理学部生物学科

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自己複製するオートマトンの社会理論

とりとめのない思考の連鎖

 思考の連鎖とは、ひとつの思考が他の思考へとつながっていくことを意味し、言葉による談話と区別して、心中の談話と呼ばれている。思考の連鎖には二つのタイプがある。一つは、気の向くまま思いつくままのあてどない思考の連鎖である。ここには、何らかの願望や熱意の指針となる力強い思考がない。そこから派生するもろもろの考えを制御し、方向づけすることなど、のぞむべくもない。
 二つめは、何らかの願望や心算によって制御されているので、もっと腰のすわったものとなる。欲望に駆られると、目指すものを達成するのに役立った類似の手段のことが頭に思い浮かぶ、それがきっかけとなって今度は、そうした手段を確保するのに必要な、別の手段のことが思い浮かぶ。このような連鎖がずっと続き、ついにはおのれの力の及ぶ範囲を限界として、なんらかの「最初の一手」に行き着く。そうした作用が強く働くせいで、目指す目的が頻繁に頭に思い浮かぶ。そのために私たちの思考は、さまよい始めてもただちに元の道筋に引き戻されるのである。これが制御された思考というものだ。
 制御された思考の連鎖には、二つのタイプがある。一つめのタイプでは、期待される結果(目的)が先にある。目的を達成するにはいかなる条件が必要か、いかなる手段を用いればよいか、探し求める。もう一つのタイプでは、何かを先に思い浮かべる。次にそこからもたらされる(かもしれない)あらゆる結果を探る。現在または過去の出来事の原因を探る思考に対し、現在または過去の出来事に由来する結果(帰結)を探ることである。
 自己増殖するオートマトンの社会理論と題したこのエッセイは、かつて理学部情報科学科の牧野先生との会話の中で発せられた言葉“君はゲーデルを知らんのか!”、に導かれて始まった、とりとめのない思考の連鎖、の記録である。生き物は好きだけれど、数学や物理、化学は苦手、理系としては生物しかない、と思っていたかつての自分、あるいは同じような感覚をもつ新入生やその予備軍(高校生)、に向けてまとめたものだ。はじめから3つめまでの段落は、17世紀イギリスの哲学者・思想家、トマス・ホッブスの著作、リヴァイアサンの第三章「イマジネーションの波及及び連鎖について」から、その文章の一部を引用したものだ。

数理論理学のゲーデル

 牧野先生のご専門は、自然言語処理と伺った。ゲーデルが誰なのか、皆目見当がつかなかったが、数学者であることは間違いないだろう、と見当をつけてみた。ウィキペディアで探して百科辞書的知識を得るだけでは納得がいかなかったので、数学コンプレックスを解消しようと、本屋で目にとまって買ったのが、ハヤカワ文庫の数理を楽しむシリーズの「数学は科学の女王にして奴隷I・II」だった。だが、まったく歯が立たなかった。今に至るも読破できていない。次に手にしたのが同じく数理を楽しむシリーズの「史上最大の発明、アルゴリズム」であった。ほとんど飛ばし読み(読んでも理解できないところを素通りすること)だったが、最後までたどり着くことはできた。この本で、クルト・ゲーデルは数理論理学の最重要人物と位置づけられていたが、牧野先生の問いかけの意味はまだつかめなかった。読み通せたのは、アラン・チューリングとチューリングの仮想マシンのことが書かれていたからだった。一目見て、生物の遺伝システムとの論理的類似性が感じられたからだった。DNAの分子構造決定が決定され、二重らせん構造から遺伝子複製のメカニズムが推論されたのが1953年。DNAからたんぱく質への翻訳メカニズムのモデルが提唱されるはるか以前、チューリングの仮想マシンは「計算可能性、ならびにその決定問題への応用」という論文で1937年に発表されていたのだった。
 「史上最大の発明、アルゴリズム」は、私には手強かった。その後、少し、また少しと、読んで意味が分かるパーツが増えていったが、やっと霧が晴れる思いに至ったのは、5年以上も経過した2019年11月18日のことだった。やはり、ハヤカワ文庫・数理を楽しむシリーズのラインナップにその本はあった。「チューリングの大聖堂、コンピュータの創造とデジタル世界の到来」である。夢中になって読み、一通り読み通すのに1か月は要した。海外の本の翻訳を読むときは、訳者のあとがきに目を通すのがいつもの癖だ。著者のジョージ・ダイソンが、1997年に「機械の中のダーウィン、Darwin among the machines」を出版していたことを直ちに知った。本を手に入れ、ページを開き、第一章の見出しがLeviathanとあった。そうホッブスのリヴァイアサンである。
 「史上最大の発明、アルゴリズム」は、著者のバーリンスキがまとめた数理論理学の歴史書であり、入門書であった。G・ライプニッツから説き起こし、J・ペアノ、G・フレーゲ、D・ヒルベルト、C・ゲーデル、A・チャーチ、A・チューリング、E・ポストへとつなげ、数理論理学がアルゴリズムを発明した、と説いていた。説いただけでなく、アルゴリズムがもたらす帰結を、読者が自発的に連想させるように構成されていた。入門書としての役目は、バーリンスキが癖のある表現で、アルゴリズムとは、それを見つけるのは知性でも、それを用いるのに知性はまったく必要が無く、機械でも実行できて、機械の方が上手にできるもの、と説明したことで十分に果たされたと思う。
 リヴァイアサンの訳本では、ホッブスの著作に刺激を受けて、自説を構築した哲学者は、ライプニッツをはじめ、枚挙にいとまがない、と解説されていた。だから、ジョージ・ダイソンが「Darwin among the machine」の第一章にLeviathanあてたのは、必然だったに違いない。すくなくとも、ジョージ・ダイソンに導かれて、ライプニッツの前に位置付けられる哲学者に出会えたのは幸運であった。
 「チューリングの大聖堂」とは、解説者の服部桂氏によれば、チューリングの霊感をうけたフォン・ノイマンをはじめ、多くの人々がコンピュータと呼ばれる石を積み上げ、構築し続けるデジタル世界の姿を表現したタイトルであり、デジタル宇宙の創生記と呼ぶに相応しい第一級の歴史書、コンピュータ創生の本当の過去を知り、未来を知るための必読書である。牧野先生が伝えたかったのは、このことだったのか。

自己複製するセルオートマトン

 数理論理学によって、数学的裏づけを得たアルゴリズムは電子式計算機、すなわちコンピュータを生みだした。電子式計算装置の論理設計は、入念な予備的議論を踏まえた後、電子回路の構成と設計によって可能になった論理演算、メモリ(記憶装置)、そして制御に関する中核的器官と命令コードによって構成される装置を備えたマシン、コンピュータとして物理的に具現化されたのである。このプロジェクトを率いたのが、プリンストン大学高等研究所のフォン・ノイマンであった。命令コードはメモリ(記憶装置)に貯えられるから、記憶装置による制御が可能であるように設計されたのだ。後にノイマン型コンピュータと呼ばれる、プログラム内蔵型計算機の基本的な器官構成である。
 フォン・ノイマンは1957年にガンで亡くなる。チューリングの大聖堂を読み進めるうちに、この人は生物学の理論研究を目指していたのではないだろうか、と強く思った。フォン・ノイマンは、自己複製の問題を形式論理と自己参照系の概念を通して捉え、ゲーデルとチューリングの結果を生物学の基盤に適用した理論の概要を、1948年に発表していた。チューリングが当初構想した、計算だけするオートマトンではなく、オートマトンを出力するオートマトンの研究である。自己複製の問題を数学的に理解可能なほど十分単純だけれど、同時に現実世界の重要な例に適用できるほど十分に複雑な、「オートマトンと生命体の融合理論」に取り組もうとしていたのだという。
 とりとめのなかった思考は、まるで思考そのものが主権を握ったかのように、日本語で読めるノイマンの著作を出来る限り読めと、私に命じた。そして、行動学に大きな影響を与えたゲームの理論が、ノイマンとモルゲンシュタインによる「ゲームの理論と経済行動、ちくま学芸文庫」によって構築されたことを知った。さらにその後、「計算機と脳、ちくま学芸文庫」を読み、計算機の分類と働きの根底にある原理を学ぶ機会を得た。「計算機と脳」では、電子式計算装置の論理設計を行ったフォン・ノイマン自身によって、電子回路の構成と設計によって可能になった論理演算、メモリ(記憶装置)、そして制御に関する中核的器官と命令コードによって構成される装置の原理と要点が、理路整然と順を追って解説されている。
 数度読んだくらいでは自分の言葉として他者に説明できるほど理解が身についていないのだが、読むことができて本当に良かったと思っている。なぜか。そもそも、私たちが暗算で行っている簡単な四則演算でさえ、電子回路ではどういった処理手順で行っていたのか、私は知らなかったのだ。
 さらに、算術的深度と論理深度の考え方に触れ、計算機の中で行われる数学的・数値処理手順では、どんな関数も基本演算の組み合わせに分解されるために、1)処理手順が非常に長くなること、2)必要な処理の算術的深度がはなはだ大きくなること、3)3つの基本演算(論理積演算:AND、論理和演算:OR、否定演算:NO)の組み合わせで得られる、より複雑な論理演算の深度が算術処理以上に輪をかけて深いこと、4)これらの負荷によって算術的と論理演算の計算途中の結果を一時的に収める記憶装置の容量が莫大になり、メモリが足らなくなる、という指摘の存在を知った。論理深度と算術深度の深さがゆえに、途中の計算結果を貯めておくメモリが潤沢にないと、計算結果を出し入れする速度が制限され、つまり待ち時間が増えてしまう、計算が遅くなるのである。
 フォン・ノイマンの「自己複製オートマトンの理論」は、生物学的システム、技術的システム、そして両者の創造可能な組み合わせと、想像を超えた組み合わせのすべてに適用される、壮大な統一的理論を提示するはずだった。ノイマンから刺激をうけた理論生物学者がきっといるはずだ。その彼、彼女は、生物のシステムにおける、細胞の複製、転写、翻訳、発生、生理学的調節すべてにおける生体分子の管理をこなすアルゴリズムの論理構造を、野心的に研究していたに違いない。ノイマンが、おそらく紙とペンで行ったであろう、数学的に理解可能なほど十分単純な自己複製の理論的研究を軸にすれば、現実世界の重要な例に適用できるほど十分に複雑な「オートマトンと生命体の融合理論」は、AIの助けを得て完成に向かうのではないだろうか。十分な深度で歴史を掘り起こし、再構成された著作「チューリングの大聖堂」を読んだ者には、このようなイマジネーションの連鎖を止めることは、もはや不可能だ。
 追記として、ゲームの理論と経済活動の一節を、ここに加えておきたい。制御された思考の連鎖が不得手で、思考の深度が浅いことを自覚している生物学徒(私のことである)にも勇気を与えてくれる言葉を、ノイマンは書き残してくれているからである。
  1. 経済学というのはきわめて複雑な科学であり、経済学者が扱っている事実についての知識が極めて限られ、その記述が非常に不完全であることを考えると、経済理論の普遍的体系はとても早急に構築できるような状態にない。
  2. 経済学のいくつかの部門では、最も実り豊かな研究は、細心の、忍耐を要する記述という仕事となるだろう。まずなすべき事は、いっそう注意深い記述的研究を通じて問題に関する知識を明確にすることである。
  3. どのような科学においても偉大な進歩が生じるのは、究極の目標に比べて控え目な問題を研究してゆくなかで、のちにますます拡張されていくような方法が開発された時期である。
  4. 経済のあらゆる現象を、しかも体系的に説明しようなどとしても徒労である。ある限られた分野の知識をできる限り精密にし、それに完全に精通してから、つぎにそれよりも多少広いほかの分野にというふうに進んでいくのが健全なやり方というものである。近道があると考える理由はどこにもない。
  5. まず、経済生活の最も単純な事実の中に含まれている問題を取り上げ、ついで、これらの事実を説明でき、しかも厳密な科学的基準に真にかなうような理論を打ち建てることである。そうなれば、経済学という科学は大きく成長し、初めに扱うべき問題よりはるかに重要な問題を次第に取り上げてゆけるようになると信じてよいであろう。
 上の文中の経済学を生物学、あるいは生態学に置き換えてみよう。フォン・ノイマンはやはり、記憶装置による制御機能を有したアルゴリズム内蔵型オートマトンが、こどもをうみだす数学理論を完成させたかったのだろう、と思わざるを得ない。エッセイのタイトルを、自己複製するオートマトンの社会理論、と変えたのは、今読んでいる“Darwin among the machine, G.Dyson. 1997”で、ノイマンのゲーム理論は、「自己複製するオートマトンの社会理論」につながる研究だったのか?と連想したからだった。 最後にきっかけをつくってくれた牧野先生に感謝の意を表して、文を閉じたい。

紹介する書籍

  • ホッブス 角田安正 訳 2014 リヴァイアサン1 教会国家と政治国家の素材、形態、権力 (Thomas Hobbes 1651 Leviathan, edited by Richard Tuck (Revised student edition, Cambridge University Press 2003)
  • デイビッド・バーリンスキ 訳 2001 史上最大の発明 アルゴリズム:現代社会を造りあげた根本原理 <数理を愉しむ>シリーズ 早川書房(David Berlinski 2000 The Advend of the Algorithm)
  • ジョージ・ダイソン 吉田三知世 訳 2017 チューリングの大聖堂 コンピュータの創造とデジタル世界の到来 <数理を愉しむ>シリーズ 早川書房(George Dyson 2012 Turing’s Cathedral, the Origin of the Digital Universe)
  • George Dyson 1997 Darwin among the Machine Penguin Books
  • J.フォン・ノイマン、O.モルゲンシュテルン 銀林浩・橋本和美・宮本敏雄 監訳 阿部修一・橋本和美 訳 2009 ゲームの理論と経済活動 ちくま学芸文庫(John von Neumann and Oskar Morgenstern 1953 Theory of Games and Economic Behavior, Princeton University Press, Princeton)
  • J.フォン・ノイマン 柴田裕之 訳 2011 計算機と脳 ちくま学芸文庫 (John von Neumann 1958 The Computer and the Brain, Yale University Press)

文責:東邦大学理学部生物学科 地理生態学研究室 長谷川雅美

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