理学部生物学科

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「コロナ禍」: 収束しても油断は禁物 --- そもそもウイルスとは?

はじめに

 私は本学部生物学科の講義で「微生物学」というのを担当しております。いつもはここで自分のやっている研究やそれに近いことを紹介することが多いのですが、新型コロナウイルスが流行しているこのご時世に今まさに講義のなかでウイルスについて述べていることから(今年は主にオンラインですが)、少し生物に興味のある高校生や一般の人にもわかるように解説できないかと思い至りました。正しく理解することが正しく予防することに繋がるのではないかと思えるからです。しかし、私自身はウイルスの専門家でもなければ感染症の専門家でもなければ、医師でもありません。単なる一生物学者です。生物学的な立場で実際に学生達に教えていることを少し分かり易く述べることが出来ればと思います。特に、生物学科3年生の皆さん、きちんと理解してくれますよね?オンライン講義の補足ですよ!

ウイルス発見の歴史

 そもそも人類が目に見えない「微生物」を知ることになるには17世紀後半のレーウェンフック(Leeuwenhoek)による顕微鏡の発明が必要でした。19世紀の終頃までには、コッホ (Koch)によって寒天培地が発明され、多くのバクテリアが病気を引き起こす原因となる病原菌であることが示されました。一般の人達にとって食中毒や病気などの症状を引き起こす微生物はバクテリアやカビなどの「ばい菌(黴菌)」という言葉でくくられて、ウイルスという概念はあまりないのではと感じます。ちなみに黴はカビのことです。
 19世紀末にはタバコは一大産業に発展していました。ところが、タバコの葉に白い斑が入る「タバコモザイク病」と言うのが流行っていました。1892年、Iwanowskiという科学者が、タバコの葉をすり潰した液体を細菌ろ過器(図1;細菌はろ過器にある穴よりも大きいのでろ液の方には出てこない)に通すと、ろ液がモザイク病を引き起こすことを発見し、これを感染因子と名付けました。しかし、彼はまだバクテリアが感染を引き起こすと信じていました。追試を行ったBeijerinkという科学者は、Iwanowskiの結果に間違いはないことを証明し、感染因子がバクテリアよりも遥かに小さい病原体「可溶性微生物(ウイルス)」によるものだと結論しました。これが、人類による最初のウイルスの発見です(文献1)。しかしながら、ウイルスはとても小さいので顕微鏡で見ることが出来ず、実物を捉えることができませんでした。
図1 細菌ろ過器の模式図とウイルスの発見

図1 細菌ろ過器の模式図とウイルスの発見
古くからある細菌ろ過器は素焼きの陶器で、小さな穴がたくさん空いています。しかしながら、その穴の大きさは充分に小さく、大きさが1μm以上ある通常の細菌は通り抜けることが出来ません。したがって、ある液体に細菌が含まれていても通り抜けて出て来た液体(ろ液)には細菌は含まれないことになります(除菌されたということです)。ところが、ウイルスは細菌ろ過器の穴よりも小さいので通り抜けてろ液の方に出てきてしまいます。タバコモザイク病を引き起こす因子がろ液に見つかったことがウイルスの発見に繋がりました(川田原図)。

 電子顕微鏡が発明されたのは1931年になってからです。1935年、Stanleyという科学者がこのウイルス(タバコモザイクウイルス、TMV)を精製して結晶化し、電子顕微鏡で撮影することに成功しました(文献1)。

ウイルスとは

 上述のように、ウイルスは電子顕微鏡がないと見ることの出来ないとても小さいものです。一部の例外を除き、大きさは10~300 nmです。これに対して、バクテリア(細菌)のほとんどは1μm以上あります。バクテリアと違いウイルスには細胞がなく、単独では増殖することが出来ません。したがって、何か物に付着したままの状態のウイルスが勝手に増えることはありません。ウイルスが子孫を残すためには、必ず「宿主」と呼ばれる細胞に感染する必要があります。増殖のために必要な道具のほとんどを宿主細胞に借りるということをしています。このような宿主細胞の中でのみ増殖ができる性質を「偏性細胞寄生性」と呼ぶことがあります。
 通常の生物には遺伝情報を担うゲノムとしてDNAがあります。ウイルスにも遺伝情報がありますが、ゲノムはDNAかRNAのどちらか一方です。インフルエンザウイルスやコロナウイルスのようにRNAをゲノムに持っていて、RNAだけで一生を過ごすウイルスもいます。DNAやRNAは裸のまま存在するのではなく、それを取り囲む外皮タンパク質があり、これによってウイルスの形を保っています。もう少しだけ、例をあげて説明することにします。

いろいろなウイルスと増殖の様式

 ここでは代表例としてアデノウイルスとヘルペスウイルスについて説明します。簡単にするために、それぞれの断面図を模式図として簡略化して下に示しました(図2)。感染性のある完成したウイルス粒子のことを「ビリオン」と言います。両方のウイルスともゲノムとしてはDNAを持っています。
 アデノウイルスでは、DNAのまわりをキャプソメアという外皮タンパク質が覆っています。DNAと外皮タンパク質を合わせて「ヌクレオキャプシド」と言います。また、ところどころからスパイクという棒状のものが飛び出しており、その先端は文字通りノブという取手状の構造をしています。このノブの構造は感染のためには非常に重要です。感染される宿主細胞の細胞膜にはいろいろなタンパク質があり、ノブはそのうちの一つを受容体として認識して結合します。これが、ウイルス感染の第一歩です。ところで、アデノウイルスはヌクレオキャプシドだけで感染性があり、これがビリオンに相当します。
 一方、右に示したヘルペスウイルスはヌクレオキャプシドの外側に「エンベロープ」と呼ばれる外殻があります(図2の赤い部分)。このエンベロープには感染に必要なタンパク質(スパイク)が埋め込まれています。エンベロープはもともと宿主細胞の細胞膜由来であり、脂質を多く含んでいます。また、このタイプのエンベロープを持つウイルスはエンベロープがあってはじめて感染性を持ちます。つまり、エンベロープまで含んでようやくビリオンです。言い換えるとエンベロープが無いと感染しないということです。このことはとても重要で、エンベロープを取り除けば感染を防げるということです。エンベロープは脂質なので、エタノールなどの有機溶媒をかけると溶けてしまいます。また、石けんのような界面活性剤にも溶けてしまいます。中のヌクレオキャプシドは残りますが、それだけだと感染力はありません。インフルエンザウイルスやコロナウイルスもこのようなエンベロープを持つウイルスです。エタノールが有効、石鹸でよく泡だて手を洗いましょうというのは科学的にきちんとした訳があります。
図2 アデノウイルスとヘルペスウイルスの構造

図2 アデノウイルスとヘルペスウイルスの構造
ウイルスの断面を模式的に示しています。アデノウイルスはゲノムとしてのDNAの外側に外皮タンパク質と宿主細胞の受容体の結合するスパイクを持っています。この状態で感染性を有するウイルス粒子「ビリオン」です。一方、単純ヘルペスウイルスはそれだけでは感染に不十分で、一番外側に宿主細胞の細胞膜由来のエンベロープを有します。エンベロープの中にスパイクが埋め込まれており、感染に関与します。また、エンベロープは脂質に富むため、エタノールなどの有機溶媒に溶けます。エンベロープがないとこのタイプのウイルスは感染性がなくなります(川田原図)。

 では、ウイルスは宿主細胞にどのように感染して増殖するのでしょうか?下に簡略化したウイルスの増殖様式を模式図に示しました(図3)。ここでは、単純ヘルペスウイルス (HSV) のようなエンベロープを持つDNAウイルスを想定していますが、基本的なところはエンベロープが無くても、RNAウイルスであってもだいたい同じです。また、ヘルペスウイルスでも増殖様式の詳細は省略してあり、違っていますので、その辺りを詳しく知りたい人は専門の論文を参照にして下さい(文献2, 3など)。このような図はよく目にするのですが、まず、図のおかしなところを是非把握しておいて欲しいのですが、それは宿主細胞に対するウイルスの相対的な大きさをとても大きく書いてあります。そうしないとウイルスを書けないくらい本当はとても小さいのです。
 さて、既に述べましたように、ウイルスの外側にはスパイクと言う出っ張りがあります。このスパイクは宿主に感染する際にとても重要な働きをします。宿主細胞表面の細胞膜にはたくさんの種類のタンパク質があり、それらの一部は受容体として機能します。あるものは特定のウイルスのスパイクと結合します。これを「吸着」あるいは「付着」と言います。これがウイルス感染の第一歩で、受容体とウイルスの結合は「特異性」が非常に高く、ウイルスのスパイクは勝手に他の受容体やその他の細胞膜に存在するタンパク質に結合しません。また、受容体のない細胞には結合できないためにほとんど感染できないことになります。ウイルスが結合すると、ウイルスはどうにかして細胞の中に入ります。これを「侵入」と言います。侵入にはいくつかのメカニズムが知られていて、詳しく説明すると難しいのでここでは省略しますが、1) 宿主細胞の食作用運動(エンドサイトーシス)によるもの、2) ウイルスのエンベロープと宿主細胞の細胞膜との膜融合によるもの、3) 能動的な遺伝子の注入によるものなどが知られています。
 侵入した後のステップはウイルスに特徴的なものになります。ウイルスが複製されるためには、必要なゲノムやタンパク質をたくさん作らなければいけないのですが、その時に宿主細胞の転写装置やタンパク質合成装置を借用することになります。そこで、ウイルスのとる戦略は、一旦ウイルスの殻を脱ぎ捨てて核酸だけになります。言わば、隠れ身の術ですが、これを「脱殻」と言います。ここから後は、宿主細胞に必死にウイルスゲノムとウイルスタンパク質をたくさん作らせます。一定の数が揃うと、ゲノムを取り囲むようにヌクレオキャプシドが組み立てられます。この過程を「集合」と言います。ところで、親ウイルスが脱殻してから子ウイルスが集合するまで、宿主細胞内には一定期間ウイルス粒子が見られなくなります。この期間を「暗黒期」と言います。
 ヘルペスウイルスの場合、まだ子ウイルスのビリオンは完成していなくて、細胞外に出る過程(「出芽」と言います)を経る時に宿主細胞の細胞膜をエンベロープとしてまとって細胞外に出てきます。こうして、多数の子ウイルスが細胞外に放出されます。細胞の外から見たときに、親ウイルスが侵入してから子ウイルスが細胞外に出芽されるまでは一定期間ウイルス粒子が見られなくなります。この期間のことを「潜伏期」と呼んでいます。
図3 一般的なDNAウイルスの増殖様式

図3 一般的なDNAウイルスの増殖様式
ウイルスは宿主細胞表面の受容体に結合(吸着)し、何らかの方法で細胞内に取り込まれます。取り込まれたウイルスは細胞内で外皮タンパク質を脱ぎ捨て、裸の核酸の状態になります(脱殻)。その後、細胞の装置を借りて転写、DNAの複製、タンパク質の合成を行い、子ウイルスのDNAの外側に外皮タンパク質が組み立てられます(集合)。それが細胞膜を破って出芽し、このときにエンベロープを外側にまとい、細胞外に子ウイルスがたくさん放出されます(川田原図)。

新型コロナウイルスとは?

 まず、コロナウイルスですが、エンベロープとゲノムとして一本鎖RNAを有するウイルスです。一本鎖RNAの場合、RNAそのものがタンパク質に翻訳されるのであればRNA(+)鎖、RNAの相補鎖RNAがタンパク質に翻訳される場合はRNA(−)鎖と言います。コロナウイルスはRNA(+)鎖、インフルエンザウイルスはRNA(−)鎖をゲノムとして持ちます。コロナウイルスは電子顕微鏡で見たときに王冠のように見えるのでこの名前が付いています(図4、文献4)。
図4 新型コロナウイルスSARS-CoV-2の電子顕微鏡写真

図4 新型コロナウイルスSARS-CoV-2の電子顕微鏡写真
スウェーデンで単離されたSARS-CoV-2の電子顕微鏡写真です。大きさは100 nmにも満たないほど小さいものです(文献4より転用)。

 今まで、人類には6種類のコロナウイルスが感染することが知られていましたが、今回のウイルスは7種類目です。新型というのは、それまで人類に感染したことのないウイルスが変異を起こすなどして新規にヒトからヒトへ感染するようになったウイルスのことで、人類は集団として免疫を持っていないため、しばしば世界的大流行(パンデミック)を引き起こします。今回の新型コロナウイルス感染症はCOVID-19 (Coronavirus disease-2019)、それを引き起こすウイルスは SARS-CoV-2 (severe acute respiratory syndrome-coronavirus 2)と命名されました(文献5)。
 このSARS-CoV-2にどういう性質があってということを安易に素人である僕が述べるべきではないと思っています。新型ということもあって分かっていないことが多すぎるのと、世界中の研究者が必死に研究を進めており、毎週たくさんの論文が出て、新しい発見がある状況ですので、迂闊なことは述べられません。そもそも、普通のコロナウイルスであっても増殖の仕組みについてはよく分かっていないことが多いのです。RNA(+)鎖ウイルスなので、一旦RNA(−)鎖に転写されて、それを鋳型にRNA依存性RNAポリメラーゼによってRNA(+)鎖に複製されると推測されるのですが、RNA(−)鎖からRNA(+)鎖に転写される様式はとても複雑ということが分かっています。詳しくはmRNAのキャップ構造を発見した古市先生のRNA学会のエッセイに詳しく書かれていますので、興味のある人はそちらをお読み下さい(文献6)。難しいかもしれませんが。
 素人の僕からみても、COVID-19には厄介な性質があるな(それゆえパンデミックになる可能性があるな)と思ったのは以下の2点です。1つは感染しても症状が出ない(不顕性感染と言います)人が一定の割合でいること。それと、もう1つは2次感染をいつ引き起こすかということ。それを調べた論文によると(文献7)、明らかに普通のウイルスには見られないようなことが起こっていて、最初の人が発症した時にはもう別の人にうつしてしまっていることです(図5)。2003年のSARSでは、2次感染は最初の人が発症してから起こるので、症状がある人だけを隔離することで封じ込めが出来たのですが、今回の新型ウイルスではそれが出来ません。気が付かないうちに感染が広まる恐ろしさがあります。
図5  COVID-19において2次感染がいつ引き起こされたかを示す模式図

図5 COVID-19において2次感染がいつ引き起こされたかを示す模式図。
最初に感染した人(1次感染)とその人から移された人(2次感染)のペアの発症時期を調べた結果です。比較として、2003年のSRASと一般的な季節性インフルエンザの同様の感染の伝播を右側に示してあります。一般的なウイルスでは感染して症状が出てから次に感染させるのに対し、COVID-19では発症前から感染性があることが示されて警告されていました(文献7の図1aを改変)。

歴史の教訓と人間とウイルスの共存

 コロナウイルスはわりと最近になって人類と関わるようになってきたウイルスと言われています。それゆえ、SRASのようにある程度封じ込められるのか、インフルエンザのように容易くは封じ込められないのかは僕には分かりません。しかしながら、一度現れたウイルスが完全に無くなるとは考えにくいでしょう。人類は常にウイルスと共存して付き合って行く必要があります。
 ウイルスのパンデミックの教訓としてよく比較されるのは、1918年の「スペインインフルエンザ」です。日本ではなぜか「スペイン風邪」と呼ばれることも多いのですが、学術的に風邪は「感冒」(そもそも風邪という病気はないという研究者も多いです)、インフルエンザは「流行性感冒」で英語では前者はcold、後者はfluで全く別物です。スペインインフルエンザの発信源はアメリカという説もありますが、当時は第一次世界大戦中であったために各国が情報統制をしており、中立国であったスペインが最初に報告をしたことからこの名前がついたという有名な話です。第1波はそれ程重篤ではなく、第2波、第3波になるほど致死率が上がっていったという記録があります。収束するには3年かかったという記録もあります。
 結局、第一次世界大戦による死者よりもスペインインフルエンザによる死者の方が多いとも言われ、戦争終結の要因になったとも言われています。全世界で4000万人が死亡したと言われています。一説には1億人という研究者もいます。日本でも45万人が死亡したと言われています。この数は、同じ頃に起きた関東大震災での死者数の4倍です。日本でも第1波はほとんど死者が出ず、第2波で多くの死者が出て、第3波で致死率が最も高かった記録があります。当時の状況が今とそっくりであることや、感染状況の把握が行われたにも関わらず、日本ではこのとき取られた折角の政策や得られた教訓がその後一般には忘れ去られてしまったようです(文献8)。
 今回の新型コロナウイルスが今後どうなるかは予想もつきません。しかし、これだけのパンデミックになってしまったので、第2波、第3波はあると考えるのが普通でしょう。スペインインフルエンザと同じ轍を踏まないようにだけはしなければいけません。

参考文献

  1. 岡田 吉見 (2000) タバコモザイクウイルス:先駆的役割を果たした100年の歴史. 蛋白質 核酸 酵素, 45, 1757-1765.
  2. Lussignol, M. & Esclatine, A. (2017) Herpesvirus and Autophagy: “All Right, Everybody Be Cool, This Is a Robbery!” Virus, 9, 372. doi:10.3390/v9120372
  3. 川口 寧 (2012) ヘルペスウイルスの感染機構. 生化学, 84, 343-351.
  4. Monteil, V. et al. (2020) Inhibition of SARS-CoV-2 infections in engineered human tissues using clinical-grade soluble human ACE2. Cell, 181, 905–913.
  5. Coronaviridae Study Group of the International Committee on Taxonomy of Viruses. (2020) The species Severe acute respiratory syndromerelated coronavirus: classifying 2019-nCoV and naming it SARS-CoV-2. Nature Microbiol., 5, 536-544.
  6. 古市 泰宏 (2020) <走馬灯の逆廻しエッセイ> 第25話「難敵コロナウイルス」 日本RNA学会 会報 RNAエッセイ https://www.rnaj.org/newsletters/item/799-furuichi-25
  7. He, X. et al. (2020) Temporal dynamics in viral shedding and transmissibility of COVID-19. Nature Med., 26, 672–675.
  8. 速水 融 (2006) 日本を襲ったスペイン・インフルエンザ —人類とウイルスの第一次世界戦争. 藤原書店.

文責:分子発生生物学研究室 川田 健文

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