理学部生物学科

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除草剤抵抗性雑草の出現と移入

はじめに

 除草剤は、効率的かつ省力的な雑草防除の手段として、現代農業において広く使用されてきた。植物が除草剤に暴露されると、除草剤は植物体に吸収され、多くの場合暴露された組織とは異なる組織に運ばれる。次に細胞内に浸透した除草剤は、除草剤の標的タンパク質(除草剤の標的タンパク質のことを作用点と呼ぶ)まで移行し、そのタンパク質のはたらきを阻害する。それに伴い、除草剤がなければ生成されるはずの生理活性物質が枯渇したり、毒性のある代謝物や活性酸素などが蓄積したりすることで植物細胞がダメージを受け、植物体全体が枯死する(山口 2018)。除草剤には様々な種類があり、除草剤に含まれる除草効果のある化合物の作用点によって、大きく以下のように分類されている(山口 2018)。
(1)オーキシン作用の撹乱剤
(2)光合成阻害剤
(3)アミノ酸生合成阻害剤
(4)脂肪酸合成阻害剤
(5)活性酸素生成除草剤(光合成の光化学系I阻害剤)
(6)微小管重合阻害剤
(7)細胞壁(セルロース)合成阻害剤
(8)その他
 ところが、除草剤がくり返し使用されると、除草剤の効かない抵抗性個体が出現することがある。現在までに全世界で260種類以上の種で除草剤抵抗性個体の出現が報告されている(Heap 2022)。こうした個体が獲得した抵抗性のメカニズムは様々で、作用点の変異に由来する「作用点抵抗性」とそれ以外に由来する「非作用点抵抗性」に大別されている(表1、山口 2018)。
表1

グリホサート剤抵抗性雑草

 本稿では、現在世界中で最も多く使用されている除草剤であるグリホサート剤に対する抵抗性雑草に着目する。グリホサート剤は上記の「(3)アミノ酸生合成阻害剤」の1つで、植物の5-エノールピルビルシキミ酸-3-リン酸合成酵素(EPSPS)を阻害する。EPSPSは芳香族アミノ酸(トリプトファン、フェニルアラニン、チロシン)の生合成を担うシキミ酸経路の6番目の反応を触媒する酵素である。
 グリホサート剤は1974年に米国で登録され、1980年に日本で登録された。本化合物は人畜毒性が低く、環境中で速やかに分解され、広範囲の植物に有効で、広く普及することとなった。日本のホームセンターでも必ず目にする除草剤である。代表的な商品名としてラウンドアップが挙げられる。
 また、グリホサート剤の使用量増加の背景には、除草剤抵抗性を導入した遺伝子組換え作物の普及がある。1996年に米国で遺伝子組換え作物の商業栽培が開始されて以来、栽培面積は増加を続け、2019年には29カ国約1億9040万ha(日本の国土面積の約5倍)に達した(ISAAA 2019)。主要な導入形質は除草剤耐性であり、最も普及している除草剤耐性が、グリホサート剤に対する耐性である。
 グリホサート剤使用量の増大に伴い、グリホサート抵抗性雑草の出現も深刻となっており、現在までに56種344事例が報告されている(図1、Heap 2022)。中でも世界最大の遺伝子組換え作物の栽培国である米国で報告数が多い。
図1
 米国で報告数の多いグリホサート抵抗性雑草がヒユ科ヒユ属オオホナガアオゲイトウ(Amaranthus palmeri)である(表2)。2005年に米国のジョージア州で発見されて以降(Culpepper et al. 2006)、米国で急速に蔓延し、難防除雑草となった。米国においてオオホナガアオゲイトウは1990年代まで問題雑草として取り上げられることは無かったが、現在、最も有害な雑草としてリストアップされている(Van Wychen, 2019; 2020)。
表2
 オオホナガアオゲイトウが着目された理由はもう1つある。遺伝子増幅による除草剤抵抗性メカニズム(表1)が本種で初めて報告されたことによる。グリホサート剤がEPSPSを阻害することは上述したが、遺伝子増幅が起こると、グリホサート剤が阻害する以上のEPSPSが生産されることで、植物は生存できる。EPSPS遺伝子の転写量およびタンパク質量は、EPSPS遺伝子の数と正の相関を示し、100倍にも及ぶ増幅が見られる場合もある(Gaines et al. 2010)。
 興味深いことに、オオホナガアオゲイトウのEPSPS遺伝子は10 kbほどにも関わらず、増幅領域は約399 kbにおよび、EPSPS以外にも様々な遺伝子やトランスポゾン様配列が含まれる(Molin et al. 2017; 2020)。この領域は構造タンパク質によって染色体に結合しているものの、染色体内に組み込まれてはおらず、核外環状DNAとして存在している(Koo et al. 2018)。そのため、後代に遺伝するが、メンデル遺伝には従わない。また細胞によって増幅遺伝子数も異なる(Giacomini et al. 2019)。遺伝子増幅にはトランスポゾンが関与していると考えられているものの、その増幅メカニズムは明らかにはされていない。

グリホサート剤抵抗性雑草が日本の港湾に定着

 食料自給率が低い日本は、世界有数の穀物輸入国であり、輸入相手国で問題となっている問題雑草は、輸入穀物への混入を通じて日本に移入してくる可能性が高い。これまでにも海外から日本に輸入される穀物には、多くの雑草種子が混入しており、その中には除草剤抵抗性個体も含まれていることが報告されている(Shimono et al. 2010)。また穀物輸入港湾では遺伝子組換えのダイズやナタネが生育していることが報告されている(農林水産省, 2022)。日本は遺伝子組換え作物の商業栽培は行われていないため、野外における遺伝子組換え作物の生育は、輸入穀物のこぼれ落ちが生じている証拠と言える。
 オオホナガアオゲイトウは北アメリカ原産の1年草で、日本での初確認は1936年とされている。その後、1960年代までには本州から九州に広がったとされているが、現状の分布は稀で、日本で問題雑草として報告はされていない。しかし、米国で有害雑草として急速に蔓延した事実や、グリホサート剤は日本の農耕地だけでなく非農耕地においても汎用されていることを考慮すると、今後分布を拡大し難防除雑草となる可能性が高い。そのため、著者らは日本の主要な穀物輸入港湾において、オオホナガアオゲイトウの分布状況について調査した。その結果、6港でオオホナガアオゲイトウの生育を確認し、そのうち3港でグリホサート抵抗性個体が検出された(図2)。
図2
 鹿島港以外の港では、本種の生育は1~7個体であり、こぼれ落ちた種子が偶発的に生育していると考えられた。一方、鹿島港においては数万個体の生育が確認され、一部の区画では一面に繁茂していた(図3)。5年間、抵抗性個体が安定して検出されたことから、抵抗性個体が定着に成功した結果と考えられた。
図3.鹿島港におけるオオホナガアオゲイトウの生育状況.本種は花序が穂のように長く伸びるのが特徴である。
 米国で2005年に見つかったグリホサート抵抗性のオオホナガアオゲイトウが、10年もたたずに日本に移入し定着していることが明らかとなった(Shimono et al. 2020)。これまで外来雑草の対策の多くは問題が顕在化した後に講じられてきた。しかし蔓延後の対策はコストも時間もかかる。著者らは現在も港湾における抵抗性個体の分布調査を継続しており、その動向を評価するとともに、除草剤に依存しない防除対策を検討しているところである。
下野綾子(東邦大学 理学部 生物学科 植物生態学研究室)

引用文献

  1. Culpepper AS, Grey TL, Vencill WK, Kichler JM, Webster TM, Brown SM, York AC, Davis JW, Hanna WW. 2006. Glyphosate-resistant Palmer amaranth (Amaranthus palmeri) confirmed in Georgia. Weed Science 54, 620-626.
  2. Gaines TA, Zhang WL, Wang DF, Bukun B, Chisholm ST, Shaner DL, Nissen SJ, Patzoldt WL, Tranel PJ, Culpepper AS, et al. 2010. Gene amplification confers glyphosate resistance in Amaranthus palmeri. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 107, 1029-1034.
  3. Giacomini DA, Westra P, Ward SM. 2019. Variable Inheritance of Amplified EPSPS Gene Copies in Glyphosate-Resistant Palmer Amaranth (Amaranthus palmeri). Weed Science, 67, 176-182.
  4. Heap I. 2022. The international survey of herbicide resistant weeds. Available: www.weedscience.org. (Accessed: August 26, 2022).
  5. ISAAA. 2019. Global status of commercialized biotech/GM crops in 2019. Ithaca, NY.: ISAAA.
  6. Koo DH, Molin WT, Saski CA, Jiang J, Putta K, Jugulam M, Friebe B, Gill BS. 2018. Extrachromosomal circular DNA-based amplification and transmission of herbicide resistance in crop weed Amaranthus palmeri. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 115, 3332-3337.
  7. Molin WT, Yaguchi A, Blenner M, Saski CA. 2020. The EccDNA Replicon: A Heritable, Extranuclear Vehicle That Enables Gene Amplification and Glyphosate Resistance in Amaranthus palmeri. Plant Cell 32, 2132-2140.
  8. Molin WT, Wright AA, Lawton-Rauh A, Saski CA. 2017. The unique genomic landscape surrounding the EPSPS gene in glyphosate resistant Amaranthus palmeri: a repetitive path to resistance. BMC Genomics 18, 91.
  9. 農林水産省. 2022.遺伝子組換え植物実態調査(令和2年実施分・令和3年実施分). Available at https://www.gov-base.info/2022/07/26/164721. (Accessed: August 26, 2022).
  10. Shimono A, Kanbe H, Nakamura S, Ueno S, Yamashita J Asai M. 2020. Initial invasion of glyphosate-resistant Amaranthus palmeri around grain-import ports in Japan. Plant, people, planet, 2, 640-648
  11. Shimono Y., Takiguchi Y. and Konuma A. 2010. Contamination of internationally traded wheat by herbicide-resistant Lolium rigidum Weed Biology and Management. 10, 219-228.
  12. 山口裕文 監修. (2018).雑草学入門. 講談社
  13. Van Wychen L. 2019. Survey of the most common and troublesome weeds in broadleaf crops, fruits & vegetables in the United States and Canada. Weed Science Society of America National Weed Survey Dataset..
  14. Van Wychen L. 2020. Survey of the most common and troublesome weeds in grass crops, pasture, and turf in the United States and Canada. Weed Science Society of America National Weed Survey Dataset..

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