理学部生物学科

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あなたは何をするものぞ --- 細胞質に存在する翻訳されないRNAたち

 遺伝子の発現について学生に講義をするときに、最初に以下のように教えています。「DNAがRNAポリメラーゼIIでmRNAに写し取られ(転写)、mRNAはプロセッシングを受けて余分な配列(イントロン)が切り出され、細胞質に移動してリボソームによってタンパク質に変換(翻訳)される」と。このことは、高校の「生物」の教科書でも詳しく述べられていますので、生物を学んだことのある人なら大体知っています。
 問題はここから。あらゆる場面で、例えば転写調節のことだけに限定しても翻訳されないでRNAのままで機能する分子がたくさん関わっていることを述べると、学生が混乱してきます。その様子は面白くもあり、それゆえ生命現象はこんなにも複雑で研究しがいのあるものだよと言うそっちの面白さも分かって欲しいと思っています。そこで、今回はそんな翻訳されないでRNA(本稿では以下、ノンコーディングRNAということでncRNAと表記します)のお話です。

ゲノムのほとんどは転写されてncRNAになる

 タンパク質に翻訳されずにRNAのままで機能する分子、つまりはnon-coding RNA (ncRNA)のことを「機能性RNA」と言う名称で呼ぶこともあります。DNAを鋳型としてRNAを作る(転写する)酵素はRNAポリメラーゼと呼ばれます。真核生物には少なくとも3種類のRNAポリメラーゼ、RNAポリメラーゼI (Pol I)、Pol IIおよびPol IIIがあり、植物には例外的にそれ以外のものもあります。Pol Iは主としてリボソームRNA (rRNA)、Pol IIIは主として転移RNA (transfer RNA: tRNA)を作ります。rRNAもtRNAもタンパク質には翻訳されないのでもっとも古典的なncRNAですが、ここでは主にPol IIによって転写されるRNAについて述べます。
 ところで、タンパク質に翻訳される方のRNAは伝令RNA (messenger RNA: mRNA)ですが、これはPol IIによって転写されます。高校の教科書ではこのmRNAの情報を持っているDNAの部分を「遺伝子」と呼んでいるようですが、そうすると体細胞がおよそ1000個しかない線虫と体細胞が少なくとも30兆個もあるヒトの間で遺伝子の数がさほど違わないことになり、ちょっと考えてもおかしい気がします。
 この矛盾を解決するのがいわゆる「遺伝子」以外の部分で、非コードDNAと呼ばれる領域です。ヒトだとタンパク質の情報を持つエキソンの配列は1%程度、残りの99%のうち25%程度は「遺伝子」中のイントロン、残りの75%は「遺伝子」間の非コードDNA配列なのですが、RNAを対象とした次世代シークエンサー(生物学の新知識の過去の記事を参照)による解析(RNAシークエンシング: RNA-seq)などの技術の進歩によって、これらの領域の大部分から「機能性RNA」を含むncRNAが転写されることが明らかとなっています。また、イントロン部分のRNAもそのまま使い捨てされるのではなく、そこから別の「機能性RNA」が作られることが分かってきています。

ncRNAにはたくさんの種類がある

 ncRNAには様々な種類があり、転写に関わるRNAポリメラーゼの種類、機能、長さなどによって分けられています。上述のrRNAやtRNAなどはRNAポリメラーゼの種類による分類です。機能によって分類できるのが良いのですが、機能が分かっていないものが多いのでヌクレオチド (nt) の長さによって分けるのが最も簡単です(文献1、表1)。
 最も短いサイズは20–25 ntほどのマイクロRNA (microRNA: miRNA)で、標的となるmRNAと結合して翻訳を阻害します。そのなかで、特に標的mRNAの配列と完全に相補的なものをsmall inhibitory RNA (siRNA)といい、標的mRNAの分解に関わります。また、少し大きめのPIWI-interacting RNA (piRNA)は24–32 ntで、生殖細胞特異的に発現してトランスポゾンが動き回るのを防いで次世代に変異が伝わらないようにしていると言われています。このほか、核内低分子RNA (small nuclear RNA: snRNA) やイントロン由来の核小体低分子RNA (small nucleolar RNA: snoRNA) はもう少し大きなRNAになります。
 mRNAの主な役割は、遺伝子とタンパク質の間で働くことであり、その意味ではrRNA、tRNA、snoRNA、スプライソームRNA、その他のsnRNAといったncRNAはこの機能に付随していて逸脱するものではないとも考えられます。一方で、200 nt以上の長さがあり、この機能に収まらないものも昔から知られていました。例えば、分裂酵母のmeiRNA、キイロショウジョウバエのRNA on the X1 (roX1) と roX2、哺乳類のH19とX-inactive-specific transcript (XIST) などが知られていましたが、一般的な現象というよりは非常に変わった特殊な例と見なされていていました。しかしながら、その後の研究で動植物のゲノムのほとんどが、タンパク質をコードする能力をほとんどあるいはまったく持たない長いncRNAに転写されていることが明らかになりました。現在、これらはlong non-coding RNA (lncRNA)と総称して呼ばれています。今年になって、第一線でlncRNAを研究している世界中の研究者によって共同声明が出され、lncRNAの定義などについて新しい提案がなされました(文献2)。
 それによると、今までの200 ntという境界線ではなく、以下の3つに分けることが提案されています。
  1. 50 nt未満のmiRNA、siRNA、piRNA などの低分子RNA
  2. およそ50–500 ntの低分子Pol II転写物 (snRNAやイントロン由来のsnoRNAなど)、植物のPol V転写物、Pol III転写物 (tRNA、5S rRNA、7SK RNA、7SL RNA、Alu RNA、Vault RNA、Y RNAなど)
  3. 大部分がPol IIによって生成される500 nt以上のlncRNA
 これによって、今後は長さが500 nt以上のものに限ってlncRNAと呼ぶことに移行していくものと思われます。以下はlncRNAについて述べることにします。
表1 真核生物のノンコーディングRNA (ncRNA)の分類
文献1、337ページの表を改変。

lncRNAは核にも細胞質にもある

 上述のXISTやlncRNA metastasis-associated lung adenocarcinoma transcript 1 (MALAT1)、lncRNA nuclear paraspeckle assembly transcript 1 (NEAT1)のように核内に多くあるlncRNAの研究から盛んに行われてきました。これに対して細胞質のlncRNAについては核内lncRNAと比較してあまりよくわかっていませんでした。これは、単純に細胞質に存在するmRNAのようなRNAは一般的にはタンパク質をコードしていると思われて、そうでないものはlncRNAと言うより単なる謎のRNAあるいはジャンク(ゴミ)として放置されてきたということが理由かも知れません。それでも最近の研究によって、さまざまな構造や機能を持つlncRNAが細胞質にもたくさん存在することが分かってきています。核内lncRNAに関することはそれだけでも非常に複雑すぎるので他に譲って、ここではいくつかの代表的な細胞質 lncRNA に関して紹介してみたいと思います(図1)。
図1 細胞質lncRNAによるさまざまな遺伝子発現の制御の様式
図1 細胞質lncRNAによるさまざまな遺伝子発現の制御の様式
 細胞質lncRNAは、(上から時計回りに)mRNAの安定性と翻訳の変化、シグナル伝達分子の活性化、細胞小器官の機能への影響、特定のタンパク質の安定性を調節、細胞質因子のデコイとして機能、などさまざまな機能を持っています。図はNohらの総説 (2018) (文献3)を改変して転用。
 ヒト のlncRNA の遺伝子座は少なくとも20,000あるいは30,000とも言われ、実際にはもう一桁多いとも言われています。そのうちどのくらいの種類が細胞質に存在するのかは、核と細胞質を行き来するlncRNAもあるので、正確な把握は難しいです。しかしながら、最近ではむしろ細胞質の方に多いという研究報告が増えてきています。
 図1はNohらの細胞質lncRNAに関する総説(文献3)に述べられているものを改変したものです。そこに示されているように今までに解析されている細胞質lncRNAでは以下のような機能を持っていることがわかっています。その前に、どのようなRNAも単独で機能することはほとんどなく、多くの場合は特異的なRNA結合タンパク質 (RBP)やその他のパートナー分子と複合体を形成することで機能します。
 1)lncRNAは細胞質へ輸送された後、特定のRBP または部分的に相補的なmRNAと結合して、特定のmRNAの安定性や翻訳を制御することができます(図1, mRNAの分解、mRNAからの翻訳)。
 2)RBPとlncRNAの結合はさまざまな構造変化をもたらし、それによってシグナル伝達分子(キナーゼなど)を活性化することでシグナル伝達に影響を与えます(図1, シグナル伝達)。
 3)RBPはlncRNAを細胞小器官に移動させて、そこで特定の機能を発揮させる分子シャペロンとなることで細胞小器官の機能に関与します(図1, 細胞小器官の機能)。
 4)lncRNAは、特定のRBPをタンパク質分解装置(プロテアソーム)への輸送を促進するための媒体として機能することで、タンパク質の代謝に関わります(図1, タンパク質の代謝)。
 5)RBPおよびmiRNAに結合するlncRNAは、デコイ(おとり分子)として作用することで、RBP が本来の結合分子に結合するのを妨げたり、miRNAがmRNAに結合してmRNAを分解するのを抑制したりすることで、mRNAの運命を調節することができます(図1, RBPのデコイ、miRNAのデコイ)。
 全部の例を紹介すると大変長くなるので、ここではほんの2例だけ紹介します(図2)。最初はmRNAの崩壊に関与するRBPのデコイとしての例です。NORAD (noncoding RNA activated by DNA damage) は、哺乳類に保存されているDNA損傷により活性化するlncRNAで、細胞質でPUMILIO 1とPUMILIO 2 (PUM1/2)というタンパク質のため池(リザーバー)として働き、これらのタンパク質が標的mRNAにアクセスして分解するのを制限します(図2A)。NORAD遺伝子を破壊した細胞では、染色体の不安定性が増加することが知られています。最近、NORADは核内にも存在して、複製ストレスやDNA損傷時にゲノムの安定性に重要なトポイソメラーゼ複合体を形成することも明らかになっています。このほか最近になって、ミトコンドリアの機能を維持することで早期老化を抑制することが分かってきました。
図2 細胞質lncRNAの作用例
図2 細胞質lncRNAの作用例
(図A)lncRNAは、mRNAの分解に関わるタンパク質に結合して、mRNAの安定性を調節することができます。NORADはPUMILIO 1/2 (PUM1/2)をmRNAから切り離して隔離することで、PUM1/2の標的となっているmRNAを安定化させることができます。(図B)lncRNAは翻訳後修飾の調節を介してシグナル伝達も制御する。Lnc-DCは転写因子STAT3と直接相互作用することで、チロシン脱リン酸化酵素であるSHP1による脱リン酸化を防いでいます。細胞質にあるSTAT3はリン酸化 (Pで示されています) されて2量体を形成し、核に移動して転写を調節します。図は文献4から一部を抜粋して改変したものです。
 もう一つの例は、シグナル伝達を調節する例です。STAT3 (signal transducer and activator of transcription 3)は免疫応答などさまざまな重要な反応に関わる転写因子です。この転写因子は、705番目のチロシンというアミノ酸 (Tyr705) がリン酸化されることで活性化されます。しかしながら、そのリン酸化を取り除く酵素であるSHP1の働きによってリン酸基がとれると不活性型になり、機能しなくなります。ヒトの樹状細胞(DC)に特異的に発現する細胞質lncRNAであるlnc-DCは、樹状細胞の分化も制御するSTAT3に直接結合し、SHP1との結合を阻害することで、Tyr705のリン酸化を促進します(図2B)。
 このほか機能が詳しく知られた細胞質のlncRNAはたくさん増えてきました。ここでは一括りに細胞質として述べてきましたが、実際にはリボソームと結合しているもの、小胞体にあるもの、細胞膜の内側に結合しているもの、細胞表面の受容体と結合しているもの、ミトコンドリアに輸送されるもの、細胞外に分泌されるものなど、細胞内のほとんどの場所にlncRNAが存在します。

もちろん細胞性粘菌にもlncRNAがある

 我々の研究室で研究材料として扱っているものは細胞性粘菌という生き物です。どんな生き物かは以前の「生物学の新知識」の記事(「粘菌という生き物」:2006年12月号)を読んでいただければと思います。ほぼ全ての生物にlncRNAがあるので、当然のように細胞性粘菌にも存在します。上で述べたようにlncRNAという概念が定着してきたのはそんなに昔のことではないですが、それ以前から細胞性粘菌にもlncRNAが知られていました。
 最初の報告は1992年にありました(文献5)。EB4という遺伝子座からはpsvAというmRNAが転写されます。このmRNAからは胞子 (spore)の外皮になるタンパク質がつくられます。しかしながら、このpsvAの第3エクソンからは反対方向のアンチセンスRNAと呼ばれるRNAが転写されて、アンチセンスRNAが存在するときにはpsvA mRNAが不安定になることが報告されました。このアンチセンスRNAはタンパク質に翻訳されるような配列を持っていないので、lncRNAと考えられています。また、このようにmRNAと部分的な2本鎖を形成してmRNAの安定性を制御するような例は、今では細胞質lncRNAの機能の一つとして一般的に知られるようになってきました。
 次の報告は1994年に京都大学のグループから報告のあったdutAと呼ばれるRNAです(文献6)。このRNAもタンパク質に翻訳されるような配列を持っていないので、今ではlncRNAであることが分かっています。dutAの遺伝子を破壊した株(つまりはdutA RNAが全くない株)を作製しても通常に発生してしまうために長い間機能については分からないままでした。ところが、下で述べるように予期せぬことから我々の研究と関わってくることになります。
 この他、最近になって次世代シークエンサーを用いて細胞性粘菌でもlncRNAの網羅的な探索が行われて、多くのlncRNAが存在することがわかってきました。

dutA RNAは細胞質にある謎多き分子

 我々の研究室では多細胞体が構築されてから、それが組織立って最終形に分化していくまでの工程やメカニズムに興味を持っています。その工程で中心的な働きをするのがオーガナイザー(形成体)と呼ばれるものです。細胞性粘菌のオーガナイザーについては以前にも「生物学の新知識」の記事(「粘菌のオーガナイザーと形態形成」)にしましたのでそちらを参考にしてください。そのオーガナイザー領域で重要なはたらきをしている転写因子(転写のオンオフを司っているタンパク質)としてSTATaというものがあります。我々は遺伝学的な方法を用いてSTATaの活性を調節している遺伝子を単離しようと試みました(図3)。
図3 転写因子STATaの遺伝子と関連のある遺伝子をスクリーニング
図3 転写因子STATaの遺伝子と関連のある遺伝子をスクリーニング
(図A)STATaと関連がある遺伝子を遺伝学的に単離するために、STATaの活性をほとんどなくしたSTATa遺伝子部分破壊株を作製しました。さらに、この株にcDNAを過剰に発現させるように工夫しました。このとき、cDNAはさまざまな遺伝子由来のミックス(ライブラリー)となっており、そのうちの1種類がSTATa遺伝子部分破壊株で発現しています。ほとんどはSTATa遺伝子部分破壊株と同じく、薄い寒天の上では子実体を形成しないのですが、ごく稀に形成するクローンがあり、形態が野生型に近くなります。このようなクローンからcDNAを回収して塩基配列を解析することでSTATaと関連がある遺伝子を探します。(図B)薄い寒天の上で36時間発生させたときの表現型を示します。一番上の段は野生株、中段がSTATa遺伝子部分破壊株、下の段はdutA cDNAの一部分を過剰に発現させた株の表現型です。左の列は子実体形成の様子を横から低倍率で撮影したもの、右の列は上から少し高倍率で撮影したものです。横線は1 mmの長さを示します。図は文献7から一部を抜粋して改変したものです。
 そのような実験の結果、いくつかの遺伝子がとれてきたのですが、その一つが上で述べたdutA RNAに由来するcDNAの断片でした。ここで、cDNAはRNAから逆転写酵素でDNAに変換して2本鎖にしたもので、このdutA cDNA断片は全部の長さ(全鎖長)に対応するものではなく、その一部分でした。この遺伝学的な方法に用いた親株はSTATaの活性を部分的に破壊した株で寒天上ではほとんど子実体を形成しないのですが、dutA cDNA断片を過剰発現させると子実体を形成するようになります(図4B)。また、このときにSTATaの活性化状態の目安となる702番目のチロシン (Tyr702) のリン酸化度合いが上昇することがみられています。このことから、dutA RNAは転写因子STATaと何か関係があるらしいということが示されていました(文献7)。
 それまでにdutA RNAについて分かっていたこととして、ショ糖密度勾配遠心法による分離でどうやら細胞質にあるらしいことや、リボソームが繋がったポリソームと一緒にいないことから翻訳されないのではと推測されていましたが(文献6)、詳しい振る舞いについては不明で相変わらず謎のままでした。そこで、もう少し詳しくdutA RNAについて調べてみることにしました(図4)。
図4 dutA RNAの局在と表現型
図4 dutA RNAの局在と表現型
(図A)細胞内のdutA RNAの局在をRNA-FISHという方法で検出したものです。細胞質の赤いスポット状のものがdutA RNAで核を青で染色してあります。横線は10 μmの長さを示します。(図B)細胞性粘菌を発生させた後、凍結して薄い切片にしてRNA-FISHを行ってどの組織にdutA RNAがあるかを検出したものです。下の図はそれを模式化したもので、紫色のところにdutA RNAが存在します。一番下にそれぞれの発生時期が示されています。移動体の時期には先端のオーガナイザーを含む領域にはdutA RNAがみられません。図Aはこの時期の予定胞子細胞の領域を特殊な顕微鏡で拡大したものです。図Bの横線は0.25 mmの長さを示します。(図C)。本来dutA RNAがみられない移動体のオーガナイザーを含む領域で強制的にdutA RNAを発現させた株で、発現の様子をWISHという実験でみたものです。(図D)図CでdutA RNAの発現をしらべた株(強制発現株)を寒天の上で23時間発生させて野生株と比較したものです。横線は0.25 mmの長さを示します。図B~Dは文献8から一部を抜粋して改変したものです。
 dutAの遺伝子やRNAについていろいろと調べていくうちに、まずデータベースの遺伝子位置が間違っていることに気が付きました。それを修正して、正しい遺伝子の位置に基づいて新規に遺伝子破壊株を作り直しました。この株は調べた限りでは表現型はみられませんでした。dutA RNAは細胞性粘菌のPol IIで転写されるRNAとしては最も量が多いことが知られています。ちょうど、上で述べたほ乳類のMALAT1も量の多いlncRNAとして知られていますが、マウスで遺伝子破壊しても表現型がみられませんが、細かく調べていくとがんの進行やシナプス形成などに影響を与えることが分かってきており、dutA遺伝子破壊株ももっと細かく調べると表現型がみられる可能性はあります。
 では、dutA RNAは何をしているのかと言う点ですが、そのことを調べるためにはまずdutA RNAがいつ、どこで、どのように存在しているのかを正しく記述しなければいけません。そのために、細胞性粘菌を発生させてdutA RNAに相補的な目印となるRNAを合成し、そのRNAに対する抗体で検出してみると(RNA-FISHという方法)、移動体の時期まではオーガナイザー以外のところに存在し、子実体形成に移る時に一過的にオーガナイザー領域に見られるのですが、やがて見られなくなりpstO細胞という胞子のうを上下で支える細胞のうちで上の部分だけに限定されるようになります(図4B)。移動体の時期のdutA RNAの局在を詳しく拡大して見ると確かに細胞質にありますが、一様ではなくポツポツと点状に存在しています(図4A)。この存在の仕方はdutA RNAが多くのタンパク質と大きな複合体を形成しているのではないかと想像させます。移動体の時期にdutA RNAはオーガナイザー領域にほとんど見られないのですが、ある工夫をしてオーガナイザー領域に強制的に発現させる(図4C)と、発生させた時に移動体の時間が長くなりなかなか子実体を作らないという表現型を示しました(図4D)。このことは、dutA RNAはオーガナイザー領域に存在し続けてはいけないということを示しています。発生時期のほんの短い時期に一過的にオーガナイザー領域に存在することの意味が非常に気になりますが、dutA遺伝子破壊株がまともに発生できるのは、オーガナイザー領域にdutA RNAが存在してはいけない時期にも確実に存在しないことによると思われますが、詳しいメカニズムはまだよく分かりません。
 このように、dutA RNAは発生においてどうやら抑制効果があるようなのですが、転写因子STATaと関係がある遺伝子として遺伝学的に単離されたものなので、その関係性を詳しく調べるとSTATaのリン酸化と核への移動の両方の過程に抑制的に働いていることが明らかになりました(文献8)。しかしながら、どのようにしてSTATaの活性を抑えているのかという詳しいメカニズムは依然として不明で謎のままです。いくつかのヒントとしては、dutA遺伝子のさまざまな変異株を用いたRNAシークエンシング (RNA-seq) 解析で、dutA RNAの量が変動すると、それにつられて多くの種類のmRNA量も変動するということが観察されました(文献9)。また、今のところdutA RNAとSTATaが直接に結合しているような証拠は得られていません。しかしながら、dutA RNAに結合するタンパク質を網羅的に検出する実験をしたところ、dutA RNA依存的にmRNAの分解や安定化、代謝に関わるタンパク質が検出されました。もし、これらのタンパク質の結合が特異的であれば、dutA RNAは細胞の中でmRNA量の微調整をする役割を担っていると考えられます。現在のところ、これらは推測の段階なので、検出されたタンパク質のdutA RNAへの結合特異性と働きについて調べているところです。
 lncRNAの研究では日々新しい発見があるので、dutA RNAが今まで想像もしていなかった働きがあっても何も驚かないでしょう。存在するからにはきっと何らかの意味があって存在しているのでしょう。
川田 健文(東邦大学理学部生物学科 分子発生生物学研究室)

参考文献

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