理学部生物学科

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個体や種ではなく生物群を捉えるゲノム科学〜メタゲノム解析〜

 「メタゲノム解析」という言葉をご存じでしょうか?メタ(meta-)は、古代ギリシャ語の接頭辞だそうです。元々は「あとに」という意味だったようですが、そこから「超」、「超越した」、「高次の」などの意味で用いられています。また、「変化」を意味することもあります。生物学の分野であると昆虫の変態を「metamorphosis」と言いますし、代謝は「metabolism」です。「超える」という意味で、誰でも聞いたことがあるニュースだとコンピューター上の仮想空間内に様々なサービスを提供するプラットフォームの「メタバース(metaverse)」でしょうか。これは宇宙(univerase)を超える(meta)という意味として作られた造語です。 このような解釈から考えると「メタゲノム」は「ゲノムを超える」という意味になるでしょうか。さて?どういう意味として捉えられるでしょうか?

 答えから先に書いてしまうと、我々、研究者が言う「メタゲノム」とは、土壌や海中、はては我々の腸内など、様々な環境下で生息している多種多様な微生物(細菌)の群集から抽出したゲノムDNA集団を指します。従ってメタゲノム解析と言った場合、それが群集として生息している微生物集団のゲノムDNAの網羅的解析ということになります。さて、この解析がどうしたら「ゲノムを超える」解析と言えるのでしょうか?

これは「ゲノム」について分かっていないと、答えにはたどりつけません。

 ゲノムとは、「ある種」が受精卵から発生し、生命を維持し、子孫を残すために必要な遺伝情報のセットであり、(サルとヒトなど)種ごとに異なるものです。従って、通常のゲノム解析や解読を行う場合、ある種を構成している同じゲノムセットを持った細胞集団だけを用いて解析します。いろんな種が混ざり合った状態でゲノム解析をすると、解読できた塩基配列は、どの種のゲノムから由来したのか分かりませんから、ある意味では当然のことです。つまり、「ゲノムを超える」解析とは、そのルールを超えて、細菌群集から得られた混ざり物のゲノムDNA配列同士を比較して、何か新しい発見を試みる解析ということです。
図1メタゲノム解析とは(タカラバイオHPより) 図1メタゲノム解析とは(タカラバイオHPより)
 最初のメタゲノム解析は、2000年にBejaらが海水サンプルから抽出した微生物ゲノムを解析したものでした1)。続く2004年の海水を用いたメタゲノム解析では、1800種の微生物が含まれ、その中には148種の未同定細菌が含まれている可能性や未知の遺伝子の存在なども示唆されました2)。もちろん、当時は、海水中で生息数にバラツキのある微生物の混合サンプルからの塩基配列からの種数推定については様々な議論を巻き起こしました。しかし海洋環境では、我々が知る微生物よりも知らない種の方が圧倒的に多く、そこには有用な細菌も多数含まれる可能性も高く「微生物ダークマター」などと呼ばれ、多くの研究者が注目し、日々新しい研究報告がなされています。

 海洋以外では、土壌細菌や腸内細菌のメタゲノム解析なども注目されています。森林などの自然環境に関する研究では、各地の森林の土壌に生息している細菌種やその数などを比較することで植物相と細菌の関係性や異なる植生に生息する細菌と植物との共生関係などが研究されています。農業的には土壌改良などに有用な微生物の探索や化学肥料を原因とした温室効果ガス(N2O)発生に関わる細菌の同定なども盛んに行われています3),4)。健康面で注目されているのが腸内フローラに関するメタゲノム解析です。

どうしてメタゲノム解析なのか?

 我々の身近にいる動植物の全ゲノム解読は年を追う毎に進み、最新のデータベースには真核生物で26,281種、原核生物で463,020種のゲノムデータが登録されています。原核生物は、細胞内に核を持たず、単細胞生物であることは高校の教科書にも載っていますが、さらに真正細菌(Eubacteria:いわゆるバクテリアと呼ばれる一群)と古細菌(Archaebacteria:アーキアと呼ばれる一群)に大別されます。我々の身近で医学的に話題にあがる細菌は前者です。後者には海底火山や温泉などの高温環境、死海などの高塩濃度環境、動物の胃などの高酸性環境などに生息するものが有名ですが、近年、中温、中性地帯の海中や土壌からも見つかっています。
 このように我々を取り囲む自然環境中には、非常に多くの細菌が生息しています。その数は5 x 1030にも達すると推定され、地球全体のバイオマスの半分はこれら細菌で占められているとも言われています。一方で、我々が知っている細菌は、全体の僅か2%程度であり、残りはほぼ未同定種であると考えられています5)。さらに、これら現存する細菌の99%は、難培養性(単一種を単離して独立して増殖させられる条件が確立できない)であるとされています。多くの細菌が難培養性であることの本質は、様々な環境下に生息する種々の細菌は、その生存や増殖を相互に依存し合っているためだと考えられています。つまり、元々、ある細菌1種からのゲノム解読が非常に困難な生物であるということです。このような理由も重なり「細菌のメタゲノム解析」というアプローチが生まれることになりました。

腸内フローラ(腸内細菌叢)に関するメタゲノム解析で分かってきたこと

 我々、ヒトの腸内には、1,000種以上の細菌が100~1,000兆個いると言われており、これら腸内に生息する細菌全体を腸内フローラ(腸内細菌叢)と呼んでいます。腸内フローラは、代謝や免疫機能など体調に直結する生命現象とも深く関わることが医学的にも証明されています。そのため最近では、腸活などとも騒がれ、様々な乳酸菌株の入った特定保健用食品が売られています。皆さんも一度は手に取った事があるのではないでしょうか?
 2019年には、国立がんセンターを中心とした共同研究により、便に含まれる腸内細菌のメタゲノム解析と大腸癌患者のメタボローム解析(これはまた別の機会に紹介します)から、便中の腸内細菌種類から大腸癌の早期診断が可能になるという報告がされました。大腸癌は日本でも罹患者が最も多い癌腫であり、その死亡率は2019年には1位、2021年には肺癌に次ぐ2位でした。元々、歯周病の原因菌と言われていた細菌フソバクテリウム・ヌクレアタム(Fusobacterium nucleatum)が、大腸癌患者の腸内で増殖傾向にあるという報告が2012年になされ、これに着想を得てこの研究は始まりました。研究チームは、大腸の内視鏡検査を受けた251人の健常者と大腸癌と診断された患者365人から同意を得て採取した便を用いて、大腸癌の進行段階別に腸内細菌のメタゲノム解析を行い、それらを健常者検体と比較することで大腸癌の進行度に応じて腸内で増力傾向を示す細菌の種類が変化することを突き止めました6)。それによると歯周病の原因菌を含めた嫌気性菌は進行期の大腸癌で顕著に増殖している一方、前がん期(癌化前)のポリープやごく初期の粘膜内癌(ステージ0相当)では、アトポビウム・パルブルム(Atopobium parvulum)やアクチノマイセス・オドントリティカス(Actinomyces odontolyticus)が増殖傾向を示したという。さらにこれらの細菌によって生じる代謝物の種類も癌の進行度に応じて変化することを明らかにし、細菌と代謝物の種類と占有割合から、8割近い精度で大腸癌の早期診断が可能であることも示しました。
 似たような研究は他にもあります。2021年には152人の前立腺癌疑いの日本人の便を用いて腸内フローラのメタゲノム解析を行い、悪性度の高い前立腺癌患者の便で特徴的に多く増殖している腸内細菌を同定されました。これらの細菌種を指標とした細菌前立腺指標を用いた悪性度の診断能は、一般的に用いられているPAS検査よりも有用な場合もあったそうです7)。他にも自己免疫疾患患者の腸内ウィルスの特徴をメタゲノム解析で明らかにした報告や月経前症候群と呼ばれる疾患でも腸内フローラの変化の関係が示唆されています8)

最後に

 ヒトゲノム解読の国際共同プロジェクトの発足を機に急速に発展したゲノム解読技術は、ヒトの遺伝的多様性の解明(1000ゲノムプロジェクト)、健常者と罹患者でのゲノム比較による原因遺伝子の特定、多種多様な非モデル生物のゲノム解読へと広がりました。絶滅が危惧される種の遺伝的多様性を調べたり、美味しいお米の品種改良にも無くてはならない技術になっています。そして、個ではなく群単位でのゲノム解読から新しい知見がどんどん見つかってきています。農業の分野では、メタゲノム解析を農地の土壌品質評価に用いる試みも始まっています。この記事を読んでゲノムや健康、医療に興味を持てた皆さん、今後の科学系のオンラインニュースや大学や研究機関のプレスリリースにも注目してみてください。研究者のためだけではない、皆さんが読んでも役に立つ情報は意外と多くあります。
後藤 友二(東邦大学理学部生物学科 ゲノム進化ダイナミクス研究室)

参考文献

  1. Beja et al., Environ. Microbiol., 2: 516-529 (2000).
  2. Venter et al., Science, 304: 66-74 (2004).
  3. Masuda et al., Int. J. Environ. Res. Public Health, 19: 8707 (2022).
  4. Masuda et al., Appl.Environ. Microbiol., 86: e00956-20 (2020).
  5. Krasner IR. The MICROBIAL CHALLENGE, p38-40 (2014).
  6. Yachida et al., Nature Medicine, 25: 968-976 (2019).
  7. Matsushita et al., Cancer Science DOI: 10.1111/cas.14998 (2021).
  8. Tomofuji et al. Annals of the Rheumatic Diseases, DOI:10.1136/annrheumdis-2021-221267 (2021).

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