その壁を突き抜けろ! -細胞膜透過ペプチドの話-
はじめに
細胞膜透過ペプチドってご存知ですか?英語でいうとcell-penetrating peptide、略してCPPといいます。文字通り、細胞膜を透過できてしまう、すごいペプチドのことです。どこがすごいかというと、CPPはいろいろな機能性分子(大きいもの、小さいもの、水に溶けにくいもの、etc)を結合させても細胞膜をほぼ傷つけることなく通り抜けることができるからです。しかも、場合によっては注射や経口投与も可能で、全身あるいは目的とする臓器・器官の細胞にまで到達させることもできます。つまり、CPPは機能性分子を目的の細胞内に運ぶためのベクター(vector)として使えるからなのです。
CPPの発見
CPPの発見は今から30年ほど前にさかのぼります。1988年に2つの研究グループが、エイズウイルスHIV-1の転写制御タンパク質である TAT(Trans-Activator of Transcription Protein)のRNA 結合領域(48–60位)に由来するアミノ酸配列(GRKKRRQRRRPPQ)をもったペプチドが細胞膜を透過し、細胞質内へ移行することを報告しました(1, 2)。これがCPPの最初の報告だと考えられています。このアミノ酸配列をもったペプチドはTATペプチドと名付けられ、その後のCPP研究において非常に大きな貢献をすることになりました。
CPPの特徴
TATペプチドの発見を皮切りにたくさんのCPPが見つかるようになり、その数は優に100種類を超えています。CPPには様々なバリエーションがありますが、ほとんどが30個以下のアミノ酸からなる小さなペプチドです。その化学的な特徴によって、①アルギニン(R)やリシン(K)などの塩基性アミノ酸を多く含み正電荷を帯びているもの、②塩基性アミノ酸と疎水性アミノ酸を含む両親媒性のもの、 ③プロリン(P)を多く含むもの、④ほとんどがバリン(V)、ロイシン(L)、イソロイシン(I)、アラニン(A)、メチオニン(M)、トリプトファン(W)などの疎水性アミノ酸で構成されているもの、などに大別できます(3)。表1はそれぞれの代表例です。TATのように天然のタンパク質の部分配列であったり、transportanのように2種類のペプチドの配列を組み合わせたキメラ型であったり、さらには全くの人工的な配列からなるものであったりと、いろいろあります。面白いところでは、複数個のアルギニンを連ねたpolyargininesが非常に優れたCPPとして創出されています(4)。

CPPの細胞膜透過メカニズム
ペプチドが細胞膜を通り抜けるメカニズムとはいったいどういうものなのでしょう?ちなみに私はCPPというといつも「壁抜け機」というドラえもんのひみつ道具を連想します。このひみつ道具は単行本未掲載とのことですので(5)、連載中の雑誌で直接読んだのだと思います。小学生の頃の話ですが、いまだに覚えているということは,それだけインパクトの強いものだったということです(私はドラえもんオタクではありません)。
CPPが標的とする細胞を透過するためには、何といってもその細胞膜成分との相互作用が重要で、そのためにはまずCPPが標的細胞の細胞膜表面に引き寄せられることが必要です。その後、エネルギー非依存的に直接細胞膜を透過するタイプや、エネルギー依存的なエンドサイトーシスによって細胞内に取り込まれるタイプのCPPがあります。前者は両親媒性ペプチドに多くみられ、細胞膜のポア(pore)形成(樽型モデル、ドーナッツモデル)や不安定化(カーペットモデル、逆相ミセル形成)といった現象が起こり、細胞内へCPPが到達すると考えられています(図1)(3)。
CPPが標的とする細胞を透過するためには、何といってもその細胞膜成分との相互作用が重要で、そのためにはまずCPPが標的細胞の細胞膜表面に引き寄せられることが必要です。その後、エネルギー非依存的に直接細胞膜を透過するタイプや、エネルギー依存的なエンドサイトーシスによって細胞内に取り込まれるタイプのCPPがあります。前者は両親媒性ペプチドに多くみられ、細胞膜のポア(pore)形成(樽型モデル、ドーナッツモデル)や不安定化(カーペットモデル、逆相ミセル形成)といった現象が起こり、細胞内へCPPが到達すると考えられています(図1)(3)。

一方、後者においてはエンドサイトーシスを中心とした細胞生理学的な取り込みが関与しています(3)。例えばエンドサイトーシスの一種であるマクロピノサイトーシスでは、細胞膜表面のプロテオグリカンとCPPが相互作用した刺激で周辺のアクチン骨格が突起を形成し、この突起が閉じられる際に細胞表面にあるCPPを取り込みます(図2)(6)。ちなみに前者は低温でも膜透過が起こりますが、後者では起こりませんので、これによって細胞膜透過のメカニズムの違いをある程度識別することができます。

CPPによるドラッグデリバリー
前述した通り、CPPのすごいところは、いろいろな機能性分子を結合させても細胞膜を透過できるという、ベクターとしての有用性にあります。CPPが細胞内に運び込む分子は、積荷を意味する「カーゴ(cargo)」と呼ばれています。CPPはタンパク質や核酸(特にsiRNA)、薬物(ドラッグ)など、通常は細胞膜を透過することができない高分子物質や水に溶けないナノ粒子のような小分子であっても、カーゴとして結合することにより、細胞膜を透過させることができるようになります(7)。タンパク質の場合、分子内にCPPの配列を埋め込んでも細胞内に到達します。実際、私たちの研究室でも緑色に光る蛍光物質で標識したTATにあるタンパク質の機能配列を加えたペプチドで細胞膜透過を試してみましたが、ばっちり細胞膜透過が確認できました(図3)。

このようにCPPにタンパク質の機能配列をつないだり、あるいは組換え体タンパク質を作製する際にCPPの配列をあらかじめ付加しておいたりすることで細胞膜透過をさせることもできますが、高分子や疎水性の強い薬物、ナノ粒子などをカーゴとする場合、通常はスペーサーと呼ばれる物質をCPPに導入しなければなりません。CPPとスペーサーとカーゴの最適な組合せを探るのはとてもたいへんな作業ですが、それでもCPPのもつ潜在的な細胞膜透過能力は非常に大きな魅力です。すでにCPPの効果は培養細胞だけでなく動物実験でも実証されており、生体に注射したCPPがカーゴ分子の活性を維持したまま血流に乗って全身に運ばれることや、抗ウイルス物質をカーゴ分子に選択することでウイルスの複製を阻害すること、腫瘍マーカーや抗腫瘍分子を導入することすることなども報告されています(8, 9)。さらには、経口投与でもCPPによるドラッグデリバリーが可能になって来ました。このように、CPPは臨床への応用が強く期待されています。
終わりに
CPPに関する研究報告が多数あることから、本稿中の参考文献にはこれらの成果をまとめてある総説を中心に引用させていただきましたが,オリジナルの成果報告論文のそれぞれに対し、深く敬意を表するものであります。なお、本稿のタイトル(「その壁を突き抜けろ!」)ですが、コロナウイルス感染症による緊急事態宣言下での執筆であったことから、CPPが細胞膜を突き抜けるように、目の前に立ちはだかる壁を突き抜けていきましょう、とのメッセージを込めました。一日も早く皆様のもとに安全と安心が戻ることを願っております。
参考文献
- Frankel AD and Pabo CO. Cell 55, 1189–1193, 1988.
- Green M. et al. Cell 55, 1179–1188,1998.
- Böhmova E. et al. Physiol. Res.67: S267–279, 2018.
- Milentti F. Drug Discov. Today 17, 850–860, 2012.
- 藤子不二雄.小学一年生1970年12月号(ドラえもんWiki [https://doraemon.fandom.com/ja/wiki/]より)
- 中瀬生彦、二木史朗. 生化学81, 992–995, 2009.
- Reissmann S. J. Pep. Sci. 20, 760–784, 2014.
- Ndeboko B. et al. Biomolecules 8, 55, 2018.
- Kardani K. et al. Expert Opinion Drug Deliv. 16, 1227–1258, 2019
- Habault J and Poyet JL. Molecules 24, 927, 2019.
文責:生体調節学研究室 岩室祥一