理学部生物学科

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「巨大両生類、オオサンショウウオの研究」

はじめに

 前回および前々回の「生物学の新知識」ではカエルに関するお話をしました。今回は、サンショウウオ(用語解説1)に関するお話をしたいと思います。突然ですが、みなさんはオオサンショウウオという動物を知っていますか?本サイトをご覧になっている方は少なからず生き物や生物学に興味をお持ちなのではないかと思いますので、オオサンショウウオの名前くらいは知っておられるのではないでしょうか。
 オオサンショウウオ(図1)はオオサンショウウオ科の1種で、日本固有種かつ国の特別天然記念物(用語解説2)に指定されています。学名はAndrias japonicus。オオサンショウウオ科の現生種としては本種のほか、中国に分布するチュウゴクオオサンショウウオ(Andrias davidianus)とアメリカ合衆国に分布するアメリカオオサンショウウオ (Cryptobranchus alleganiensis)の計3種が知られています。Andrias属の2種は全長が最大で1.5-1.8mほどにもなり、大型の個体では体重も30kgを超えるそうです。3種ともに冷涼な流水中に生息し、体外受精により繁殖し、呼吸は主に皮膚を通して行われます。
図1
図1. 野生のオオサンショウウオ (写真提供 田口勇輝氏)

オオサンショウウオとの出会い

 私が初めてオオサンショウウオの存在を知ったのは、小学校低学年の時だったと思います。物知りな上級生が、「オオサンショウウオは天然記念物で、大事に保護されているから、捕まえたら逮捕されるんだぞ!」と自慢気に話していたのを覚えています。“天然記念物”という言葉を初めて聞いたのもこの時だったかもしれません。とにかく、なにか特別ですごそうな生き物がいるみたいだ…と、子どもながらに衝撃を受けた記憶があります。
 その後、図鑑でオオサンショウウオの写真や絵を見たりすることはありましたが、私が生まれ育った地域には本種は分布しておらず、野外で生きた姿を見ることもありませんでしたので、動物好きの子どもだったとは言え、私にとってはいつしか図鑑の中で拝めるだけの神様仏様のような存在になっていきました。一方で、「そんな特別ですごい動物なんだったら、いつか自分でも研究してみたいなぁ…」などと夢想している間に、時だけが過ぎていきました。

オオサンショウウオ研究者との出会い

 東邦大学に職を得て、数年ぶりにとある研究集会に参加した折、学生時代から長年にわたりオオサンショウウオの生態について調査をされているという研究者の方にお目にかかりました。広島市安佐動物公園の田口勇輝さんです。オオサンショウウオ研究の現状について教えていただける千載一遇のチャンスと思い、ここぞとばかりに田口さんをLOCK ONしました。懇親会の席で出された料理を食べるのも忘れ、彼との会話に夢中になったことが昨日のことのように思い出されます。後日、安佐動物公園を訪問する機会を得て、オオサンショウウオの飼育施設を見学させていただいたり、園が保管するオオサンショウウオの一連の成長段階の標本を見せていただいたりしました。安佐動物公園は、田口さんのように博士号をもつ研究者や修士号をもつ職員が多く、オオサンショウウオの研究をはじめとする研究活動にも力を注いでいる動物園として有名です(公益財団法人広島市みどり生きもの協会, 2021)。そのような背景もあり、オオサンショウウオの共同研究に関してもトントン拍子に話が進んでいきました。幸運は重なるもので、当時、私の研究室には、「動物の中でも特にサンショウウオが好き!」という学生が2名在籍していました。才気煥発な若きサンショウウオファンの力も得られる絶好のタイミングで、当研究室でのオオサンショウウオ研究はスタートしました。
 動物の形態学が専門である私にとって、最大の関心事は、オオサンショウウオ特有の“オオ”きな体です。たしかに、中生代の地球上には全長5メートルを超えるような大型の両生類も暮らしていました(Schoch, 2014)。また、現生種でも、サイレン科のグレーターサイレン(Siren lacertina)は1m近くまで成長しますし、アンヒューマ科のフタユビアンヒューマ(Amphiuma means)では1mを超える個体も確認されています。とは言え、全長1.5m、体重30kgを超える現生の巨大両生類はAndrias属のオオサンショウウオ以外に知られておらず、その形態進化のメカニズムを理解することは、サンショウウオ類に限らず広く動物一般における体の大型化や小型化の仕組みを理解することにも大きく貢献するはずです。
 まず、はじめの一歩として、私はオオサンショウウオの頭骨(用語解説3)に注目し、それが個体発生の過程でどのようにして形作られてくるのかを詳しく記述することにしました。この成果は論文にまとめられ、昨年(2021年)7月に英国の歴史ある動物学専門誌「Zoological Journal of the Linnean Society(リンネ協会動物学雑誌)」でめでたく発表されました(Ishikawa et al., 2021)。以下では、その内容について簡単にご紹介したいと思います。

オオサンショウウオを研究する

 サンショウウオには、変態を行う二相性の種から、サイレン科やホライモリ科のサンショウウオに代表される変態を行わない種、アメリカサンショウウオ科のサンショウウオに代表される幼生の段階を経ず成体とほぼ変わらぬ姿で卵から生まれる直接発生を行う種にいたるまで、多様な生活史をもつ種が知られています。また、生活環境も水中から地上、樹上まで多岐にわたります。サンショウウオは各々の生活環境に合わせた採餌方法をとることが知られており、例えば、地上に暮らす種は主に粘液で覆われた舌を伸ばすことで獲物を捕えます。一方で、水中に暮らす種は舌骨を沈下させることで、獲物と水を一緒に吸い込む吸引摂食を行います。特殊な採餌方法も知られており、例えば、一生涯を水中で過ごすオオサンショウウオ科のサンショウウオは舌骨の沈下に加え、開口の勢いも口内への水流発生に利用して吸引摂食を行います。
 サンショウウオや我々ヒトを含む脊椎動物にとって、頭骨は脳を保護し、摂食装置である口(あご)を支持する役割を果たす極めて重要な構造です。サンショウウオの頭骨がどのようにして形成されてくるのかについては、これまでいくつかの種で定性的な記述がなされてきましたが、オオサンショウウオ科の種の頭骨形成を詳しく記述した報告は知られていませんでした。そこで私たちは、系統や生活史の異なる4科4種のサンショウウオ (変態を行うが一生涯水中で過ごすオオサンショウウオ、変態を行いその後は陸生となるカスミサンショウウオ、変態を行うが一生涯水中で過ごすイベリアトゲイモリ、変態を行わず一生涯水生のメキシコサンショウウオ)の各成長段階の個体の透明骨格標本(用語解説4)を作り、頭骨の形成過程を詳細に記述しました。また、幾何学的形態測定法(形態測定学については、本学科の小沼順二准教授が「生物学の新知識」で過去三回にわたりわかりやすく解説されていますので、そちらをご覧下さい)を用いて、各種の成長過程における頭蓋骨の形状変化の様子を定量的に評価しました(図2)。
図2
図2. オオサンショウウオの頭蓋骨の線画(左)とランドマークを線で結ぶことで頭蓋骨の形状を単純化して示した図(右)
幾何学的形態測定法では、各骨要素の関節部や末端に目印となるランドマーク(図中の赤丸)を打ち、その座標の情報をもとに生物の形態を定量的に扱う。
 調査の結果、頭骨を構成する各骨要素の骨化開始時期や骨化の進行方向、舌骨および鰓骨の形態変化パターンが4種で大きく異なることが明らかとなりました。頭骨の骨化開始はオオサンショウウオで最も早く(図3)、カスミサンショウウオで最も遅いことがわかりました。骨化の進行方向に関して、オオサンショウウオでは頭の前方に位置するあごの骨から骨化が始まるのに対して、カスミサンショウウオでは後頭部を構成する骨から骨化が開始することがわかりました。また、定量解析の結果、陸生のカスミサンショウウオでは成長に伴って頭蓋骨が縦長になるのに対して、水生種である他の3種では頭蓋骨が横長になっていくことがわかりました。オオサンショウウオでは、上あごを構成する上顎骨が後外側方向へと伸び、あごの関節が後方へと移動することで、開口部が他の種に比べて顕著に大きくなることがわかりました。本種で認められたこれらの特徴は、オオサンショウウオ科のみで知られる独特な採餌方法、つまり舌骨を沈下させることにより生じる水流に加え、あごを上下に開いた際の陰圧で生じる水流をも利用する吸引摂食とあごの左右を独立に動かすことで獲物を捕らえる左右非対称な咬合に関係している可能性があります。小さな幼生の時期からその発達したあごを使って大きな餌の捕食を開始し、栄養効率を高めることで、オオサンショウウオは巨大化を遂げるのかもしれません。
図3
図3. オオサンショウウオにおける頭骨の形成過程
特殊な薬剤を用いて、骨 (硬骨)を赤紫色に、軟骨を青色に染色した各成長段階の標本。スケールバーは1mm。

おわりに

 私とともにオオサンショウウオの研究に取り組んだ学生の一人は、大学院に進学し、修士号を取得したのち、水族館に就職しました。伝え聞くところでは、現在、オオサンショウウオの飼育にも携わっているようです。東邦大学理学部生物学科には彼のような生き物好きの学生が毎年多数入学してきます。学生のみなさんには「生き物が好き!」、「生物の不思議を解き明かしたい!」という入学当初抱いていた純粋な好奇心を忘れず、卒業までの期間、生物学を存分に深めてほしいと思います。そして、本学科から研究者、理科教諭、動物園・水族館の飼育員など大学で学んだ生物学の知識と技術を武器にして縦横無尽な活躍を遂げる人材が一人でも多く誕生してくれることを願っています。

用語解説

1. サンショウウオ
両生類のなかでも、有尾目の仲間の総称。同じ両生類のメンバーであるカエル(無尾目)と比べ、長い体と尾をもち、ほとんどの場合、前後がほぼ同じ長さの四肢をもつ(ただし、サイレン科の種は後肢を失っている)。一般に冷涼で多湿な環境を好む。 両生類の多様性に関する世界的なデータベースである AmphibiaWeb (https://amphibiaweb.org/) によると、本稿を執筆している2022年2月18日の時点で、767種の現生種が知られている。

2. 特別天然記念物
文化財保護法や各地方自治体の文化財保護条例に基づき指定される天然記念物のうち、特に重要なものが特別天然記念物として指定されている。2021年10月11日の時点で国の天然記念物は1035件指定されており、このうち75件が特別天然記念物に指定されている。特別天然記念物にはオオサンショウウオのほか、イリオモテヤマネコ、アマミノクロウサギ、ライチョウなどが知られる。

3. 頭骨
頭部を構成する骨格。大きく、神経頭蓋(軟骨頭蓋)、内蔵頭蓋、皮骨頭蓋の3要素に分けられる。神経頭蓋はまず軟骨として現れ、多くの脊椎動物ではその後、骨(硬骨)へと置き換わる。“脳を覆う箱”という意味合いで脳函とも呼ばれる。内臓頭蓋は、(神経頭蓋と同様に)まず軟骨として現れ、のちに骨へと置き換わる。あごや舌骨、鰓骨を構成する。皮骨頭蓋は軟骨を経ず、直接骨として現れる。皮骨頭蓋は神経頭蓋と内臓頭蓋、さらにはそれらに付随する筋組織などを外側から覆う。頭蓋骨(頭蓋、skull)は頭骨と同義に用いることもあるが、頭骨から下顎を除いたものを頭蓋骨と呼ぶケースも多く、本稿では後者に従った。

4. 透明骨格標本
軟骨をアルシアンブルーと呼ばれる薬剤で青色に、骨(硬骨)をアリザリンレッドと呼ばれる薬剤で赤紫色に染色し、骨格以外の軟組織(筋、皮膚など)は水酸化カリウムやグリセリンなどの薬剤で透明化することで、脊椎動物の骨格系の形態を立体的に観察することを容易にした標本。

引用文献

  1. Kaoru Ishikawa, Yuki Taguchi, Ryomei Kobayashi, Wataru Anzai, Toshinori Hayashi, and Masayoshi Tokita. (2021) Cranial skeletogenesis of one of the world’s largest amphibians, Andrias japonicus, provides insight into ontogenetic adaptations for feeding in salamanders. Zoological Journal of the Linnean Society. doi.org/10.1093/zoolinnean/zlab038
  2. 公益財団法人広島市みどり生きもの協会 (2021)
    広島市安佐動物公園50周年記念 オオサンショウウオを知る 守る そして共に ISBN978-4-9907002-4-9
  3. Schoch, Rainer R. (2014) Amphibian Evolution: The Life of Early Land Vertebrates. Wily Blackwell. ISBN978-0-470-65658-7

動物進化・多様性研究室 土岐田 昌和

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