と比べながら特徴を書き出してもらうことで、ヒトの特徴とは何かを意識してもらっています。このような実習は中学生・高校生向けでも実施できるのではないでしょうか。
 いずれの実習でも、行動観察の本観察は2日間としております。2日間の観察は十分とは言えませんが、ある程度の図表を作成し、結果を考察することは可能です。実習での実施のため、学生のやる気も個人差があるので、あまり長くしても集中力が続かない可能性もありますし、データ入力も大変なので、現在は2日間の本観察としております。高校での実施の場合、参加者全体で1つのテーマでデータ収集すれば、短い時間で大量のデータを収集することも可能となりますので、様々な形式での実施は可能だと思います。
写真3 写真3. 大学の野外生態学実習IIの様子(嵐山モンキーパークいわたやま)

観察テーマの設定

 さて、行動観察の実習を行う上で難しいのが、観察テーマの設定だと思います。私が重要視しているのは、なるべく、自身でテーマ設定をしてもらうということです。しかし、学生自らがテーマ設定をするのは簡単ではありません。真面目で優秀な学生ほど、まだ解き明かされていない面白い研究をしたいと思う傾向にありますが、その動物の情報などある程度の知識がないと、面白い研究テーマを設定するのが難しいのが実情です。そのため、異論はあるとは思いますが、私自身は研究テーマとして面白いか、ということより、学生自身がやりたいと思える研究テーマを設定する手助けをすることを重視してやっています。研究の過程を一通り体験してもらうことが大事なので、やる気をもって取り組める課題を設定したいと思っています。もちろん、すでに明らかになっている事実などの場合は、テーマを微妙にずらすよう指導しますが、研究としての側面より、実習としての経験を重視した内容としております。
 具体的には、千葉市動物公園では、気になる対象種を選んでもらった上で、研究テーマを設定してもらっています。予備観察の時間が短いこともあり、基本的には、瞬間記録という方法でデータシートを用いたデータを収集してもらっています(図1)。瞬間記録とは、一定時間に一度、行動の記録をする方法で、実習ではおもに1分間隔でデータ収集をしています。瞬間記録を30分行うという形をデフォルトにしていますが、この形式だと、大学生はもちろん、中学生、高校生でも問題なくデータ収集が可能です。ちなみに、中高生で単独の実施が難しい場合は、二人一組で行うことも可能です。まずは、この方法で、気になる数種を対象に、予備観察として、活動(採食、移動、休息、など)、位置などの基本的なデータを収集してもらった後、観察対象とする種を決めてもらっています。テーマは、後述するように「比較」ということを意識しながら、対象種の飼育環境や飼育個体数などの状況を踏まえ、設定しています。最近では、千葉市動物公園の方に協力いただき、事前に動物園の飼育担当者から観察して欲しいテーマを出して頂いておいて、その中から観察したいテーマを選ぶということもしております。テーマが決定したら、それぞれのテーマに即し、データシートでの記録項目を適切に修正し、データ収集をしています。
 一方、嵐山モンキーパークでは、園内のサルたちの予備観察をしてもらい、その中で気になったことから研究テーマを設定しています。ニホンザルしかいないので、対象はニホンザルですが、その中で、社会交渉(毛づくろい、遊び、ケンカなど)、採食(お客さんが与える餌、土食、など)など気になった行動に着目したり、活動場所や活動時間に注目したり、オトナオスやアカンボウなど特定の性年齢クラスに着目したりして、テーマ設定をしています。嵐山モンキーパークのニホンザルは個体が識別されていますが、実習で学生が多くの個体を識別するのは難しいので、できるだけ個体識別しなくても可能なテーマを設定しています。私も最近は年に数日しか訪問していないので、すべての個体を識別できているわけではありませんが、私が識別している個体を教えて特定の個体を追跡してデータを収集する学生もいます。特定の個体を追跡した学生は、自分が対象としている個体については、学生自身でも識別できるようになり、自分でも個体を見つけることができるようになります。
 いずれの実習でも、学生と話をしながら、研究テーマやデータ収集方法を決定し、参加学生全員が異なるテーマで実習をしています。そうすることで、自分のテーマであるという自覚をもって、そのテーマを解き明かそうと自身で考えて努力してくれると思っております。場合によっては、やりたい動物種やテーマが重なりますが、そういう場合は私が話を聞きながら調整しています。一般的な実習では、複数人で同じテーマに取り組むことが多いと思います。そのような実習は、協調性を育てるためにも重要ですが、自身の力で自身のテーマに取り組むことは、個人的には科学的思考力の育成において非常に重要だと思っております。動物行動の観察実習は個別のテーマ設定ができるという点で有用であると思っています。高校での実施の場合は、複数人で同じテーマに取り組むことも可能ですし、私が実施しているように、個別のテーマで行うことも可能だと思います。状況に合わせ、多様な対象で多様なテーマで実施できるのが行動観察実習の魅力だと思っています。
写真2 図1.瞬間記録法を用いた行動観察データシートの例。1分に1回の記録で、忙しすぎず、暇すぎない程度に記録項目数を設定すると、飽きずに行動観察ができます

観察テーマで工夫している点

 テーマの設定の際に、学生に伝えていることは、「比較」という観点です。たとえば、あくび行動に着目したとします(写真4)。1日5時間観察していて、あくび行動が10回観察された場合、1時間あたり2回ということはわかりますが、それだけで何か言えるでしょうか。比較というのは、たとえば、オスとメスが観察可能な場合、雌雄で行動の頻度で差があるのかを検証します。あくび行動に、犬歯を見せるという機能があれば、オスの方が行動の頻度が高いかもしれません。もし、オスの行動頻度が高くメスへのアピールになっているなら、近くにメスがいるときに高いかもしれません。近くに誰がいるかというデータも収集すれば、近くにメスがいるときに行動頻度が高いのかも検証できるでしょう。また、ある行動は、午前、昼頃、夕方など時間帯によっても行動頻度が違うかもしれません。1日の中で休息と採食を繰り返す場合であれば、休息が多い時間帯に頻度が高くなるということが見られる可能性もあります。もし休息の時間帯に多く観察される行動であれば、休息をする時間のどれくらい前から多くなるのかなども検証できるでしょう。以上は、私が考えた適当な例ですが、このような形で、何らかの比較をすることで、様々なことが考えられることになります。動物園であれば、当然、同種内だけでなく、種間での比較も可能となります。
 比較軸を考えされるのは、もう1つ理由があります。それは、データの処理について、学生がイメージしやすいからです。行動学の研究では、必ずしも比較を必要としないデータもありますが、比較軸がはっきりしていると、どのような図を作成すればよいかがわかりやすくなります。そうすると、データ処理もしやすく、図から、どういうことが言えるかを考えることができるようになります。もちろん、比較が難しいテーマもありますが、その場合は、最終的なデータのまとめ方がわかるように、学生とイメージを共有するまで相談しています。データを収集し、図表を作成し、そこから自分で結果について考察するというのを一連の作業として実施することを重要視しているので、個別の学生と相談する時間を長く取れない実習では比較を意識させるのは重要だと思っています。
写真4 写真4. あくびをするニホンザルのオス(嵐山モンキーパークいわたやま)

高校での活用へ向けて

 私は高校の現場を十分にわかっていないので、正直、具体的にどう活用して頂けるかのイメージがあるわけではありません。ただ、一つ言えることは、実習、探究活動、生物部の活動などに行動観察をもとにした方法を活用できる可能性があるということです。本稿でも紹介したように、とくにデータシートを用いた瞬間記録による行動観察は、高校生でも決して難しいものではなく、エクセルを用いたデータ解析も可能となります。本稿では、嵐山の野猿公苑と千葉市動物公園での実習の話をしましたが、他の動物園だけなく、身近な鳥類などの野生動物やペットなどを対象に、行動観察の手法を用いることはできると思います。その際、本稿で紹介させて頂いた、「比較」という視点も参照頂くとデータをまとめる方法が想像しやすくなると思います。
 実際に実施する上で、問題となることの1つは、観察テーマの設定だと思います。身近な動物やペットの場合は普段から疑問に思っていることをテーマにしてもらうのもよいと思いますし、動物園の展示動物の場合は一般書に書いてある動物の行動に関する内容が本当に正しいのか、動物園ではどうなっているか、などを観察してもらうのもありでしょう。たとえば、私の野外実習で、「フラミンゴはどのタイミングで一本足になるのか?」や「ハシビロコウは、どれだけ動かないのか?」などをテーマにした学生がいました(写真5)。そんな素朴なテーマでも私は構わないと考えています。重要なのは、それを明らかにするために、どういうデータが必要で、どういう結果を出せばよいのか考えた上で方法を設定し、収集したデータから何が言えるかを考察することだと考えています。
 本稿を読んで、タイトルと違って、高校での活用へ向けてのヒントがなかった、と感じた高校の先生方もいらっしゃると思います。その場合は、次年度以降も「高等学校教員対象サイエンス教室」で実習を行うかもしれませんので、その機会にご参加頂くか、直接メールなどでご連絡頂いても構いません。個人的には、動物の行動観察は、生物学の面白さを知るきっかけになると感じております。多くの子どもたちが昆虫など身近な動物に関心があると思いますが、なぜか理系の高校生の中で「生物」を選択する生徒の割合が少ないのが現状です。動物の行動観察を入り口にして、生命科学の面白さに目覚めてくれればと思っております。
写真5 写真5. 動くことが少ないとされるハシビロコウ(千葉市動物公園)
井上 英治(東邦大学理学部生物学科 行動生態学研究室)

文献

  1. 井上英治.サルと学ぶフィールドワーク実習、『現場で育むフィールドワーク教育』(増田研、椎野若菜編)、古今書院、pp. 43-60、2021. ISBN: 978-4772271257
  2. 井上英治、中川尚史、南正人.『野生動物の行動観察法—実践日本の哺乳類学』、東京大学出版会、2013. ISBN: 978-4-13-062223-3
  3. 公益財団法人 日本モンキーセンター(編)、霊長類図鑑—サルを知ることはヒトを知ること、京都通信社、2018. ISBN: 978-4-13-062223-3

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