たった1塩基の違いで分かれる未来
ゲノム進化ダイナミクス研究室の後藤です。皆さんに生き物の設計図である『ゲノム』の魅力を感じてもらうために、今回は生き物の個性や多様性を支える『多型』のお話をしたいと思います。生き物は皆すべて、例外なく『その種を形作り、生き続けるために必要な遺伝情報のセット(=ゲノム)』を細胞内にもっています。生き物は、自身(種)を存続させるために子孫には正確に種のゲノムを子孫に伝える必要がある一方で、地球規模で見た場合、日々変化する多様な環境に(種として)適応するために、種内の中でも自身とは異なる特徴を持つ多様な仲間を増やす必要もあるわけです。これらに見られる多様性には、1つの種として分類学的に許容される程度の小さな形質の変化から別種として区別されても良い程に大きな違いまで変化に富みます。同一種ですから、当然ゲノム情報は(正確に受け継がれれば)同じはずです。では、どのようにして多様な仲間を生じさせることができるのでしょうか?ゲノム科学の研究によって分かってきた『生き物の特徴を決める最小の変化』についてみていきましょう。
序論 〜ゲノム(DNA)からタンパク質合成までのセントラルドグマと一塩基多型について〜
今回紹介する『生き物の特徴を決める最小の変化』とは、一塩基多型(single nucleotide polymorphism;SNP)のことですが、SNPの話を理解するために、まずは遺伝情報がどのような流れで生体中において利用されているのか解説します。高校の生物の教科書では「セントラルドグマ」という用語で解説されている内容ですので、すでにご存じの場合は読み飛ばしてください。
多くの生き物の遺伝情報は、DNAと呼ばれる化学物質という形で細胞(核)内に存在しています。DNAはアデニン、グアニン、シトシン、チミンという4種類の塩基が直鎖状に連結した構造をしており、細胞内に存在するDNAは、2本のDNAが左右逆向きに結びついた二重らせん構造を取っています。そして遺伝子と呼ばれるものの正体は、このDNAのある特定の領域の塩基の配列(並び)と定義されます(下図参照)。
多くの生き物の遺伝情報は、DNAと呼ばれる化学物質という形で細胞(核)内に存在しています。DNAはアデニン、グアニン、シトシン、チミンという4種類の塩基が直鎖状に連結した構造をしており、細胞内に存在するDNAは、2本のDNAが左右逆向きに結びついた二重らせん構造を取っています。そして遺伝子と呼ばれるものの正体は、このDNAのある特定の領域の塩基の配列(並び)と定義されます(下図参照)。
図1.細胞と核、ゲノムDNAの概略図
遺伝子は、細胞や個体の形つくりや、生体内で日々繰り返されている様々な生命現象(呼吸など)を担う「タンパク質」を合成するための設計図であり、細胞内では、常に必要なタンパク質がこの設計図であるDNAから合成されています。この過程をセントラルドグマと言います。DNAからタンパク質が合成される過程を簡単に図で示すと下のようになります。
図2.セントラルドグマ、転写と翻訳の概略図
まず、DNA配列中の特定の領域(遺伝子)から、塩基配列のコピーを作製します。この過程は転写(Transcription) と呼ばれ、DNAと類似した化学構造をもつRNAとしてコピーが合成されます。RNA分子は、チミンの代わりにウラシル(U)が使われていますがそれ以外の塩基は同じで、RNA中のAUGを開始の合図として、そこから連続した3塩基(コドンと呼ぶ)で1つのアミノ酸が指定されています。RNAに結合したリボソームは、コドン、アンチコドンによって指定されたアミノ酸を運搬する転移RNA(tRNA)によって運ばれてきたアミノ酸(タンパク質を構成する化学物質で、図中ではMet, Gly等マゼンタ色で示されているもの)を順番に繋げることでタンパク質を合成します。この過程を翻訳と言い、各遺伝子から様々なタンパク質が合成されています。ここで重要なのは、3塩基で1つのアミノ酸を指定している点です。もし塩基に変化が生じると、別のアミノ酸に置き換わってしまうことになり、最悪、合成されたタンパク質は機能を失ってしまうかも知れないと言うことです。
さて、多くの生物では、同一種内でもある程度の多様性があります。我々ヒトでも、お酒が強い/弱い、背が高い/低い、足が速い/遅いなど個性と総称されるような特徴に多様性があります。これに対応するかのように同一種でもゲノムDNAの塩基配列には微妙な個体差が存在します。この塩基配列の個体差の中でも、その種が属する集団内で1%以上(確定的ではなく、目安程度の数字です)の頻度で観察されるものを「塩基多型」と呼び、その中でも、特に1塩基だけ変化しているような多型を「一塩基多型(SNP)」と呼びます。多くのSNPは、非遺伝子領域にありますが、一部は遺伝子領域にも存在します。分かり易い例をお話すると、「お酒が飲める/飲めない(強い/弱い)」も摂取したアルコールを代謝(分解)する経路に関わる酵素の活性を左右するようなアミノ酸置換を引き起こすSNPによって決まっています(ちなみに生物学科では、遺伝学実習の中で学生が自身のゲノムDNA中のSNP解析を行い、アルコールに強いか弱いかを調べます)。
前置きが長くなりましたが、いよいよ「わずか1塩基の違い」が引き起こす生命現象についてみていきましょう。
さて、多くの生物では、同一種内でもある程度の多様性があります。我々ヒトでも、お酒が強い/弱い、背が高い/低い、足が速い/遅いなど個性と総称されるような特徴に多様性があります。これに対応するかのように同一種でもゲノムDNAの塩基配列には微妙な個体差が存在します。この塩基配列の個体差の中でも、その種が属する集団内で1%以上(確定的ではなく、目安程度の数字です)の頻度で観察されるものを「塩基多型」と呼び、その中でも、特に1塩基だけ変化しているような多型を「一塩基多型(SNP)」と呼びます。多くのSNPは、非遺伝子領域にありますが、一部は遺伝子領域にも存在します。分かり易い例をお話すると、「お酒が飲める/飲めない(強い/弱い)」も摂取したアルコールを代謝(分解)する経路に関わる酵素の活性を左右するようなアミノ酸置換を引き起こすSNPによって決まっています(ちなみに生物学科では、遺伝学実習の中で学生が自身のゲノムDNA中のSNP解析を行い、アルコールに強いか弱いかを調べます)。
前置きが長くなりましたが、いよいよ「わずか1塩基の違い」が引き起こす生命現象についてみていきましょう。
魚類の性決定に関わるSNP
地球上の多くの生物は、雌雄の二つの性を持ち、有性生殖を行います。同一種内で雌雄という異なる特徴をもつ個体を発生させる仕組みは「性決定」と呼ばれますが、この性を決める方法は、大きく分けて2つあります。一つは遺伝的に性を決めるシステムで、もう一つは生息環境によって性を決めるシステムです。我々ヒトを含めた高等脊椎動物の多くは遺伝的な性決定システムをもっていますが、は虫類など一部(カメなど)の脊椎動物では、孵化温度によって性が決まります。遺伝的に性が決まる生物種の場合、多くは、性決定遺伝子と呼ばれるマスター遺伝子のON/OFFによって雌雄への分化運命が決定されます。我々ヒトを含めた哺乳類の場合は、Y染色体上にあるSRYという遺伝子が雄化を誘導するマスター遺伝子です。魚類の多くは、遺伝的な性決定システムをもっていると考えられていますが、SRYと相同な遺伝子は見つかっておらず、別の遺伝子が性決定遺伝子だと考えられていましたが長らく見つかっていませんでした。2002年にメダカで、2012年にはブラウントラウトで、2014年にはインドメダカで性決定遺伝子が報告されました(いずれも日本の研究です)1)~3)。その正体は、いずれも哺乳類と同様にY染色体上に存在する遺伝子でしたが、それぞれDmy、sdY、そしてSox3Yと呼ばれる別の遺伝子でした(メダカの仲間同士でも違っている点は興味深いですね)。これらはいずれもSRYと同様に、これらの遺伝子が胚発生時に機能すると雄分化を誘導するものでした。そんな中、2012年にトラフグの性決定がX染色体とY染色体上に存在する「抗ミュラー管ホルモンII型受容体遺伝子(Amhr2)」のSNPであることが報告されました4)。トラフグの雌雄間のゲノムDNA 配列の違いを詳細に調べた結果、Amhr2遺伝子の7271番目の塩基(9番エクソン中)が、X染色体上の対立遺伝子(アレル)では「シトシン(C)」なのに対し、Y染色体上のアレルでは「グアニン(G)」でした。ヒトAmhr2遺伝子にトラフグで見つけたSNPを人為的に導入するとX型のヒト抗ミュラー管ホルモンII型受容体はシグナル伝達能がY型に比べて著しく低いことが分かりました。従って、トラフグにおける性決定においても、シグナル伝達能の高いY型の抗ミュラー管ホルモンII型受容体タンパク質を発現していると雄への分化が進み、伝達能の低いX型抗ミュラー管ホルモンII型受容体しか持たないと雌へ分化すると結論されました。またSNPではありませんが、同年にルソンメダカの性決定遺伝子がGsdf1であると報告がなされましたが、こちらもX染色体とY染色体上のGsdf1遺伝子間での塩基多型は9塩基程度しかないため、トラフグ同様の酵素活性の違いによる性決定機構であると考えられています。このように魚類では、遺伝子の有無による性決定とタンパク質の機能差による性決定の二種類が確認されていましたが、2019年に、ブリ、カンパチ、ヒラマサの三種(水産業界では「青魚御三家」と呼ぶらしいですが)の性決定が、トラフグと同じように1つの遺伝子のSNPで決まることが報告されました5)。雌雄各48個体のカンパチのゲノムを比較し、雌雄差と相関の強いSNPを検索した結果、ステロイド代謝酵素遺伝子の1つであるHsd17b1 (17β-hydroxysteroid dehydrogenase 1 )遺伝子の1196番目の塩基(3番エクソン中)に、G/AのSNPがあり、雄(ZZ)ではA/Aホモ型、雌ではG/Aへテロ型の対立遺伝子構成になっていることが明らかになりました。トラフグと同様、このSNPによりアミノ酸置換が生じ、Z型のHSD17B1酵素はW型に比べて、女性ホルモン産生能が低いことも示されました。この多型は残りの御三家でも検出され、同じ性決定機構を有していると考えられています。「お酒が強いか/弱いか」と同じレベルの“ゲノムの差異”で、「性」が決まってしまう生物種もいるというのは、何とも不思議ですね。もしかしたらSNPが数カ所あるだけで別種になってしまうようなことがいつか起こる(起きている?)のかも知れません。
図3. 魚類の性決定遺伝子とSNP
イヌの大きさに関わるSNP
オオカミを祖先にもち愛玩動物として絶大な人気を誇るイヌですが、様々な交配(品種改良)によりアフガン犬やセントバーナードなどの大型犬からチワワなどの小型犬(最近では、ティーカープチワワなどと呼ばれる極小チワワもいるようですね)まで、体長、体高、体重だけで無く、目鼻立ち、毛質、骨格に至るまで特徴の異なる犬種が多数あります。しかし分類学上、イヌはCanis lupusという一種にくくられています。分類学的に、「亜種」と「種」の境界は、種間交雑が可能で、かつ生まれた雑種個体が妊性を持つ場合、両親種は「亜種」であり、種間交雑が出来ない、あるいは生まれた雑種個体が妊性を持たないと両親種は「別種」という扱いになります。従って、すべての犬種は亜種として扱われている訳です。犬と対照的にハツカネズミとドブネズミは、大きさを除いて、外見、骨格、かだらの作りなどの特徴はほとんど同じですが「別種」です。それだけみてもイヌの多様性にもSNPが絡んでいそうだと簡単に想像ができますね。
2007年に、米国国立衛生研究所(NIH)所属の国立ヒトゲノム研究所(NHGRI)の研究者らが率いる国際研究チームが、イヌの小型化の主な要因になる遺伝子変異(SNP)を特定したとScience誌に報告しました6)。元々、骨格サイズに非常に大きなバラツキが認められるポルトガル・ウォータードックという犬種463頭のゲノムを比較し、骨格の大小と強い相関を示す遺伝的領域を解析したところ、いくつかの候補が見つけられたそうです。そこで彼らは小型犬14品種(チワワ、トイ・フォックス・テリア、ポメラニアン等)と、大型犬9品種(アイリッシュ・ウルフハウンド、セントバーナード、グレートデーン等)の計526頭のゲノムDNAも比較して、大きさと強い相関が認められる候補領域を絞り込みました。その結果、「インスリン様成長因子 1 (insulin-like growth factor 1;IGF-1)」というタンパク質ホルモンをコードしている遺伝子内にある20箇所のSNPの一つが最も強い相関を示すことを突き止めました。最終的には143犬種 3千匹以上のDNA解析を行い、「小型犬の殆どがこのIGF-1遺伝子のこのSNPが共通して「A」であったため、この遺伝子変異がイヌの体格差に大きな影響を与えている」と結論されました。このIGF-1遺伝子の変異については、マウスでも同様の現象が確認されていることからも間違い無いと考えられています。
2007年に、米国国立衛生研究所(NIH)所属の国立ヒトゲノム研究所(NHGRI)の研究者らが率いる国際研究チームが、イヌの小型化の主な要因になる遺伝子変異(SNP)を特定したとScience誌に報告しました6)。元々、骨格サイズに非常に大きなバラツキが認められるポルトガル・ウォータードックという犬種463頭のゲノムを比較し、骨格の大小と強い相関を示す遺伝的領域を解析したところ、いくつかの候補が見つけられたそうです。そこで彼らは小型犬14品種(チワワ、トイ・フォックス・テリア、ポメラニアン等)と、大型犬9品種(アイリッシュ・ウルフハウンド、セントバーナード、グレートデーン等)の計526頭のゲノムDNAも比較して、大きさと強い相関が認められる候補領域を絞り込みました。その結果、「インスリン様成長因子 1 (insulin-like growth factor 1;IGF-1)」というタンパク質ホルモンをコードしている遺伝子内にある20箇所のSNPの一つが最も強い相関を示すことを突き止めました。最終的には143犬種 3千匹以上のDNA解析を行い、「小型犬の殆どがこのIGF-1遺伝子のこのSNPが共通して「A」であったため、この遺伝子変異がイヌの体格差に大きな影響を与えている」と結論されました。このIGF-1遺伝子の変異については、マウスでも同様の現象が確認されていることからも間違い無いと考えられています。
図4.イヌのIGF-1遺伝子内SNPのAの頻度と体重の相関関係(Aを持つほど体重は軽い傾向が見てとれる)「Science. 316:112-115(2013)より引用」
ヒトのネコアレルギーに関わるSNP
イヌと共に愛玩動物の双璧をなすと言えばネコですね。国際的に遺伝子検査事業を展開している23andMe社の研究グループが、2013年にアレルギーに関わるSNPに関する研究を報告しました。20代から60才以上の高齢者までの男女を含む5万3862人の個人に行った遺伝子検査データ(DNA配列情報)と検査対象者の自己申告に基づくネコ、ダニ、花粉のアレルギーの有無の相関関係を解析し、上記3つのアレルギーに強い関係性が示された22個のSNP(うち、16個は遺伝子内に存在する)を特定したそうです。驚くべきことに、16個の遺伝子のうち、8個はすでに喘息と強い関係性を示されている遺伝子内SNPと一致したそうです(下図)。
図5.アレルギーと強い関連が示された遺伝子座位
「Nature Genetics. 45:907-11(2013)より引用」
その中でも特に、ヒト白血球抗原(HLA)のクラス2の遺伝子の一つDQα1の14,000塩基上流に存在する(遺伝子内部ではない)SNP (rs17533090)は、ネコアレルギーと強い相関が示されたということです(下図)。ネコのアレルゲンについては、ネコの唾液に含まれるFel d1と呼ばれるタンパク質が知られています。このタンパク質が毛繕い過程で体表面に付着し、ネコの鱗屑(りんせつ、皮膚や毛から剥げ落ちた角質細胞の微落片)となり飛散します。これが日常環境に存在するバクテリアが出す毒素と接触することで、ヒトにアレルギーを誘発することがすでに報告されています。今回見つかった、このSNPは既知の遺伝子内には存在していないため、このアレルギー反応の誘発機構にどのように関わっているのかは不明ですが、遺伝子ではない領域にある、一塩基の違いでアレルギー反応の起きやすさが違ってくるというのは非常に不思議で、興味深い現象といえます。
図6.ネコアレルギーと特異的に相関が高い領域(HLA-DQA1)
「Nature Genetics. 45:907-11(2013)より引用」
最後に
生き物が環境変化に対応するために多様性に富んだ個体を残す手段の一つとして、これまでの研究で見つかってきたSNPの話を紹介しました。まだまだいろいろとあります。1塩基ではなく、3塩基の繰り返し配列のコピー数の違いが形質に変化を生じることも知られています。単なる種内での個性程度の差でしかなかったSNPなどの多様性も、長い年月を経て大きな差になると、進化(別種となる)に至る訳です。ここで紹介したSNPは、親から受け継ぐDNAに初めから(親や祖先の時代から)存在するものもありますし、その個体が生存中に新たに獲得する場合もあります。例えば、癌をはじめとするいくつかの家族性疾患と呼ばれるものでは、親から受け継いだSNPが影響する場合も認められます。3億塩基対もあるヒトのゲノムの中で、遺伝子(タンパクをコードするエクソン領域のみ)はわずか1%程度です。そこにSNPが生じるだけで、これまで紹介してきたような多様性が生まれます。では、残り99%に生じているSNPはどれほどのインパクトがあるのでしょうか?今、その領域の機能について注目が集まっています。是非、今後の科学系のニュース、プレスリリースに注目してみてください。
参考文献
- Matsuda, M. et al. (2002). Nature 417, 559-563.
- Yano, A. et al. (2012). Current Biology. 22:1423-1428
- Takehana, Y. et al. (2014). Nature Communications. 5:4157|DOI: 10.1038/ncomms5157
- Kamiya, T. et al. (2012). PLoS Genetics. 8: e1002798
- Koyama, T. et al. (2019). Current Biology 29:1901-1909.
- Sutter, NB. et al. (2007). Science. 316:112-115
- Hinds, DA. (2013). Nature Genetics. 45:907-11.
- Herre, J. et al. (2013). J Immunol. 191:1529-35.
文責:ゲノム進化ダイナミクス研究室 後藤 友二