理学部生物学科

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酸化還元酵素(Oxidoreductase)

生化学とはどのような学問?

 大学では生化学という学問を学ぶことができます。高校では生物や化学を学ぶことができますが、生化学とはどのような学問だと思いますか。私の好きな生化学の教科書のひとつ、ハーパー生化学(1)には、「生命は生化学反応に依存しているため、生化学は生命科学全文の基本言語となっており、生化学の知識はすべての生命科学に欠かせないものである。」と書かれています。また、「生化学と医学、健康科学は密接に関係しており、全ての種の健康は、体内の生化学反応が調和のとれた状態にあることによって保たれており、病気は生体分子や生化学反応や生化学機序が異常となったことの反映にほかならず、生化学の発展は、医学の多くの分野に光を当てた。反対に、病気の研究によって、それまで予想だにされなかった生化学的側面が見出され、生化学的アプローチは、疾患の原因を解明し、最適な治療法を考案するには必須である。」と書かれています。東邦大学理学部生物学科では物質生化学、代謝生化学、応用生化学、生化学実習、臨床検査技師課程では臨床生化学、臨床生化学実習という科目を学ぶことができます。今回は酸化還元酵素について説明します。

酵素の分類

 酵素は、国際生化学連合(IUB: International Union of Biochemistry)、現在の国際生化学分子生物学連合(IUBMB: International Union of Biochemistry and Molecular Biology)の命名法委員会(NC: N omenclature Committees)が管理している酵素番号(Enzyme Commission numbers)で分類され、EC ①.②.③.④のように表し、①はclass、②はsubclass、③はsub-subclass、④はserial numberを表しています(図1)。命名法委員会設立当初の1958年からEC1〜6のclassで大分類されていましたが、2019年に大幅な見直しが行われ、EC7として「Translocase」が新設され、日本生化学会のEC7和名提案ワーキンググループにより「輸送酵素」と提案されました(2)

活性酸素種を消去する酸化還元酵素

 生物学の新知識「生体内のレドックス(酸化還元)反応と活性酸素種」(https://www.toho-u.ac.jp/sci/bio/column/031624.html)では、活性酸素種は酸化剤として生体内のタンパク質、脂質、核酸を酸化し、自身は還元されるという話をしました。その際に紹介した活性酸素種を消去する常用名(accepted name)スーパーオキシドジスムターゼ(superoxide dismutase)についてNC-IUBMB公式の酵素分類のホームページExplorEnz(http://enzyme-database.org )で検索すると、酵素番号EC1.15.1.1、系統名(systematic name)はsuperoxide: superoxide oxidoreductaseで、②超酸化物(superoxide)を電子受容体とする①酸化還元酵素ということがわかります(3)。同様に、カタラーゼ(catalase)はEC1.11.1.6で系統名がhydrogen-peroxide: hydrogen-peroxide oxidoreductaseであることがわかります(4)。グルタチオンペルオキシダーゼ(glutathione peroxidase)は、ヒトでは8種類のアイソザイムが報告されていますが、基質特異性によってEC1.11.1.9のglutathione: hydrogen-peroxide oxidoreductase(5)と、EC1.11.1.12のglutathione: lipid-hydroperoxide oxidoreductase(6)に分類されています。ペルオキシレドキシン(peroxiredoxin)はEC1.11.1.15(7)として2004年に登録されましたが、2020年に電子供与体の違いにより、EC1.11.1.24のthioredoxin-dependent peroxiredoxin、EC1.11.1.25のglutaredoxin-dependent peroxiredoxin、EC1.11.1.26のNADH-dependent peroxiredoxin、EC1.11.1.27のglutathione-dependent peroxiredoxin、EC1.11.1.28のlipoyl-dependent peroxiredoxin、EC1.11.1.29のmycoredoxin-dependent peroxiredoxinと細分化されました。また、カタラーゼやグルタチオンペルオキシダーゼ、ペルオキシレドキシンは、EC1.11.1.④という酵素番号から、いずれも②過酸化物(peroxide)を電子受容体とし、③ペルオキシダーゼ(peroxidase)に分類される、①酸化還元酵素であることがわかります。

ポリフェノールを酸化するポリフェノールオキシダーゼ

 果物や野菜、茶葉などの植物性食品に含まれる抗酸化物質のポリフェノールとは、ベンゼン環やナフタレン環などの芳香族環に水酸基が結合したフェノール性水酸基を同一分子内に複数もつ化合物の総称で、単量ポリフェノール類としては重合ポリフェノール類に大別することができます。単量ポリフェノール類には、フラボノイド類のカテキン、アントシアニン、タンニン、イソフラボンや、クロロゲン酸、エラグ酸、クルクミン、レスベラトールなどが有名です。重合ポリフェノール類は加水分解型タンニンと縮合型タンニンに分類されます(8)
 ポリフェノールは、ポリフェノールオキシダーゼと呼ばれる酸化酵素によって酸化されます。一般的に、EC1.10.3.1の2 catechol + O2 → 2 1,2-benzoquinone + 2 H2Oという反応を触媒する、常用名カテコールオキシダーゼ(catechol oxidase)、系統名1,2-benzenediol: oxygen oxidoreductase、別名ジフェノールオキシダーゼ (diphenol oxidase)(9)と、EC1.10.3.2の4 benzenediol + O2 → 4 benzosemiquinone + 2 H2Oという反応を触媒する常用名ラッカーゼ(laccase)、系統名benzenediol: oxygen oxidoreductaseの別名ジフェノールオキシダーゼ(10)の両方がポリフェノールオキシダーゼと呼ばれています。酵素番号EC1.10.3.④より、どちらも③酸素を電子受容体とし、②ジフェノール類縁体を供与体とする、①酸化還元酵素であることがわかります。また、植物のポリフェノールオキシダーゼには、同一酵素がモノフェノールモノオキシダーゼ活性とジフェノールオキシダーゼの両方の活性を有することがあるため、広義ではEC1.14.18.1のL-tyrosine + O2 → dopaquinone+ H2O、2 L-dopa + O2 → 2 dopaquinone+ 2 H2Oという反応を触媒する常用名チロシナーゼ (tyrosinase)、系統名L-tyrosine, L-dopa: oxygen oxidoreductase、別名モノフェノールモノオキシダーゼ (monophenol monooxygenase)(11)もポリフェノールオキシダーゼに含まれます。

ポリフェノールオキシダーゼと褐変反応

 ポリフェノールオキシダーゼは活性中心に2分子の銅をもつ金属含有酵素で、銅イオンが酸化還元に関与しています。ポリフェノールオキシダーゼは食品の酵素的褐変を触媒する酵素で、ポリフェノールが酸化されてキノン体となり、キノン体はさらに他のキノン体やアミノ酸、タンパク質と重合して褐変物質が生成します。
 リンゴを切って空気中に放置しておくと茶色に変色する現象には、ポリフェノールオキシダーゼが関与しています。そのため、ポリフェノールオキシダーゼの酵素反応を阻害すれば、リンゴの褐変を防ぐことができます。リンゴジャムやアップルパイのリンゴが加熱以降に褐変しないのは、ポリフェノールオキシダーゼが加熱により失活したからです。皮をむいたリンゴを食塩水に浸すと褐変が防げるのは、ポリフェノールオキシダーゼの活性中心の銅イオンに塩素イオンが配位し、酵素反応を阻害するからです(12)。レモン汁をリンゴにかけると、抗酸化物質のアスコルビン酸(ビタミンC)がキノン体を還元することで褐変の抑制効果が見られますが、還元型のアスコルビン酸が酸化型のアスコルビン酸へと酸化されると還元力を失うので、レモン汁に含まれていたアスコルビン酸が酸化型になると、キノン体が蓄積して褐変が再開します。皮をむいたリンゴの表面は褐変するのに内部が褐変しない理由は、ポリフェノールオキシダーゼは細胞質中の色素体(プラスチド)に存在しますが、基質のポリフェノール類は液胞中に存在する(12)ため、調理操作などで細胞が破壊され、細胞内局在の異なる酵素と基質が反応することで褐変が開始するからです。また、ポリフェノールオキシダーゼの反応には酸素が必要なので、酸素が届きにくい場所では褐変反応が起こりにくいです。シロップ漬けや食品用ラップで包むなど、なるべく空気に触れないようにすることでも褐変は防ぐことができます。
 ウーロン茶や紅茶などの茶色の色素成分にもポリフェノールオキシダーゼが関与しています。ウーロン茶や紅茶は、まず摘み取った茶葉を萎凋(いちょう)、揉捻して発酵させた後、乾燥させます。葉を萎れさせて揉み込むことで細胞を破壊し、ポリフェノールとポリフェノールオキシダーゼを反応させ、褐変を促します(13)。そのため、お茶の「発酵」という工程は、乳酸菌や麹菌、酵母などの微生物が有機物を代謝する反応を意味するのではなく、ポリフェノールオキシダーゼの酵素反応のことを示しています。発酵茶の紅茶では、茶葉に含まれる低分子のポリフェノール類のカテキンが酸化されキノン体となり、非酵素的に縮合し、紅茶特有の黄橙色のテアフラビン類や赤褐色のテアルビジンが生成されます(13)。半発酵茶のウーロン茶では、二量体のウーロンテアニン類も生成されます(14)。一方、緑茶は、摘み取った茶葉を高温で蒸熱してポリフェノールオキシダーゼを失活させた後、萎凋、揉捻、乾燥させるので、クロロフィルの鮮やかな緑色を楽しむことができます。クロロフィルは加熱や光照射によって、クロロフィルに配位するマグネシウムが水素に置換され黄色のフェオフィチンになり、無色のカテキンも非酵素的に縮合して黄橙色のテアフラビン類になるため、紅茶やウーロン茶だけでなく緑茶も、お湯で抽出後に放置すると水出し緑茶よりも早く黄色に変色します。
 今回は、身の回りの酸化還元酵素が関与している現象として、ポリフェノールオキシダーゼを例にリンゴの褐変やお茶について紹介しました。理学部出張講義https://www.toho-u.ac.jp/sci/edu/ba3kg5000000m2ws-att/shucchoukougi2022.pdf )は、様々な講義を取り揃えておりますので、興味のある内容があれば入試広報課に申し込んでください。中高生の皆様がサイエンスに興味を持っていただけると嬉しいです。

引用文献

生化学研究室 松本 紋子

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